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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第2部(第04話)

第一章  異能の右手 3 ―婚約者―

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         3

 本日から同居する運びとなった優樹を交えての夕食を終え、統護は自室に戻っていた。
 ようやく慣れた十五畳以上する広い洋室だ。
 今は衛星通信によるフォト電話で、アリーシアと会話している。
 三日と置かずに、ほぼこの時間帯に話をしていた。
 環境が激変している彼女の現状把握が主な目的であった。イザという時は、たとえ国境を越えても友人である彼女の力になりたい。
 フルネームはアリーシア・ファン・姫皇路。
 ニホン人の母親から産まれたファン王国の妾腹の姫君であり、現ファン国王の唯一の血族にして次期女王となる少女である。
 彼女は長く妾腹の姫君という出自を隠されており、孤児院【光の里】で暮らしていた。
 そしてアリーシアのクラスメートであった堂桜統護は、アリーシアの王族とは無縁の平和な人生を守る――という極秘ミッションを堂桜本家より課せられていた。元の堂桜統護が消え、今の統護がこの異世界に転生して、まず最初に臨んだのが、元の統護から引き継いだアリーシアの護衛――ミッションネーム《隠れ姫君》であった。
 しかしファン王国の内戦がニホンにも飛び火し、アリーシアは己の出自を知ってしまい、そして先日の《隠れ姫君》事件において、彼女は王位を継ぐ決意をした。
 妾腹の姫君の出生と行く末を巡る事件が終わり、アリーシアは今、正式なファン王国の第一王女としてファン王国に凱旋している。
 父王であるファン・ファリアストロⅧ世との関係は良好との事だ。その反面、警護役でありお目付役も(暫定処置で)兼ねているエリスが少し過保護と苦笑していた。
 エリスとは、エリス・シード・エリスハルト。女騎士といったイメージだが、ファン王家直属特務隊の花形部隊――宮廷魔術師団の長であり、特務隊総隊長だ。
 ファン国民からアイドル的な扱いをされている著名人で、愛称はエリスエリス。
 畏怖されている異名は《聖剣》エリスである。今のアリーシアには最適な付き人だろう。
 エリスだけではなく、【光の里】に孤児として暮らしていたアリーシアの護衛、島崎しまざき和葉かずはも可能な限りアリーシアの傍にいてくれている。ただし本名をリーファ・エクゼルドとする彼女は、アリーシアの護衛を離れる原因となった負傷のリハビリおよび再訓練があり、エリスほどアリーシアに付きっきりとはいかない模様であった。
 リーファがエージェント魔術師として完全に現場復帰したならば、エリスからリーファにアリーシアの護衛と付き人の役目が移る予定だ。
 そして統護も近況を語った。
「――というわけなんだよ」
 ホットな話題として、統護は優樹の件をアリーシアに聞かせた。
 燃えるような赤毛が特徴の、勝ち気な美貌の少女の貌が、不満そうに曇る。
「えっと、私よく分からないんだけど?」
 肉声と区別のつかないクリアな音声が、揺らいでいた。
 統護も深刻な表情で頷く。
「ああ。俺もよく分からない。ルシアに解析を頼んだが、やはり優樹のやった芸当は俺と同じ《デヴァイスクラッシャー》としか定義できない、との結論だった」
「いや、そこじゃなくて」
「なに? 疑問点は違うっていうのか」
 統護は身を乗り出した。アリーシアの着眼点は自分やルシアとは異なる様だ。
 なにか重要なヒントが得られるかもしれない。
 小さく咳払いしたアリーシアが表情を険しくして言った。

