第四章 宴の真相、神葬の剣 20 ―黒幕―
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オルタナティヴは涼やかにウィンクを返す。
「スパーリングの時に言った通りに、やはり委員長ってヒロインにはなれても、主人公は無理なキャラしているわね」
「ええ。全く同感。わたしは主人公なんて役柄じゃないわ。貴女と違ってね」
こんな最終局面で『護る』ではなく『護られる』のだから……
それに統護かオルタナティヴ以外の他人に護られるのならば悔しいが、この二人に護られるのならば納得である。
「報酬は、そうね……。今回の件が全て終わった後で缶コーヒーでも奢って貰おうかしら」
オルタナティヴが一比古に試合開始を促そうとした、その時。
「くだらねえ茶番で、俺を待たすんじゃねえよ、クソがァ!!」
我慢できなくなったムサシが、開始の宣言を聞かずにオルタナティヴに襲い掛かった。まさに制御の利かない狂犬である。
すかさず振り返り、ムサシの拳を躱すオルタナティヴ。彼女は微塵も動揺していない。
ミスブローの空振り音が、試合開始のゴング代わりとなった。
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| ラグナロク・決勝トーナメント |
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| 準決勝第二試合 |
| 3位 芝祓ムサシ 対 4位 オルタナティヴ |
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いや。1位が判明している今、すでに3位や4位というランキングは無意味だ。
格闘家の本領を前面に押し出して、ムサシは近接戦を仕掛けてきた。
例の《ステータス・オープン》は使っていない。
オルタナティヴも受けて立つ。可能な限り相手と同じ土俵――は、彼女の信念だ。
打ち合いにはならない。
ムサシの打撃が連続していき、オルタナティヴは守勢を強いられる。
琉架が不思議そうに言った。
「あの打撃って変に避け難いんだよね。フェイントみたいな妙な隙が混じっていて」
その台詞の通りに、それこそがムサシの《打芸》の極意。
打撃の繋ぎと初動の中に、人の意識を惑わす動きが、巧妙に織り込まれている。それは疑似的なフェイントとして機能するのだ。けれどムサシはフェイントという無駄を入れていない最速の動きをしている。
ムサシの《打芸》に気が付けないレヴェルの者は、単純にムサシの打撃速度に対応できない。
打撃速度に対応できるレヴェルの者は、《打芸》のノイズに惑わされる。
琉架が感想を追加した。
「しかも強引な隙を無視すると、こっちのリズムも狂ったし」
オルタナティヴも《打芸》に幻惑されている。
何度かあった絶好のカウンターチャンスにも、手を出しあぐねているのだ。
ムサシの左ジャブ。
オルタナティヴはヘッドスリップで躱しにいく。カウンターを合わせられるチャンスがきた。
だが、クロスのタイミングは厳しい。今まで通りに《打芸》のノイズが邪魔をする。それに、このテンポだと前に出している左拳でのカウンターは狙えても、後方の右拳では難しい。
オルタナティヴの右拳が反応した。狙いはあくまで右だ。
クロスでは苦しいから打ち終わりを狙う――リカバリ・カウンターだと、判断したムサシはジャブの引き際からの動きをイメージして……
ぱァンッ! 一瞬速いタイミングでカウンターが閃いた。
精確無比なヒットに、ムサシの顔面が弾かれる。
拳が交差したクロスのタイミングである。リカバリ・カウンターよりもワンテンポ上だった。
拳の引き動作まで待たずに炸裂した、オルタナティヴのライトクロスだ。
琉架が驚いた。
