第一章 パートナー選び 2 ―強制参加―
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統護は朱芽からの誘いを無視した。
PCモニタに表示されている対抗戦規約を、統護は流し読みしていく。
感心する。
第二回以降の開催も睨んでいる為か、かなり詳細まで設定されている。対抗戦という体裁であっても、学校別でのポイント集計や優勝校の表彰といったイベントはない。各学校から任意で参戦してきた者達同士で競い合う場の提供だ。
予選ブロックはA~Dの四つ。
ブロック内での試合は、参加者の数によって複数パターン用意される、となっている。
各ブロックを勝ち上がった四組で、準決勝二試合→決勝とトーナメント形式に移行だ。
準決勝以降の試合形式は、特別な条件なしで、シンプルに相手チームをオール・ノックアウトした方が勝ちと記載されていた。
現在、急ピッチで対抗戦用の臨時競技場と臨時闘技場が建設されている。
対抗戦が終われば、即解体予定というのだから贅沢な話だ。無駄に維持費を食う事を考慮すれば潔いとも受け取れるが。
コツン、と朱芽から二度目の消しゴムの欠片。
しつこい。
統護はそれを机の外へ払った。視線を朱芽にやらない。彼女には悪いけれど、対抗戦にエントリーする気はないのだ。魔術をキャンセル、あるいは直接的に破壊できる特異体質を当てにしているのだろうが、魔術を使えない統護が対抗戦に出場する意味も意義も見い出せないのだ。正直、興味も薄かったりする。
「ちょっと失礼しますね」
断りの声と同時に、教壇側の教室のドアがスライドする。
声色と口調から担任教師の琴宮美弥子である事は、教室内の誰もがすぐに分かった。
美弥子が入室し、教壇に上がる。
二十八歳とは思えないほど、良くいえば若々しい、悪くいえば子供っぽい顔立ちの女性だ。念入りな化粧とヘアメイクが若干、浮いている。スタイルはそれなりにも関わらず、ビジネススーツに着られているという印象が強い。
趣味は婚活で、休日はお見合いパーティーに出陣というのが常らしい。
「どうしたんですか、琴宮先生」
夏子は露骨に眉を潜める。予定外の闖入者に対し、不機嫌さを隠そうともしない。
ちなみに夏子と美弥子は外見的、容姿のイメージとしては正反対である。濃厚に大人の色香を発散させている夏子であるが、みみ架以上に異性の視線に無頓着・無関心だ。服装も社会人としての最低限の体裁のみといった手抜きぶりだ。化粧と髪型も言わずもなが。
美弥子は申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。ちょっと急遽決定してしまった事があって、緊急連絡に来ました」
「もちろん私の講義の邪魔をする必然性があっての事……ですよね?」
「睨まないで下さいよぅ。当然じゃないですか」
説明を中断されたみみ架が言った。
「このタイミングで慌ててだと、察するに対抗戦についてですよね?」
「流石は累丘さんです! 百点満点をあげちゃいます」
「要らないですから、端的かつ手短にお願いします。時間配分、割とギリギリですので」
「うわ冷たい。分かりましたから」
立ち慣れている教壇中央で、美弥子は丁寧に両踵を揃えた。
教室中を見回して、一拍おいて告げる。
「二点ほど伝達事項があります。皆さんすでに知っての通りに、今回の対抗戦って色々と大人の事情がありまして。建前を排すと、いくつかスポンサーの方々の要望を飲まざるを得なくなりまして、そのお知らせです」
「冗長です、美弥子先生。ズバリ伝達事項だけで」
「そんな目で見られるとセンセ、悲しいですよ。分かりました。まずは一つ目。堂桜統護くんについてです」
「俺?」と、統護は自分を指さした。
美弥子は神妙な顔で頷き返す。
「そうです。堂桜くんには、本人の意志に関わらずに対抗戦にエントリーしてもらいます」
「何でだよ!?」
声を荒げた統護に、みみ架が冷たい声で告げた。
「スポンサー達の要望って美弥子先生が言ったのを、もう忘れたの? 堂桜くんの《デヴァイスクラッシャー》が対抗戦でどう活用されるか、あるいは対戦相手がどう対策を講じてくるのか、興味があるのでしょうね。ま、ご愁傷様といったところかしら」
「その程度は俺にだって理解できる。けど、俺にだって選択権は――」
