第四章 宴の真相、神葬の剣 7 ―オルタナティヴVSエレナ①―
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7
エレナとオルタナティヴ、両者が視線をぶつけ合い……
「――ACT」
ほぼ同時に【魔導機術】を立ち上げた。
「セットアップ――《ファイブスター・フェイズ》」
黒いマントに五芳星を象った文様が輝く。
オルタナティヴは『風のオーラ』をローブのごとく纏っている。魔術による幻想的なオーラに付けられた名称は《ローブ・オブ・クリアランス》だ。【基本形態】によって顕現した魔術事象の一つである。
魔術の基本ともいえる四大エレメント。それは地・水・火・風だ。かつて天才と称賛された若き魔術師は、専用【AMP】を必要とせずに、『地・水・火・風』を一つの【基本形態】で自在に操る事ができるのだ。ただし異なるエレメントの同時起動は不可能で、使用エレメントを、基本性能によって切り替えるのである。
五芳星がエレメントを切り替える上位の【基本形態】で、各エレメントを司る魔術オーラが、派生魔術と基本性能をコントロールする下位の【基本形態】――すなわち二階層で魔術理論を構築しているのだ。
対するエレナの【基本形態】の使用エレメントは、二つ。
いずれも特化系、あるいは進化系ともいえる派生エレメントである。
エレナの《アクトレス・レッドウィング》は、【地】の派生である【金属(メタル)】と、【火】の派生である【熱(ヒート)】を、同一の魔術幻像で扱うという異色の【基本形態】だ。
ただし、魔術理論という名の鋳型を共通化して運用するのであって、一度起動させた《アクトレス・レッドウィング》内で、使用エレメントを切り替える事はできない。切り替えには再起動が必要となる。
魔術戦闘の準備は整った。
牽制的な睨み合いは長くは続かず、先手はエレナだ。
(さて。まずは肌で感じ取りましょうか)
感性は大切だ。映像データと体感の差違・誤差を埋める。
電脳世界に意識を傾け、【アプリケーション・ウィンドウ】に【コマンド】を入力。コンパイル済みの魔術プログラムが実行される。超時間軸のこの操作は、現実時間では瞬時だった。
紅く発光するバストアップのみの白銀の天使が、術者の意志に従い猛威を振るう。
「――《ヒート・レーザー》」
きゅぃィィン!
エレナの【ワード】をトリガーとして放たれる深紅の熱線。二条、三条と連続して煌めく。
通常視界では認識できない超音速攻撃だが、戦闘系魔術師は超視界を有している。
オルタナティヴは魔術オペレーションで対応。超次元でリンクしている電脳世界の【ベース・ウィンドウ】の演算機能を、彼女は完璧に発揮できる。高機能な魔術サーチから軌道予測および次の射撃タイミングの予想までを、現実時間軸でのタイムラグなしで演算してみせた。
そして、その演算結果を最適にパラメータ化して、《ローブ・オブ・クリアランス》の機能に反映させるのだ。
全てが完璧。かつ天才的だ。オルタナティヴは『風のオーラ』による推進力で、ほぼ瞬間的に《ヒート・レーザー》の連射を最短距離で回避しつつ、エレナの懐へと踏み込んだ。
距離は近接格闘戦でのミドルレンジ。
不敵に笑むエレナ。いい動きだ、と感心さえする。
(問題ない……わ)
後手は踏んでいない。シナリオ通りだ。
相手の魔術オペレーション能力は折り込み済みである。その上でオルタナティヴが《ヒート・レーザー》を躱すルートを、わざを作って撃ったのだ。
バカ正直にオルタナティヴはエレナが誘導したルートを通って、近接戦闘の間合いに訪問してくれた。招待に応じてくれて嬉しくなる。
(いらっしゃい。歓迎するわ)
丁重にもてなそう。KOというお土産付きで。
テコンドーをベースにしたエレナの足技が唸った。
オルタナティヴの顔色が変わる。エレナがこれまで見せてきた、三連蹴りとはパターンが違うからだ。リーチの差を生かして、遠間から左右のキックを、連打に次ぐ連打で重ねている。正確性よりも速度と繋ぎに重みを置いていた。
エレナの戦略――
この状態からオルタナティヴを後退させられれば、その瞬間を狙い撃って、確実に《ヒート・レーザー》を当てられる。仮に防御魔術でブロックさせれられれば、一秒は足を止められる。そうすれば、詰みだ。次に決定打を叩き込む。後ろに下がらされたオルタナティヴには、攻撃魔術を回避できるだけのリソースは残らない。
果たして……
オルタナティヴが強引に前に出た。
彼女はエレナの意図を理解している。故に下がるという選択肢はない。蹴りの間合いから拳の間合いにしようと、距離を潰しにきた。
しかし、やや強引に過ぎて、防御が犠牲になっている。
二発、三発とエレナの蹴りがヒットした。
それでも前に出る事によって、ヒッティング・ポイントが微かにズレている。加えて間合いが潰されたストローク不足により、エレナの蹴りは加速し切れなかった。腰の回転と体重の乗りも甘かった。
蹴りで後ろに飛ばしても、即座に前に出直してくる。厄介な前進だ。
(問題ないわ)
まだ拳の間合いではない。オルタナティヴが左ミドルで対抗してきた。
蹴り対蹴りで、エレナは後塵を拝すわけにはいかない。モーションとストロークを確保する為に、素早くバックステップしつつ、スタンスをサウスポーにスイッチして、下がりながらの左ミドルキックを薙いだ。
ドぉォウゥゥウウウウっ!
