アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第3部(第34話)

第四章  光と影の歌声 3 ―対面―

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         3

 午後になった。
 ロイド手製のサンドイッチを皆で食べた後、統護と晄は優季達一行と別れ、『堂桜・ミュージック・コンテスト』と明日の『堂桜・スーパー・ミュージック・フェア』のステージとなる屋外展示会場へと向かった。
 本日の公開オーディションは、午後十五時からのスタート予定である。
 ステージ裏に仮設されている出場者用の控えブースとは別に、榊乃原ユリ専用の休憩用ブースが設置されていた。このMMフェスタの目玉だけあり、十二畳以上のスペースだ。
「ここか……」
 統護はドアの前で呟いた。アポイントは取り付けてある。
 ユリと彼女の専用スタッフも昼食を終えているはずで、ドアをノックすれば晄をユリに引き合わせる事ができる。
 二人を面会させた後は、晄は出場手続きをとり、統護とは別行動となる運びだ。
 統護は晄に意思確認をする。
「それじゃ約束通りに、憧れのゆりにゃんとのご対面だけど、覚悟はいいか?」
 緊張でガチガチになっている晄は、ロボットのように頷いた。
 つられて――統護も緊張を自覚する。
 このドアの向こう側には――オルタナティヴがいる。
 一応誘ったのだが、淡雪は予想通りに帯同を拒否した。彼女曰く「すでにユリには挨拶を済ませている」との事だ。もちろん本音は別であろう。
(さてと……、俺はどうしようかな)
 おそらくオルタナティヴは淡雪達への対応と同じく、統護にも他人行儀に距離を置くだろう。
 統護も同じ態度を返せば、それで終わる。
 場合によっては、二度と統護とオルタナティヴは交わらない。

「――どうしたの? 統護くん」

 不安そうな晄の声で、統護の意識は戻された。
「あ、いや。なんでもない。そっちは?」
「うん。私は大丈夫だから。榊乃原ユリさんに逢えるなんて――夢のよう」
 コンコン、と統護はドアを軽く叩いた。
 ドアが開かれて、隙間からマネージャーと思しき青年が顔を覗かせる。
「堂桜統護様ですね」
「ああ。約束通りに榊乃原ユリさんに面会にきた」
「お待ちしておりました。それでは中にどうぞ」


 招かれた室内は、組み立て式コンテナをベースしているとは思えない程、豪華だった。
 丁度品だけではなく、壁紙も一級品である。
「初めまして、堂桜統護さん」
 ここ数日、あらゆるメディアで姿を見かけている若い女性が、挨拶してきた。
 メディアで報じられた姿と全く同じ外見に、統護は不思議と感動する。
 彼女――榊乃原ユリに、統護も挨拶を返した。
「本日は無理いって申し訳ない。面会に応じてくれてありがとうございます」
「いいえ、とんでもございません」
 ユリは大人の女性であった。
 面会に応じる条件が、ゆりにゃんキャラを演じなくて良い事――であったので、統護は特に驚かない。彼女のファンである晄も、その件は承知している。素のユリとゆりにゃんが別である事を知らないファンなど、ニワカ・モグリもいいところである。
 軽く右手を握り合う。
 そっと視線を巡らせると、マネージャーの青年にもう一名の若い女性がいる。
(……いた)
 高級品で統一されている場にそぐわない、黒いマントを羽織ったセーラー服タイプの学生服に身を包んでいるポニーテールの少女。
 オルタナティヴだ。
 彼女の切れ長な目は、よく見慣れている目。
 鏡合わせの瞳。
 それが自分に向けられている。殴り合った時は、アリーシアのピンチで気が付く余裕がなかった。しかし、こうして視線を合わせると――本当に奇妙だ。
 そして淡雪が思い至らないはずがない。
 統護はユリから離れる。
 後ろに隠れるように立っている晄を促した。
 意を決した晄は、ユリへと歩み寄る。膝が微かに笑っているのはご愛敬だ。
 承知しているユリから声を掛けた。
「初めまして。榊乃原ユリです。応援してくれていて、ありがとう」
「い、いいいい、いいえ! とんでもないですぅ。ここ、こちらこそ無理いってしまい!」
「気にしないで。これで堂桜の御曹司様へ義理立てできれば安いものだもの」
「は、は、はいぃいい」
 ユリの方から握手されて、晄は有頂天である。
「お話は伺っているわ。今日のステージに挑戦するんですって? 私も特別審査員なの。貴女の歌、楽しみにしているわ」
「とと、とんでもない!」
 真っ赤になっている晄が、ユリにデータディスクを差し出した。
「これ! 私の歌です。その……生よりも、きっとこっちの方がいいかと。是非、ユリさんに聴いて貰えたらなって、そう思って、用意しました」
「ふぅん」と、ユリの顔つきが変わった。
 プロの貌だな、と統護は感じる。
 ユリは音楽プレーヤーにディスクをセットして、ヘッドフォンを装着した。
 晄は慌てる。
「え!? いま聴くんですか?  そんなの後で――」
「黙って」
 その一言で晄を黙らせ、ユリは目を瞑ってヘットフォンからの歌に集中する。
 真剣な表情だ。右足のつま先が曲調に合わせて、リズムを刻む。
 最初は怯えていた晄であったが、ユリがのめり込んでいく様子に、自信と期待を深めていた。
 統護にも分かる。晄の歌は――光を纏っているのだ。
(いける。通用しないはずがない。やれるんだ。晄の歌は世界にだって……)
 ふぅ、と息を吐いてユリはヘッドフォンを外した。
 晄はユリに感想を求めた。頬が紅潮している。
「あの……。どうでした?」
 怯えはない。対人恐怖症とは思えない程、しっかりとした口調である。
 歌こそ晄の全て。ならば臆する道理などない――
 ユリは端的に言った。