「強引にインサイドからの右ショートを合わした!?」
みみ架は妹を叱る。
「違う。見切りが甘いわ、琉架。右ショートストレートではなく、右ジャブを使ったのよ」
「え? オーソドックスからの右ジャブ!?」
ストレートとジャブでは、根本的に身体の使い方が違う。
右構えの左ジャブと左ストレートは全くの別パンチである。拳の軌道ではなく、身体の使い方という観点でだ。技術的に高レヴェルの者は、左ジャブのパターンだけではなく、左ジャブと左ストレートを使い分けられる。
それは右構えの右ストレートと右ジャブも同じだ。
けれど通常であれば、右構えからの右ジャブなど使い道がない。メリットがない。普通にロングからショートの射程距離で適宜、複数パターンの右ストレートを使い分ける。
だがオルタナティヴは《打芸》に邪魔されての『不完全な右ショートストレート』を無理に合わせるのならば、《打芸》のノイズ下でも無理なく狙える『完璧な右ジャブ』を使ってのライトクロスを選択した。
一瞬の判断か。あるいは自然に出たのか。
みみ架は感嘆した。ライトクロスを得意としているオルタナティヴならではの発想だ。
(なかなかやるじゃない、オルタナティヴ)
綺麗にライトクロスを食らったムサシの攻撃が止まった。
小気味よいステップ音を響かせて、オルタナティヴがムサシの背後に回る。
好機だが追撃せずに、クールに告げた。
「随分と落ち着きのない男ね、芝祓ムサシ。聞きなさい。最初こそ委員長の依頼で貴方を追っていたけれど、今は認識が違っている。貴方は琉架以上の哀れな『運び屋』に過ぎなかった。ある意味で一番の被害者だった。琉架が担った委員長をこの場に誘う『運び屋』よりも、もっと惨めな『運び屋』よ」
「なに言ってやがるテメエ」
「貴方が犯した罪は決して赦さない。けれど、ここで立ち止まるというのならば、命だけは助けてあげるわ。逆に立ち止まらなければ、貴方は――死ぬ」
ムサシは返答代わりに、こう唱えた。
――《ステータス・オープン》と。
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…
ムサシは自身の意識内に『ステータス画面』を表示させた。
第三者にもホログラフィックとして可視化できるが、通常は意識内のみに表示させている。立体映像化させると指先で触れてのタッチパネル操作が可能となるが、ムサシはあまり気に入っていない。
意識内のみでカーソルを移動させ、〔スキル〕を選択する。
カテゴリは『戦闘用魔術』だ。
極一部の例外を除き、戦闘系魔術師は一度に一つのエレメントしか扱えない――が、戦闘系魔術師とは異なるムサシには、エレメント云々など関係ないのだ。《スキルキャスター》なる異名を持つ彼には、どの属性の魔術であろうとも〔ラーニング〕して〔スキル〕化されていれば、そのコントロールに差はないのである。
そして魔術師とは違い己の魔力を消費する事はない。
加えてマルチタスクに対しても意識容量は関係ないのだ。
火の攻撃魔術と氷の攻撃魔術、そして風の攻撃魔術。
〔スキル〕として登録してある三つを、ムサシは同時に選択して起動させた。
「食らえやッ! 女ァぁ!!」
起動用の【コマンド】入力と【ワード】詠唱を要さずに、ムサシは三色の魔術を一斉に繰り出す。
オルタナティヴはその様子を興味深そうに観察していた。
(他愛ない。〔スキル〕とカテゴリ化されていようが、魔術は魔術に過ぎないわね)
紅い灼眼が特徴の少女は、すでに【基本形態】を立ち上げている。
其の名称は《ファイブスター・フェイズ》だ。
燃えるような色彩とは対極のクールな眼差しで、彼女はムサシの〔スキル〕を解析していく。戦闘系魔術師が超次元で【魔導機術】システムとリンケージしている電脳世界の【ベース・ウィンドウ】のサーチ機能でだ。
