第一章 異能の右手 5 ―統護VSロイド②―
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金色から漆黒へと染まり、扇状に展開したロイドの髪の毛。
「これが私の【基本形態】です」
ロイドが口にした【基本形態】とは。
RAMに記述されているアプリケーション・プログラムのみを使用する汎用【魔導機術】とは異なり、戦闘系魔術師と呼称される専用技能者が、オリジナル・プログラムによって独自の魔術を顕現させる場合のベースとなる魔術だ。まずはベースとなる魔術を展開して、そこから各々の派生魔術を使用する事が常道である。いわばOSに近い役割だ。そのベースとなる魔術を顕現した状態を【基本形態】と定義している。
この【基本形態】には、様々なタイプが存在する。『魔術事象を纏う』というよりも、ロイドのように魔術効果によって己を一時的に変化させるタイプはレアである。
もっともベーシックな型は、前途した『魔術効果を身に纏う』タイプだ。それと魔術幻像(パワーヴィジョン)を形成するタイプに、【使い魔】を使役するタイプや【ゴーレム】タイプ、更には【結界】を【基本形態】にする戦闘系魔術師までいる。
統護は表情を引き締めた。
ロイドのオリジナル【魔導機術】だが、一見して『属性』が分からない。
一般的に知られている四大元素――『地・水・火・風』による魔術なのか。
それとも【雷】や両儀(【光】と【闇】)、あるいは【重力】系などの特殊エレメントを組み込んでいる独自理論による魔術なのか。
いずれにせよ、選択されたエレメントによる魔術特性は、一つの【基本形態】で一つしか扱えないのが通常だ。極めて稀少な例外として、一つの【基本形態】で複数のエレメントを扱える魔術師も存在するが、そういった場合は、複数のエレメントを行使する際、【AMP】という補助系の魔導機器を使用する。
(さあ、来いよ。見極めてやるからよ)
先手は取らない。いや、先に仕掛けるのは危険だ、と統護の勘が告げていた。
人殺しはしない。
殺しても構わないのならば、身体機能にモノをいわせてゴリ押しする。
だが、殺したくないから【DVIS】の破壊を狙って無力化する。
それが統護の戦い方――信念だ。
相手を制圧したとしても、重傷を負わせたり、まして殺してしまっては『敗け』だから。
「……では、参りますよ」
両目を眇めたロイドが「――《クレイジー・ダンス》」と【ワード】を唱えた。
ずぅぉぉぉおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ。
それは黒いうねりの奔流だ。
ロイドの長い黒髪が一斉に伸びて、乱舞するかのような軌道で襲いかかってきた。
頭髪での攻撃は予想していたが、これほどまでの変則軌道だとは読めなかった。
反応が一瞬だけ遅れた。
しかも迅い。加えて、光を反射しない黒髪は、夜の帳に溶け込んでいる。
初見でこれはキツイ。
ボクシングのフットワークや格闘技の防御技術では、対応し切れない――と判断した。
体裁には拘らない。統護は庭の土を転がって触手と化した髪の毛から逃れる。
その後を追って地面に刺さった髪の毛が――爆炎をあげた。
「エレメントは【火】――炎か!」
素早く体勢を立て直す。
相手の魔術特性がわかれば、対応の仕方がみえてくる。
「ええ。その通りです。私の魔術――《ミッドナイト・ダンシング》は、自身の頭髪を導火線として爆発を引き起こす『炎系』です」
すまし顔で発火のタネ明かしをするロイド。
その台詞の最中も《クレイジー・ダンス》と命名されている髪の毛の乱舞は、統護を襲う。
突き刺そうとしてくる髪の毛の先端を躱し続ける統護に、ロイドは微かに笑んだ。
「――《マリオネット・ダンス》」
その【ワード】を境に、髪の毛の運動規則が切り替わる。
突き刺しにきていた先端が、絡め取る動きへと変じた。
近づくどころか、逃げるので精一杯だ。
「ふむ。やはり情報通りに、ロックオンしてのホーミングは無効化されてしまいますね。試してみた【アプリケーション・ウィンドウ】が[ ERROR ]表示でフリーズしてしまいましたよ。まあ、超視界による座標設定で狙えなければ、有視界でコントロールすれば、それで事足りる話ですが」
七度、切り抜けた統護であったが、八度目に右腕を捉えられてしまった。
ぱちん、とロイドが指を鳴らす。
紅い光の線が走った。
統護の右腕を絡めている頭髪に、ロイドの方から炎が伝わってくる。
炎線で焼き切るつもりだ。
