第一章 異能の右手 1 ―解析―
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此処は人里離れた首都圏という特殊な場所だ。
ニホンの首都――ネオ東京シティの国営中央駅から走っているリニアライナーで、直通している首都圏の外れの、とある辺境地帯。
堂桜財閥が一帯を買い占めており、意図的に森林や田園が雑多に残されている。その都会と背中合わせとは想像しにくい長閑な風景に、ポツンと年代物の木造アパートが建っている。
界磁と電機子による線形誘導機構であるリニアモーターと、【魔導機術】による魔力牽引誘導機構とのハイブリットエンジンを誇るリニアライナーであれば、中央駅からこの地の駅まであっという間であったのだが、駅から件のアパートまで徒歩三十分を強いられた。
なにしろタクシーを拾えないどころか、バスが運行されていない。
「此処か」
統護は到着したアパートを見て、複雑な表情になった。
鬱蒼と生い茂った木々に覆われた特殊な立ち位置に、アパートは埋没している格好だ。
コンタクトは容易とはいえ、空路を除く道が一本しかないので、なるほどこのアパートの主を護るのには理想的な要塞といえた。見た目はボロボロであってもだ。
公有地に偽装しているが、堂桜の私有地であるので罠も仕掛けられているはずである。
「なんかすごいアパートだな」
「ええ。私も此処に来るのは久方ぶりです」
隣を歩く淡雪も何か思うところがある、といった表情だ。
そんな二人を、糊の利いたメイド服を完璧に着こなしている少女が出迎える。
人形のような整い過ぎた容貌から――《アイスドール》と一部で揶揄されている美貌の娘だ。
その圧倒的な美貌は、見慣れた今でも時折、統護をハッとさせる。百七十センチを超える見事なスタイルと相まって、彼女の完成され過ぎている造形美はもはや『人間離れ』と形容して過言ではない。
「ようこそいらっしゃいました」
綺麗な姿勢でお辞儀するが、ルシア・A・吹雪野は笑顔を添えることはなかった。
ルシアに案内された二人は、二階にある205号室に入った。
ドアは、古めかしい見た目に反して最新のセキュリティシステムが設置されていた。
猫の額ほどの玄関を踏み越える。
統護にとっては初めての場所だが、元の堂桜統護は何度か訪ねていたとの事なので、極力、驚きを顔に出さないように心構えていた。
しかし、事前に『どの様な部屋か』と教えられていても、驚愕に目を見開いてしまった。
樹海のごとくパソコン群がひしめいている――異界、であった。
あまりに異様な光景。
パソコン(特注のワークステーション)群の中央にある薄型巨大モニタの前には、一人の少女が丸まっている。
小柄で細身。下着の上に白い医療用検査衣だけをつけている、赤毛の娘。やや癖のある赤い頭髪の上には同色のネコ耳カチューシャが装着されていた。
ルシアが平坦な声で告げる。
「――ネコ、起きなさい。ご主人様とオマケを連れてきましたよ」
オマケ呼ばわりされた淡雪の顔が引き攣った。
呼ばれた少女――堂桜那々呼が、ビクリ、と背中を振るわせると飛び起きた。
そして統護たちの方を振り向く。
「にゃぁ~~~~ん♪」
目を輝かせた那々呼は、猫そのものといった所作で統護に飛びついて、頬ずりした。
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…
堂桜那々呼は、いわゆる狂人にカテゴリされる。
己を『本物の猫』だと認識し、縄張りとしているこの205号室から出ようとはしない。
ゆえに彼女の世話係であるルシアを筆頭に、ルシア率いる堂桜の私設特殊部隊【ブラッディ・キャット】の面々は、このアパートに住み込んで那々呼を護衛しているのだ。
公称十八歳のルシアを筆頭に、隊員は若い女性ばかりである。
加えて、那々呼の存在自体が世間には秘匿されていた。
それは那々呼の特別な血脈が、堂桜財閥の根幹である【堂桜エンジニアリング・グループ】の最重要技術を担っている天才家系だからである。
彼女の血脈と天才性なしでは、【堂桜エンジニアリング・グループ】は成り立たない。
その反面、強すぎる天才性の反動なのか、精神を病んで壊れる者が大半で、壊れずに天才であり続ける一部――実に一世代に一人のみ――も、狂人のカテゴリから外れる事はない。
「にゃん、にゃん、にゃぁあああん♪」
那々呼は嬉々としてキーボードを打っていた。まるで遊んでいるかの様だ。
楽しそうな猫の鳴き真似を、統護は痛ましい気持ちで聞く。