左ミドルの相打ち。
脚力はオルタナティヴが圧倒的に上回っているが、タイミングはエレナがとった。リーチの差を生かしたポジショニングもだ。結果、深々と相手の右脇腹をえぐったのは――エレナの左臑である。
オルタナティヴの前進が止まった。
手応えならぬ、足応えあり。
今度はエレナが前に出る。バックステップした分を取り戻すのだ。
(何としても下がってもらうわよ)
サウスポー・スタイルを継続しての、右膝蹴りを追撃。
顎ではなく、ボディを強襲した。オルタナティヴはその右膝を左手でキャッチする。エレナはすかさず右膝を引いて、オーソドックス・スタイルに戻った。まだ相手は下がらない。
意地でもオルタナティヴを後退させる――。エレナのプライドに火がついた。引いた右足をコンパクトに畳んでの、ハイキックを狙う。
(前に出てきなさい。今度は――)
初動は上段の膝蹴りに近いか。最短距離で腿を先に突き回して、その膝を支点に臑を加速させていく変則の回し蹴りである。イメージとしては、ブラジリアン・キックに類似しているか。
変幻自在だ。今まで見せていたロングレンジ用の蹴りとは異なる、ショートレンジ用の技。エレナはどんな間合いでもハイキックを繰り出せる。意図的にオルタナティヴを前に呼び込んで、カウンターで当てにいく。ジャストミートならば一発KOもあり得る角度だ。
オルタナティヴの側頭部が――消えた。
消えたと錯覚する程に、小さく鋭いウィービングだった。
エレナの右足を左サイドへかわすと同時に、右肩から突っ込んでくる。
信じられない事に、ダッキング気味の前傾と当時に、ミスキックした右足に右ブローを重ねてきた。
十字を描くタイミング――ライトクロスだ、
(右ハイにもクロスカウンターを取れるというの!?)