「――ま、総評すると素人レヴェルね」

 一切の装飾がないその評価に、晄の表情が凍りつく。
 統護の目には、自信が砕かれたように見えた。
 ユリはプロの貌で淡々と評価を述べる。
「素質は素晴らしいわ。声量、声質、文句なしね。ボイトレも我流ながらもやっているんでしょう。腹式呼吸もできているわね」
 立ち竦む晄の喉を、ユリは摘んで感触を確かめて、口腔を覗き込む。
「ああ。でも声帯が痛んでいるわね。我流でボイトレするから。高音部のゆらぎはそれが原因だったのか。我流といえば歌い方も。カラオケやのど自慢レヴェルなら騙せるけれど、プロの耳にはちょっと厳しいかしらね。けれども――逆にいえば、プロのレッスンを受ければ飛躍的に伸びると思うわよ」
 晄は全身を震わせていた。
 統護は痛感する。プロの耳とはここまで厳しいのか、と。とはいえ、統護にしてもメディアで放送されている格闘技イベントなど児戯に見える。要はそれと同じ話という事だ。
「あの……。私の歌、それが感想ですか?」
 泣きそうな声であった。
「そうね。まあ、かなり甘口で言ったつもり。技術的にはダメダメね。仮に貴女の歌をプロに育てる為に買い取る人達ならば、もっと酷評するでしょうね」
「で、っで、でも。スカウトされた時にはッ」
 ユリは納得顔で頷いた。
「なるほど。確かにこの素質ならばスカウトの声が掛かっても不思議じゃないわね。で、貴女に甘い事ばかり言った――と。それって使い捨て前提で、本気で育てる意志がない証拠だから。おそらくご家族は猛反対したんじゃないかしら」
 晄は無言になる。顔は歪んでいた。
「本気でプロの世界に踏み込みたいのならば、等身大の自分に向き合いなさい。同じくプロを目指す人達とステージで戦いなさい。どうせ大賞は出来レースで決まっているでしょう。しかし聴衆は関係ない。観客を魅了すればプロへの道が拓けるわ」
 晄はユリから視線を逸らした。
「わ、私……。ステージとか関係なく、その、私の歌で何かを感じて欲しいっていうか」
「はぁ?」と、ユリは首を傾げる。
「だから聴いてくれる人の為っていうか……。感じて欲しいんですよ。えへへ」
 卑屈な愛想笑い。統護は思わず視線を逸らした。
「そりゃあ、どんなに下手な歌だって感動してくれるって人はいるでしょうね。けれどプロを目指すには下手な歌じゃ商品にならないって事よ。自分が未熟で下手だって理解している?」
「へ、下手……未熟……」
 裏返った声で、晄は叫んだ。

「プロが目標じゃなくて、もしプロになれれば、もっと聴いて貰えるかもってだけだし!!」

 その一言に、統護は顔を顰める。
 ここまで脆いとは思っていなかった。そして何よりも計算外だったのは――
(晄。お前、本音ではそんなにまで自分の歌に自信あったのかよ)
 見誤っていた。謙虚なヤツだと思っていたが、実は真逆だったとは。
 プロのダメ出しに、それも憧れの歌手からのアドバイスにここまで拒絶反応を示すとは。
 対人恐怖症が原因か。自分の中に閉じ籠もり、肯定意見にしか耳を貸していなかったのか。
 晄はヒステリックに喚く。
「だいたい私の歌は趣味だしぃ! 競争とかコンテストとか、大嫌いだしッ!」
 ユリの表情が冷え切った。
 発せられた声は、それ以上に冷たかった。
「ああ。つまり貴女は自分の歌を聴いて欲しい――のではなく、自分の歌を褒めて欲しいってだけだったのね。私に歌を渡したのも、単に褒めて欲しかったって、それだけだったのね」
 見込み違いだったわ、と呟いてユリはプレーヤーからディスクを取り出す。
「どれだけ素質があってもその性根を直さないと、なにをやっても通用しないわよ」
 そう言って、足下にディスクを落とし、踏み割った。
 晄は愕然と固まる。
 怒りを堪えた声でユリは統護に言う。もう晄を視野に入れていない。
「本気で歌に取り組んでいる子だからって会ってみたらこのザマって、どういう事かしら」
「不愉快な思いをさせて、大変失礼致しました」
 統護は深々と頭を下げるしかなかった。こんな結果になるとは予想外だ。
 ユリは虚空に向けて言った。

