第一章 異能の右手 4 ―統護VSロイド①―
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4
就寝前――統護は呼び出しを受けて、屋敷の庭園にいた。
夜風が心地よい。
すでに見慣れた庭園の景色も、夜に見るとまた違って感じられる。
専属の侍女が数人つけられている淡雪とは違い、統護には専属の使用人はつけられていない。これは元の統護の頃からだという。元の彼はそういった気質だったのだろう。とある少女との短い接触でも、そういった傾向は感じていた。
「……お陰で気楽な身の上だ」
異世界人である統護の魔力は、この世界の人間が身に宿している魔力とは異なっている。
認識・知覚できるモノも異なっている。
わざわざ〔感覚〕のチャンネルを解放するまでもない。
目を細めて視ると、風に乗って踊っているモノがとても愉しげだ――
統護には【DVIS】が扱えない。魔力を作用させると【DVIS】が破壊されてしまうのだ。ゆえに彼は《デヴァイスクラッシャー》と呼ばれている。
魔力の質の違いが原因なのかは、那々呼に調査を依頼しているが、未だに結論は遠いという。
「本当は【DVIS】も扱えた方がいいんだけどな」
この【イグニアス】世界の根幹技術である魔術――【魔導機術】の力を行使できなくなった統護は、堂桜一族の次期当主という立場から滑り落ちた。そして、その責務を妹である淡雪に背負わせてしまっていた。
「……俺は、これから」
夜月を仰ぐ。
最初は、元の世界に還る手段を探すのが第一だった。
けれど今、ユピテルとの戦いで決意している。この【イグニアス】世界の脅威となっている多層宗教連合体――国際テロ組織【エルメ・サイア】をこの手で倒す事を。
元の世界に還る手段が見つかっても、おそらくは元の世界には永住しないとも。
一方通行で【イグニアス】に戻れないのならば、少なくとも【エルメ・サイア】との戦いが終わるまでは還らない。
行き来可能ならば元の世界に還って、家族や知人、クラスメート達に無事を伝えたい。
けれども今の統護は、この【イグニアス】世界で背負っているモノが――
「……物思いに耽るには絶好の月夜ですね、堂桜統護」
統護を呼び出した人物が姿を見せる。
指定された時間の十分前に来ていた統護に対して、指定した彼は五分前にやって来た。
黒い燕尾服が夜の闇に同調しているかの様だ。
只者ではない空気を纏っている。
やや長めの金髪に、特徴的な緑色の双眸。彫りの深さと鼻立ちの高さは、明らかに東洋人とは異なっている。己に対する誇りと尊大さが同居しているような雰囲気。
長身痩躯の執事――ロイド・クロフォードは敵意を隠さない視線を統護に向けた。
ロイドは主に対する儀礼と変わらぬ仕草で頭を下げる。
「どうやら待たせてしまった様ですね。申し訳ありませんでした」
「お互いに約束の時間より早かっただけだ。気にするな」
「それでもお呼び立てしたのはこちらです」
統護は小さく鼻を鳴らした。慇懃無礼の典型で、謝罪には全く感情が感じられない。
面倒なので直球で訊く。
「明日に備えて、とっとと寝ちまいたいんだが……。用事って何だ?」
不機嫌さを装った統護の台詞に、ロイドは頬を歪める。
「単刀直入に申しますと、我が主・優樹様には近づかないで頂きたい」
ロイドもストレートに返してきた。
「悪いが断るよ。俺は是非とも優樹との旧交を温めたいって思っているから」
白々しい、と統護は自分でも思った。
優樹がみせた《デヴァイスクラッシャー》が本物かどうか見極めたい、というのが本音だ。
むろん、彼と友達になれれば一番だが、それよりも――
二年前。元の世界で事故死した比良栄優季の笑顔が脳裏にちらつく。
爆発事故に巻き込まれての死だったが、実は遺体が発見されていない。統護も詳しい事は知らされていないのだ。ひょっとしたら、という可能性が否定できない状況だった。
いや、縋りたいのかもしれない。
知ろうと思えば、きっと……
「優樹様の身の上には特殊な事情がございまして、貴方の様な方には関わって欲しくはないのですよ。特に劣等生に落ちぶれている、今の貴方にはね」
特殊な身の上。その言葉に統護の胸が高鳴った。
「落ちこぼれで劣等生なのは認めるが……。で、確認するけれど、俺とアンタの立場を分かった上での発言か?」
「もちろんです。相手が誰であろうとも主が第一なのが執事という立場。それに貴方が立場や権威を笠に着るタイプではない、と理解した上での発言でもあります」
「そうか。納得したよ」
「納得していただけたのならば、安心しました」
「いや。そっちの納得じゃなくてさ。――で、どうすればアンタは俺と優樹の友達付き合いを認めてくれるっていうんだ?」
「認めるつもりはないのですが。会話が成り立っておりませんね」
「それはこっちも同じだ」
「……」
「……」
緊張感に満ちた静寂。
ざん、と地面を蹴る音が小さく鳴る。
ロイドの姿が夜の闇に溶け込み、――統護の背後に回り込んでいた。
迅い。
先手を取られるなんて。自分よりも明らかに実戦慣れしている。
開始のゴングなしだと想像以上に自分の反応が鈍い。暗がりは言い訳にならない。
「ちッ」
反応した統護は振り向き、寸でのところでロイドの右ストレートをヘッドスリップで躱す。
拳だけは対応できない。射程外にポジショニングされた。
躱しざまに、振り返った勢いを利したまま統護は右足を跳ね上げた。
ほぅ、とロイドは統護の蹴りを視界に収める。
