第四章 宴の真相、神葬の剣 8 ―オルタナティヴVSエレナ②―
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8
堂桜一族の上位のみに許可されている拡張魔術――通称『封印解除』。
一般人が取得可能なライセンス『ノーマル』に対して、封印解除が可能な堂桜の戦闘系魔術師が有するライセンスは『スーパー』だ。エレナはその『スーパーユーザー』としての権限を【魔導機術】システムに申請した。
申請先は【ウルティマ】ではない。堂桜那々呼の血脈が開発・管理しているステルス型軌道衛星――【ラグナローク】だ。【ラグナローク】は【ウルティマ】が機能不全に陥ったとしても、堂桜一族だけは例外的に魔術を使用できる様に存在している。
(確かイベント名『ラグナロク』だったわね)
エレナは苦笑する。意図したイベント名なのか、あるいは偶然か。
コード化して申請した現状に対しての返信がきた。ほぼ瞬間である。認証が下りた。
立ち上げている魔術システムを再構築して、エレナは再ログインに備えた。
エレナの封印解除の為に、二つの軌道衛星が連携する。
量子的に同調する事によって並列演算が可能となる。エレナの為だけの臨時リソース――演算領域の拡張を果たす。この拡張領域の形成を電脳世界で感知したエレナは、超次元リンケージしている電脳世界で、普段は抑制してあるポテンシャルを解放した。
普段の『ノーマルユーザー』状態では、魔力のオーバーフローを起こし、魔術プログラムが暴走してしまう、莫大な魔力総量と意識容量だ。
エレナが十全に魔術を実行するのに必要な演算拡張領域は、実に一般平均の二百二十六倍にも達する。この拡張領域に解放した魔力総量と意識容量をアジャストおよびリンケージさせた。これでセーブせずに魔力を現実世界に発散させても、プログラム暴走状態にはならない。
すなわち準備は整った。ニィ、と微笑み、エレナは呟く。
「封印――解除」
再ログイン完了。
エレナが超高次元の電脳世界に展開している【ベース・ウィンドウ】が一新された。
同時に《アクトレス・レッドウィング》も劇的に変化する。
ぐぅぁぉおおおおオオオオオオオオッ!!
音と形容するには、あまりに乱暴な空気の振動だった。
圧倒的な魔力の奔流。その余波を受けてマンションが内部から崩壊していく。二人がいる最上階のフロアから下へ下へと、津波のように破壊が伝播していった。内部にいる参加者達は慌てて自分の身を守る。一般人ならば身を守れずに死亡事故だ。仮に二人が下層階にいたのならば、下から建物が崩れて大惨事になっていたかもしれない。
通常ではあり得ない現象だ。プログラムのパラメータ設定により、建物は魔術の影響範囲外になっているからである。だが、魔術の動力となる純粋な魔力ではなく、この魔力波は実行された魔術現象に則した熱を伴っていた。魔術プログラムの制御ミス、設計ミスとも解釈できる魔力熱波の漏洩である。魔術プログラムは正常であるが、つまりは魔力暴走。しかし、同時にそれは己の魔術理論をもってしても抑え切れない、エレナのポテンシャルの証左でもあった。
ゴゴゴゴごごごごごごご……
破壊が収まる。
東棟は外壁の一部を除いて、ほぼ全壊してしまった。この破壊現象に巻き込まれて剥き出しの地面に下ろされた参加者達は、リアイアした者を含めて、あまりの桁外れな魔術出力の体験に魂を抜き取られている。鉄筋と瓦礫の山に囲まれながら、呆然と二人の戦闘系魔術師に見とれていた。
封印解除の結果――エレナの【基本形態】は真の姿を示している。
バストアップのみのデザインだった魔術幻像が、全身を顕していた。肩幅が広い逆三角形の雄々しい上半身に、すらりとシェイプされた、しかし力感にあふれている下半身。完全体として四肢を得たソレを、術者であるエレナはこう名付けた。
「教えましょう。これが私の真なる【基本形態】……」
誇らしげに告げる。
――《パーフェクト・レッドウィング》と。
赤色に輝く白銀の天使が、両翼を広げて誇らし気に胸を張った。
「もう演技する必要なく、完璧な私を披露しましょうか」
使用エレメントは【熱】に切り替わっていた。
そして全快している。
