第四章 宴の真相、神葬の剣 23 ―オルタナティヴVS此花③―
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此花は自らの視界を閉ざした。
そして狂気に憑かれた様に繰り返す。ムサシ、ムサシ、ムサシと。まるで譫言だ。
「まだそんな事を言っているんですか! 貴女はッ!」
「ここから先は持久戦じゃないわ。戦闘プランの第二段階に移行するから、覚悟してね」
その覚悟とは、果たしてどちらに向けられた言葉か。
此花は〔スキル〕化していた二つの【基本形態】をマルチタスクした。
一つは琉架の《ダークネス・スモーク》だ。
ムサシが《ダークネス・スモーク》を纏う。《バトル・カーニバル》の階層下で、複数の【基本形態】を起動できるのだから、革新的かつ脅威的な魔術理論である。けれど、実現可能なのは《エレクトロマスター》唯一人であろう。
そして、もう一つの【基本形態】は――
里央の身体に作用する――岳琉の《アイスウィング・イーグル》であった。
此花は里央を【使い魔】として強制的に取り込んだ。
それだけではない。氷でできている巨大な双翼を背中から生やした里央に、ムサシの【闇】がコーティングしていく。『闇の衣装』『闇の槍と楯』『闇の鎧』が装着された。
里央の顔から表情が消える。そして宙に舞い上がった。
「り、里央ぉっ」
「里央ちん!」
みみ架と琉架が悲痛に呼びかけるが、里央は反応しない。自我を喪失している。
此花が告げた。
「……さあ、この《アイスウィング・ダークエンジェル》に勝てるかしら?」
圧倒的なその姿は、形容するのならば破壊天使だ。
ダイヤモンドのごとく輝く白銀の翼をはためかせ、漆黒の闇を装備した破壊天使。
漆黒の破壊者を生み出した、この【基本形態】の複合こそが〔スキル〕の真価である。
オルタナティヴは歯軋りした。里央を人質として確保していたのは、これが目的だったのか。
こうされてしまうと、単に奪回するだけではなく、里央を斃さずに破壊天使から解除しなければならない。
(厳しい展開になったわね)
ラストバトルはいよいよ佳境へと突入する――
…
漆黒の破壊天使――《アイスウィング・ダークエンジェル》が咆哮した。
人間の聴覚では捉えられない周波数だ。
音撃ではない。その声によって相手を凍結させる派生魔術である。名称は《コールド・サウンド》。
オルタナティヴの全身が氷の皮膜で被われていく。
魔術現象だ。彼女が纏っている『炎のオーラ』ごと凍っていくのである。流石の魔術強度だと感嘆する。
そして圧倒的な魔術出力だ。
魔力の抗魔術性を最大限に。そして波及してくる魔術効果からプログラム解析を行い、対抗用の疑似ワクチンを精製していき、魔術抵抗(レジスト)を実行した。
氷結皮膜の侵食が止まる。けれど《ローブ・オブ・レッド》で溶かしにはいけない。それを実行すると、魔術的な因果の逆転現象により、発生させた熱エネルギー(分子の加速運動)を逆利用(加速エネルギーを可逆的に減速に用いられる)されてしまい、魔術的な凍結が再加速してしまうからだ。
此花が嗤う。
「凍結を止めるとは。でも魔術抵抗ですら、今の貴女には貴重な魔力なはず」
オルタナティヴの表情が険しさを増す。
氷の皮膜で被われたオルタティヴに、《デジタライズ・キョンシー》達が襲い掛かる。
バキぃン!