「――この子の歌を聴いて私が感じた事? 下手くそかつ甘ったれな性根だけね」

 

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 晄はそのままオーディションの受付へと向かった。
 幽鬼のような足取りだった。
 呆然自失であったが棄権せずに参加はするようで、とりあえず統護は安堵していた。
(まともに歌えるかは、アイツ次第か)
 ユリの言葉や態度が厳しいとは思わない。
 あの程度の厳しさは、どんな世界でもプロの域にいけば当然というか、ユリの言葉は優しい程であった。だから統護は晄を慰めなかった。慰めると晄を駄目にしてしまうから。
 プロのリングを目指す者に対しても、同様だった。リング禍や後遺症というリスクを背負うのだから、中途半端なプロ志望者には厳しい現実を突きつける必要があるのだ。
 あの場では、間違った態度をとったのはユリではなく、晄だ。
「――お前を信じているよ、晄」
 どの道、歌を続ける以上はぶつかる壁である。
 乗り越えるか、歌を棄てるのかは、晄本人に懸かっている。

「ちょっと散歩に付き会って貰えないかしら、堂桜統護」

 その声に振り返ると、予想通りにオルタナティヴがいた。
 控え室では互いに言葉を交わさなかったが、無視し切れないのは雰囲気で分かっている。
 彼女が来なければ、統護の方から接触を試みるつもりだった。
 主要な出展企業への挨拶は午前中に終わらせていた。オーディション開始の午後十五時までの時間潰しもある。
「久しぶりだな」
「そう時間は開いていないでしょうに」
「ユリさんの護衛はいいのか?」
 このMMフェスタの警備態勢は、堂桜グループ傘下の警備会社【堂桜セキュリティ・サービス】が独占で引き受けている。たとえ【エルメ・サイア】であろうとも、潜入してテロ行為を実行するのは至難の業であろう。
 とはいっても、やはり傍で付きっきりの方がSPとしては安心である。
 オルタナティヴは皮肉げに肩を竦めた。
「お前が連れてきた子に怒り心頭で、ちょっと一人になりたいって。取り付く島なし」
 この機会に、MMフェスタ会場の巡回をしておくと、彼女は付け加えた。
「悪い。あんなオチになるとは」
 オルタナティヴは呆れ顔になる。
「榊乃原ユリは歌に人生を賭けている女性よ。そんな彼女にあんな子を会わせるなんてねぇ」
 統護はオルタナティヴを睨む。
「誤解するなよ。晄だって歌に人生賭けてんだ。ただ、ちょっと行き違っただけだ」
「随分と入れ込んでいるのね。オーディション、結果出せればいいけど」
「勝つよ。俺は晄を信じている。アイツの歌を信じている」
 オルタナティヴは薄く笑む。
 そして二人はイベントの雑踏へと、並んで歩き始めた。

         

 頭が――痛い。
 割れるようだ。
 ユリはトイレの個室に籠もり、嘔吐を繰り返していた。
(なにも後悔なんて、していないのに)
 売れない歌手じゃなく、榊乃原ユリとして生まれ変わった。
 ゆりにゃんを生み出した。
 スポットライトを一身に浴び――歌で生活できるようになった。
「大丈夫? ユリ」
 ドアの向こうから聖沢の心配そうな声が聞こえてくる。
 遠くから、聞こえてくる……
「平気だから。何も問題ないから大丈夫だって!」
 嘘だ。平気なんかじゃない。だからオルタナティヴを遠ざけた。逃げるように遠ざけた。
 キモチワイ。
 せっかくの『ゆりにゃん』が消えてしまいそう。駄目だ。消してなるものか。

 ――あの子の、晄とかいう子の、歌だ。

 耳朶にこびり付いて、ゆんゆんと反響する。
 まるで『ゆりにゃん』を否定するかのように聴こえてくる。切実に訴えかけてくる。
「光の歌」
 やめてくれ。なにが光だ。
 築き上げてきたモノを否定しないで。今の自分を脅かさないで。
 再び、吐く。胃液すら枯れているというのに。
 呟こう。変身の呪文を。ほら意識を……
「ゆーりにゃん、ゆーりにゃん、ゆーりにゃん、ゆーりにゃん、ゆーりにゃん」
 どうして?
 本当に下手くそな素人ソングのくせに、どうしてあれほどの――

 眩いばかりの光を纏っているのだろうか。

 

 

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