魔力総量と意識容量の全てを注ぎ込まれた【基本形態】にとって、オルタナティヴのウィルスなど蚊に刺された様なものだ。先程が難病ならば、今は軽い風邪以下である。どれほど内部から妨害されようが、それを上回る自律での自己修復機能を実現しているのだ。
圧倒的な存在係数――《パーフェクト・レッドウィング》のプレッシャーに、オルタナティヴは表情を険しくする。
(さて、挨拶代わりよ)
エレナは人差し指を「くいっ」と上に曲げた。
ずぅオッ。仕草に呼応して、《パーフェクト・レッドウィング》から、間欠泉めいた輻射熱が放射状に迸る。魔術で起こした物理的な熱ではなく、純粋な魔術的熱エネルギーだ。同じ熱ではない。魔術現象は物理現象の上位なのである。
暴力的な基本性能だ。
対するオルタナティヴも《ローブ・オブ・レッド》の基本性能を限界まで引き上げて、全身全霊の魔術抵抗(レジスト)を試みた。
「ぐうぅ、あッ」
歯を食いしばるが、呻き声が漏れた。気を緩めた瞬間、一気に全身を炭化させられると肌で感じる。ノン・リーサルに設定してあるので、実際に炭化させられる事はない。けれど疑似的に表層を炭化させられてKOされてしまう。
最強の戦闘系魔術師《神声のセイレーン》の《ナイトメア・ドリーム》にさえ抗えた彼女であるが、セイレーンの基本性能は、複雑な精神攻撃であった。しかしエレナは違う。至極単純に魔力総量を魔術出力に直結させた、規格外の破壊力としてぶつけてきているのだ。
余裕を湛えながらエレナは言う。
「無理しない方がいいんじゃなくて? 私の封印解除は【エルメ・サイア】の【エレメントマスター】達や、淡雪の《シャイニング・ブリザード》とは発想が異なっているもの」
エレナが挙げた四名の【基本形態】は、いずれも大規模・広域の魔術戦闘を念頭に置いたコンセプトであった。単騎で軍勢をも相手してに勝てる――そんな発想が根底にある。彼女達は例外なく、それ程の魔力総量と意識容量、そして魔術オペレーション技術を有しているのだ。
だが、エレナは違う。
封印解除に値するレヴェルの魔力総量と意識容量を秘めながら、大規模・広域での魔術戦闘を慮外している。ただひたすらに一対一での魔術戦闘に傾注しているのだ。
超大規模【結界】を選ばず、魔術効果の広域拡散も、限界まで抑制する。魔術幻像タイプの【基本形態】の中(器)では抑え切れない莫大な魔力が、魔術熱波として漏れてもだ。
結果として得られたのが、規格外の魔術密度である。
パワーの一点集中という観点からすると、物理的な威力・破壊ならば、エレナは世界最高峰の戦闘系魔術師かもしれない。
悪くいえば工夫がないともいえる。良くいえば理論的な小細工など必要としないのだ。それがエレナの《パーフェクト・レッドウィング》だ。
熱波という基本性能で相手を圧倒し、次は……
「――《ハイメガ・ヒート・レーザー》」
ガぎゅォォオッ。
エレナの魔術レーザーが、オルタナティヴの『炎のシールド』を軽々と撃ち抜いた。そして、彼女の左頬を掠めて地面を穿った。
避けられたのではない。途中で屈折させたのである。完全体が放つ《ヒート・レーザー》は、熱線を複数回、曲げる事すら可能である。最初から当てるつもりはなかったのだ。
オルタナティヴは一歩も動けなかった。
魔術サーチからの軌道予測演算で、レーザーの曲がりを感知していたのではない。
そして、疑似ウィルスや強化サブルーチンのエンチャント(付加)といった小細工では、どうにもできない次元の圧倒的な貫通力であったからだ。
オルタナティヴは至極単純に、手加減された。それが挑発である事も理解している。
(解析するならば、どうぞお好きに)
シールドを突破した際に、レーザーの屈曲プログラムは解析されただろうが、それも意図しての事である。再戦しても無意味と教え込む為にだ。
エレナは勝ち誇った。
「なんだったら他のエレメントに切り替えてもいいわよ。【地】だろうが【水】だろうが【風】だろうが、私のレーザーは防げない。根拠は根本的な出力不足よ。貴女の魔術理論や魔術オペレーションがいかに優れていようが、土台からしてどうにもできないわ」
拡張魔術の増設分を、一対一に適したワンポイントのみ、しかも物理効果に集中させているが故の強みである。エレナは思う。確かにセイレーンは最強の呼び名に相応しい戦闘系魔術師であった。しかしシンプルさが足りなかった。魔力総量で上回っているのならば、極シンプルに一点集中で魔術出力を高めればいい。シンプルであればある程、小細工が介入できる余地はなくなるのだ。
