第四章 光と影の歌声 21 ―祭壇―
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世界が変質した。
色彩が真白のみで、輪郭が漆黒のみ。
(どうなっている?)
統護は戸惑いを押さえ込んで思考しようと、懸命に頭脳を回転させる。
介入するつもりであった。
オルタナティヴの意志は伝わっていたが、それでも彼女を救う為に『真のチカラ』で割り込みをかける覚悟を固めていた。堂桜の魔導型軌道衛星や他国の人工衛星からの観測と、衛星放送での映像を誤魔化せるかもしれないギリギリのタイミングを計っていた。
だが、セイレーンの《デッド・エンド・カーテンコール》は発動せずに、世界が停止した。
スマートフォンに表示されている時刻も止まっている。
ステージ上のオルタナティヴとセイレーンだけではなく、全ての観客が固まっていた。隣にいる晄も停止している。
ルシアが飛ばしている超小型特殊ドローンも機能していないだろう。ドローンは懐から統護を監視および戦闘データを記録する役割だけではなく、外敵のドローンを索敵、撃退する為の物である。統護も何処にルシアのドローンが飛んでいるのか知らされていない。
「この一帯だけなのか、あるいは世界全てなのか……」
自分の呟きが聞こえる。少なくとも、空気は震動可能のようだ。空気まで固まっているとなると、ロクに身動きすらできないという危険があったので、統護は安堵する。
停止世界とはいっても全てが固定化されているわけではなさそうだ。
「統護! 聞こえる!? 聞こえているなら返事して、統護っ!!」
優季の声だ。
声の方を向く。観客の頭から、右腕が突き出されて左右に振られている。
「俺はこっちだ!! 今からそっちに行く!」
統護は止まっている観客を掻き分けて、優季の元へと進む。停止している観客達に、ほとんど重さを感じない。統護の超人的な身体能力ゆえというよりも、重力が弱いという感覚だ。
勢い余って観客を押し倒さないように、注意して進んでいく。
程なくして、優季の傍に到達した。
隣の淡雪は停止状態であった。
「大丈夫か?」
「うん。セイレーンの《デッド・エンド・カーテンコール》だっけ? あれが炸裂する寸前に飛び込んでいってオルタナティヴさんを救うつもりだったんだ。そうしたら、いきなり世界がこんな風になって――」
「そうか。お前も俺と同じ考えだった……って?」
「やっぱり統護も介入する覚悟だったんだね」
優季が頬を緩めた。ニコリ、というよりも、我が意を得たりといった笑みである。
統護は驚く。
「お前……。優季は優季でも元の世界の?」
口調や仕草が、ほんの些細な違いとはいえ、明らかに違う。
「ふふ。気が付いたみたいね。そう。今のボクはこっちの世界のボクじゃなくて、元の世界のボクの記憶と自我を基に、ナノマシンと融合している脳が強制シャットダウン後にセーフモードで緊急起動中ってイメージかな」
少し照れくさそうな優季。
優季の肩を掴んで、統護が声を荒げる。
「おい! じゃあ優季は、こっちの世界のアイツの自我と記憶は無事なのか!?」
「心配? 二年ぶりに再会できたボクよりも、今のボクの方が」
「決まっているだろ!! お前の事はずっと好きだった。でもな! 今の俺にとってのユウキはこっちの世界のアイツなんだよ! 今の俺が好きで大事なのは今のユウキなんだ!!」
両目を眇めた優季は、軽く統護に口づけした。
「ありがとう。嬉しいよ。説明の通りにボクは生き返ったのじゃなくて、あくまでこの世界のユウキではない自我と記憶を基に、ナノマシンが脳を仮想ユウキとして演算させているに過ぎないしね。ちなみに表に出られないというだけで、本来のボクの五感も生きている。そうでなければ、仮想のボクが表に出られるって現象も起こらないから」
「そうか。よかった」
「今の口説き文句だけど、恋人として合格と、本来のボクは大喜び――と云いたいところだけど、現状はちょっと、そういった甘い状態じゃなさそうだね」
「ああ。まさかこの世界で動いているのが俺達二人だけだなんて、洒落になってないよな」
「停止状態に時間制限があればいいけれど」
優季は不安げに周囲を見回す。
永遠に閉じ込められるなど、冗談ではない。
自動的に回復しないのならば、世界を再起動させる術を見つけ出さなければならない。
統護は腕を組んで思案を再開する。不幸中の幸いで、考える時間はたっぷりある。
「この停止状態に意味があるのか? それとも単なる事故か偶然なのか」
「ボクは意図や意味はあると思う。問題はその意図と意味だよ」
「俺が動けるのは、異世界人だからか? お前が動けるのも、異世界のお前の自我と記憶があったから……」
「統護にしてもボクにしても、この世界の人間からすれば、かなりイレギュラーだしね」
「まあ、俺達以外にも活動できる者がいないとも限らないけどな」
「そうだね。もし、簡単に世界が再び動きださなかったら、他に活動している人が存在しているのか、探しに行くっていうのもありかも」
その時であった。
熱心に話し合う二人の横から、強烈な光が発生した。
統護は眩しさに目を細めながら、発光源を見る。
――光り輝いているのは、淡雪であった。
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…
その地下室は、祭壇そのものであった。
指示を受けて施工した業者の設計者および現場作業員は、さぞかし不思議がったであろう。それとも特に何も感じることなく、仕事として淡々と処理したのだろうか。
この状況を演出した〈資格者〉の目の前の光景――
三体の【ドール】が祭られている。
左側には《レフトデビル》と命名されている、悪魔めいた黒衣の少女。
右側には《ライトエンジェル》と名付けられた天使を想起させる白いドレスの少女。
その二体は対になっているようで、背中合わせに配置されていた。
〈資格者〉は無言で歩み寄っていく。
視線は――《レフトデビル》と《ライトエンジェル》に挟まれている、中央の一体に固定されている。
艶やかな着物姿の、神々しくも魔的なニホン人形めいた少女の【ドール】だ。
顔の造形は堂桜淡雪に酷似していた。
「来たか、堂桜の〈資格者〉よ」
口を開いたのは、《レフトデビル》であった。
ギョロリ、と眼球のみを真横に回して、〈資格者〉を睥睨する。
次いで《ライトエンジェル》が、同じく眼球の動きのみで〈資格者〉を見て、言った。
「ほぅ。そなた、生きてはいるが生きていないな。死んでいるが死んでいないというべきか」
「その身で〈資格者〉であるといえるのか? 《レフトデビル》よ」
「この世界において動ける。そして其の者は確かに堂桜。よって〈資格者〉以外の何者でもあるまい。《ライトエンジェル》よ、私は其の者を〈資格者〉と認める」
「ならば私も認めないわけにはいかまい」
二体の【ドール】は祭壇から降り、そして揃って片膝を折って跪いた。
第一段階はクリアだ。
頭を垂れた二体を前に、〈資格者〉は微かに頬を釣り上げる。
「堂桜の〈資格者〉よ。チャンスは一度きりだ」
「その一度によって『主』を目覚めさせてみるがいい」
「仮に失敗した時には」
「我ら二体がそなたを滅ぼそうぞ」
禁断の〈儀式〉が始まる。
――さあ、名付けるがよい。
神子を喚び覚ますに相応しいANSWER(名前)は、用意できているか?
二体の【ドール】が問いかける。
最もシンプルにして、究極の難問。
〈資格者〉は小さく息を吸い込み、その名を告げようと……
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