「どうして締里とデート、したわけ?」

 予想外の言葉に、統護は焦る。
 経緯は説明していた。特務隊の見舞いに二人で行って、その後もなし崩し的に街中を一緒に歩いていた、と。
「あ、いや、その、そうだな」
 気が付けば、明らかに彼女は怒っている。アリーシアの剣幕に統護は気圧された。
 彼に強く根付いている『ぼっち』気質による情緒不安定が顔を覗かせる。会話のどこをミスしてアリーシアを怒らせてしまったのか。
 統護は大量の脂汗を流しながら、どうにか取り繕おうと頭脳をフル回転させる。
「ッ!」
 これだ――見つけた。彼女の不機嫌の原因を突き止めた、と思った。
 失念していた。
 アリーシアと締里は強固な主従関係で結ばれていると同時に、今や姉妹同然の大切な友人だという事を。統護は己の軽率さに歯軋りする。
(ったく、こんなだから俺は元の世界で『ぼっち』だったんだな)
 情けない。己を恥じると同時に、解決策を見つけた統護は冷静さを取り戻した。
 統護は不本意ながら締里に付き合わされた、というニュアンスで話してしまっていた。実際は女の子との勝手がわからずに戸惑っていた事を、照れて誤魔化していただけなのだが。
 しかし締里の友人であるアリーシアには気に入らなかっただろう。大切な友人が貶された、と誤解しているのかもしれない。
「ちょっと待て。誤解だ。聞いてくれないかアリーシア」
「え。誤解だったの?」
 アリーシアの頬が綻んだ。
 よし、掴みはオッケーだ、と統護はここぞとばかりに畳みかける。
 とにかく締里――アリーシアの妹分の親友――を褒めた。絶賛して持ち上げた。締里と二人きりになった事も実は嬉しかった、楽しかった、締里は可愛かった、デートできた自分は幸せ者だ、付き合えたのならば理想の恋人だ、と熱心に身振り手振りで訴えた。
(少しヨイショし過ぎの気もするが、まあ、ちょっとオーバーなくらいがいいだろう)
 熱心に話すあまりアリーシアの反応をないがしろにしていた。
 一区切りついたので、統護は快心の笑顔でアリーシアの反応を窺う。
 きっとアリーシアは満面の笑みで……

 ――アリーシアは般若のような笑顔(?)になっている。

「ッ!? ? !?」
 統護は凍りつく。
 自分がなにか決定的な間違いを犯してしまった、とだけは理解できた。
「ねえ統護?」
「は、はい。なんでしょうかアリーシアさん」
 怖さのあまり敬語になっていた。
 額に青筋を浮かべたアリーシアは凄みのある声色で訊いてくる。
「私と統護の関係って、覚えている?」
「もちろん大切な友人だ――と、俺は思っているんですけれど?」
「ふふふ。そこじゃなくて、ほら、もっと大事な。ね?」
 統護はカクカクと頷いた。
 二人は堂桜一族とファン王家の契約に従って婚約していた。今の統護ではなく、元の統護が課せられたミッションに対する責任であった。アリーシアが己の出自を知ってしまい、血脈に縛られた時、彼女の身を護る方策として堂桜本家嫡男である統護が婚約する事によってアリーシアの立場を少しでも強くする為である。
 しかし愛ゆえの婚約ではなく、政治的な意味での婚約であるので、彼女が成人する二十歳の誕生日をもって解消――が規定路線の筈だ。
 仮だ。仮初めの婚約関係と統護は認識している。
 そもそもアリーシアみたいな姫君が、自分の様な男を好きになるはずがない。相手にとって、非常に迷惑な縁談だろう。
「そ、そ、そうだな。うん、反省している」
「本当に? 私と統護は婚約者同士なんだよ?」
 迫力が凄い。
 気の所為か、アリーシアは本気で結婚するつもりに思える。
 まだ高校生なのだが……
 それに今の統護は、まだまだ恋愛沙汰はハードルが高過ぎる。
 とにかく結婚云々に話題が移ると危険だと察知し、統護は論点を元に戻した。
「ああ。素直に言うべきだった」
「どう素直に?」
 最後のチャンスよ、とアリーシアの目が物語っている。
 統護は誠心誠意、正直に言った。
「いや。本音いうとさ。俺、お前がどうして不機嫌になったのかサッパリなんだ。よかったら教えてくれないか? 可能な限り改めるから」
 意図せず、下手に出た愛想笑いを作っていた。
 アリーシアの顔が真っ赤に染まる。

