第四章 宴の真相、神葬の剣 12 ―復権―
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エレナが敗けた。
完全KOだ。
否定したい思いが湧き上がっても、紛れもない事実である。里央はその敗戦をモニタ越しに観戦していた。オルタナティヴに完膚なきまでに叩きのめされた。そして、そのままリタイアとなった。
(平気だ。エレナさんだったら大丈夫)
勝ったから強い――ではなく、強い方が勝った。順当な勝者と敗者。実力の上乗せが無いのならば、再戦の必要はない勝敗。そういう内容だった。贔屓目なしで評すると、素人目にもシンプルにそれだけである。運に左右された偶発的な要素や事故的な出来事が介在しない結果だ。
里央は思う。エレナにとっては人生で初めての挫折だ。全てにおいて負け知らずで、プライドの高い彼女には、今回の初黒星は精神的に辛いだろう。
でも、エレナならば再起できる。より強くなって。
ふと里央の中で、今回の事件に対して、一区切りついた気がした。
走馬燈のように思い返す。
道場で日課となった稽古をしていたら、みみ架とオルタナティヴのスパーリングに立ち会えた。そしてオルタナティヴと知り合いになれた。
後日、スパーリングの負傷で入院してしまったみみ架の自主退院に付き添っていると、見舞いに来たオルタナティヴ(と執事の篠塚)と合流した。
それから偶然、みんなでブティックに立ち寄って……
――其処でエレナに誘拐されて、友達になった。
最初は別世界の人間だった。なにしろニホンで最も著名な一人であり、世界的にも有名人である。エレナは超一流のスーパーモデル――世界ナンバーワンと格付けをされている。
その正体は戦闘系魔術師であり、堂桜一族序列七位の家柄だ。堂桜の令嬢――世界最高峰のセレブリティである。そんなエレナが里央に「友人になって欲しい」と歩み寄ってきた。
切っ掛けは頼まれての人質役だったが、友達として過ごした時間は、楽しかった。エレナにMKランキングへと誘われて、岳琉とも知り合えた。最初こそ不本意だったが、ハナ子というペットもできた。
この事件の中心は光葉一比古とその背後だ。
けれども里央にとっての中心は――エレナである。
オルタナティヴがそのエレナを倒し、事件の焦点がいよいよ『真実と真相』へと移り、終幕に向かい加速し始めたと感じる。同時に、事件が自分から離れていくと思った。
それに加えて……
(ミミが来ている)
理由はなんとなく分かった。きっと推理は正しいはずだ。MKランキングを表側とすると、密かに裏側で進んでいた、もう一つの事件と物語。その表と裏がもうすぐ一体になるのだ。
みみ架は決着をつけに、このイベントに殴り込んできた。
(決勝ステージはどうなるんだろう?)
上位三名の内、4位のオルタナティヴは決定したといえる。
問題は残りの2位と3位だ。
里央は現在3位の芝祓ムサシと一緒にいる。
「ンだよ。俺の顔をジロジロと」
「な、なんでもないです」
慌ててムサシから視線を逸らす里央。
ムサシは自分には一切の興味がない。それは間違いないだろう。自分を人質としてキープしているのは、随員の此花である。彼はエレナとオルタナティヴとの試合にも、ほとんど興味を示さなかった。頭の中は岳琉一色といったところか。里央が観戦しているスマートフォンの画面を、たまに一瞥していた程度だった。
此花を伺う。
すると相手は愛想よく微笑みを返してきた。
「……羽賀地のヤツ、遅えな。早くしねえと決勝ステージにズレ込んじまうじゃねえか」
そうなるとムサシにとっては面倒だ。少なくともオルタナティヴが参戦してくるので、望み通りに岳琉との一騎打ちになる保証がないからである。
「くそっ! 何してやがる。まさか俺の居場所が分からないのか?」
此花が言った。
「それは考え難いよ、ムサシちゃん。あちこちにメッセージを残しているし、あの鷲の【使い魔】だったら、数百メートルくらい美濃輪さんをサーチできそうだから」
エレナがリタイアした現状、唯一の懸念は闇好の横槍である。
岳琉も闇好のマーカーは当然、警戒しているだろう。
