第一章 異能の右手 2 ―居候―
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那々呼のアパートを辞して、再び徒歩で駅を目指す統護に、淡雪が訊いてきた。
「ひょっとして、お兄様は優樹さんも自分と同じ、と疑っていますか?」
直球での質問に、統護は小さく頷く。
本来ならば、魔力を流し込んでも絶対に誤作動しないはずの【DVIS】が小爆発を伴って破壊されてしまう現象。いつの間にか周囲から《デヴァイスクラッシャー》と渾名されていたこの現象は、今の堂桜統護にしか体現不可能だと思っていた。
何故ならば……
――統護は異世界人である。
本来はこの世界【イグニアス】の人間ではないのだ。彼の本来の世界は人々に魔力などなかったし、魔術――【魔導機術】など存在しない世界であった。化石エネルギーと科学技術のみが、人類の発展を支えている世界であった。
統護はその世界から、この異世界の堂桜統護と入れ替わるカタチで――転生した。
事故だったのは微かに覚えている。突如とした猛吹雪に見舞われた山の中。その吹雪も統護のチカラの暴走であった。原因は不明のまま。環境破壊により自然力が衰退したあの世界で、あんな吹雪など起きる筈なかったのに――
元の世界での存在が消え、代わりにこの異世界において、肉体を再構成されていた。
結果、超人めいた最強の肉体を得ている。
「この世界の人間だったら【DVIS】に拒絶される、なんてあり得るのか?」
統護が異世界人であるという秘密を共有している淡雪に訊き返す。
淡雪は元の世界には存在していなかった。この異世界で出逢った妹だ。異世界人である為、同じ堂桜でも血は繋がっておらず、さりとて義妹でもない、いわば世界が定義した妹。
「前から考えていました。ひょっとして、お兄様の《デヴァイスクラッシャー》の原因は、異世界人だからという前提が間違っているという可能性もあります」
「そういう考え方もあるか」
比良栄優樹は、どうやらこの異世界でも堂桜統護とは幼馴染みらしい。
だが、元の世界の比良栄優季は、女の子であった。
そして実家が金持ちのお嬢様ではあったが、この世界の優樹のように大企業の御曹司というわけではなかった。
国内の電子電気産業を統括している【比良栄エレクトロ重工】。
通称【HEH】は、【魔導機術】が中心技術として発展している為、サブ技術に追いやられている格好の電子電気産業のトップランナーである。
「ええと、お兄様は当然、こちらの優樹さんを覚えていないですよね?」
「まぁな」
こちらの世界の優樹とは、あの事件が初対面であった。
長く交友が断絶していた為、淡雪から聞き及んでもいなかった。それに、この異世界に存在しているとは思っていなかった。
「なあ。アイツって本当に男なのか?」
莫迦な質問だ、と自覚しながらも、どうしても訊かずにはいられない。
淡雪は困惑した顔になる。
「確かにあまり男らしくありませんでしたね。でも戸籍は間違いなく男性です」
「……」
「お兄様?」
「アイツが男だっていうんだったら、逆に――」
統護の脳裏に、黒髪をポニーテールに束ねた少女が浮かんだ。
元の世界で通っていた高校制服の上に、黒いマントを羽織っている天才魔術師の少女。本来同じ筈なのに統護とは瞳の色を別にしている彼女の存在が『あり』ならば、優季が優樹になっていたとしても……
確かめたいな、と統護は思った。
堂桜本家の屋敷に戻った二人を、細身で少女めいた少年と、燕尾服の青年が待っていた。
少年は朗らかに話し掛けてくる。
「やあ。帰宅をまっていたよ、統護。そして淡雪」
誰あろう比良栄優樹だ。
執事を従えた優樹は、にこやかに挨拶した。
統護と淡雪は目を丸くする。
なぜならば、優樹は引っ越し支度としか思えない大荷物と一緒だったからだ。
予想通りの台詞を優樹は言った。
「実は明日から【聖イビリアル学園】に編入する事になってね。当面の間、君のところで世話になるから、ヨロシク」
統護は薄く笑んでいた。
予想外の展開だが、これは願ったり叶ったりの状況だ――
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