アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第6部(第57話)

第四章  宴の真相、神葬の剣 19 ―継承―

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         19

 な、なんて奥義。信じられないチート業だ。
 琉架は自分が吐いた胃液の水溜まりに顔を浸しながら、魔術で究極化された発頸の破壊力を反芻していた。こんな真似ができるなんて。魔術師としては凡才以下のくせに。
(事前に知ってさえいれば)
 対【パワードスーツ】戦と対抗戦の試合では、こんな業はなかった。徹底的に姉の戦闘データを研究して、実現可能な【魔導武術】のパターンは全て網羅したつもりだった……のに。
 自分も【魔導武術】を再現できたと思っていたのだ。けれど、それは思い上がり。
(ううん。事前に知ってはいても私じゃ)
 琉架の《ダークネス・スモーク》の基本性能では、《ワン・インチ・キャノン》の模倣業(コピー)は可能であっても、《百歩神拳》は不可能だ。あんな芸当は、《ワイズワード》を保持しているみみ架にしかできないだろう。
 顔を持ち上げる。
 姉――みみ架が、琉架を静謐な瞳で見つめていた。

 ……勝てない、のか。

 敗けだ。逆転は無理だ。そんな絶望が琉架の心を満たしていく。
 もう認めるしかないのだ。理解してしまっている。姉の方が自分よりも強いのだと。
(お、お母さん。私、私ッ)
 敗けるのにしても。
 頑張ったかな? 精一杯戦えたかな? 全力を尽くせたかな?
(私は全力を尽くした上で、全力でも、なお……)

 お姉ちゃんには、届かない。

(届かなかったの? それとも)
 全力を尽くせなかったから、全力を出せなかったから、勝てなかった? 届かなかった?
 誰か、教えて。
 自分ではもう、なにがなんだか、わからないから。姉の強さしかわからない。
「ぉ、ぉ、おかあさ、ん。おか、さ、ん」
 顔をクシャクシャに歪めながら、琉架はみみ架を見上げる。
 いつの間にか、みみ架はスマートフォンを取り出して通話していた。
 なにやら不本意そうで、露骨に不機嫌な顔をしている。こんな時だというのに、いったい誰と話しているのだろう。確実なのは、姉はもう自分になど興味がない事だ。眼中の外だ。
「ごめ、ん、なさい。ごめん」
 姉との戦いを観た母は、無様を晒している自分に、どれだけ失望しているのだろうか。
 母の無念を晴らせず、正当継承者になれなかった、自分を……
 みみ架がスマートフォンをこちらに翳した。魔術による立体映像が再生される。

 母親――弥美のバストアップ映像だ。

(お、かあ、さん?)
 弥美は優しげに微笑んで、琉架に言った。
『誰が何と言おうと、琉架はお母さんの誇りだよ。そんな戦いだった』
 みみ架が呆れた声を上げた。
「ったく、何さり気なくいい話風にまとめようとしているんだか。全ての元凶のくせに」
『全世界中継されている中で、実の妹を容赦なく公開処刑したアンタに言われたくないわね』
「公開処刑? 莫迦な母親が原因の要らぬ姉妹喧嘩よ。ちょっとだけ派手だったけど」
 姉と母のやり取り。つまり最初から……
(そっかぁ。誇りか)

 ちゃんと全力、出せて、全力を尽くして、及ばなかったんだ。

 これが弥美と鍛錬を重ねた日々の終着点
 首の筋力で頭を支えられなくなった。血反吐の中に顔を突っ込みたくないので、琉架は半回転して仰向けになった。血とゲロの塊は辛うじて避けたが、横からの臭いが凄い。
 ぐズ。泣きそうになるのを我慢する。大量の汗が両目から溢れているが、これは《百歩神拳》の影響である。泣いてない。言いたくないけれど、ケジメとして言わなければ。
 ズず。全力出して、これなんだから。すんッ。私はお母さんの誇りなんだから。

「わたしの、まけ、だよ、おねえちゃん」

 

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 ――[ WINNER 黒鳳凰みみ架 ]

 正式に試合終了を宣する文字が表示された。
 中継しているモニタ画面のコメントが、爆発的に増えていく。
 ベストバウトと評されたオルタナティヴ対エレナに劣らない勢いだ。とはいえ、コメントの内容は大きく様相が異なっていた。実力伯仲だった試合内容と、天晴れな散り様をみせたエレナへの賛辞だったオルタナティヴとエレナへのコメントに対して、この試合へのコメントは『みみ架の強さ』一色に染まっている感じだ。賞賛というよりも驚嘆の方が大きいか。
 みみ架はスマートフォンの通話機能を待機状態にして、インターネットに接続した。世界最大手の動画サイトを確認すると……
 試合画面が横スクロールしていく文字列で埋まっている。

