第四章 光と影の歌声 23 ―【ウィザード】―
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その【ワード】は、オルタナティヴが二度と口にしないと決めていた言葉。
しかし今、禁を破ろう。
それは堂桜一族に名を連ねていたという、名残。
ルシアから新しい専用【DVIS】を与えられた日に、再登録して使用可能だと告げられていた『スーパーユーザー』認証を介しての拡張魔術である。
右手のリングが真紅に灯る。
ひゅ、ひゅ、と素早く十字を切り、通常認証時にアクセスされる軌道衛星【ウルティマ】に加えて、堂桜一族専用として存在しているステルス型軌道衛星【ラグナローク】への精神接続を試みる。
状況のコード化・転送とアクセス認可におけるタイムラグは、ほぼゼロに等しい。
それ程、滑らかなオペレーティングを彼女は事もなくこなす。
再ログインの設定から各パラメータの初期化および調整は、ほぼ一瞬。
システム再起動――ログイン完了。
二つの軌道衛星【ウルティマ】と【ラグナローク】が、量子的に同調する。演算リソースをオルタナティヴ専用に拡張形成し、並列演算を開始した。
封印――解除。
オルタナティヴの脳内に展開している高次元電脳世界が一新される。
電脳空間内に浮かぶ莫大な数の【アプリケーション・ウィンドウ】内にある魔術プログラムを、全て再コンパイルおよびリロードした。
セイレーンはオルタナティヴの変質を、呆然と眺めるだけだった。
ほんの一瞬で、オルタナティヴから発散されている魔力場の規模が膨れあがった。
これだけの魔力総量から放たれる攻撃は、いったいどれ程の規模になるのか、容易に予測はできない。それにオルタナティヴの技術ならば、広範囲・低密度・低精度ではなく、最適範囲に高精度かつ高密度の攻撃魔術を繰り出すのは必至であろう。
だが、セイレーンとて、戦闘系魔術師としてオルタナティヴに劣ってはいない。
特に七万人と魔力同調している今は、確実に格上である。
オルタナティヴの攻撃魔術に備え、セイレーンは防御魔術を選択しようと――
「――《アブソリュート・ワールド》」
しかしオルタナティヴが発動した魔術は、攻撃魔術ではなかった。
それはオリジナルの戦闘用魔術である【基本形態】ではなく、汎用の単一魔術だ。
超広範囲の情報隠蔽魔術――【結界】であった。
施術者であるオルタナティヴを柱として、赤色の円柱が展開されていく。その円柱の直径はセイレーンの【ナイトメア・ステージ】を超えていく。円柱の半径が地平線まで届こうと広がっていく中で、その柱は天へと伸びていった。
統護は思い出す。かつての《隠れ姫君》事件において、ルシアが使用した情報隠蔽魔術だと。
顔を歪めてセイレーンが吠えた。
「今さら何の小細工をッ!! この【結界】に何の意味が!?」
「別に。貴女は知らなくてもいい。ただ意味は二つ。大事なのは、たった一つ。この【結界】によって、もう二度と他者による【AMP】の介入は不可能になったし、それで先程のように世界が停止する事もない。よってそれだけで、……アタシには充分」
「ワケの分からない事をぉ!」
オルタナティヴの台詞を理解できないセイレーンが激昂した。
無視されたかのような屈辱をぶつけ、攻撃魔術の【ワード】を叫く。
超広域用の【結界】を発動・維持しているオルタナティヴに、余力はなかった。
彼女は最後に……
――切れ長の目尻を下げ、淡雪へ、涼やかな笑みを向けた。
胡乱なままであった淡雪であるが、その笑みに反応して、悲痛に絶叫する。
オルタナティヴの身体が宙を舞った。彼女の足下から『魔術音』が吹き上がったのだ。
音が暴力と化して彼女に殺到する。
無数の音撃によって、その身を嬲られていく。
辛うじて骨こそ折れないが、肉という肉がひしゃげ、口から大量に喀血し、踊るように四肢が跳ね狂う。霧のように血飛沫を纏いながら、頭から墜落していく。
淡雪の悲鳴が響き渡った。
「ぉお姉ぇ様ぁぁあああああああああぁぁ~~~~~~~ッ!!」
壊れた人形のように落下したオルタナティヴを抱きとめる人影があった。
その人影に、セイレーンは表情を険しくする。
「――ったく、無謀だぜ」
「無謀じゃない。アタシは攻撃に耐えきる自信があったし、お前が来る確信もあった」
「そうかよ。じゃあ、後は任せてゆっくりと休んでな」
お姫様抱っこされていたオルタナティヴは、ゆっくりと床に横たえられた。もう彼女は動けない。大規模【結界】を維持するだけで精一杯である。
セイレーンが言った。
「ようやくお出ましってわけね。――堂桜統護っ!!」