たとえ岳琉の《ヒート・イーター》であろうと、エレナの《パーフェクト・レッドウィング》の【熱】は喰らい切れない。どんなに【熱】を喰われても容量オーバーによるオーバーフローと魔力暴走で、岳琉の【基本形態】を機能停止させてみせる。
堂桜エレナは誰にも負けない。誰が相手でも勝ち続けるのだ。今までも、これまでも。
「それとも……、もう『私という概念』を掴んで【空】を発動させられるのかしら?」
エレナの脳裏に浮かぶ、剣戟魔術師の切り札――概念魔術。
挑発する。やれるものならば、やってみろと。
オルタナティヴが得意とするライトクロスは通じないのだ。
レーザーを躱して近接戦を試みるのならば、喜んで受けて立つ。無理にレーザーを当てる事に拘泥する必要などない。
(可能ならば【空】のエレメントを叩きのめしたいわね)
それが実現できれば、誰にも文句の付けようのないパーフェクトな勝利である。
エレナは再び《ハイメガ・ヒート・レーザー》を放つ。
一気に七条だ。それも全てがフラクタルにカーブする軌道を描く。
(ほら、この程度は読めるでしょう? オルタナティヴ)
バトル開始時の先制攻撃と同様に、近接するルートを残して連射してある。オルタナティヴの魔術オペレーションならば、回避ルートの算出は余裕だ。さあ、来い。エレナは蹴りをフェイントに、ダイレクトでチョッピング・ライトを打ち込もうと待ち構える。
だが、オルタナティヴは前に出ず、逆に大きく後退して回避した。
失笑するエレナ。為す術なく逃げたか。まさか、あの誇り高い天才魔術師がこんな無様な姿を晒すなんて――
「――スーパーACT」
後方へ下がり、エレナの熱線を躱すと同時に、オルタナティヴは【ワード】を紡いだ。それは本来ならば堂桜統護の残滓として封じていたはずの、拡張魔術の起動呪文だ。そして超大規模【結界】の発動にリソースを割いたセイレーン戦とは異なり――
オルタナティヴが封印解除を終える。
顕現した魔術事象――それは両手首と両足首を彩るリングだ。
正確にはリングではなく、各エレメントを司る小さな星々が、円環状に周回している。
右手首には【火】の星環。
左手首には【水】の星環。
右足首には【風】の星環。
左足首には【地】の星環。
四つの星環が、各エレメントの効果を煌めかせていた。
エレナは思わず息を飲む。これが初披露。正真正銘の本邦初公開である。
「アップデート――《フォーススター・ドライヴ》」
オルタナティヴが口にした【基本形態】の名称。これこそ《ファイブスター・フェイズ》を越える真のチカラか。
エレナは興奮で声の震えを抑えきれない。
「それが封印解除した貴女の【基本形態】の姿……」
なんて高貴で美しいのだ。エレメントの輝きは、まさに芸術である。こんなにも美麗な【基本形態】が存在しているだなんて。
「――《エレメント・シフト》」
【ワード】によって選択された星環のエレメントは――【火】だ。
衛星状態だった星環がばらけて、星々がそれぞれの大きさに変化する。そして星雲を描いた。星雲の形成と同時に、オルタナティヴを中心とした魔術的な宇宙空間が発生。
その魔術的な宇宙は、オルタナティヴの意志に応じて膨張も縮小も思いのままである。すなわち、銀河を模した【結界】なのだ。
その名も《スカーレット・ギャラクシー》。
銀河の主として紅いオーラを纏うオルタナティヴ。
疑似宇宙型【結界】をワンONワンに適した範囲に設定してある。基本性能として相手に及ぼす効果はない。単純に派生魔術をコントロールする下地としての役割のみだ。オルタナティヴの魔術に余計と無駄はないのである。
オルタナティヴが言った。
「認めましょう。貴女を認めるわ、エレナ。このアタシが封印解除して戦うに値する対戦相手だと。本当の強敵だと」
「フ。ふふふふっ。光栄ね。人生で最高の栄誉かも。あのセイレーンですら《フォーススター・ドライヴ》を拝めなかったのだから」
嬉しくなってくる。戦うのならば、強い相手と。戦闘系魔術師の性だ。
(お手並み拝見といきましょうか)
封印解除した者同士。やはり同じ土俵でなければ面白くない。
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