 ……『マジ最強』『実質、左フックだけwwwww』『姉、妹に激怒するの巻wwwwww』『妹ちゃん最強姉の前では雑魚ですたwwwww』『本気出させた時点でジ・エンド』『妹ちゃんもMKランキングでは最強だったんだが……』『強すぎだろこのJK』『近接戦世界最強って法螺じゃなくてマジじゃねーか!』『なんだこのチートな強さは(驚』『コイツとまともに殴り合って勝てる奴いないだろwwwwww』『ミミ姉、強し!!』『妹ちゃん、この姉に喧嘩売るって無謀だったなwwwww』『黒鳳凰ちゃん、超ツエエエエエエ!』『惚れた、結婚してくれぇぇえええ!』『姉氏、妹君を半殺しにwwwww』『超ハンデキャップ・マッチだった筈なのに、このオチwwww』『地力が天地ほど差があったよな、これ』『胸と尻とふとももで抜ける♪』『みみかぁぁぁぁああああああぁぁあ』『やっぱ普通に姉の方が強かった』『かなり実力差があったよね』『妹ちゃんも世界最高峰クラスの実力だったが、これは流石に相手が悪かったwwwww』『なんちゃって修羅と本物の鬼神って感じ』『最強、最強、最強、最強!』『姉が強すぎて妹がまるで雑魚にみえたwwwwwwwww』『鳥肌モノの強さだったな』『苦戦っぽいけど実質的に全く苦戦していない件について』『苦戦どころか内容的には、まるで相手になってなかったぞ』『辛うじて奥義で一矢だけはって内容の惨敗だったろ』『《黒波》一発だけで、しかもそれで姉を本気にさせた』『最強決定戦の相手として妹ちゃんは役者不足でした(笑』『超絶美女だからいいものの、ブスがこの鬼の表情したらグロ映像になるなwwwwww』『今まで観た戦闘で一番レベル高かったよ』『これ妹じゃなきゃ死んでいたってwwwwww』『頑丈すぎだろ、この姉妹(呆』『これじゃ敵がいないだろ(苦笑』『最強クラスの妹が人間サンドバッグに』『ハンデが足りなかったか……』『どっちも速過ぎ』『なんか魔術なしで分身してたwwww』『対抗戦でコイツが優勝していたら非難轟々だったろうな』『この最強チート女が高校生の大会に出ていたとか超ワロスwwwww』『コイツが高校生の大会出場とかインチキ過ぎてシュールギャグだよな(笑』『流石は生身で【パワードスーツ】を殴り飛ばす女』『一発やりてえ』『Hさせてくれ』『一言で表現すると規格外』『引き立て役ですらなかった妹ちゃん』『後半はフルボッコ』『魔術云々とか関係ない強さwwwwww』『まさに世界最強チート!!!!!』『スーパースロー再生でもスゲエ速さ』『MKランキングの上位全員を一度に相手にしても勝てそうな、圧倒的な強さじゃん』『つぅええええええええぇぇ!!』『おっぱいの揺れっぷりも世界最強♪』『最強にナイスな尻だった』『最強すぎ(呆』『俺の中で不動の世界最強が決定した瞬間』『終わってみれば、ただのミスマッチとかwwww』『すっぴんなのに美形だな』『強すぎてツマンネーよ(怒』『妹、噛ませ犬だった』『胸のサイズ以上の差があった』『ガチでコイツが高校生の大会に出てたの? ソレありなの?』『ホント。動画あるから検索してみ。一人だけ別次元で浮いていた』『左フックだけで並の天才や超高校級あたりとじゃ、まるでモノが違うのが分かるもんな』『マジで人間を辞めているとしか思えん強さだ……』『色々な意味で凄いモンみたwwwwww』