しかし動きが止まった、という情報が入っているので、闇好に妨害されたという線は無いといえた。ムサシも岳琉との再戦を優先しているので、闇好からは距離を置いている。
里央を巡って、互いに相思相愛のリマッチのはずなのだ。
「じゃあ、どうしてあの野郎はやってこない!! まさかテメエの女を見捨てて逃げやがったってのかよッ!?」
「それは考え難いけど……、決勝ステージでオルタナティヴと組む算段がついたのかも」
「マジかよ! ムカつくぜ」
ムサシが里央の頭を乱暴に鷲掴みにした。
里央は恐怖に身を竦める。性的云々はともかく、乱暴されると危機感を抱くが抵抗できない。この状況にあって、里央はあまりに無力である。
「だったらコイツを見せしめにすれば」
「ダメだよ、ムサシちゃん。美濃輪里央に危害を加えると、流石に失格になっちゃうよ」
「失格でも、もう構わない。俺はよぉ、とにかく今は羽賀地に――」
ナビゲーションアプリのキャラが朗らかに告げた。
『上位ランキングが入れ替わりました♪』
この予選終了間際で、いったい誰と誰が。
予想外の出来事だ。里央、ムサシ、此花が更新されたランキングを確認する。
唖然となる里央。目を疑うが、見間違いではない。
1位 アンノゥン
2位 黒壊闇好
3位 芝祓ムサシ
4位 オルタナティヴ
目を凝らしても、見直しても、トップ4の面子は変わらなかった。
なんと闇好が2位に復帰しているではないか。監視されていた闇好のマーカーは、停止したままという情報だったはずなのに、だ。
ムサシが充血した目を剥いて、歯軋りする。
「これは一体、ど、どうなっていやがる……っ!!」
急いで件の試合を再生視聴した。
確かに、岳琉と闇好が戦っている。
闇好は待ち伏せして岳琉に挑んでいた。此花が残した岳琉へのメッセージに気が付いて、先回りしていたのだろう。それ自体は予想の範疇内である。問題はどうやってマーカーの監視を欺いたのか。
里央が、ムサシが、他の観戦者が『違い』に気が付く。
――闇好の圧倒的なパフォーマンスが、今までとは異質だと。
似て非なる戦い方だ。明らかに、これまでの試合で披露してきた動きとは次元が違っている。
つまり『本気になった』動きだ。
今までの闇好の戦い方は、巧妙に本気を隠したフェイクだったのだ。それが素人である里央の目にもハッキリと判る。いや、里央だからこそ、違いを明白に認識できる面もあった。
「た、岳琉くんが」
ハナ子と共にボロボロにされていく。胸が痛んだ。エレナが倒された時に感じた痛みとは、不思議と種類が違っている。勝敗云々ではなく、単純に傷付いて欲しくないと思う。
試合時間は二分に満たなかった。
完全なワンサイド・ゲームで闇好がリベンジに成功した。唯一の黒星という汚点を濯ぐのみならず、真の勝敗を強く印象づけた。実力と地力が違い過ぎる。岳琉が万全であっても、本気の闇好に勝てないのは確実だ。
ダイレクト・リマッチを制し、敗戦を帳消しにすると共に2位に返り咲いた闇好が、カメラにマイク・アピールを始める。
『このリベンジマッチ。ちゃんと観ているよね? 芝祓さんにオルタナティヴさん、そして……、里央ちん。特に里央ちんは今度こそ、本当の人質になってもらうから。里央ちんは餌なんだよ。本当の目的の為の』
漆黒の狐面に隠れて、顔は見えない。
けれど里央には闇好の表情が容易に想像できた。
(だって本気モードの闇好ちゃんは)
ムサシが不愉快そうに言った。
「ちっくしょうッ!! 羽賀地の野郎は俺の獲物だったのに。あのチビはどんなインチキを使って、スマホにインストールされている、この……」
台詞が途中で途切れる。そして愕然とした表情になった。
里央も理解した。いや、正確にはレギュレーションを『思い違い』をしていた事を、認識したのである。
スマートフォンにインストールしたナビゲートアプリは、あくまで参加資格証および案内用に過ぎないのだ。
マップやマーカーといった機能はサービスとして盛り込まれているだけであり、常時携帯している必要はないのである。敵から守る必要もない。仮に破壊されてもリタイアにはならないのだ。レギュレーションにはナビゲートアプリをインストールした端末機器についての記載はなかった。