「ないです」と、美弥子が即答で断言した。
統護は口を閉じる。とりあえず美弥子の主張を先に聞き、反論するつもりだ。
若干、疲れが滲む顔で美弥子が言う。
「堂桜くんはご自分の立場に対する自覚が足りないようですね。堂桜くんはこの学園に入学した当時は、まさに天才魔術師というべき生徒でした。それこそ、ご実家が経営する世界的企業【堂桜エンジニアリング・グループ】の御曹司にふさわしい優等生でした」
統護は何も言えない。
その天才で御曹司にふさわしい堂桜統護は、今の統護とは別人だ。失踪というか出奔した、この世界本来の堂桜統護は、統護が異世界転生する原因にもなった『存在の再構成』によってオルタナティヴと名乗る少女になっている。彼の心は女性だったのだ。
謎に包まれている『存在の再構成』の副作用と、異世界転生に伴う『存在の再定義』により二人の堂桜統護は、揃って肉体が超人化していた。
「魔術師、魔導の研究者としてではなく、かつての堂桜くんは完璧な学生でした。具体的には成績がとても優秀でした。ちなみに、この前の学力テストの結果――どうでした?」
統護は押し黙るしかない。
空いた時間で必死に勉強し、家庭教師もつけ、それなりの成績を叩きだした。しかし以前の成績とは比較にならない。特に【魔導機術】関連の科目はボロボロである。
ハッキリいって――魔導科で最下位であろう。それもぶっちぎりで。
「今の堂桜くんは魔術が使えません。そして魔術が使えるように戻る兆候すらありません。よって一般学科への転向措置も検討されました。しかし学園の大口スポンサーでもある堂桜財閥の顔を潰すわけにもいかずに、依然として魔導科に在籍してもらっています」
「俺だって本当なら一般学科へ行きたいんだけどな……」
一応はそう希望したものの、あっさりと一族会議で却下されていた。
「堂桜の姓を背負った不幸ですね。それで話を戻すと、堂桜くんの今の成績では、隠さずに言うと魔導科での進級は無理です。かといって堂桜財閥の顔を――」
「分かった、分かった! 理解したっての!!」
統護は自棄気味に美弥子の台詞を遮った。
「要するに、俺が対抗戦にエントリーすれば無理矢理にでも進級できるんだろ?」
「その通りです。特別補習とでも考えて下さい。それから理解していると思いますが、全力で戦って下さい。仮にワザと負けでもしたら、進級の保証はできなくなります」
「観念、いえ、承知しました」
「あ、それから、堂桜くんが参戦するに際しての特別レギュレーションがあります」
「禁止事項か?」
「いえ、逆です。禁止項目を固めると、その裏側を突く程度の芸当は、堂桜くんならばやってくるでしょうから、許可項目にしました。後に正式にまとめますが、ザッとこんな具合です」
美弥子は黒板に書き始める。
●《デヴァイスクラッシャー》は、左右のパンチからのみの作用とする。
●《遠隔型Dクラッシャー》は、一試合につき三度以内とする。
●肉弾戦での攻撃手段は打撃系のみとし、適切に威力をコントロールする。
統護は顔をしかめる。
「ガチガチだな。これ以外はアウトかよ。例えば会話による駆け引きや、心理的な揺さぶりとかは? 裏をかくフェイント的な言葉とか。会話が一切NGって観客いる事を考えたら演出的にも味気ないだろ」
「一理ありますね。いいでしょう。それも許可事項に加えましょう。とはいっても、姑息な手段が通用する対戦相手が対抗戦にエントリーしてくるとも思えませんがね」
「道具や試合ステージの環境を利用しての策は?」
「それを許可しちゃうと、色々と拡大解釈が可能になるので不可ですね。ただし、タッグ戦ですので、パートナーがそれを行うのはオッケーです。基本的に脱法は不許可とします。相手側から抗議があった場合は、その都度、運営側で検討させてもらいますから」
他には? と念押しされたが、統護としても現時点では、これで納得するしかない。
朱芽が再び起立した。
「はいはい!! 私、堂桜のパートナーに立候補します!」
その名乗りを皮切りに、教室中から挙手と共に「統護と組みたい」という声があがる。
意外な展開に、統護は動揺した。
統護は対人スキルと性格が原因で、元の世界では立派な『ぼっち』であった。
元の統護――オルタナティヴは『孤高の一匹狼』的な気質ゆえの『独り』だったが、対してこの統護は、単に人付き合いに難がある性格というだけだ。
