第一章 異能の右手 6 ―思い出―
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ロイドとの私闘を終え、統護は自室に戻っていた。
勝負は優樹の介入でうやむやになっている。
優樹とロイドはなにやら話し合っていた様子だったが、統護は一人で屋敷に帰った。
もう寝る時間だ。
(強かったな、アイツ……)
ベッドに身を投げ出し、瞼を閉じると戦いの内容を反芻する。
戦略的に翻弄されてしまった。
最悪――一瞬だけでもチカラを解放する羽目になっていたかもしれない。それは不都合だから、肉体の耐久力テストの敢行になっていたか。どちらにせよ、ファイトプランで完全に後塵を拝したのは間違いない。
ユピテルとの戦いにしても、《デヴァイスクラッシャー》だけでは歯が立たなかった。
「もっともっと強くなる必要があるな、俺」
課題は明白である。
経験値だけではなく、対魔術への引き出しが足りない。新しいナニかが要る。
魔術戦闘でロングレンジに持ち込まれた時、どうやって対応するのか。
相手だってバカではない。統護の《デヴァイスクラッシャー》への対策・対応はしてくる。深く考えるまでもなく、魔力放射を警戒しつつ、接近を阻んでくるだろう。
異世界人の特権ともいえるチート的な身体能力を使用しての力押し――は最終手段だ。
毎度毎度、チカラを解放可能なシチュエーションにはならないだろう。
それに、同じ土俵でない勝負に勝つ事は、むしろ恥だ。
だからもっと戦闘者として経験を積まなければ、己を研鑽しなければならない。
元の世界にいた頃は、あくまで〔契約〕の儀式に必要だから、という理由でしか磨いてこなかった業(技)と身体だったのに、戦闘に使用するとは皮肉なものだ。
しかし、戦いの中で業を順応できなければ、この先に待ち構えている【エルメ・サイア】との戦いにはとても……
(それに……優樹)
統護は自分と同じ《デヴァイスクラッシャー》としてのチカラを発揮して、ロイドとの戦いを止めた優樹の挙動を思い出す。迅く、的確で力強かった。
この【イグニアス】世界の人間は、元の世界の人間と比較して、標準的に魔力を秘めているというだけではなく、平均的な身体能力も上回っている。
だが、先日の事件と今夜の介入で優樹がみせた動きは、明らかに常人レヴェルを超えていた。
異世界に転生(肉体が再構成)して超人化した自分。
なんらかの方法で肉体を再構成したと推測できる紅い眼の少女――オルタナティヴ。
共に、新たな肉体は超人的な性能になっていた。
ならば……優樹は?
コンコン、というノックの音が、統護の思索を遮った。
「淡雪か?」
「ううん。ボクなんだけれど」
恐る恐る、といった感じで優樹がドアを開けて、隙間から顔を覗かせる。
少し不安げで、どこか怯えた表情だ。
「統護は、もう寝る?」
「ああ。そのつもりだから話があるのなら、悪いが明日にしてくれないかな」
「えっと……」と、優樹の顔が曇った。
その表情で、統護は思い直す。
「入れよ。少しだけでいいなら話し相手になるから」
おおかたロイドとの件で謝罪でもするのかな、と見当をつけていた。統護としては終わった戦いである。ただお互いの主張に対しての妥協点に到達していないので、再び激突するだろうなとは覚悟していた。
おずおずとした仕草で入室してきた優樹に、統護は目を丸くする。
大きめのボストンバッグを持っていたからだ。
「なんだよ、ソレ」
「えっとぉ。なんていうか、統護とロイドの戦いでボクがロイドの【DVIS】を破壊しちゃったでしょ? それでロイドは【DVIS】の修理が終わるまで魔術が使えないよね」
「ああ」
「もう分かっていると思うけど、ロイドは執事だけじゃなくてボクのボディガードでもあるんだけど、魔術がない状態だと十全じゃないから、統護の傍にいようかなぁ……なんて」