統護は不敵に応える。
「ああ、ここから先は真っ当な魔術戦闘じゃないぜ。勝ちも負けもない。強いも弱いもない。七万人とリンクしているお前のチート魔術と、この俺がこれから見せるチートな手段。単純にどっちが生き残るのか比べてみようじゃないか、セイレーン!」
オルタナティヴの意志は受け継いだ。
その意図も汲んだ。
よって相手のチートをぶち壊す。
そう決意して、統護はセイレーンに対峙する――
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…
統護は〔感覚〕を解放した。
それは、この【イグニアス】世界においては異世界人である彼が、元の世界で磨き上げてきた超常的な第六感以上の――いわば第七感である。そして、その感覚と肉体・技能を世代を超えて維持する事こそ、元の世界における堂桜という名の血脈に課せられた義務であった。
義務に対する対価として。
その義務を課した相手すなわちセカイと――
――堂桜の血脈であり後継者である統護は〔契約〕を赦されている。
セカイとは『元の世界』であろうが【イグニアス】世界であろうが同じである。
しかし自然力や魔という感覚が時代を経て希薄になっている『元の世界』に比べて、この異世界【イグニアス】は、魔という感覚が一般化し、そして全ての人間が魔力を秘めている。
むろん統護の世界にある魔とは異質の魔である。
だが魔術――【魔導機術】という技術の発展・浸透が大きかったのか、『元の世界』とは異なり、この異世界にはこんなにも――
自然(セカイ)の中に〔精霊〕達が息づいている。
統護は感覚の解放と共に、優しく〔言霊〕を囁く。
すると視える。いや、嬉しそうに絡みついてくる。地、水、風、火――といった自然現象を司る〔精霊〕達。外見は羽の生えた幼い妖精といったところか。
それだけではない。無機物に宿っている意志――〔御霊〕も視て、意思疎通ができる。
ああ、〔精霊〕達が愛おしい。
さながらセカイと同調して一体となっているかのよう。
自然力が衰退し、ほとんど〔精霊〕を視かけられなくなった『元の世界』では、〔魔法〕と呼べるだけの超常は起こせない。起こしても軽微な事象だ。しかし、魔と〔精霊〕に満ちたこの異世界では、〔魔法〕と呼ぶにふさわしい巨大な超常現象を発現させられる。
準備は整った。
統護はセイレーンを見据える。
「……確かに貴方の《デヴァイスクラッシャー》もチートといえばチートかしらね」
その台詞と共に、セイレーンは統護との距離と呼吸を計る。彼女に油断はない。
統護は無造作に左の掌を差し向けた。
グォアウゥッ!!
空気が吠えた。正確には、直線的な空気の渦が発生した事によるうねり音だ。
風の〔精霊〕を使役しての風撃である。魔術――【魔導機術】のプログラムとは異なり固有の術名はない。技術的なオペレーティングは必要ない。純粋に統護の意志を、セカイは法規として反映するのみだ。
ギャゴンゥ!
超高密度の風撃は、セイレーンの前面で相殺された。彼女は咄嗟に音のバリアを張った。
《ソニックウェブ・シャッター》――魔術音の超加速から生み出す衝撃波による壁だ。
音と風。
共に空気を媒介する物理現象だ。威力は全くの互角であった。
統護としては挨拶代わりの初撃である。
予想外の砲撃に、セイレーンが目を見開いた。
「そんな!? どうしてお前が魔術を使える? でも、おかしい。どうして魔術オペレーションで対応できなかった? いや巨大な魔力の変動を一瞬だが感知した。けれど【魔導機術】が立ち上がった気配も、そもそも専用【DVIS】の起動さえ……」
セイレーンの【ベース・ウィンドウ】は統護の風撃に対して沈黙したままだった。
「種明かしって程でもないがな。俺が今見せたのは魔術じゃない」
オルタナティヴの《アブソリュート・ワールド》で情報保護されている以上、出し惜しみする理由はない。統護も同様の〔結界〕を張れるが、その〔結界〕を発動させるのを、軌道衛星に観測されるリスクさえも、今回はなかった。観測しているのは統護の秘密を知り、秘密を保護してくれるルシアのドローンのみだ。よって何の遠慮も要らない。
統護の台詞に、セイレーンが顔を歪める。
「はぁ? 魔術じゃない、だ、……と?」
理解できないといった風の薄ら笑いである。
統護が異世界人である事よりも、さらに秘密にしなければならない事。もしも露見すれば、この世界の権力者や研究者たちは、原理を解析して利用しようと血眼になるだろう。それぞれのエゴを剥き出しにして。それこそ《デヴァイスクラッシャー》とは比較にならない。