統護のハイキックをロイドはダッキングでやり過ごすと、そのまま姿勢を沈め、両手を地面について水面蹴り(払い蹴り)を繰り出す。軸足を駆られた統護は倒れ込むが、咄嗟に左手を着き、左腕のバネだけで空中に逃れてロイドから距離をとった。
着地を決めた統護は好戦的に笑う。
「話し合いが平行線なら、まあ、そりゃこれしかないよな」
ロイドも同意と頷いた。
回答はシンプルだ。
二度と余計な口出しができないように、徹底的に叩きのめす。
それはロイドとて同じだ。己が主人に近づく気が起きなくなるように、叩きつぶす。
双方、たとて負けたとしても他人に泣きつくような気質ではないと理解していた。
「腕一本の筋力だけで五メートル近く自重を真上に飛ばせるとは、情報通りの超人ですね」
その超人的な肉体性能を目の当たりにしたロイドに、怯えの色はない。
ただ冷静に敵の情報を確認しているだけだ。
「加えて、その身体能力を制御できる身のこなし。ボクシングだけではなく、なかなかの運動神経……だけではないようです。蹴りも見事でしたしね。余計な詮索はしませんけれど」
やはり色々と研究されている模様だ。
実は、統護の戦闘データは堂桜財閥の諜報部によって拡散されている。
情報源はルシアだ。
堂桜の軌道衛星や各国の観測衛星といった外部の眼(カメラ)からは秘密を守っているのだが、ルシアが操作する超小型特殊ドローンに、数々の戦闘シーンを撮影されてしまっていた。特にユピテル戦を撮られたのが致命傷だった。
従って淡雪だけではなく、ルシアにも秘密を知られている。
そのルシアが堂桜一族上層部の意向(圧力)によって、統護の戦闘データを加工して『情報の海』に放流したのだ。むろん統護の秘密を巧く誤魔化したカタチでだ。
過日の《隠れ姫君》事件でアリーシアが世界的に注目を浴びた事に便乗して、統護の《デヴァイスクラッシャー》としての活躍をアピールする。魔術が使えない劣等生として悪評が広まっている統護に対する、世間体を保つ為の苦肉の策――だった。
(コイツ……強いぜ)
統護の基本スタイルは、アメリカ留学時代にボクサーだった母親からムリヤリに仕込まれた、近代ボクシングをベースとしていた。
理由は、蹴り技よりもパンチの方が手加減の調整が利くからである。特に顎先をパンチで打ち抜ければ、身体に与えるダメージを最小限にして、脳震盪のみで終わらせられる。
だから統護は、修練で得た技能は使用しない様に心掛けているのだ。
その統護が、ロイドの先制攻撃に対して、咄嗟の蹴り技で応戦せざるを得なかった。無理に拳のみで対応しようとすれば、そのまま負けていただろう。
しかも、水面蹴りで足を刈られて、完全に後手を踏まされるとは――
(戦い甲斐のある相手だ)
ユピテル戦以降、堂桜の修練と近代格闘技のトレーニングは、実戦での運用を想定した類に変化していたが、このロイド相手ならばその成果を試せるか。
思わず、微かな笑みが零れる。自分は今のままではダメなのだ――
統護は手招きする。
「いいぜ。……使えよ。攻撃魔術を。お前は【ソーサラー】なんだろう?」
相手が格闘技術だけではないのは、とうに分かっていた。
強盗を倒した炎系の魔術も把握している。なによりも大企業【HEH】の子息の専属執事だ。当然ながらボディガードとしても超一流のはずだ。
ロイドは統護の挑発に一礼した。
「では遠慮なく。貴方のような怪物に素手で格闘戦を挑むほど愚かではありませんからね。それに《デヴァイスクラッシャー》の本領はボクシング技術にパンチ力との情報。まともに近接戦闘に付き合うつもりはないです」
その宣言と同時に、ロイドは白手を嵌めている右手を左胸に当て、四十五度の角度で丁寧に踵を揃えた。「――ACT」と、【魔導機術】を立ち上げる為の単語を呟く。
魔力が彼の体内を駆け巡る。右手を首元へとやった。
ロイドの首――蝶ネクタイに埋め込まれている宝玉が煌めく。
統護はその輝きを目にとめる。ロイドの専用【DVIS】を破壊する為に。
【魔導機術】とは、使用者(登録者)の魔力をエネルギーとし、【DVIS】という機器を介して超次元的にリンケージされた魔導型軌道衛星【ウルティマ】によって、この【イグニアス】世界の精霊や霊魂に働きかけてエミュレートさせる超常現象である。
ロイドの専用【DVIS】がIDとなって、使用者(魔術師)を【ウルティマ】にログインさせる。
ログインを許可した【ウルティマ】は、ロイドをユーザーとして演算領域を割り当てた。
軌道衛星【ウルティマ】と精神的かつ電脳的にリンクしたロイドの意識内に、【ベース・ウィンドウ】と呼ばれる立体映像が展開される。彼の中の電脳世界のみでの現象だ。
この電脳世界において術者は現実時間を超えた超次元で、魔術オペレーションを処理するのである。
ロイドはウィンドウ内から、己のオリジナル魔術のプログラムが記載されているフォルダを選択して、実行する。
「――《ミッドナイト・ダンシング》」
魔術を立ち上げる【ワード】を唱える。
施術者であるロイドの意識領域内に、【スペル】と呼ばれるアプリケーション・プログラムの文字列が超次元的速度で流れていく。次いで【ウルティマ】の演算機能の中枢――超次元量子スーパーコンピュータ【アルテミス】が、その【スペル】をコンパイルして、術者の魔力をエネルギーとした超常現象へとフィードバックした。
ロイドのオリジナルの戦闘用魔術――【魔導機術】が顕現する。
彼の金髪が黒く染まり、そして伸びていく。
伸びた黒髪は、翼のように、あるいは扇のように展開した。
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