氷の皮膜を砕き散らすオルタナティヴ。使用エレメントを【水】に切り換えて、氷結皮膜を水(ウィルス)で溶かしていた。そして、力ずくで破壊したのだ。魔術現象は物理現象の上位事象。けれど彼女はウィルスによって氷結皮膜の存在係数を必要なだけ引き下げた。自身に循環している魔力と、超人的な膂力で破壊可能なレヴェルまで。
徹底して残りの魔力を温存するのだ。
多勢に無勢である。肉弾戦のみならば、制限を慮外した超人的な身体機能で蹴散らせるが、相手は攻撃魔術も交えてくる。魔力を節約する為に、オルタナティヴは《デジタライズ・キョンシー》達から逃げる。
そこへムサシからの砲撃魔術だ。
しかし彼女は天才魔術師。【ベース・ウィンドウ】での魔術サーチで把捉する。軌道と着弾点も即座に割り出し、回避行動に移った。
「ッ!!」
オルタナティヴの動きが鈍る。それも急速、急激にだ。
漆黒の破壊天使は歌い続けている。
アルゴリズムのパターンを変えた《コールド・サウンド》が、再び彼女の四肢を冷凍現象で縛っていく。オルタナティヴは魔術抵抗する。だが、現実時間は待ってくれない。
直撃こそ免れたが、砲撃魔術がオルタナティヴの足下に炸裂した。
吹き飛ばされる。
先程と同じく氷結皮膜を破り、空中での姿勢制御の為に使用エレメントを【水】から【風】へとシフトした。そして《ローブ・オブ・クリアランス》で――
凍結現象が加速した。『風のオーラ』の魔術エネルギーを喰っているのだ。
《アイスウィング・ダークエンジェル》の基本性能――《ヒート・イーター》が効果を発揮してくる。【風】が弱まり、凍結が強まっていく。魔術出力を上げるだけ逆効果だ。
体勢を立て直せない。更に魔術的にロックオンされてしまう。
二発目の砲撃魔術を直撃された。
必要最低限だけ防御魔術を展開したが、被ったダメージは小さくない。背中から墜落した。
きゅゥどドドドドドドッ!
氷の散弾。漆黒の破壊天使が広げている氷の双翼から発射された魔術攻撃だ。
オルタナティヴは魔術抵抗で凍結皮膜を中和しながら、力ずくで《コールド・サウンド》を振り切って動きまくった。だが、身体パワーを発揮して動けば動く程、《ヒート・イーター》が効果を発揮して、皮膜が強化されていく。まさに悪循環そのもの。
ニィ、とオルタナティヴが笑んだ。
「やはり他の電磁キョンシー達とは異なって、里央『だけ』は貴女が直接コントロールしているみたいね、《エレクトロマスター》」
そこに付け入る隙がある。
派生魔術や魔術プログラムがベースとなっている【ゴーレム】とは違い、人間一人を十全に制御するには巨大な意識容量を要する。動物一体であってもだ。ゆえに【使い魔】という魔術理論が発展した。いかに【電子】を司る【エレメントマスター】であっても、本来は【使い魔】との連携で繰り出す魔術を、己のみで行使すれば負担は大きい。
ムサシに肉薄した。ここまで計算に入れて立ち回っていたのである。
里央とは違い、芝祓ムサシの死体は破壊しても問題ない。いや、むしろ遺体として葬るべきであろう。ムサシだけではなく《デジタライズ・キョンシー》の生前は、戦闘系魔術師ではない者ばかりだ。こちらから接近さえしてしまえば、相手の魔術は怖くない。
まずはムサシを殲滅して《ダークネス・スモーク》を停止させる。
此花が【ワード】を叫ぶ。
「――〔スキル〕! 『鬼神モード』!!」
そう。魔術だけが〔スキル〕ではないのだ。技能や業も同等に取り込んでいた。
強制的に発動させてムサシを強化する。〔スキル〕化した『鬼神みみ架』を作用させられたムサシの四肢が、人外の域を突破するレヴェルで挙動した。
「いいえ! もう無駄よ」
電気信号によって神経系統を無理矢理に制御したところで、ムサシの四肢はオルタナティヴとの一戦で、すでにスクラップになっている。加えて、劣化みみ架に過ぎない〔スキル〕など、今のオルタナティヴには通用しない。
どれだけ凄い動きであっても、すでに見切っている。感覚を掴んでいるのだ。
身体を斜め前に横倒しにして、上半身から鋭くスピン。その回転を下肢へと連動させて、左足が上から下へと振り下ろされた。
セイレーン戦でみせた低空ヴァージョンでのフライング・ニールキックだ。
形容というよりも文字通り『死神の鎌』だった。断ち切る魂の尾が実在していたのかは不明だが、オルタナティヴの鎌の様な蹴りは、ムサシの首筋から肩を完璧に薙ぎきった。
倒れたムサシの頭部――脳を機能停止させれば《ダークネス・スモーク》は強制停止だ。
まずは里央を武装している【闇】を解除する。そうすれば次は――
グゥアっ! 別方向の空気が唸る。
槍の打突がオルタナティヴに鋭く伸びた。