その世界のパワーバランスを崩壊させかねない秘密の名は――
「ああ。魔術じゃなくて――〔魔法〕だよ」
魔術すなわち【魔導機術】が、堂桜財閥によってこの世界で栄華を誇っている『魔の技術』であるのならば、統護の〔魔法〕は、堂桜一族が一子相伝で〔契約〕を引き継いでいる『魔の法則』であり『魔の法規』だ。
「ふっ……。ふはははっ。莫迦な。〔魔法〕とは昔から存在している幻想でありファンタジーじゃないのよ。【魔導機術】が開発された際の、人々の魔力によって〔魔法〕を模した現象を現実化する夢の技術というコンセプトがあって、それが、まさか……実在するだと!?」
頬を引き攣らせ、信じられないと口走るセイレーンへ、統護が告げる。
「論より証拠だ」
再び〔言霊〕によって〔精霊〕を使役する。しかも今度は――
火の渦。風の渦。水の渦。
三つの渦が、統護を中心として混じり合いながら螺旋状に発生した。
そしてそれらは一瞬にして掻き消える。
呆然、唖然となるセイレーン。
「なんだ、それ……は。またしても魔術が起動した痕跡がない、のに。どうして【ベース・ウィンドウ】で魔術サーチできない?」
「だから何度も言わせるな。〔魔法〕だよ。《雷槍のユピテル》を倒したのは《デヴァイスクラッシャー》じゃない。これがユピテルを倒したチカラってワケだ」
セイレーンは息を飲む。ようやく理解した、と。
「そうか。そのチカラが。そのチカラであのユピテルを――」
「《デヴァイスクラッシャー》とは違い、俺一人の裁量で振るうには、威力と責務が大き過ぎるチカラでもある。けれど今は、このチカラを使わせてもらうぜ」
セイレーンが笑った。オルタナティヴに敗北して誇りを砕かれ、半ば理性と生気を失いかけて自棄になっていた彼女であったが、再び思考力と闘志を取り戻していた。
「あはははははははははッ!! なるほど、なるほど! そうだったのね!! なんてチートな力かしら。卑怯にも程があるじゃない!! インチキにも限度があるでしょうに!」
――まさか【ウィザード】とは。
「自覚しているよ。だから〔魔法〕は使わずに越した事はない」
巨大なチカラを使用した反動として、この世界の自然界に少なからず反動が来るのは、対ユピテル戦で把握している。統護一人が負荷と反動を背負うのではないのだ。
だから統護は真の最強を目指す。〔魔法〕を使わなくとも、《デヴァイスクラッシャー》だけで誰にも負けない存在になる。
しかし今は例外だ。
「お前もインチキを使ったからな。だから俺もインチキを使う。卑怯はお互い様だ。悪いが俺は善人じゃあない。真っ当に戦わないヤツ相手に、真っ当に戦う程、お人好しでもない」
戦いに美学を求めるバカは――オルタナティヴだけで充分だ。
元・堂桜統護は誇り高く気高い存在だが、この現・堂桜統護は『元ぼっち』で卑屈で臆病な、プライドや高潔さとは対極にあるような俗で矮小な男だから。
最強を志すと決めたが、相手によっては卑怯、非情にもなろう。正直いって、どれ程の実力であろうと、このセイレーンは真っ向から拳を交えたいと思えるような相手ではない。
統護は冷淡に言った。
「お前とオルタナティヴに続いて、ひとつ俺も宣言しようか。お前は俺の『とっておきのチート』によってぶちのめされる。その時、きっと『卑怯だ』と叫くと思うぜ、お前」
「っふ。ふふふ。あはははははッ! いいでしょう。やれるものならば、どんなチートでもやってご覧なさいッ!! 卑怯者同士、大歓迎よ。そんな余裕があるのならねっ勝敗や優劣とは別のインチキ合戦、チート比べをしましょうか!!」
統護は意識を集中する。接近戦に持ち込めば、そこで終わりだ。セイレーンがオルタナティヴ戦で負ったダメージはほとんど回復していない。ゆえにセイレーンは徹底してロングレンジでの砲撃戦に徹しようとするはずである。
統護としても、相手の砲撃をかい潜って近接戦闘を試みるつもりはない。
あくまでセイレーンのチート魔術を破壊する。それが自分の役目であると心得ていた。
よって互いに距離を置いての、砲撃戦となる。
「それにしても、こんなにもワクワクするなんて。伝説の【ウィザード】がまさか実在していたとはね。【エレメントマスター】対【ウィザード】! 観客がいないのが残念だけれど、さあ、存分に愉しみましょう!! この究極のステージをッ!」
「観客なんて要らないし、愉しむつもりも毛頭ない。お前みたいなチート野郎とまともに戦いたくもない。ご託は腹一杯だから早く掛かってこいよ」
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