 凄まじいコメント数だ。再生回数が爆上がりしている。
「ったく、くだらない……」
 嘆息するみみ架。
 弾幕めいたコメントを非表示に設定して、みみ架は一比古を睨みつけた。母親の言った通りに、全世界のあらゆる動画サイトをジャックして試合映像が強制的に発信・再生されている。
 そして好評を博している。
 映像が映像を呼び、現在、世界中をこの屋上が席巻していた。比喩ではなく此処が『世界の中心』かもしれない。
「中継はMKランキングの会員限定だったはずじゃ?」
 明らかな方向転換の意図は、あまりに明白である。
 一比古は飄々と答えた。
「最後の花火だからね。1位である君の登場で、会員限定を解除および全ての動画サイトに公開する事にした。舞台は整い、グランドフィナーレの手前といったところか。これまでの記録してきた全試合も、データベース化したものを登録したよ。むろん選手や会員にとって不利益な情報はカットしてある代物だ。ファイトマネーにかかる税金も問題ない。こちらで全てクリアしておく」
 今宵を限りにMKランキングは終了――と、一比古は最後に改めて名言した。
 その発言も、現在の注目具合に拍車をかける。
「次に行われる芝祓ムサシ対オルタナティヴ戦のデータをもってMKランキングは真に完成する。1位の君を倒す存在がね。だが、その前に少しだけ猶予を与えようか」
「猶予?」
 みみ架は眉根を寄せた。自分を倒したいのならば、今は絶好の機会のはずだ。間を与えずに仕掛けるべきであろう。なのに、あえてしない。そもそも『倒す』とは、一比古にとってどの様な定義なのか。端的に殺害――ならば暗殺者で毒殺を狙う方が、どう考えても効率的で低リスクである。
「予想外の大健闘だったからね、累丘琉架は。その健闘のせめてもの褒美と君を誘き出す生け贄――餌にしたお詫びとして、姉妹が和解する時間を提供しようと思っただけだ。視聴者に対する余興も兼ねてね」
 一比古ならば通話をジャミングするのは容易である。けれども、弥美からのコールを邪魔しなかった。
「なるほど……ね」
 みみ架は一比古の意図を汲み、母親――弥美との通話を再開する。
 ただし邪魔なので立体映像は消した。サウンド・オンリーだ。
 母親に告げた。
「それじゃ、無駄に他人を巻き込み、全世界的に衆人環視に晒されているんだから、もう潔く白黒つけて事実を明らかにしましょうか」
 その言葉に、弥美は『ええぇ~~~~?』と大仰に渋った。
(この期に及んで、その態度なわけ)
 みみ架の額に青筋が浮かぶ。
『そ、そんな事よりも、拳! 拳の方は大丈夫なの、拳は。左はともかく右はヤバいんじゃないの? お母さん、みみ架が心配だわ』
「平気よ。拳を握り込めるし悪化は最小限ね。左はもっと平気。両手と両足が火で炙ったみたいに痛いけど、痛覚と神経系統が正常という証だから、むしろ安堵できるわ」
 肋骨の激痛で呼吸が辛いが、口には出さなかった。
 とにかく動ける事は動ける。しかし、流石にもう魔術戦闘や近接格闘は無理だ。常人ならば即病院送りといったコンディションには違いないのである。
『我が娘ながら呆れるほど頑丈ね。ま、たかが骨折程度で怪我だとか主張する軟弱だとは思っていないけどね。でも、アンタは頑丈に産んであげたお母さんに日頃からもっと感謝しなさいよ。自分でいうのもアレだけど、私ってなんて素晴らしい母親!』
「減らず口を止めてくれないかしら? 不愉快になりそう」
『いや、もう超不機嫌じゃん』
 みみ架は倒れたままの琉架を一瞥して、母親を促す。
「心配しなきゃならないのは、わたしじゃなくて琉架でしょうに」
『そうなんだけどねぇ……』
 二人の会話が続く中、琉架が唖然とした顔で問いかけてきた。