「おいおい」
統護は呆れた。ロイドが挑んできた戦いの結末は、なんともいえない彼の自爆だった。
「けれど俺は魔術が使えないし、それにお前だって俺と同じ【DVIS】を破壊できる力があるじゃねえか。充分、自分の身は自分で守れるんじゃないか?」
優樹が頬を膨らませる。
その顔に統護はドキリとなった。亡き幼馴染みと全く同じだったから。
「分かっているよ。それに堂桜本家の屋敷に賊が入る、なんてあり得ないだろうし」
「どうかな」
すでに堂桜一族は【エルメ・サイア】の標的にされ、一度、攻撃を受けている。過日の《隠れ姫君》事件の終結と共に沈静化はしているが。
統護個人としても『コードネーム持ち』の幹部――《雷槍のユピテル》と戦った。
今のところ、統護本人を狙った報復や、統護の周囲を狙った社会的抹殺を試みる動きは、かのテロ組織には見られない。堂桜一族の威光やファン王国第一王女として、対【エルメ・サイア】を表明したアリーシアの裏からの働きかけもあるのだろう。
いずれにせよ、堂桜だから安全という保証はない。
「それに普通の部屋だと、うっかり【DVIS】壊しちゃうかもしれないし」
「確かにな」
統護の部屋は、全て【魔導機術】なしで不都合ないように改装されていた。
急な話だったので、優樹にあてがった部屋には、照明などの【間接魔導】用の汎用【DVIS】がそのままであった。明日にでも電気メインの設備に交換する予定だ。
「あのね。正直にいうとさ、ロイドには感謝しているけれど、ちょっと息苦しくもあるんだね。だから口実ができたからこうしてお邪魔しに来たってわけ」
統護はクスリと笑む。
元々、優樹については色々と知りたいと思っていたのだ。
同室になるとは予想外であったが、これもいい機会かもしれないと捉え、手招きした。
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◆
二年前の、とある雨の日。
「ちっくしょ。雨か……」
スマートフォンの予報サイトでは曇りだったのに、と統護は恨めしげに本降りになった雨を見た。
場所は中学校の玄関口。
学校帰りだった。
降水確率二十パーセントで、傘はなくても大丈夫だろうと判断した。再度、サイトを確認すると降水確率は六十パーセントになっており、曇りマークから雨マークに変わっていた。
傘立てには、一本も傘はない。
あったとしても拝借するには気が引けるが。
(他人と相合い傘、なんて嫌だしな)
わざわざ統護はそう思った。
本心では――
「……なぁにボケッと突っ立っているかな、統護は」
聞き慣れた声色と共に、統護の頭上に影が差した。
幼馴染みでクラスメートの比良栄優季が、統護に傘を突きつけている。
人懐っこい笑顔を向けられ、統護は視線を逸らす。
そんな統護の頬を、優季は人差し指でつついた。
「どうして、素直に傘に入れてくれって誰かに言えないのかな、統護は」
「だって二人で一つの傘なんて狭いし、迷惑だろ」
統護の言い訳に、優季はヤレヤレとため息をついた。
「はいはい。分かったから。ボクは迷惑じゃないから、だから一緒に帰ろう」
「遠慮しておく」
「なんで?」
優季がキョトンとなる。
頬に熱が籠もるのを自覚しながら、統護は早口でまくしたてた。
「だってよ、比良栄と二人で帰って変な噂とかたったら、お前、嫌だろう?」
男子人気の高い優季と、『ぼっち』の自分。
釣り合いなんてとれていない、と分かっていた。幼馴染みだからと、世話を焼かれる度に、なけなしのプライドが傷付いていた。
「別に嫌じゃないし」
「え」
「統護はね、他人の目を気にし過ぎ――っていうか、自意識過剰? 統護が思っているほど、他の人はそんな事なんて気にしていないから」
痛い言葉に、統護は顔を顰める。
優季は統護の手を取って、玄関の外へと引きずり出した。