肉眼による有視界と異相している戦闘系魔術師の超視界。
その超視界に伴った超時間軸で行われる魔術オペレーション。
コンマゼロ一秒以下の短い時間で、オルタナティヴはムサシの〔スキル〕――魔術プログラムを丸裸にしてしまう。
(単純で基礎的なアルゴリムね)
実に容易い。オリジナル要素が皆無といっていいだろう。ダミーもない。三つの並列処理が全く負担にならなかった。拍子抜けする程に呆気なく、解析完了。
軌道演算による着弾点の割り出しも終わっているので、オルタナティヴは余裕をもってムサシの魔術を避けた。
纏っている魔術オーラは最も機動力を発揮できる【風】のエレメント――《ローブ・オブ・クリアランス》である。この『風のオーラ』は相手魔術への空気接触も兼ねていた。
ソニックウェーブを制御した超音速の挙動を実現。
みみ架が披露した『鬼神モード』での動きとは異なり、近接戦闘に対応可能な精緻かつ巧妙な細かい挙措は無理であるが、その反面、単純な物理的速度では遙かに上回っている。
更に【ベース・ウィンドウ】を天才的に操作する。目的は解析や【アプリケーション・ウィンドウ】の【コマンド】ではなく、保持しているデータベースと解析データの照合だ。
「おらおら、ゥオラッ!」
三つの魔術を躱されたムサシは、次いで他の〔スキル〕――攻撃魔術を継続した。連射、連射、連射だ。
けれど、オルタナティヴには微塵も通用しない。
未来視めいた軌道演算を利しての回避行動が冴えわたる。
魔術オペレーションを省かれているムサシの攻撃魔術(スキル)では、オルタナティヴを魔術的ロックオンできない。目視で照準してのホーミングも、彼女相手には無駄であった。
魔術の天才と魔術戦闘のド素人――その差は歴然だ。
素人が放つ、付け焼き刃のコピー&ペーストに過ぎない攻撃魔術は、オルタナティヴに対して、《ステータス・オープン》のカラクリを解くヒントを重ねるに過ぎなかった。
(なるほど……ね)
データベースからムサシが〔スキル〕としてコピーした魔術アルゴリズムを発見する。特に汎用魔術をコピーした魔術プログラムは次々と元データが見つかっていく。
(よくぞ、ここまでコピーしたもの)
破壊用のウィルスを精製するまでもない。デフォルトとして、すでに複数パターン用意されている。オルタナティヴはウィルス群を調整して、《ローブ・オブ・クリアランス》の基本性能に付加させた。
ひゅぅゥォォオオオオオオオオオ――……
エレメントの属性による相性など関係なかった。ムサシが繰り出す魔術理論を破壊するウィルスを付加されたオルタナティヴの【風】のローブは、全ての攻撃魔術(スキル)を遮断する。
「くそッ! 何でだ!? どうなっていやがる!!」
ムサシが焦りに顔を歪める。
「俺の〔スキル〕が悉くキャンセルされちまうじゃねえか! この女、さてはキャンセラーなのかよ!? でもキャンセル系の〔スキル〕は〔ラーニング〕できねえぞ!?」
あまりにゲーム的な発想だ。
しかし、これはゲームのバトルではない。現実の戦闘である。
「キャンセラー? いいえ、違うわね。この程度は魔術戦闘の基礎中の基礎よ」
その台詞は正確ではない。基本的な戦術とはいえど、実際にここまで完璧なカタチで可能とするのは、極一部の天才だけである。
オルタナティヴは真っ直ぐに突っ込んだ。
攻撃に出る。右拳に『風の渦』を纏わせた派生魔術だ。
「――《エアスクリュー・ナックル》」
対するムサシ。無防備ではない。
戦闘系魔術師ではなくとも、彼は超一級品の格闘技者である。
オルタナティヴのパンチを見切り、防御魔術――〔スキル〕を発動させた。しかし、それもオルタナティヴの意中である。
反重力による魔術障壁が、ムサシが選んだ防御用〔スキル〕だ。
キュゴンっ!! 防御障壁にオルタナティヴの魔術拳撃が着弾する。
(っ!?)