ムサシの脳を守る為に、猛然と《アイスウィング・ダークエンジェル》が特攻してきた。
カウンターを取れる位置関係だ。ライトクロスを打とうとして、右拳を引っ込める。
オルタナティヴは退避せざるを得ない。
一瞬、攻撃魔術でムサシを狙うという選択肢が脳裏を過ぎったが、却下した。
意識容量のリソースを傾注してまで、此花が勝負を掛ける。
オルタナティヴは《アイスウィング・ダークエンジェル》――里央に手が出せない。疑似的な【使い魔】化を解除せずに止めるのには、肉体を破壊するしかないのだ。むろんオルタナティヴにはそんな真似はできない。此花はそのアドヴァンテージを最大限に活用してきた。
だが、これは里央を取り戻す好機ともいえた。
「――〔スキル〕! 『鳳凰流・武芸百般の槍術』!!」
新たな【ワード】が響き、更に〔スキル〕が上乗せされる。
みみ架と琉架の姉妹対決で〔ラーニング〕しておいた武具の攻防――その内の槍術だ。
オルタナティヴは対処し切れない。
直接的な攻撃魔術ではないが、魔術によってコントロールされた動き+魔術製の武器である。魔術サーチおよびプログラム解析、加えて人間工学を基にした運動分析で、超視界と超時間軸では『ある程度』ならば、『闇の槍』の攻撃を先読みできた。
しかし有視界と現実時間で間に合わない。
魔術戦闘において近接戦が重要なファクターである所以だ。
それだけではなく、依然として《コールド・サウンド》も地味に彼女を阻害していた。
血飛沫が舞う。オルタナティヴは『闇の槍』に何度も貫かれる。
幸い、傷は浅い。まだ致命打ではなかった。
けれども、このままで時間の問題だ。
加えて、里央の身体が〔スキル〕化されている常人離れしたパフォーマンスの反動で痛んでいく。筋肉組織と腱が断裂しかねない過剰な勢いだ。肉体疲労が蓄積して臨界点を超えれば、一気に身体が崩壊するだろう。この意味でも時間がない。
里央――漆黒の破壊天使の猛攻が続く。
此花本人は戦闘素人だ。だが、逆に素人だと自覚しているので、徹底して戦闘プランを遵守できる。強さに対しての拘りやプライドがないので、自身の安全圏キープが最優先だ。
見守る琉架が、苦しげに呟いた。
「つ、強いよ、お姉ちゃん。《エレクトロマスター》は、本当に強いって……ッ」
姉は冷静に同意する。
「ええ。魔術戦闘に対しての汎用性は皆無だけれど、このステージという限定条件ならば、《エレクトロマスター》は本当に最強に近いわね。他の場所での魔術戦闘ならば、他の【エレメントマスター】よりも格下で格落ち。けれど、今、此処――ならば、確かにセイレーン以上のスペックだわ。この舞台のみに特化した限定的な最強。こんな発想があったとはね」
「暢気に解説している場合!? 加勢して里央ちんを救出しないと!!」
「落ち着きなさい。ほぼ魔力を使い切って、ダメージと疲労でまともに戦えないわたし達が加勢しても、単なる足手まといだわ。下手をすれば【電子】で脳を支配されかねない」
「だけどッ!」
みみ架に抗議しようとした琉架の口が止まった。
姉は奥歯が砕ける程の強さで、顎を噛み締めている。本来ならば骨折で指を軽く曲げるだけで精一杯であるはずの両拳を握り絞めている。琉架は泣きそうになった。
「信じなさい、琉架。信じるのよ」
「お、お姉ちゃん」
「彼女――オルタナティヴはわたし達みたいな脇役じゃなくて、本当に主役で主人公なの」
ずゥどォォオ!
豪快な槍の一撃で、オルタナティヴは吹っ飛ばされた。
死に体に近い――が、まだ持ち堪えている。ダウンを拒否。倒れない。立っている。
その凄絶な姿は、確かに主人公のもの。
満を持して此花が宣言した。
「じゃあ、これで決着といきましょう、オルタナティヴ!」
九体の《デジタライズ・キョンシー》が、三体セットとなり三方向からオルタナティヴを取り囲んで、素早く隊列を形成する。オルタナティヴを中心に、三体の列が時計の零時、四時、八時という角度でのポジショニングである。
そして九体の《デジタライズ・キョンシー》に『闇のワイヤ』群が絡みつく。
続いて『闇のワイヤ』が《デジタライズ・キョンシー》達を屋上と一体化させて固定。それだけではなく、《デジタライズ・キョンシー》達は全く同一のタイミングでガニ股になって、腰を大きく沈めた。これら一連が刹那の時間で遂行されたのである。
一糸乱れぬこの動き。此花が《デジタライズ・キョンシー》達を制御しているのだ。むろん意識容量の限界があるので、一体毎の個別制御ではない。九体まとめて同期制御している。
すなわち〔スキル〕だ。
みみ架、琉架、オルタナティヴの目が驚愕で見開かれる。
この体勢、いや編隊は――
「――〔スキル〕ッ!