「ほら! 一緒に帰るよ。家近くなんだし!! 早く傘に入りなさいって」
「わ、分かったから」
柔らかくて温かく、そして思いのほか細い手の平の感触に、統護は慌てふためいた。
二人は一緒に帰り出す。
傘を持っているのは、統護だ。
優季が濡れないように、と傘を彼女の方へ寄せると、優季は傘を押し戻す。
ニコリ、と笑って。
二人とも、肩がずぶ濡れになっていた。
そして最後まで、優季は握った手を離してくれなかった。
不思議と雨は冷たくなかった。
◇
夢から覚めた統護は、ゆっくりと涙を拭った。
久しぶりだ。
比良栄優季の夢を見るのは。丸一年近く見ていなかったはず。
無理矢理に忘れていた。いや、忘れようと努力して、ようやく吹っ切った――はずだった。
「よりにもよって異世界で再会……か」
それも優季ではなく、優樹に。
優樹との交流をきっかけに、昔の気持ちに本当の決着がつくような気がした。
統護はベッドの方を見る。
ちなみに統護はベッドを優樹に譲って、自分はソファーで寝ていた。大きいソファーなので寝床にするのに不便はなかった。明日、新しいベッドを入れればいいだけだ。
「――?」
統護は首を傾げた。ベッドに優樹の姿はなかった。
視線を巡らせると室内備え付けのバスルームに明かりが灯っている。
どうやら夜にシャワーでも浴びているようだ。
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…
熱いシャワーを浴びながら、優樹は人心地ついていた。
「なんとかなって良かった」
ロイドと一芝居うったが、賭けは成功した。
リサーチしてあった統護の性格から断られる可能性は低い、と判断しての作戦だったが、やはり緊張はした。
実家の為、父の為に、誰よりも大切な弟の為に――堂桜統護の秘密を暴く。
彼が《デヴァイスクラッシャー》となり、ドーピングやサイバネティクス化などに頼らず、超人的な身体機能を得た原因を探る。
その為には可能な限り、統護の傍にいる方が好ましかった。
優樹は不敵に頬を釣り上げる。
「悪いね、幼馴染み。君がボクの《デヴァイスクラッシャー》に興味を持っているようにボクも【HEH】と家族の未来の為に、君の正体を丸裸にしてやるよ」
「なにブツブツ言っているんだ?」
浴室を区切る曇りガラス戸の向こうから、統護の声がした。
「ふえぇええ!?」
「なんて声だしてんだよ、お前」
「いや、あれ、起きたの?」
優樹は顔を引き攣らせた。緊張感に、心臓がバクバクと暴れ出す。
「俺もシャワー浴びたいから、終わったら声かけてくれ」
「う、う、うん」
優樹はガクガクと頷く。
ちなみに、私室内の個人用バスルームなので、脱衣所がなかった。
「しばらくかかるから、もう一回寝ていて」
「へ?」
「い、いやぁ。男同士でも裸を見せる趣味はないっていうか、ほら、ボクって華奢でやせっぽちだから恥ずかしいし!」
「わかったわかった。夜中に声あげるな。あれだろ、ナニのサイズに自信がないんだろ?」
「え? ナニって……何?」
意味が分からなかった。
「そのギャグつまんねーよ。ってか、お前って捻挫でもしてたのか」
「どうして?」
「いや。包帯があるからさ」
優樹は声を張り上げる。
「ぁあぁぁああああああ~~!! そうだった! 捻挫していた! ってか統護、あんまり人の下着とかジロジロみないでよ、エッチだよ、いやらしいよ!」
「お、おう。いや別に俺も男のトランクスを眺める趣味はないけどな」
笑いながら統護は離れていった。
無駄に広い部屋で助かった……と、優樹は胸を撫で下ろす。
精神的にドッと疲労が押し寄せてきた。不安げに太ももを摺り合わせた。
「こんな調子で本当にこれから大丈夫かな、ボク」
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