そして天才から劣等生に転落した統護に、周囲の生徒達の反応は冷たかった。統護も別人と入れ替わった事を隠す為に、あえてこの異世界に転生した当初は孤高を演じていた。
今ではマシになっているが、それでも友達は少ない。
(なんだよ、みんな。こんな俺なんかに手を差し伸べてくれるっていうのか……)
感激だ。内心でジィぃ~~ンとなる。
その反面、恐いという感情も芽生える。果たしてパートナーと上手く付き合えるのだろうか。
美弥子は笑顔になった。
「みんな、堂桜くんに対してこんなに。センセ感激です。前は無視していたのに……」
朱芽が真顔で言った。
「いやぁ、堂桜って特殊なアンチ魔術ウェポンって感じで、私を引き立ててくれるかなって」
統護と美弥子は揃って俯いた。
人間とかパートナーではなく、アンチ魔術ウェポン扱いか……
他のエントリー希望者も口々に続ける。
「アンチ魔術ウェポンっていうか、魔術キャンセル用の人型アイテムじゃん?」
「特殊アイテムを使いこなすってのも腕の見せ所だな」
「まあ、敵側のアイテムとしても悪くはないけどな。攻略しがいがある」
「頑丈で超人的な身体は、囮や楯にもってこいだしね」
兵器どころか道具としての認識か……と、統護はやるせなくなる。
一つだけ心に決めたのは、こいつ等とは絶対に組みたくないという事だ。
「――そのくらいで静かにして。堂桜くんのパートナーについては本人に選ばせなさい」
統護のエントリーに賑わった教室内を、みみ架が通りのよい声で鎮める。
やや苛立ちを感じさせる口調と声音だ。
次いで美弥子に先を促した。
「一つ目というからには、二つ目以降があるんですよね?」
「二つ目が最後ですけどね。それで二つ目というのは、怒らないで下さいよ? 実は累丘さんにもエントリーして欲しいんですよ。っていうか、してくれなきゃ困ります。で、すぐにでも返事しなきゃならなくなりました。本当に御免なさい」
「はぁぁ!? 何ですかソレ」
みみ架の反応に、統護は思わず軽く噴き出した。彼女は割と直情型である。
剣呑な視線をみみ架に突き刺されて、統護は慌ててそっぽを向く。
美弥子が済まなそうに弁明した。
「累丘さんに非がないのは分かっているんですけれど、例の【パワードスーツ】との戦闘映像があるじゃないですか。規制されてネット視聴できなくなっているとはいっても、拡散しちゃって、多くの耳目と関心を集めているのは揺るぎない事実でして……」
「興味ないです。さっき朱芽が言った通りに、複数の特殊機関からのスカウトがあった事も認めましょう。けれど全て断りました。わたし、戦闘とか最強には関心ないですから」
「だ、だけどね……」
みみ架の不機嫌かつ頑なな態度に、美弥子は鼻白む。
夏子が口を挟んだ。
「琴宮先生。累丘の自主性や積極性とは別に、私も累丘のエントリーには反対です」
「それは……。私だって個人的には反対ですよ、累丘さんの参加」
朱芽が質問する。
「先生方の反対の理由ってなんですか? ミミだったら実力的に申し分ないですよね」
クラスメートの誰もが同意見といった空気だ。
「逆だ。例の事件で累丘がみせた戦闘能力は、国内外問わずに、数多の特務機関が即戦力以上と評価したんだ。お前達がいくら超高校級の天才・怪物とはいっても所詮は子供レヴェルに過ぎない。対して、累丘の実力はそのまま実戦投入が可能だ。超高校級じゃなく、死線をくぐり抜けた大人の精鋭に混じっても超一級品の実力だろう。お前達の甘い見立てよりも、累丘は数段強いんだよ。数段上にいるんだ。ガキ共の大会にそんなのを参加させられるか」
「センセ、というか学園側も同意見なんです。中には、学籍だけ残して、一刻も早く実戦に出るべきだという過激な意見もあります。あ、もちろんセンセは反対しましたよ。いくら実力が規格外だとはいっても、累丘さんには子供として高校生活を謳歌する権利があります。進路だって累丘さんの意志が尊重されるべきです。けれど……、累丘さんの戦闘能力は国家財産として管理すべきという心ない意見も、現実として、学園側にすらあるんですよ」
美弥子は悲しそうに目を伏せた。
今の今まで、みみ架のエントリーの件が伏せられていたのは、美弥子が学園側に責任者として抵抗していたからであった。
教室内が水を打ったように静まり返る。
(ま、それはそうだろうな)
