第四章 宴の真相、神葬の剣 25 ―オルタナティヴVS此花⑤―
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25
オルタナティヴが示した人差し指の意味は、一秒や一撃ではなく――天空。
きゅュォォオォオオオオ――……
夜空を斬り裂き、一体の【使い魔】が超高速で飛来してくる。
翼を畳んだソレは、飛行機ではなく鳥だ。ステルス系の魔術を起動していた【使い魔】は、オルタナティヴの合図に従ってステルスを解除して、魔術戦闘に介入してきた。戦闘者としてのメンタルと経験値が拙い此花とはいえ、【エレメントマスター】を欺ける高レヴェルなステルス魔術を、単独で持続可能とする超高性能の【使い魔】だ。
鷲をベースに魔術化された其の名は――ハナ子。
ハナ子が強襲したのは此花ではない。此花が照準ならば、事前にサーチされてしまう。
狙いは《アイスウィング・ダークエンジェル》。すなわち里央である。
オルタナティヴは【基本形態】の真の機能を実行した。ハナ子との魔術的リンケージだ。
それだけではなく魔術ハッキングを試みる。
裏社会でエージェント魔術師と呼ばれる者には、必須の裏技術である魔術ハッキング。通常ならば汎用【DVIS】のROM領域に書き込まれている魔術プログラムにしか使用できない。
それも魔術師を術式の基点としない【間接魔導】のみである。
逆にいえば魔術師が起動させる【直接魔導】――しかも戦闘系魔術師のオリジナル魔術理論に対して、戦闘中に即興でハッキングを仕掛けるなど、魔術の世界では非常識とされている。
難易度は魔術抵抗(レジスト)の比ではない。現実的には不可能――神業に近いのだ。
成功などあり得ない、と誰もが思った。
パキぃぃィイイイイんン! 甲高い悲鳴めいた音。氷の双翼が砕け散る。
同時に【闇】の衣装と武具を木っ端微塵に吹き飛ばす。
――オルタナティヴは《アイスウィング・ダークエンジェル》を乗っ取った。
里央が此花の〔スキル〕から解放される。【闇】への魔術抵抗も完了。
魔術ハッキングの成功に伴い、入れ替わりでハナ子がオルタナティヴの【基本形態】化――つまり《アイスウィング・イーグル》と成った。オルタナティヴの【使い魔】として起動する。
枯渇寸前だった魔力が大幅に補充されていく。
里央が【使い魔】として此花から供給されていた魔力を吸い上げたのだ。
ハナ子というコンバータを介してとはいえ、他人の魔力を奪い取るというこの芸当も非常識で天才的に過ぎる。しかも【使い魔】は主人が魔力を供給する存在の筈なのに、逆にリザーブタンクとして魔力を提供させるなど、今の今まで誰一人としてやらなかった。否、通常の【使い魔】の魔力総量だとリザーブタンクとして満足に機能し得ない。
此花が【エレメントマスター】として誇る莫大な魔力が、完全に裏目に出た格好だ。
チィーーン。コインが虚しく床面に弾かれ、転がっていく。
本家本元の《アイスウィング・イーグル》の猛々しい威容に、《デジタライズ・キョンシー》達は動きを止めていた。ハナ子は怒っている。飼い主を利用されて赫怒しているのだ。
琉架は想像もできなかった光景に目を丸くするのみ。
観戦している者全てが、ド肝を抜かれていた。戦闘中に魔力を回復させる、しかも対戦相手から奪い取るなど、間違いなく世界初の事例である。正真正銘の超天才魔術師だ。
みみ架が震える声を漏らす。
「み、見事過ぎて、何と言っていいのか……」
オルタナティヴは鋭い一喝を、半ば呆けているみみ架に飛ばした。
「委員長! 早く里央をっ!!」
一瞬で我に返ったみみ架は、《ワイズワード》の頁で精製した疑似ワイヤを伸ばした。意識朦朧としている里央を絡め取り、みみ架の元へと引き上げた。これで奪回完了である。
「み、ミミ」
「余計な世話かけさせるんじゃないわよ、ったく」
「お帰り、里央ちん」
「うん。でも、まだ終わっていない。終わってないんだよ、琉架ちゃん」
此花が半狂乱で叫ぶ。
「あり得ないッ! 【基本形態】をハッキングして乗っ取るなんて!!」
オルタナティヴはクールに答える。
「そうね。貴女がダイレクトに《アイスウィング・ダークエンジェル》を起動していたのならば、おろらく不可能だったでしょう。けれど貴女の《アイスウィング・ダークエンジェル》は他の【基本形態】――《バトル・カーニバル》の階層下である〔スキル〕として起動していた」