「~~ッ、当分の間、連絡してくるなっ!! この莫迦ッ!」

 鼓膜を破らんがごときの怒声を残し、アリーシアは一方的に通信を切ってしまった。
 取り残された格好の統護は首を捻る。
「どうしてこうなった?」
 自問しても答えは出なかった。
 意味不明である。
 淡雪が時折する理解不能の反応といい、女性の扱いは難しいと実感する。
 とにかく少し間を置いてから、謝りを入れた方が無難だ、とだけは淡雪との経験則で学習していた。非がどちらにあるかという理論的思考は、どうやら女性には通用しないのだ。
 と、その時。
 通信用モニタにチャットが入ったとの表示が出た。
 相手は――学園のクラスメートで友人である証野史基である。
 そしてもう一人、学園の上級生で生徒会長である東雲黎八も同時にログインしてきた。
 過日の《隠れ姫君》事件以来、二人との交友は深まっていた。こうして時折、チャットを愉しんだりもしている。
 俺はもう『ぼっち』じゃない――と統護は幸せと充足を噛み締める。
 約一時間。
 二人との会話やオンラインでのカードゲームに夢中になった統護は、すっかりアリーシアの事を忘れていた。

 

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 通信用モニタの前で、艶やかにドレスアップしているアリーシアは呆然となっていた。
「へ、返信してこない……」
 待てど暮らせど、通信を切ってから、すでに四十分が過ぎていた。
 アリーシアはガックリと項垂れる。
 第一王女の証である金色のティアラが、ちょっと前にズレた。
「あのバカ、何やってんのよ」
 彼女が控えているドレッシングルームの扉を軽くノックする音が聞こえた。
「姫様。間もなく会見のお時間でございます」
「わかりました。参ります」
 通訳も兼ねた新人侍女のニホン語に、アリーシアは応えた。
 この侍女は先を見据えて抜擢された九歳の幼女である。孤児であり、今後二十年はアリーシアに専属で仕えるのだ。十年後、彼女が数多の使用人を長として纏める予定だ。
 アリーシアは気持ちを切り替える。ここから先の自分はファン王国次期女王である第一王女なのだ、と。
 統護の困り顔を思い浮かべ、アリーシアは苦笑する。
 締里もライバルだったとは予想外だ。けれど友情や主従関係で、下手に遠慮されるよりは余程いい。何故ならば、女にとって恋とは常に真剣勝負なのだから。
「よし。……じゃあ、いってくるね統護」
 私は私の戦いに赴く。
 だから貴方も――
 彼の話に出てきた『二人目の《デヴァイスクラッシャー》』というイレギュラー。
 統護の秘密の一端を知るアリーシアには分かっていた。
 間違いなく統護は、すでに新たな戦いへと突入している、と。
 自分がその戦いに身を置けないのが、ちょっとだけ悔しい。だけど帰国するまで第一王女としての責務を果たす。それが帰国して、胸を張って彼の元に帰る為のケジメだ。
 そして、第一王女として【エルメ・サイア】との戦いをサポートする。堂桜財閥とも連携して、統護の日常が世界最大のテロ組織に脅かされない様に。
 きっと統護は【エルメ・サイア】と《ファーザー》を斃す。その為の道を、できれば自分が用意するのだ――
「アリーシア、早く。時間が押している」
「分かっているわ、和葉」
 侍女に変装しているリーファから催促された。バックアップが側近である彼女の役目だ。
 公式な場の為、宮廷魔術師団の正装をしたエリスが廊下に控えている。
 もう一つの母国にいる統護へ呟く。

「……頑張れ、私の大切な〔魔法使いウィザード〕」

 近代魔術師――【ソーサラー】と【ウィッチクラフター】ではなく、そして近代魔術師の為に【メイジ】と一括で再定義された古代魔術師とも異なる、伝説の呼称を持つ者。
 それが堂桜統護という魔術を使えない劣等生。
 浮かべた微笑みを決然と引き締め。
 アリーシアは己の戦いへ赴かんと、重厚な扉へと歩き出した。

 

 

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 本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。