「どうして? なんで? どうしてお母さんとお姉ちゃん、普通に話しているの?」

 やっぱりか、と肩を落とすみみ架。
 完全に妹は誤解している。
「そりゃ、ジジイの世話と継承者を押しつけられて、わたしとしては色々とムカついているけど、別に仲悪いってわけでもないわよ。母娘としては、そこそこ普通じゃないの?」
『だからお母さん何度も言ったじゃない、琉架。別にお母さんは本家と仲違いしてなんかないって。ちょっと学生結婚の際に、父さんと折り合いが悪くなって、疎遠といえば、疎遠というか……、まあ、みみ架任せっていうか』
 次第にトーンが落ちていく弥美。明らかに気まずそうだ。
 ようやく上半身を起こした琉架が、縋るように言う。
「でも、お母さん、私の事をお姉ちゃんに隠していたッ。ううん、本家そのものに! それって、つまりは!! お母さんの本心は!!」
 スマートフォンが沈黙する。
 ダメだこりゃ。母には期待できない。みみ架は自分が主導すると決めた。
「当時については、お父さんに確認したわ。もう琉架だって分別くらいはつく年齢なんだし、覚悟を決めて真実を打ち明けなさいよ。そうやって都合の悪い事から逃げて、誤魔化そうとするから、琉架はこうして悪い方向に拗らせたんでしょうに」
 かなりの厨二病路線を妹は突っ走ってしまった。
 ただでさえ、鳳凰流だの一子相伝だの血統だの、実際に厨二テイスト満載な現実なのだ。
 そしてソレを全世界に中継という赤っ恥である。
『う。そ、それは……』と弥美が怯む。
「駆け落ち同然で黒鳳凰を飛び出して、そりゃ、気まずいのは分かるけれど、拗れる前に正直に打ち明けてさえいれば、わたしもお祖父ちゃんだって別に」
 つい、みみ架の口調が荒くなる。
『だ、だってさ。私は結局、黒鳳凰になれなかったし、娘のアンタに家の事や責任に押しつけて逃げたんだし。父さんには顔合わせられない上に、継承者になるアンタには』
 言い訳じみて弱々しい弥美の言葉。
 弥美が母でみみ架が娘――という血縁であるが、一族の血統としてみれば、継承者落第者と次期継承者(当時)なのだ。みみ架は気にしなくとも、弥美にとっては拭いきれないコンプレックスと負い目がある。
 琉架は困惑を深めている様子だ。いや、理解を拒否しているというか。
(仕方がない。わたしから言うか)
 みみ架は容赦なく、父から聞き出した真実を口にした。

「――ハッキリ教えるとね、琉架。当時、お母さんがアンタを妊娠したのは、別に深い意図なんてなしの、単に予定外の事で、それでも産んだはいいけど、わたしとお祖父ちゃんには報告しそびれていたってだけだったの」