統護は全力で右手を引いた。間一髪で、炎が伝達する前に髪の毛を力ずくで、切った。
「助かった、というべきか」
「なんという膂力でしょうか。設定している耐久値を超えてくるとは」
ロイドがやや大仰に感嘆する。
超合金製のワイヤーよりも強度をあげるパラメータ設定も可能だが、その設定値だと相手の筋力によっては、掴まえたつもりで逆にロイドが引き込まれてしまうリスクが生じる。そのリスクをなくす為に、強度を意図して下げているのだが、統護はその設定値を超える筋力を発揮したのだ。
「お前の髪の毛にも慣れてきた。そろそろ本気でいくぜ」
良いように相手のペースに巻き込まれてしまった。
だがここからは自分のターンにもっていく。
牽制として、統護は右手を振るって魔力放射を行った。
魔術の動力源としての使用ではなく、照射して【DVIS】をジャミングするのだ。
ロイドは統護の魔力を浴びるのを避ける為に、《ミッドナイト・ダンシング》を庭の木に搦めて牽引して、自身の身体を魔力の放射範囲から逃した。
「その手も当然ながら把握していますよ」
魔力コーティング(による抗魔術性の作用)で【DVIS】を護るのではなく、そうきたか。
しかし、その一瞬で統護には充分だ。
統護はフェイントを交えたフットワークで、ロイドを幻惑にかかる。
ロイドも《クレイジー・ダンス》と《マリオネット・ダンス》を切り替えながら、巧みに頭髪を伸ばして攻撃を繰り出した。
しかし統護は素早いフットワークで躱していく。
同じ躱す、でも先程までとは違い逃げ回るのではなく、隙をみせれば飛び込むぞという攻撃的な回避行動へと移行していた。
そして――ついに統護はロイドの懐に侵入する。
ようやく近接戦闘の間合いだ。
今度は格闘戦で遅れをとらない。一気にKOまでもっていきたい。
接近を許したロイドは鋭い左フックで迎撃するが、統護はそれをパーリングで弾く。
ロイドの前面ががら空きになる。
リバーブローを警戒してか、左肘で肝臓をガード(カバー)するロイド。
ガードが下がり足が止まっているのを、統護は見逃さない。
統護の狙いが頭部ならば、ロイドはヘッドスリップで避けるという選択肢はあるが――
「こいつで終わりだ!」
狙いは躱しにくい蝶ネクタイだ。
右ストレートで【DVIS】を破壊し、返しの左フックを顔面に打ち込んで倒す。ボクシングの基本的なコンビネーションにして、対【ソーサラー】戦における必勝パターンである。
統護の右拳の狙いは、ロイドの首元にある蝶ネクタイだ。
《デヴァイスクラッシャー》と異名される統護の拳――得意の右ストレートが、蝶ネクタイに炸裂。魔術の源である【DVIS】を破壊して、ここから返しの左フックでKOする。
すまし顔をキープしていたロイドが、初めて笑む。
蝶ネクタイは――爆発しない。
無事だ。あり得ない不発に、統護は愕然となる。
表情をすまし顔に戻したロイドの魔術が、統護の全身を捕縛した。
髪の毛によって四肢を絡め取られた統護に、ロイドが告げる。
「ああ。この蝶ネクタイの宝玉は光るギミックのあるオモチャでして。本当の【DVIS】は左胸にあるこのブローチなんです。魔力の流れも起動時には最小限に抑え、こちらのギミックへと大半を流しました。私の【基本形態】は割と省エネ設計で御座いまして」
「お、お、おい……」
統護は青ざめた。完全に騙されていた。
接近を許したのも、相手の計算内だったのだ。完全に相手を侮っていた。
「不殺の自縛がなければ、私の腹に全力の拳を打ち込んで終わりだったでしょうに。なまじ手加減を必要とする最強の強さ、なんてある意味逆に足かせですね」
得意としているリバーブローを除くボディへのパンチでは、確実に一発で仕留める力加減が難しい。ゆえに頭部を打っての脳震盪を狙う――というところまで読まれていた。
ロイドは右手を掲げて、指を鳴らそうと――
小柄で細身の人物が割って入り、ロイドの左胸に右拳を入れた。
と当時に、ロイドの左胸に小爆発が起こり、統護を縛っていた髪の毛が消失した。
その現象――《デヴァイスクラッシャー》に、統護は目を見張る。
ロイドは恭しく一礼した。
「こんな時間にどうなさったのでしょうか、我が主人」
主人と呼ばれた人物――優樹は、立腹した心情を隠そうとせずに執事を睨んだ。
不機嫌そうに文句を言う。
「どうしてお前と統護が戦っていたのか、ボクに説明してくれる?」
助かった、と統護は胸を撫で下ろした。
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