第四章 宴の真相、神葬の剣 24 ―オルタナティヴVS此花④―
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24
なにが主役で主人公だ。
あくまでクールに振る舞おうとするオルタナティヴの気高さに、此花は苛立ちを覚える。
強がりなのは明白だ。けれど決して虚勢ではない。
「ええ。逆転劇なんてこの《エレクトロマスター》の戦闘プランにはないわ。何故ならば、私は苦戦なんてしないの。このまま苦戦なしで勝利してみせるから。【電子】を司る【エレメントマスター】の辞書には、苦戦と逆転の二文字はないのよ」
それこそハッタリだった。
此花自身が誰よりも分かっている。オルタナティヴの挑発は的を射ていると。此花には苦戦や逆境からひっくり返せるだけの、状況の想定ができない。経験がない。訓練もしていない。
――『強さ』についての議論で上がる命題に『打たれ強さ(耐久力)』と『同格以上を相手にした際の引き出し』がある。
まずは『打たれ強さ(耐久力)』。格下のみを相手にした連勝の過程で、まともに攻撃を食らった経験なしで同格以上と戦った際、たったの一撃で呆気なく沈められるケースがある。倒された本人でさえ、自身の『打たれ弱さ』を自覚していなかったのだ。
よって対戦相手を研究する時、相手にまともに打たれた経験がなければ、まずこの点を疑ってかかる。ひょっとしたら打たれ弱いのでは? と。相手の耐久力によって構築する戦闘プランは大幅に違ってくるのだ。
そして『同格以上を相手にした際の引き出し』。
格下相手に圧勝を繰り返しても、戦い方のパターンが少なかったり、スペックでゴリ押しするだけの戦い方だった場合、同格以上を相手にしたケースの『引き出し』を疑うのだ。
基本的に、格下相手と格上相手では戦い方を変える。同じ様には戦わない。
けれども引き出しがなければ、格上相手でも格下相手と同じワンパターンな戦い方しかできないのだ。そして結果として無策に映るような惨敗を喫してしまう。
実戦練習や実戦において経験を積む――という意味は、様々な状況、様々な相手と戦う過程において段階的に色々な事柄を吸収していく事を指す。そうして対戦相手のレヴェルを上げていき、自身の技術に順応させていくのだ。それが経験と育成だ。
格下を一人倒した事と格下を百人倒した事を比べても、どちらも単に『格下を倒して戦闘に慣れる』経験を積んだに過ぎなく、百人倒したからといって百倍の経験値にはならない。
同じ様な強さで同じ様なタイプと繰り返し戦う事は、経験を積むという観点からすると、単なる時間の無駄に過ぎないのだ。
ボクシングで日本に『出稼ぎで倒れにきた』格下タイ人ボクサーを二〇連続KOして『シャオラァ!』『俺とKOはセット』と吠えても、『二〇連続KO凄い!』と周囲が絶賛――どころか大半の者からバカにされるだろう。むろん雑魚専な戦績では、世界ランクどころか日本ランキング下位にも擦らない。苦戦しないで格下相手に無双するとは、そういう事なのだ。
格下相手の戦いであっても、違ったタイプを相手に、かつ局面に応じたヴァリエーションに富んだ戦い方を意識的に行い、事前に掲げたテーマをクリアできなければ、全く経験にならないのである。
そして経験とは苦戦や不調、大ダメージを被ってからの立て直しも含まれる。
人は自分が経験していない逆境に対し、時に驚くほど脆かったりするのだ。だから本当に強くなる為には、敗北はともかく、同格相手の様々な苦戦を学習するのは必須といえる。
よって無双無敗よりも苦戦や敗北を糧に成長している者の方が強い――という事が多い。
そういった経験(獲得した戦闘データ)を実にして、己の不足分や弱点・欠点に向き合い、対策と研究をして克服しているのだ。
対戦相手の研究をする時、現在は過去よりも明白に成長しており、かつ過去に苦戦や敗北をしているデータの方が、苦戦なしの全勝よりも恐いものである。
強さ評価は戦績基準ではない。対戦相手の強さと、戦闘内容で評価するものだ。