弾き返され、オルタナティヴは距離を取った。
狙いは防御障壁の破壊ではなかった。防御障壁と魔術拳撃との接触から疑似ウィルスを侵入させて、本丸である《ステータス・オープン》を解析しようと試みたのだ。
けれど強力かつ堅牢なファイアウォールに阻まれてしまった。
魔術効果の残滓すら拾えない。そして、間違いなく複雑なオリジナル・セキュリティである。
「やはり、思った通りね」
芝祓ムサシが魔力を使わないで〔スキル〕を扱えるのは道理だ。
いや。逆なのだ。ムサシが自身の魔力で〔スキル〕を操作する方が不可解といえよう。
ここまでの情報で、ほぼカラクリは推定できた。
後はムサシの出方次第となる。
「もう止めなさい。無駄よ。貴方の〔スキル〕化した魔術はアタシには通じないわ」
「ハッ。吹かしていろっての。テメエの魔術だって俺は〔ラーニング〕済みなんだよ」
その台詞の直後。
ムサシは《ローブ・オブ・クリアランス》を発動させていた。
派生魔術のみならず【基本形態】すら〔スキル〕としてコピー可能なのである。これこそ《スキルキャスター》の本領だ。
「いくらテメエの魔術が凄くても、完全に同じ魔術同士ならどうかな?」
「分かっていないわ。貴方は魔術戦闘の基本を分かっていない」
オルタナティヴは再度の《エアスクリュー・ナックル》で殴りかかった。
ムサシも同じく《エアスクリュー・ナックル》を〔スキル〕として発現させて、テイクバックした右拳に纏う。
右と右――同じ攻撃魔術が正面から激突しにいく。
しかしオルタナティヴのライトクロスを警戒したムサシは、途中で〔スキル〕を切り替える。右拳だけではなく、左拳にも《エアスクリュー・ナックル》を起動させたのだ。
そこから右をフェイントにした左フックを繰り出す。
オルタナティヴはヘッドスリップする気配がない。このまま左を打ち抜けば――
刹那、ムサシの左フックが不自然に止まる。
フェイントとして中断したはずの右拳が、ムサシの意志に反して伸びていくからだ。右肩が前に回転して、左肩が後ろに引っ張られる。
そしてムサシの右拳は、オルタナティヴの右拳に吸い込まれた。
ニィ、と笑むオルタナティヴ。
オルタナティヴの狙いはライトクロスではなく、ムサシの右拳を破壊する事だ。通常ならば、相手の拳を自身の拳で打ち落とすなど、偶然に頼らなければ不可能に近い。しかし、オルタナティヴは実現する為に『魔術的な仕掛け』を施していた。
ごぉゴォンッぉ! 鈍い音が響く。
ナックルパートとナックルパートが正確に重なる。オルタナティヴの右ショートストレートで、ムサシの右拳が打ち砕かれた。
「ぐぅわぁああああぁあ!」
拳が砕かれた激痛に、ムサシが仰け反って絶叫する。
オルタナティヴが張った罠。前提は、述べるまでもなくライトクロスを囮にした事だ。そして罠の仕掛けとは、ムサシに〔ラーニング〕させた《エアスクリュー・ナックル》にある。オルタナティヴの《エアスクリュー・ナックル》に向けて、ムサシの《エアスクリュー・ナックル》が吸い込まれる気流が発生する様に、隠しパラメータを設定しておいだのだ。
魔術師ではないムサシには、コピーした魔術プログラムの内容までは把握・判断できない事を、逆手に取ったのである。
「これで理解できたかしら? 貴方の魔術系〔スキル〕はアタシには通用しない事が」
命までは奪わない――が戦闘者としては再起不能にする。
その後の処分は堂桜財閥に任せるつもりだ。
追い詰められたムサシは〔スキル〕を切り替えた。魔術系の〔スキル〕は無駄だと全て停止して……
――みみ架の『鬼神モード』を〔スキル〕として発動。
ムサシはみみ架と琉架の戦闘中も抜け目なく〔ラーニング〕を続けていた。彼はみみ架の動きと技術さえ〔スキル〕として奪っている。
雰囲気が激変した。明らかにヒトとは異なる様相だ。
「これならどうだ? 最強チート女の超絶な動きに付いてこられるかァ?」
通用しない魔術を慮外して、みみ架の再現に全リソースを割り振ってきた。この判断能力と柔軟性は、経験よりも才能である。
ムサシの動きが加速した。
まるで瞬間移動めいた超速かつ、神秘的なステップインである。