アプリをインストールした端末の携帯と保護は、規定されるまでもない常識だと思い込んでいたが、実際には予選開始と同時に、自ら破棄しても問題ない規定になっている。紛失や故障、被破壊にペナルティーはない。
その点に気が付いた闇好は、自分のスマートフォンを置きっ放しにして、マーカーから離れて行動していたのだ。
『私にとってMKランキングと今夜のイベントは、単に利用する道具に過ぎないから。だから今日を最後にMKランキングとはオサラバのつもり。まあ、不本意だけど本気を見せた以上、芝祓ムサシもオルタナティヴも、実戦経験を積む為の前座になってもらうから』
そこで一比古の音声が割り込んできた。
『いい気概だ、黒壊闇好。是非とも私とMKランキングを存分に利用するがいい。無論、こちらも君を利用させてもらうがね。この勝利をもって君を改めて予選突破者と認めよう。さあ、最後の舞台に上がってくるがいい』
録画映像はそこで止まった。
だが、一比古の台詞は、里央のスマートフォンから続いてくる。
『黒壊闇好のリベンジと復権を観た感想はどうかな? 芝祓ムサシ』
「光葉、テメエぇぇ」
『借りを返したかった羽賀地は、闇好に横獲りされてリタイアだ。それでどうする? このまま美濃輪里央くんを解放して逃げ帰るか、あるいは、決勝ステージで戦いを続行するか。どちらを選ぶ?』
「確認するまでもねえだろ! 俺もテメエとこのイベントを利用しているだけなんだからな。最後まで利用し尽くしてやるぜ」
『分かった。ならば3位の君を、最後の予選通過者として認めよう』
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…
主催者である一比古が予選バトルロイヤルの終了を宣言した。
オルタナティヴのスマートフォンに、決勝ステージの舞台となる屋上を護っている【結界】を通過する為の、パスコードが送信されてきた。
2位の闇好には奪取した岳琉のスマートフォンに。
3位のムサシにもパスコードが送信されている。
それぞれ一度きりしか有効でないコードだ。
到着時刻は、倒壊した東棟から向かったオルタナティヴが、三人の中で最後となった。
気掛かりなのは、主催者に無許可で乱入してきたみみ架である。しかし、魔術師としての才に恵まれていない彼女では、パスコードなしで眼前の【結界】は突破できないだろう。エージェント魔術師が使用する魔術ハッキングが必須だからだ。目的が決勝ステージならば、みみ架は此処で足止めとなる。
(何度メールしても返信が来ないし……)
みみ架の目的は何なのだ。
らしいといえば、らしい行動だ。けれど依頼主でもあるみみ架の独断に、オルタナティヴは不快を覚える。
「とにかく今は決勝ステージね」
倒すべき相手は、芝祓ムサシと渚此花。そして光葉一比古。彼等を排除して、最後に里央を取り戻す。それで今回は決着のはずだ。
屋上への扉のドアノブを握る。
侵入防止用の【結界】が作動してパスコードの入力を求めてきた。ふと、思い付く。みみ架の為にパスコードを温存しておこうと。オルタナティヴは【基本形態】を立ち上げて、【結界】の防御性能を機能させた。コンマゼロゼロ秒に満たない一瞬だけだ。その一瞬から、魔術効果をスキャンして、プログラム解析を実行する。そして他のパスコードを割り出した。
このレヴェルの芸当が可能なのは、全世界にいる魔術師の中でも、オルタナティヴ、締里、オーフレイムの三名だけであろう。
エレナ戦でかなりの魔力を消耗した。【DRIVES】の使用負荷を考慮すると、今夜はもう封印解除は使えない。使ったとしても極短期間に限定される。
(元より封印解除なんて使うつもりはないけれど)
間違いなく敵は強いだろう。おそらくはエレナよりも。だが、誰が相手であっても負けはしない。ライバルとの戦闘で不敗を貫く理由が一つ増えたのだ。
オルタナティヴは扉を開けた。
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