第四章 光と影の歌声 22 ―共鳴―
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統護と優季の目の前で、淡雪が光り輝いている。
それだけではない。
身体が、着ている衣装ごと光の粒子となって、ゆっくりと崩れていく。
「おいっ!! 淡雪っ、目を覚ませっ!! しっかりしろ!」
「淡雪! 淡雪! 駄目だよ!! 駄目だよぉ!」
二人は懸命に声を掛けるが淡雪は目を覚まさない。
掴んでいる肩が、だんだんと手応えを失っていく、その感触に統護は恐怖する。
このままだと、間違いなく淡雪を喪う。
――〝あらゆる可能性と共に無限に存在している平行世界で『堂桜淡雪が存在している世界』は、唯一この【イグニアス】だけだからよ〟――
オルタナティヴの台詞が脳裏に蘇る。
同時に、ユピテルとの戦いで垣間見た、淡雪に酷似した〈光と闇の堕天使〉の姿も。
(くそっ! ひょっとして、この停止した世界は――)
オルタナティヴに告げられた〈資格者〉という言葉。
うっすらとその真意を把握しかけてきた。
――〝確証はないんだけれどね、アタシ達の共鳴が発生しているのが、一時的現象だと仮定するとこのMMフェスタで『何かが起こる』に違いない。心当たりはあるのよ。そう。淡雪も知らないこの言葉を、今こそ『この世界の堂桜統護』となっているお前に託すわ〟――
そうだ。この停止した世界こそが、あの時にオルタナティヴが言っていた『何かが起こる』という『何か』なんだ。
「淡雪、淡雪、お願いだから目を覚ましてってばぁ!!」
優季の呼びかけは、もはや泣き声だった。
淡雪の身は、陽炎のように頼りない。
統護は気持ちを切り替える。焦ってはしくじる。冷静に研ぎ澄ませろ――
ずくん! ずくん! ずくん! ずくんずくんずくん!!
無視していた共鳴を認識する。強く、確かに。
まだ〈資格者〉としての名残を、この堂桜統護との共鳴によって――
かつての堂桜統護へ。
俺の呼びかけが、俺が駄目なのならば、俺が淡雪の兄として駄目なのならば!
――〝淡雪の事だけど……、お前に任せていいのか、正直いって迷っている〟――
統護はオルタナティヴの台詞に、心の底から叫び返した。
「だったら、お前が『姉』としてちゃんとしやがれっ、この世界本来の堂桜統護ッ!!」
ず っ ぐ ぅ ぅ ん!!
共鳴感覚が最高になる。
一瞬だが、オルタナティヴの過去が完全にフィードバックして、反対に、過去の自分が彼女へとフィードバックするのも感じた。
(なんだ!? この感じ)
記憶ではなく、知識として『この世界の堂桜統護』を手に入れた。
同時であった。真白であったオルタナティヴの身体に、本来の色彩が戻っていく。
資格を喪失していた彼女は再び〈資格者〉として認められた。
この停止世界にあって、再起動に成功したオルタナティヴは力一杯に叫ぶ。
消えゆく淡雪に手を伸ばし――
「いくなぁっ!! あわゆきぃぃいいいいいいいいいいっ~~~~~~!!」
…
答えを待ち、それまで無言を貫いていた着物の【ドール】は、ゆっくりと目蓋を上げる。
そして〈資格者〉に泰然と告げた。
「タイムアップだ。残念ながら、今回の〈ゲイン〉はこれで終わる。お前の〈資格者〉としてのチャンスは次回に持ち越しになった。次回があればの話だが」
《レフトデビル》が言った。
「残念ね。惜しかったわ」
《ライトエンジェル》が言った。
「惜しかった。名付けが失敗し、そなたを八つ裂きにしたかったのに」
「この身体、なかなか出来がよく、喪うのは惜しい」
「仕方あるまい《ライトエンジェル》よ。だが、次はもっと相応しい器を期待している」
「この《レフトデビル》も同じく期待している」
楽しげに嗤い合う二体の【ドール】。
中央の【名無し】と一緒に光の炎に包まれて――崩れ落ちていく。
この三体の消失と同時に、世界は再び動き出す。
中央の【ドール】が、最後に云った。
「結局、お前は一言も発しなかったが、せっかくだ、お主の名前を聞かせてくれないか?」
その言葉に、無表情に近かった〈資格者〉は頬を野性的に釣り上げ、こう発した。
にゃぁぁあああああ~~~~~~~ん。
…
世界が動き出した。
急速に全ての色彩が戻っていく。同時に、淡雪の身体も再生されていた。
優季は泣き笑いになって、淡雪を強く抱きしめた。
「よかったっ。間に合ったよぉ統護ッ!」
「その口調。ひょっとしてお前?」
「うんっ。ボクの意識もちゃんと戻っているよ!」
淡雪は意識朦朧としている。顔色も真っ青で、消耗が激しいのは一目瞭然だ。おそらく状況を把握するのは無理であろう。
音が復活していた。
停止世界が終わり、この大規模【結界】――セイレーンの【基本形態】でもある《ナイトメア・ステージ》の機能が復活している。
当のセイレーンは狼狽も露わに、周囲を見回していた。
発動失敗に終わった《デッド・エンド・カーテンコール》の魔術プログラムを【基本形態】のオペレーションによって自己診断していた。
「……どうなっている? 明らかに実行ファイルの読み込みとログ、そして七万人との魔術的リンケージに不審な痕跡がある。あるのに、再起動の必要なしで起動し続けている?」
セイレーンはオルタナティヴを見る。
彼女の顔は安堵に満ちて、穏やかですらあった。
セイレーンは不審げ、そして不満げに眉根を寄せる。
なにしろオルタナティヴは対峙しているセイレーンを見てはいない。
そう。彼女の視線の先は――
「何故? どうしてそんな表情をしているの、オルタナティヴ」
「そうね。次にやる事が決まったから、かしらね」
そう言って微笑むと、オルタナティヴは静かな口調で【ワード】を唱えた。
「――スーパーACT」
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