【魔導武術】――超秘技 《ワン・インチ・ショット・ハイパー》ッ!!」
一番外側の三体が同時に魔術強化版の寸勁を撃つ。
オルタナティヴにではなく、自分の前で構えている仲間の背中にだ。自身に撃ち込まれた勁を上乗せした発勁を、真ん中にいる三体が寸勁で放つ。一番内側の三体の背へ。
最後に、オルタナティヴに近い前列の三体が、三方向から更に相乗された寸勁を炸裂させた。
ガカァァぁあああああァァんんンッッ!!
発勁の共鳴音の三重奏。
《スペル=プロセス・ライン》による【電子】で強制的に再現された発勁とはいえ、三体による増幅版が同時に三つ。本家本元の魔術強化版の寸勁に劣らない破壊力を発揮する。
しかも前、右後ろ、左後ろからの挟撃だ。
破壊力の逃げ場がない。
あえなくオルタナティヴは真上に飛ばされる。いや、少しでも威力を軽減する為に、咄嗟にジャンプしたのだ。
不自然な体勢のままオルタナティヴは床面に落下した。
ダウンだ。しかも、倒れただけではなく……
――《ファイブスター・フェイズ》が強制停止してしまっている。
それでもオルタナティヴは立ち上がった。
そして【基本形態】を起動した。
けれど、それは《ファイブスター・フェイズ》ではない。自身の周囲を微細な氷で囲う、実にシンプルな【氷】の魔術である。カテゴリとしては、『魔術事象を身に纏う』タイプの【基本形態】だ。
ボロボロにしか見えないオルタナティヴに、琉架が絶望の声を上げた。
「も、もう、あんな【基本形態】しか使えないなんて……」
最低限、《コールド・サウンド》には抗える。しかし、それしか役に立たない。琉架の目にはそうとしか映らなかった。立ち上がった事すら無意味と思えた。
此花が感心する。
「まさか《ワン・インチ・ショット・ハイパー》で仕留められないとは」
「化勁よ」
オルタナティヴはそう種明かしした。意地や根性、まして奇蹟などではない。
みみ架とのスパーリングで発勁を体験した本当の成果だ。知識自体は統護とリンクしているので、化勁を体現するやり方は分かっていた。けれど実体験が伴っていなかったので、体現するまでには至っていなかった。けれど、今のオルタナティヴは、統護には及ばないが、撃ち込まれた発勁を緩和可能な程度の化勁は使える。
自身のマーシャルアーツに勁を加える気はないけれど、この化勁は有用だと思っていた。
里央――《アイスウィング・ダークエンジェル》が『闇の槍』を構える。
刺突のフォームのまま突進してくるつもりだ。
九体の《デジタライズ・キョンシー》達も稼働可能な状態だ。此花からの制御を解かれて、再び各々の意志でオルタナティヴを斃そうと忍び寄ってくる。
傍目には絶体絶命。果たして、このまま押し切られてしまうのか。
オルタナティヴはウィンクを添えて告げた。
「いい具合にピンチね。けれど、どうにかシナリオ通りに事が運んだわ。予告しましょう。ここから先は、逆転劇を皮切りにアタシの独壇場になるわ」
「強がりにも程がある。《ファイブスター・フェイズ》すら維持できなった貴女に、一体どんな策があるというのかしら? 《ファイブスター・フェイズ》ではなく、わざわざその【基本形態】を使う必要性が見当たらない。シナリオ通り? 嘘ね。《ワン・インチ・ショット・ハイパー》に驚いていたじゃない。つまりフェイクでハッタリよ」
オルタナティヴは素直に認める。
「ええ。《ファイブスター・フェイズ》を維持する余力が惜しいのは本当。だけど……」
――もう維持する必要性もないわ――
みみ架が息を飲む。それだけではなく全身に鳥肌が立つ。
視覚補助魔術によってワイヤフレーム状態でしか視認できない此花には、オルタナティヴの表情は分からなかった。
笑顔だ。紅い目の少女は不敵に笑んでいる。
決して強がりなどではない。
「ここまで貴女の戦闘プラン通りでしょうが、途中からはアタシのシナリオでもあったわ。そして二重の意味で、逆転劇は貴女の戦闘プランにはない。貴女は逆転される事を想定していないし、ピンチから逆転する事もできない。教えてあげるわ。逆転劇でカタルシスを演出できるのは真に選ばれた存在――主役で主人公のアタシだけだと」
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