本音をいえば、正視に耐えられない光景であったが、今日だけはどうしても此処に来る必要があった。それは――
前面に展開している巨大モニタに、昨日の場面が映し出された。
昨日。統護と締里はコードネーム『アクセル・ナンバーズ』――アリーシア姫の極秘護衛隊の見舞いに行った。
その帰り、二人は街中を散策していた。
そして戦闘系魔術師――【ソーサラー】が現金輸送車を襲撃する魔術犯罪に出くわした。
警察の【ソーサラー】の到着を待たず、統護と締里が彼等を無力化しようとした、その時。
画面の中で、細身の人物の拳撃によって強盗達の手首部に小爆発が生じる。
爆発したのは手首ではない。
手首に装着していたリング――【DVIS】と呼ばれる【魔導機術】に必要な機器だ。
強盗達が細身の人物とその執事と思われる男に倒される場面が、様々な角度から再生される。
「にゃんっ!」
「ご苦労、ネコ。……では説明しますね、ご主人様とその他一名」
その他一名呼ばわりされた淡雪の顔が引き攣った。
そんな妹の様子を見なかった事にした統護は、ルシアに先を促した。
ルシアは頷くと先を続ける。
「まず、ご覧になって頂いている動画ですが、軌道衛星【ウルティマ】からの地上観測映像をメインに、街中に設置されている各防災・防犯カメラからの映像データを加え、独自に三次元処理を施してレンダリングしています」
軌道衛星【ウルティマ】とは、堂桜一族が所有している【堂桜エンジニアリング・グループ】の頭脳の集約ともいえる存在だ。ラグランジュ点を周回軌道とする超ステルス型の魔導人工衛星――とされているが、その詳細どころか外観すら堂桜一族の一部しか把握していない。
「ああ。つまり実写にみえてもこれってCGなのか」
「その通りです。映像解析から――やはり拳の一撃で【DVIS】が破壊されているのは間違いないかと思われます。コンマゼロゼロ二ミリ、百分の一秒単位での解析結果ですので、もしも拳ではないナニかの介入があるのならば、それはコンマゼロゼロ二ミリ、百分の一秒以内での精度、という条件下になります」
「それは科学的に可能なのか?」
「科学的にも魔術的にも充分に可能、ですがメリットが見当たりません。いかに彼が比良栄の姓を持つ者であっても」
統護が黙ったので、ルシアはモニタ映像を切り替えた。
粉々になった、破片の写真。
そして複数の折れ線グラフ。
「警察に手を回して入手したデータです。加えてこちらでも再解析しました。爆発物――つまり破壊された【DVIS】の解析結果です」
「で、結論は?」
「火薬、爆薬の類は検出されませんでした。全て元の【DVIS】の部品です」
更に画面が切り替わり、件の人物のアクションに赤い光が上書きされた。
「この赤い光は?」
「彼の魔力を可視化したものです。拳を撃ち込むアクションの際に、魔力が拳に集中しているのが分かると思います」
「魔術――【魔導機術】の作用は? 例えば【DVIS】狙撃を目的とした魔術」
「確かにその類の攻撃魔術は開発可能ですが、たいして意味があるとは思えません」
ルシアの言う通りに、完璧ともいえる安全設計をされている専用【DVIS】といえど、絶対の強度を誇るというわけでもない。また外部からの衝撃に対する耐性は、個々のデザインに大きく依存している。
よって【DVIS】を狙う――という対魔術師戦法もありなのだが、そもそもピンポイントで【DVIS】を狙えるのならば、魔術師を直接倒してしまった方が、楽で早い。
打撃一発のヒットで【DVIS】を機能不全させる統護の様な特殊魔力があれば、話は別になるだろうが。
統護は反論した。
「いや、意味だったら、俺と同じ《デヴァイスクラッシャー》を魔術で再現する、とか」
「彼の拳から【魔導機術】の発現およびプログラム実行は記録されていません。魔力の集中のみです。そして、映像からも判りますように爆発に対して拳が無傷なのです。そして他者の【DVIS】に対して自身の魔力による抗魔術性を発揮させても、何も意味もありません」
ルシアは一呼吸置いてから、総括を述べた。
「魔力を流しても魔術は起動せず、【DVIS】を拳で打ち込んで破壊する。爆薬なしでこの現象を体現可能であるのならば……
――比良栄優樹もまた《デヴァイスクラッシャー》と定義できます」
ルシアの帰結に、統護は唇を噛む。
優樹が自分と同じ《デヴァイスクラッシャー》ならば、ひょっとして彼は……
(俺と同じ転生者なのか?)
振り払えない疑念を、より強くした。
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