逆に苦戦知らずで、格下相手にスペック勝ちしかしていない者は、対策を立てやすい。
格下相手の連勝データしかなかったら、強敵どころか『雑魚専』と軽んじる事さえある。
むろん格下相手の連勝であっても、様々な局面に対応して柔軟な対応力・適応力を示している者は別次元ではあるが。
(凄く嫌な感じ。私が圧倒的に有利なはずなのに……)
確かにプレッシャーを掛けられている。オルタナティヴの挑発が作戦の内だと理解していても、此花は精神的に押され始めているのを自覚した。
自分とは異なり、オルタナティヴは何度も苦戦を経験している。強敵と戦っているのだ。
追い込まれていても、自身を冷静に保っていられるのは、苦戦という経験の賜だ。
此花にはない要素。自分は逆転されたら、再度、逆転し直せない事を理解している――が故に、このまま戦闘プランに沿って押し切らなければならない。
先程の一撃で決着できなかった事が、これ程に心理的負担になるなんて……
「征きなさい、キョンシー達!」
此花は《デジタライズ・キョンシー》達を嗾けた。
決定打に至らないのは承知している。琉架の魔術版寸勁をアレンジしていた〔スキル〕――《ワン・インチ・ショット・ハイパー》で倒しきれなかった以上、ここから先の《デジタライズ・キョンシー》は牽制と囮に専念だ。付け入る隙を与えるリスクを払ってまで、安易に同じ手は用いない。
次の手があるのだから。
九対一で、かつオルタナティヴは魔力を省エネしながら立ち回っている。死に体のはずなのに、まだあれだけ動けるのか。本当に常人を超えている正真正銘の超人である。
けれど大丈夫だ。とても自分に接近できる余裕などない。
近接戦闘に持ち込まれたら、一秒だって持ち堪えられない。格闘戦での防御技術はない。どうしても中距離から遠距離での砲撃か射撃に徹しなければならないのだ。
ジリジリと此花は立ち位置を変える。慎重に動く。
オルタナティヴが自分を見据えているのは分かっていた。ミスをすれば、超人的身体機能を全開にして、強引に飛び込んでくるのは明白である。接近を許してしまえば、負けだ。
このステージにあって、此花はスペック的には最強の戦闘系魔術師だ。
それでも近接戦闘ができない――クロスレンジが不可という条件は、小さくない制限であった。本来の戦闘系魔術師は近接戦闘も含めて『オールレンジかつオールマイティ』が基本で、最低基準である。しかし此花は、どれだけ相手を追い詰めても、懐に踏み込まれての打撃一発でKOされてしまうのだ。
近接戦だと即KOされるという重圧。
実戦の緊張感と長期戦の精神的疲労。
肉体のダメージはゼロだが、此花も一杯一杯といえた。
全身から滝の様に大量の汗を滴らせている。下顎を踏ん張らなければ、歯の根が鳴りそう。呼吸は荒く、血圧は二〇〇を超えていた。心臓が破裂しそうな程に暴れている。
どれだけ高性能であっても、【エレメントマスター】であっても、渚此花という女性の本質は【ソーサラー】ではない。とても魔術戦闘を楽しみ、愉悦する事などできないのだ。
刻一刻と精神が削られていく感覚。
絶対に安全圏をキープするのだ。間違っても近付けさせない。
一度だけ《アイスウィング・ダークエンジェル》をコントロールする。
鳳凰流の槍術をもって、オルタナティヴの意識を逸らした。
そして《アイスウィング・ダークエンジェル》を意図したポジションに下がらせると――
「……準備は整った。戦闘プランの第三段階よ」
此花は宣言する。第四段階はない。すなわち最後の勝負を挑むという事。
再び【電子】による神経制御によって《デジタライズ・キョンシー》達を、自分の前に防御壁として立たせた。これでようやく本気を出せる。そう。全力を出せるのだ。
「なるほど。そういう事ね」
オルタナティヴは動きを止める。迂闊に動かない。此花の策を理解したのだ。
此花、オルタナティヴ、里央が直線上に配置されている。