最も射程の短いローキックに、ストレートでカウンターを狙うのは、対キックの戦法として一つのセオリーである。だが、頭部へのハイキックを避けながらカウンターを、しかもクロスで合わせてくるなんて――
ゴォっ!! エレナの左頬に、オルタナティヴの右拳がめり込んだ。
痛烈な拳に、真後ろへと飛ばされるエレナ。
がく。腰を大きく落としたが、どうにかダウンだけは免れた。後、数ミリ深くもらっていたら、そのままKOだった。
オルタナティヴがウィンクを添えて、クールに言う。
「貴女のテコンドー。確かに足でやるボクシングと形容しても過言ではないわね。蹴りを拳に見立てられる程だもの」
「やってくれる……ッ!」
血が混じった唾を吐き出し、エレナは体勢を立て直した。
オルタナティヴが前に出てくる。
エレナは迎撃の《ヒート・レーザー》を撃った。躱すのならば、一端、後ろに下がって仕切り直しだ。そして、防御魔術でブロックしてくるのならば……
(問題ない……わ)
オルタナティヴが選択したのは、防御魔術で《ヒート・レーザー》を真正面から受けて、そのままステップインであった。オルタナティヴは『風のオーラ』からの派生魔術で、《ヒート・レーザー》の着弾ポイントに、超高速で循環する『風渦のレンズ』を精製した。
風の温度は超低温だ。すなわち熱線から、冷却ファンめいた空気渦で温度を奪いにいく。
にぃ、とエレナはほくそ笑む。
ドンッ! オルタナティヴの防御レンズが突破される。
見開かれる紅い双眸。刹那、彼女は【ベース・ウィンドウ】による着弾点から魔術解析に成功して、己の失態を理解した。
使用エレメントは【熱】でない。
【熱】を使用している《ヒート・レーザー》に似せたフェイクの魔術だった。故に、熱を奪っても『冷えた』粒子が防御レンズを貫通してきたのだ。
オルタナティヴは驚異的な反射神経を発揮する。生存本能に従い、超視界や超時間軸から意識を切り離す。咄嗟に身体を捻って半身になり、辛うじて直撃を避けた。熱によるレーザーをではなく――
微細な『金属』粉による砲撃を。
エレメントによる魔術熱ではなく、金属の粒子群を振動・衝突させて加熱していたのである。
すなわち【金属】のエレメントを使用しつつ、あかたも【熱】を使用していると擬態していたのだ。まんまと欺かれたオルタナティヴは、防御用に展開する為に構築した魔術理論を誤ってしまった。
ダメージは浅い。けれど、前進を止められ、体勢が崩れた。
再びエレナのターンだ。
三連蹴をワンセットにしたコンビネーション・キックを繰り出す。
しかしオルタナティヴは躱す。見事なボディワークだ。エレナも容易に捉えられるとは思ってはいない。相手が高レヴェルのディフェンス技術を有しているのは、分かっている。パターンを変えた。三撃目の蹴りで決めにはいかず、更に相手の体勢を崩そうとフェイントを交えた。
絶好のポジショニングだ。呼吸も完璧である。
(これなら、どうかしら?)
満を持して、エレナは左バックハンド・ブローを放った。
強烈なスピンを伴った裏拳が、鞭の様なしなりを伴ってオルタナティヴの死角から回り込んでくる。際どいタイミングで、ダッキングが間に合った。
オルタナティヴは体勢を引き戻す。そこへ――
――大きく振りかぶったエレナのチョッピング・ライトだ。
振り切った左拳の反動を生かした、必倒の二連打である。天空から降ってくるかの様な、凶悪な右拳。
ひォゅゥゴぅぅ。悲鳴のように空気が嘶く。
ヘッドスリップで回避するオルタナティヴであるが、大振りの右に対して得意のライトクロスを合わせられなかった。角度があり過ぎるのだ。
「――《エレメント・シフト》」
ごぉォオオぉぅ。使用エレメントを【火】に切り替えたオルタナティヴは、『炎のオーラ』を纏うと、爆発的に輻射熱を放射した。
エレナは魔術抵抗(レジスト)に成功して、下がらずに踏み留まる。
しかし、ほんの一瞬だけ、魔術解析および疑似ワクチンの精製に時間を食ってしまった。それ程に高度な魔術理論であった。
刹那とはいえ貴重な時間だ。オルタナティヴは思い切って、大きく後方に離脱する。
獲得した一瞬の隙を反撃に使わなかった。すなわちオルタナティヴは近接戦では分が悪いと判断した――とエレナは自信を深めた。
「ふふふ。私のチョッピング・ライトには、流石の貴女もライトクロスを出せないみたいね」
数々の強敵相手にライトクロスを決めてきたオルタナティヴが、自分のチョッピング・ライトを前に逃げた。なんて誇らしいのだろうか。
相手の必勝パターンを潰した。
そして魔術プロテクトには自信がある。