 親子の仲が断絶していると、子が実家を飛び出してから音信不通になるケースが多い。そして孫の存在を祖父母が知らない、そして祖父母について孫が知らないという事が起こる。
 みみ架とて黒鳳凰本家であると当時に、実家は法曹界で名の通っている累丘だ。そういった事案も父の職業柄、実際に知っていた。
 とはいえ、まさか自分の祖父と妹がそうなろうとは……
 加えて、累丘の家族が隠蔽(累丘側での琉架の独占)を喜んだのも、質の悪さに拍車をかけていた。琉架は目を丸くする。
「え? え? 報告しそびれ、ていた、だけ? だけぇ!?」
 頷くみみ架。
 琉架の顔がひきつっていく。
「っていうか、それって……。わ、私って狙ってできた子じゃなくって、避妊に失敗しちゃったって、あれれ、そっち側ぁ?」
 もう一回、頷くみみ架。
「そうよ。予定外とはいえ、累丘家側からすれば、むしろ歓迎の妊娠だった。けれど、お母さん的には当時は複雑だったのよ。ううん、今もね。要するに気まずかった。で、お祖父ちゃんにも言い出し難くて、そのままズルズルと時間だけが過ぎてしまった。最悪ね」
『だ、だってぇ。ほら、一応は一子相伝の血脈だったし、後継者になれなかったし、それで更に二人目産んじゃった、とか、みみ架にも父さんにも、打ち明けられなくて。えへへ♪ 悪気はなかったのよ』
「気持ちは分からないでもないけれど、時代が時代でしょ。昔じゃないんだから。それに産んだ以上、隠してどうするのよ? 琉架の思い違いと暴走も大概アレだけど、状況的にはお母さんに非があるわ。そんなお母さんを叱って、修正できなかったお父さんも同罪ね」
 自分だって、琉架の存在を知った時には、母が不穏な事を企んでいる――と警戒していたのだ。完全に明後日の方向の勘違いだったが。
 琉架が吠えた。
「嘘だッ!! お祖父ちゃん達、お祖母ちゃん達が嘘つくもんか! みんな言っているんだよ。お母さんは黒鳳凰本家に酷い目に遭わされていたって! だから私を産んだの!! 憎き黒鳳凰弦斎への復讐の為に!! 絶対に避妊に失敗してできちゃった子とかじゃない! 騙されるもんかァ! 私はちゃんと家族計画で産まれてきた娘なんだから!!」
 確かに気持ちは痛いほど分かる。
 誰だって自分が避妊失敗の結果だなんて嬉しくないだろう。イヤに決まっている。
 みみ架は妹に同情するしかない。間違いなくオチとしては最低の部類だ。
「信じないから。だって、お祖父ちゃん達は嘘つかないもん!!」
 みみ架は頭を抱えたくなった。達という表現は、おそらく健在である曾祖父母を含めての言い回しである。みみ架とは違い、一括りで呼んでいる様だ。
 妹の台詞から察するに、累丘側の人間が、両親の知らないところで琉架を煽動していた模様である。隠蔽に協力どころか、まさかデタラメを吹き込んで、妹を焚きつけていたとは……
(仲が悪いもんなぁ。ジジイとお祖父ちゃん達って)
 弥美が言った。
『それは初耳だからね。そもそも両親とは折り合いがつかないだけで、別に酷い目とには遭わされていないし。人聞き悪い誤解よね。私、被害者なんかじゃないわよ。自慢じゃないけれど、私って友達には『親不孝を誇る最低のDQN』として評判最悪なんだから』
 本当に自慢にならない。
 というか、誇らしげに語るな。
「で、でも! それにッ! 私が継承者になって、お姉ちゃんを黒鳳凰から解放したら、また累丘の方で家族みんなで暮らせる日が戻ってくるって!!」
「あのね。ジジイの面倒を見ているのは継承者云々は関係ないし、こっちで暮らしているのは、通学に便利だったからよ。今では他の理由の方が大事だけどね」
 どの道、みみ架が実家暮らしに戻る事はないのだ。
 継承者云々は些事に近く、統護と仲間達の傍にいると決めている。
「そ、そんなぁ」と、情けない顔になる琉架。
 弥美は申し訳なさそうに言う。
『ゴメンね、琉架。お母さん、本当は琉架には鳳凰流とは無関係でいて欲しかったのよ。けれど琉架は鳳凰流を知ってしまい、お母さんに師事したわ。更にはみみ架以上に魔術師としての資質まであった。だから琉架を産んだ本当の経緯を話せなかったから、つい、ね……』
「ひょっとして、迷惑だったの?」
『ううん。琉架の師匠になって、一緒に鍛錬する日々は楽しかった。そのまま趣味として終わってくれれば、何の問題もなかった』
 みみ架は突っ込みを入れる。
「問題大ありでしょ。それだと、ずっと琉架を隠す展開になるし」
『う。それはそれ。いずれは紹介するつもりだったの』
「どうだか。信用できないわね」
 弥美の優柔不断が、今回の不必要な争いを招いたのだ。
 琉架の声が沈んでいく。
「そっか。最初からお母さんは、私に勝ち目がないって分かっていたんだね」
『ええ。これでも母親で師匠だもの。正直いって、鳳凰流としての純粋な地力と実力で判断すれば、琉架は今のみみ架どころか、今の琉架の頃のみみ架にも及んでいないわ。だから、せめて《黒波》を編み出して授けた』
 みみ架は苦笑した。確かに、あの奥義には一杯食わされた。
『今日の戦いぶりを見て思った。もう琉架は鳳凰流の使い手としてお母さんの手を離れたわ。お母さんでは琉架の師匠は勤まらない。だから、ここから先は……』
 自分で決めなさい――と弥美は呟いた。鳳凰流を棄てた弥美は琉架と共には歩けないのだ。
 弥美からの卒業を言い渡された琉架は再び泣き出す。
「あ、あんまりだぁ。酷いぃ。こんなのって酷いよ。勘違いで暴走した挙げ句に、お姉ちゃんにボコボコのフルボッコにされて、しかも滑稽なピエロだったのを晒されて」
 みみ架は世辞抜きで本心から言った。
「文句なしに強かったわよ。少なくとも、わたしを本気にさせる程度には。戦闘系魔術師ソーサラーとしては、まだまだ伸びていくでしょうね。それこそ魔術師としては平凡以下のわたしより」
 けれど鳳凰流の使い手としては……
 このままでは頭打ちだ。
「私が本当に欲しいのは、鳳凰流の強さだもん。正当後継者に、黒鳳凰になりたいんだ」