アウトボックスの末にポイントアウトされて判定負けを味わった格闘家が、「打ち合いならば負けなかった」と試合後にコメントする事がある。違うのだ。打ち合いに強い=打ち合いに持ち込める技術と戦術がある、なのである。打ち合いに持ち込めない以上、強い弱いを論ずるに値しない段階だ。
強打も同じである。当たれば倒せた、ではない。当てられなければ、どんな強打でも無意味。当てられない強打者など虚打者だろう。本当の強打者とは、当てる技術、プロセスを身に付けている事も含めてなのだ。
そして渚此花は『確実に当てられる状況』を作り出してから射撃する。
ズゾォぉんンンッ! 地鳴りめいた重低音を唸らせて、此花が黄金のスパークを纏った。
ついに此花本人による攻撃魔術を放つ時がきた。
かの《雷槍のユピテル》の『黄金の槍』と比べても、決して劣らない極限の一撃を見舞う。
「躱せば、美濃輪さんに直撃よ」
故に絶対に当たる――必中の一撃だ。
「ええ、そうね。どうやら受け切るしかなさそうね」
最初から里央を照準して撃てば、オルタナティヴが此花の意識からフリーになる隙が生じてしまう。彼女はそこを見逃さないだろう。けれど、この位置関係での直線砲撃ならば、小細工や策の介入は無理だ。
「人質とはこの様に扱うものだわ。ファン王国でポアンを人質にとったメドゥーサは、あまりに工夫が無さ過ぎね。だから墓穴を掘った」
「そうかしら? 貴女の扱い方も大した工夫だとは思えないけど。凡庸じゃない?」
「言ってなさい。どうせハッタリに決まっているもの」
「その言葉、そのまま返すわ。ここまで完璧にアタシのシナリオ通り。これでようやく里央を取り戻せるわね」
この絶体絶命の状況がシナリオ通り? 美濃輪里央を奪回できる?
笑わせる。なにが主人公だ。どこがシナリオだ。単なる精神的な揺さぶりだろうに。
そのクールな余裕。演技だとしても癪に障る。気にくわない。自分はこんなにも苦しみに耐えて戦っているのに。
どうしてもオルタナティヴの余裕を剥いでやりたくなった。本当は絶望と恐怖に心を満たされているのでしょう?
人差し指と中指の二本。
此花はVサインした右手を向ける。
「二発よ。私の一撃を耐えて、次の瞬間に勝負をかける気でしょうが、生憎と初撃は防御させる気でいるのよね。本命は二撃目。貴女の残り僅かな魔力は一撃目の防御で枯渇するもの」
「……」
「それとも最初の一撃すら耐えられないかしら? それだと拍子抜けだから、是非とも一撃目だけは死力を振り絞って耐えて欲しいわ」
オルタナティヴは黙り込む。ワイヤフレーム状態でしか認識できないので、表情の機微が掴めないのが惜しい。けれど相手のハッタリを止める事はできた。
此花は魔力を集中して、密度を高めていく。
どくん。どくぅん。此花の鼓動が加速する。これが正真正銘の切り札だ。
緊張で吐きそう。泣きそう。幸いにも、泣こうにも目玉が潰れて涙は出なかった。
次はない。いや、奥の手を超えた次の手はあるのだが、それを使った時は――
精神的プレッシャーを振り切り、此花は優位のアピールに笑顔を演出する。
コインを二枚、ポケットから取り出した。
「これって私が好きなライトノベルシリーズのヒロインが使う電撃の真似よ。魔術現象は物理現象の上位事象とはいっても、やはり空気抵抗による電撃の減衰と拡散を制御する魔力と意識容量は勿体ないわ。よって効率良い破壊力を生み出す為に電磁石を使う」
ピィーーン。此花はコインを右手の親指で高々と弾く。
電磁石で成形されているコインは、磁気でコントロールされながら緩やかな弧を描いて落下する。此花は人差し指を伸ばした左手を、オルタナティヴへと向けた。其処へコインが吸い込まれる。
コインが指先に吸い付いた瞬間。
ぎゅゥオォッ――。此花の人差し指を中心に、黄金の光を散らすコイル状の電子導体が、指を巻き込む様に生成されて伸びていく。この魔術製コイルが電磁発射用の砲身となるのだ。
コイル状砲身だけではなく、電磁石コインに魔力を注ぐ。
【エレメントマスター】のチカラ、今こそ見せる。
魔術的にロックオン。【コマンド】入力完了。此花は【ワード】を叫ぶ。
食らいなさいッ!