ぐぅオォぉ! スウィングで空気が唸る。みみ架の動きをトレースしたムサシの左フックだ。
オルタナティヴは辛うじてスウェーバックに成功できた。
理由は二つ。
最初の理由は、単純にオルタナティヴは常人よりも身体機能に優れている超人であるという事。そして二つ目こそが……
ムサシの左フック。二発目だ。
オルタナティヴはフルスピードで逃げた。射程距離内で躱しにいくと、おそらく避けられない。筋力と物理的なスピードならば、オルタナティヴと同格なのは唯一、統護のみ。
ばつんッ。筋断裂の破裂音。ユニゾンしたのは腱が切れた音だ。
ムサシの四肢が『鬼神モード』の超過負荷に堪え切れずに、壊れていく。幼少時から鍛え込まれているムサシの身体だから、この程度の損傷で収まってた。四肢が壊れていく激痛。それでもムサシは怯まない。激痛を無視している。
(いいえ。違う)
オルタナティヴには分かっている。間違いなくムサシは痛みを『感じていない』のだと。痛みとは身体の異常を脳に報せるサインだ。しかし彼の痛覚は、もう……
ムサシが迫る。まさしく鬼気迫る表情だ。
バックステップから切り返して、オルタナティヴも前に出た。間合いが圧縮されていく。
一発で仕留めてみせる。
攻撃魔術は使わない。使っても、ムサシは構わず来るからだ。それに、魔術に対して真の敵が介入してくる可能性がある。近接戦闘ならば、その可能性は皆無のはずだ。
互いに右拳を構えた。
先手は――『鬼神モード』からのムサシの右ストレート。
壊れた拳で打ってきた。流石のキレとスピードだ。
オルタナティヴは右を合わせられずに、ヘッドスリップで躱すのみだった。打ち終わりに、右を合わせる仕草をフェイントする。
ムサシは引っかからない。いや、もう『鬼神モード』の性能に任せて殴りかかる事しか頭にないのだ。
もう一度、ムサシの左フック。動きの反動で自らを破壊しながら、驚異的なパフォーマンスを実現させてくる。
ライトクロスを狙うが、今度も手が出なかった。思い切れない。
誰もが、みみ架の鬼神を再現しているムサシに驚愕し、この攻防に固唾を飲む。
(迅いっ。まさに委員長の鬼神そのもの)
カウンターを失敗すると、こちらが逆に一発で沈む。
勝利と敗北が背中合わせとなる薄氷の攻防だ。
ムサシは相打ち上等で打ってくる。相打ち、もしくは一撃を耐えて、肉を切らせて骨を断つ、と鬼神フックを叩き込む作戦であった。
至近距離での高速格闘になり、もう魔術を介入させる余地はない。
ムサシが動く。ヴぅぉおヲんン。みみ架と同じ超自然的な重低音を発し――消えた。
否、消えたと錯覚させる程の超挙動。鬼神の動き。
超機動の至近距離ターンを決めて、オルタナティヴの左サイドを掌握した。その様子に、みみ架と里央が目を見張る。
このシチュエーションは……ッ!!
道場で行ったスパーリングでの失神KO劇と全く同一だ。
あの時の再現になるのならば、オルタナティヴはKOされる。
果たして――
オルタナティヴはムサシの動きに反応して、刹那のタイムラグで付いていく。どクン、と心臓が脈打った。
彼女の脳裏に甦る、意識を断たれる直前の記憶。
左ロングでの鬼神フック。みみ架の左フックと全く同じ。完全に状況が重なっている。
(確かに、委員長の鬼神は凄い)
軽やかなステップワークで、オルタナティヴはムサシを真正面に捉える。常人ならば、いや、ヒトならば例え戦闘系魔術師であっても、鬼神には付いていけない――が、オルタナティヴは常人を凌駕する超人である。
打てる。カウンターにいけるタイミングだ。
あの時の記憶。
ライトクロスはリスキーではないか? そんな弱気に襲われる。失敗のリスクを避けて、もう一度躱してからの仕切り直しならば……
耳朶にリフレインする、みみ架の台詞。
――〝自分のライトクロスを信じなさい〟――
いく! 決めてみせる。オルタナティヴは眦を決した。ワイルドに、しかし鋭く弧を描き、唸りを上げてくる左拳。背筋が凍りそうな迫力だ。
正直いって、怖い。なんて恐ろしい。
(本当に恐ろしく――凄い)
オルタナティヴの右拳が限界を超えたハンドスピードで閃く。
迷わず、信じて。
(凄い、が!)
アタシのライトクロスは――もっと凄い!!