「それは――お母さんの為?」
「お母さんの為だったけど、それ以上に――自分の為」

 妹の気持ちを確認して、みみ架は決意した。
 琉架はまだまだ未熟で不出来かもしれないが、姉として応えようと。
「ハッキリ告げると、お母さんの指導じゃアンタの鳳凰流は頭打ちに近いでしょうね。お母さんの言う通りだわ。伸び悩むのは確実。だから学校の長期休暇でも利用して、正式にジジイの教えを請いなさい。それこそ一から基礎を作り直す覚悟で」
『お母さんもみみ架の意見に賛成ね。とはいっても、私から父さんに頭を下げるなんて真っ平ゴメンだから、琉架が自分で弟子入りしなさいな』
「ホンットに無責任な母親ね」
『フッ。私は世界一親不孝なDQN娘だもの。そんな私が子供を産んだら、世界一のDQN親になるのは道理でしょう』
「威張らないでよ」
 もう黙って、と弥美に釘を差し、みみ架は本題に入った。
「わたしは遅くても数年後に堂桜くんとの男児を産むわ。その子は『堂桜(蘊奥)の業の血肉』として鳳凰流をも心技体に取り込み、両親よりも更に強い――『次代の堂桜』になる。業は継いでも黒鳳凰の名は継がずにね。業と血は堂桜の中で生き続けるけれど、名はわたしの代で終わり。でもそれは血族と業の終わりじゃなくて、鳳凰流の新しいステージだと思っていた」
「そっか。鳳凰流は堂桜の一部になるんだ……」
 消沈した琉架の台詞。
 みみ架は首を横に振った。
「だけど気が変わったわ。わたしが堂桜くんの子を産んだ後、琉架をテストしてあげる。わたしの次に黒鳳凰を名乗る資格があるかどうかね。そして合格だった時は、正当後継者として黒鳳凰の名と【不破鳳凰流】を、アンタの好きにするといいわ」
 不合格だったならば二度と鳳凰流を使わせないけれど、と厳しい言葉を続ける。
 まさかこんなカタチで鳳凰流が二つに別たれるとは。
 しかし、これも運命なのかもしれない。以前、一瞬だけ視た幻――仕合う為に統護を待つ一人息子はやはり次代の蘊奥(堂桜)であり、黒鳳凰ではなかったのだ。
 琉架は涙を流しながら微笑む。

「……頑張るよ、私。お姉ちゃんから名を継げるように」

 それは憑きものが落ちた貌。素直な言葉。
 名を奪うよりも大変よ、と鳳凰流当代は次期継承者候補の気持ちを引き締めた。
 猶予は数年だ。確信めいた予感として、二十歳前後で自分は統護の子を身籠もる。それまでに琉架は祖父との正式な修練で、最低水準まで身体と業を造り直さなければならない。
 うん――。頷いた琉架は嬉し泣きなる。
 琉架は里央を見た。里央も笑顔で泣いている。そして琉架に拍手していた。
 二人の間にあったわだかまりも氷塊だ。
 みみ架は通話を切って、次の言葉で締めくくる。
「この件はこれでお仕舞い。見苦しい身内のゴタゴタを見せて悪かったわ」
 一比古が言った。
「謙遜だな。実にいい家族物語じゃないか。感動はしなかったがね。ところで……、堂桜統護からの通話要求をシャットアウトしているのだが、よければ繋ごうか? この状況。彼は君が心配で心配で仕方がない様子だ。実に愛されているね」
 みみ架は即答した。
「不必要よ。この映像を観ているのなら、堂桜くん、約束を忘れたの? わたしはどんな状況だって貴方を心配せずに信じるわ。堂桜くんは違うのかしら?」
 統護が中部地方での任務を果たさない限り、二度と言葉を交わさない。そう約束した。統護には淡雪に専念して欲しいし、彼の傍には仲間の優季が付き添っているのだから。
「通話要求が切れたよ。君も意地っ張りな女だね。いや、見栄っ張りかな?」
「余計なお世話よ」
 みみ架が決勝進出となっているが、それはイベントの優勝者を決める勝負という意味合いではなく、MKランキングそのものの結果を決める勝負だと露呈している。
 みみ架は一比古からオルタナティヴに視線を移す。
 自分は戦闘不能だ。そして琉架も。よって……
 彼女はみみ架の視線を受けて頷いた。
「じゃあ依頼を追加するわ。わたしを護って貰えるかしら。報酬は言い値で結構よ」
 確かに今、統護は傍にいない。けれど統護がこの場にいなくとも。
 主役は、主人公は、統護だけではないのだ。

 統護以上に主人公している『もう一人の堂桜統護』が此処にいる――

 

 

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