「――《ライトニング・コイルガン》ッ!!」
ガォンんッ! プラズマ化したコインが亜光速で撃ち出された。
コイルガンは弾丸の通過に合わせて、コイルの電荷を放電によってオフにする必要がある。そうでなければ、弾丸が電荷で引き戻されてしまうからだ。機械的なコイルガンだとコンデンサに充電し、半導体スイッチにより瞬間的に放電する。スイッチの切り換えには、フォトインタラプタが主に用いられる――のだが、此花が実現した魔術的コイルガンは、その様な機構を必要とせず、ダイレクトに魔術製コイルの電磁力を制御できる。
超圧縮された電子エネルギーを秘めた魔術弾が、オルタナティヴを襲った。
魔術的ロックオンを察知していた彼女は、正確に防御魔術壁を着弾点に展開する。
コイン弾のみを受ける必要最低限の面積だ。まさに天才的な魔術オペレーション技術である。
展開されたのは超純水による防御レンズ。
不純物の混じっていない水――純水は、電気を通さない絶縁体としての性質を持つ。
けれど空気抵抗をものともしない雷撃に対しては、純水の壁など無意味だ。しかし、オルタナティヴが展開した水は、現実の純水ではなく、魔術による【水】である。それも純水を超えた超純水。
オルタナティヴは防御レンズで《ライトニング・コイルガン》を真上に跳弾させた。
次の瞬間。
防御レンズが砕け散る。破壊されたのだ。それだけではなく【基本形態】である微細な氷群さえ、消えそうな程に弱まっていた。所々ノイズが混じって揺らいでいる。
魔力切れ――寸前だ。
残りの魔力を振り絞っても、《ライトニング・コイルガン》に抵抗するのは不可能である。
事実上、勝負あった。チェックメイトだ。
「流石だわ。一点集中した魔術密度で、私の魔術出力を瞬間的に逸らすなんて」
此花は賛辞と共に二枚目のコインを弾いた。ピィィ~~ン。
そして再びVサインした右手を向けて、中指を折る。残りは――あと一撃。
その意味を持つ右手人差し指を、ゆっくりと水平にした。狙いはオルタナティヴだ。
やっとだ。この時を待っていた。
「――この時を待っていたわ」
台詞を発したのは、此花よりも先にオルタナティヴ。
加えて、オルタナティヴも人差し指を立てた右手を、此花に突きつけていた。ただし、指先は天を指したまま。紅い目の少女は、勝ち誇るでなく、あくまでクールに振る舞っている。
此花は驚愕に息を飲む。指先の意味に気が付いた。
オルタナティヴが言っていたシナリオを理解したのである。ハッタリではなかったと。
みみ架や琉架、他の観戦者達もド肝を抜かれた。
コインが降ってくる前。
二撃目の《ライトニング・コイルガン》に先んじて披露された光景とは――!!
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