統護も例のテロ事件の現場に居合わせていた。統護だけではなく、警察の対テロ部隊も複数機の【パワードスーツ】には、即座に対処できなかった。人質の救出と安全の為、統護は秘密を守るのを諦めて、隠している『真のチカラ』を解放しようと決意した程だ。
その絶望的な状況を、みみ架は単身・短時間で制圧してしまった。
超人化した統護の肉体でも【パワードスーツ】相手では、まともに立ち回れないというのに、みみ架は【魔導武術】なる特殊な戦闘スタイルを駆使し、【パワードスーツ】をねじ伏せてしまったのだ。
――あの場で、統護とみみ架は『とある約束』を交わした。
その約束によって、みみ架は非公式に堂桜一族の庇護を受けられるようになった。それ故に、現在でも一般人として普通の高校生活を送れるのだ。もしも堂桜一族が裏から手を回していなければ、彼女は今頃、どこかの特殊機関に所属せざるを得なかったであろう。
気まずい沈黙を破ったのは、みみ架であった。
心底からつまらなげに言う。
「要するに、わたしがエントリーしなければならないのは、スポンサー側だけじゃなくて学園側の思惑とも一致したからですか」
「他校からのエントリー者でも、累丘さんに興味ある人が多いの。堂桜くんの《デヴァイスクラッシャー》も注目されているけれど、やっぱり例の【パワードスーツ】戦のインパクトが強いっていうのか……」
「ちっ!」
みみ架は小さく、しかし露骨に舌打ちしてみせる。
美弥子は深々と頭を下げた。
「御免なさい。センセ、累丘さんを守ってあげられなかった。もしも累丘さんが拒否するのならば、図書室と図書委員に手を回すって。こんなの教育者にあるまじき行為なんだけれど」
つまらないハッタリだと、統護は呆れた。
手を回すとはいっても具体的に大した事はできまい。特に生徒である図書委員に対しては。だが、みみ架には充分なんだろうなとも思った。
ガックリと両肩を落として――予想通りにみみ架は折れた。
「分かりました。エントリーすれば図書室と図書委員には不干渉なんですよね。ったく」
「そう答えると思いました。貴女なら嫌々でも見棄てられませんものね。いつもそうです。それからパートナーなんですが、堂桜くんは不可です。学園側としても強力なパートナーと組まれると困ります。貴女の単独参加というよりも、ハンデとして一般生徒を選んで下さい」
「勝手な上に、無理難題を……」
「ですね。見つけられない場合は、学園側が責任をもって用意します」
「そうして下さい。【ソーサラー】でも戦闘員でもない一般人が、試合とはいえ、魔術戦闘に混じれるわけがないでしょうに。そんな物好きなんていませんよ」
優季をはじめとした一部の生徒が気まずさを覚える中。
みみ架との対戦があると、参加志望の生徒達は昂揚感を隠せずにいた。
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…
みみ架は対抗戦の説明を放棄して、美弥子に言った。
「悪いですけれど、ここからは美弥子先生にお願いします。とても穏便に話せる気分じゃないので。それに元はといえば、これってわたしの仕事じゃないですし」
憤慨を隠さずに教壇から降りようとしたみみ架に、男子生徒の一人が声をかけた。
「ちょっといいか、委員長。俺さぁ、ずっと疑問に思ってたんだけどよ」
「何かしら?」
みみ架はその男子生徒を睨む。明らかに名前を覚えていない。
統護は苦笑した。ソイツは高山だ。
「例の【パワードスーツ】戦だけどよ。あれって本当は、普通に砲撃系の魔術か反発系の魔術を使っていたんだろ? 発勁とかマジで存在しているわけじゃないよな?」
「さあ? 好きに解釈するといいわ。貴方がどう思おうが知った事じゃないわ。あの時のわたしには、結果のみが大切で、内実なんてどうでもいいもの」
「やっぱインチキかよ。いや、別に委員長の強さ自体にケチつけるってわけじゃないから誤解するなよ。だけど武術とか発勁とか印象付けるから、必要以上に注目されたんじゃねえの」
高山に悪気がないのは、統護にも理解できた。
だから――誤解をそのままにはできない。
そして、みみ架を馬鹿にされたようで、心穏やかではない。
「……だったら、俺が発勁を見せてやるよ」
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