左フックに右ストレートが交錯する。
あの時の失敗は、今この時の成功の為に必要なプロセスだった。稲妻のごとく迸った右拳が、完璧なクロスのタイミングでのカウンターとなって、ムサシの顔面に炸裂した。
ガァんン!! 大口径の拳銃を撃ったかのような音。左腕と右腕が重なって描かれる十字架。芸術を超えた美しさと、残酷さ。
ムサシが大の字になって後ろに倒れ込む。
ダウンだ。そして――一目で決着と判るKOシーンであった。
鮮やかなワンパンチでのノックアウト。
終わってみれば、最初から最後までムサシを寄せ付けない圧勝劇だった。
オルタナティヴは手応えの残る右拳にキス。クールにウィンクを添えて、こう述べた。
「確かに貴方は〔スキル〕で委員長の動きを再現できていたわ。でも、やはり完全再現には、僅かに及んでいなかった」
どんな動作にせよ、個々人の骨格と筋肉の付き方から来る微細な差違はある。みみ架の動きを外側だけトレースしても、みみ架の骨格と筋肉バランスまでは再現できない。
みみ架の『鬼神モード』は、みみ架の肉体に最適化されたものだ。
ムサシの肉体では、どうしてもロスが生じてしまう。
それがオルタナティヴが『鬼神モード』と真っ向から渡り合えた、二つ目の理由である。
みみ架を見た。
「感謝するわ。あの時のスパーリングがなければ、間違いなくアタシが倒されていた」
みみ架は微笑んで頷く。
里央が興奮と感動に震える声で言った。
「本当だった! ミミの言う通りに、あのスパーリングの勝者は、失神KOしたミミじゃなくて、倒された方のオルタさんが、オルタさんが真の勝者だった……ッ!!」
これで今回の事件の全てが終わり、と観衆は思った。
最終的な勝者は、状況からすると最後まで勝ち残ったオルタナティヴのはずである。
この結果を受けて、主催者の光葉一比古はどう動くのか。
「……ねえ、光葉一比古の振りをしている、アナタ。これでようやく下手くそな演技を止めて、正体を教えてるのでしょう? MKさん」
世界中の視線が、オルタナティヴの視線と同じ――一比古へと集まった。
一比古は口元をニヒルに歪める。
「流石は天才魔術師だね。どうやら魔術特性だけじゃなく、私の専用【DVIS】と専用【AMP】まで見破っているのかな。貴女を懐に入れた以上、それも計画の内だけど」
「ええ。専用【DVIS】はこの廃棄マンションそのもので、専用【AMP】はそのゴーグルでしょう?」
「正解だよ、オルタナティヴさん。じゃあ私の使用エレメントは?」
「ズバリ。【雷】から派生、そして特化した【電子】よ」
それならば全ての説明がつく。特にムサシという『運び屋』についてだ。
「大正解だよ。だから私はこう名乗るとしようか」
――《エレクトロマスター》と。
とっくの前にマスターACTしていた。【基本形態】も起動済みだ。
なにも【エレメントマスター】は【エルメ・サイア】の『コードネーム持ち』だけの専売特許ではない。オーフレイムをはじめとして、他にも少数だが存在している。
給水塔の中から、床の中から次々と一比古と同じゴーグルを着けたヒト型が姿を現した。着ている衣装は腐食している。
そしてヒト型達はオルタナティヴを取り囲む。
もう分かっている。このゴーグルを着けた人々はMKに操られている――死体だ。
これ等、魔術製ゾンビの名称は《デジタライズ・キョンシー》である。
会話の意味を理解した里央が愕然となった。
一比古を演じていた《デジタライズ・キョンシー》――操り人形から視線を移して、オルタナティヴが鋭い声で断言した。
「このMKランキングというシステムは、M(光葉)一比古(K)を隠れ蓑にして、M(みみ架)K(黒鳳凰)を倒す為に、貴女――MKを強化する代物。つまり……
――渚(M)此花(K)!! 貴女が真の黒幕で、今回の敵よ!」
その言葉に、此花は薄く嗤う。肯定の笑みだ。
モニタには[ 決勝戦 エレクトロマスターの此花 対 オルタナティヴ ]と表示された。
ついにラストバトルの幕が上がる。
注記)なお、このページ内に記載されているテキストや画像を、複製および無断転載する事を禁止させて頂きます。紹介記事やレビュー等における引用のみ許可です。
本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。