「それでもっ! それでも外部から直接ハックされる程、セキュリティは脆弱じゃないわ。どんな卑怯なチートを使ったの!? この詐欺師ぃ! チーター!! インチキ魔術師!!」
チート(ルール違反)だという此花の罵倒を、オルタナティヴは涼しげに受け流した。
「カラクリは単純に、羽賀地岳琉から魔術理論を託されていた、それだけよ」
岳琉は《スキルキャスター》の存在を危険視していた。浚われた里央についても、イベント解散後にそのまま解放されない可能性も考慮していたのである。
加えて、自身の敗退とオリジナル魔術を〔スキル〕として奪われる展開も。
最悪の事態を想定して、岳琉はオルタナティヴに《アイスウィング・イーグル》の魔術理論とソースプラグラムを渡していた。傍受される危険性を排除する為に、【使い魔】の伝書鳩にRAMチップを運ばせて。二人は電子的にスタンドアローンな環境でやり取りしたのだ。
「嘘。自分が心血注いだオリジナル魔術を、他人である貴女に?」
「ええ。アタシも驚いたわ。でも彼は里央の安全の方が遙かに大事と云った。《ヒート・イーター》の汎用化も見据えているし、他者の幸せを見据えられる器の持ち主よ。羽賀地岳琉という男は国防を担うに相応しいわ」
頬を蒸気させた里央が大声で主張する。
「そうだよ! 岳琉くんは世界で一番ステキな老け顔なんだからッ!!」
「いやいや里央ちん。文脈は分かるけれど、それって文法的には褒めてないって」
いかに魔術理論を譲渡されたとはいえ、短期間で他人のオリジナル理論を解析して、自分用に改造するなど、並の天才には不可能である。こんな規格外の真似を実現できるのはオルタナティヴを別にすれば、マウシリオ・オーフレイムくらいであろう。だからこそ岳琉は『何でも屋』のオルタナティヴを選んだのだ。
今回のハッキング用の特製【基本形態】には、対《ヒート・イーター》用の基本性能である《ヒート・イーター・リバース》も組み込まれていた。魔力が枯渇しかかっていても、余力を残して《コールド・サウンド》に耐えられたのは、そういったカラクリもあった。
オルタナティヴは宣言する。
「羽賀地岳琉のオリジナル魔術を使うのは、今回が最初で最後よ。今宵を最後に全てのデータを消去して忘れるわ。それが彼の天晴れな男気に対する、アタシの誠意とプライドよ」
此花は顔をクシャクシャに歪めた。
勝利目前で形勢をひっくり返された。精神的ダメージを狙って、オルタナティヴはわざとギリギリまで追い詰められた様に演出したのだ。ハッタリなしでシナリオ通りである。
「ミスだったの? 美濃輪さんを【使い魔】化したのは、戦闘プランのミスだったの!?」
「いいえ。決してミスではなかったわ。最善手の一つなのは間違いない。不運でもなかった。単純明快に羽賀地岳琉とアタシが貴女を上回ってみせた、というだけ」
相手の不運に助けられて逆転する主人公は三流の主役だ。
相手のミスに乗じる形で逆転する主人公は二流の主役だ。
相手の不運やミスではなく実力で逆転してみせる主人公こそ――一流の主役である。
「云ったでしょう? カタルシス満点の逆転劇を許されている真の主人公こそ、このアタシに相応しい配役だと。そして相手の不運やミスに助けられる逆転は知性とカタルシスがないわ。アタシという主役には適さない逆転劇なの」
クールなウィンクを添えて、オルタナティヴは口上を締めくくった。
此花は両肩を大きく震えさせた。
「なにキザにスカしているのよ……ッ! カッコつけてクールぶっているのよ! ヒトの気持ちも知らないで。アンタなんか、アンタなんかぁァ!!」
いいえ。オルタナティヴは心の中で否定した。
気持ちは――分かる。痛いほどに心に突き刺さってくる。
此花だけではなく、殺された上で使役されている死者達の無念と苦しみも。
激しい戦いの中で交わり合って、理解して心で掴んだ。
断ち斬るべき『概念』を!
(ようやく解禁できる。確信をもってこのチカラを)
時は来た。真の決着であり、自身を縛り戒めている心の鞘を抜く時が――
ここまでの戦闘はこの刃を解き放つ為だった。
さあ、全てを終わらせよう。
黒髪をポニーテールにまとめている灼眼の魔術師は凛と声を響かせる。
「――セカンドACTッ!」
その魔術は【ワード】だけでは反応しない。システム起動の心得は『色即是空』。
概念を掴む心こそが肝要なのだ。よって最初から安易には使えない。まさに決着の手段だ。
ついに切り札である【DRIVES】が立ち上がる――
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