いかに相手が天才魔術師とはいえ、たったの一撃で、防御面に刻み込まれた魔術効果とプログラムの残滓から、自分の魔術理論を解析できるなどあり得ない。
つまりペースを掌握したも同然だ。ここからはエレナの独壇場になる。
両翼から射出された羽が乱舞して、ハンマーが形成される。それを頭上に掲げる《アクトレス・レッドウィング》。すでに【コマンド】は入力済みだ。ハンマーが魔力で発光する。
「――《ヒート・ハンマー》」
ライトクロスを封じられたオルタナティヴなど怖くはない。エレナはHEATヴァージョンの魔術鉄槌をスウィングした。
単純な熱ではなく『High Explosive Anti Tank』――すなわち形成炸裂弾の原理を利用した、超圧力によって防御面を融解させる攻撃魔術である。『モンロー/ノイマン効果』で 超音速噴流(メタルジェット)を打撃接触面からゼロストロークで撃ち込んで防御面を貫通するのだ。
防御魔術を展開するオルタナティヴ。
ハンマーを躱さないのか、とエレナは冷笑した。仮に大きな回避動作をとれば、着地を狙ってレーザーの餌食だったのだが。
オルタナティヴの『炎のシールド』とエレナのハンマーが真っ向から激突する。
轟音。HEAT効果で炎は溶かせない。
しかし、力ずくでメタルジェットを貫通させる。炎だろうと超圧力で溶かしてみせる。
融解した。ただしオルタナティヴの『炎のシールド』ではなく――
発生させたメタルジェットが。
まさか、とエレナは驚愕する。融解されて貫通できない。精製されるメタルジェットが次々に焼かれて朽ちていく。それだけではなく《ヒート・ハンマー》の打撃面そのものが、オルタナティヴの炎で溶かされていた。明らかに魔術強度で劣っている結果である。
オルタナティヴがクールにウィンクした。
「さっきの《ヒート・レーザー》の魔術プログラムを解析したわ。そのデータを基にプログラム破壊用の疑似ウィルスをサブルーチン化して、アタシの炎に付加(エンチャント)している」
輻射熱で牽制するのが目的の、苦し紛れの【火】の選択ではなかった。
対【金属】ヴァージョン《ヒート・ハンマー》の攻略に最適と判断していたのである。
(そ、そんな……ッ)
エレナは驚愕を禁じ得ない。風渦のレンズに接触した、あのたった一条の砲撃から、自分のプロテクトを突破したというのか。加えて疑似ウィルスが注入された事を、システムが感知できなかった。【基本形態】のセキュリティをこうも易々と突破されるとは。
「あの一発だけで、そんな」
「つまらない失策よ。プロテクトは優秀だったわ。けれど僅か一撃とはいえ、多量の金属粉だったもの。貴女の魔術プログラムのアルゴリズムを読み取るに、充分な接触量と接触回数というわけ。つまりアタシにとっては一発ではなく、数百回の接触だったわ」
「金属粒子を個別に解析して、データを集積するなんて」
なんという天才だ。
ならばエレメントの顕現アルゴリズムを変化させる。それだけではなく、【基本形態】の自己スキャンを開始して、侵入されたウィルスを検索する。だが、なかなか感知できない。ステルスされている。自己進化型にしても、ここまで高度なプログラムとは。
バックグラウンド処理で、ウィルスの検索と削除を継続しつつ、エレナは《アクトレス・レッドウィング》の魔術出力を限界まで上げた。
多少、ウィルスの影響を受けようが、こうなったらパワー勝負で押さえ込んでみせる。
オルタナティヴも《ローブ・オブ・レッド》の魔術出力を上げた。
輻射熱がエレナと《アクトレス・レッドウィング》を炙る。エレナ自身は魔術抵抗(レジスト)できる――が、【基本形態】である魔術幻像の表層が崩れかけていた。基本性能のぶつけ合いなのに、これだけの差が出るとは。
オルタナティヴが炎弾を放つ。
前に出した《アクトレス・レッドウィング》にガードさせた。いや、楯にした。【基本形態】のダメージは深刻なレヴェルだ。ようやくセキュリティ・システムが潜伏しているウィルスの一部を捉えて、対応を開始した。ウィルスの駆逐と撃退用のワクチンを精製していく。けれども、エレナ自身のリソースは【基本形態】の修復と維持で、かなりのウェイトを占めざるを得ない状況だ。相手の魔術プログラムを解析する余力など微塵もなかった。
凄い少女だ。紛れもなく天才魔術師だ。
このままでは負けるだろう。このままでは、だが。
(仕方がないわね)
エレナは決心する。出し惜しみせずに、本気を出すしかないと。
見せましょう、本当のチカラを。
どんな装甲でも、どんな防御魔術でも防げない、真の《ヒート・ハンマー》を。
「――スーパーACT」
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