第四章 宴の真相、神葬の剣 1 ―出陣―
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目の前で寝ている犠牲者二名。
みみ架は深々と嘆息する。
愛用の本型【AMP】――《ワイズワード》から新たなヒントを示された。それが黒鳳凰が贔屓にしている病院の極秘入院患者だ。
今回の事件、この魔導書モドキは普段よりもサービスが充実している。
(堂桜くんが直に関わっていないからかしら?)
問い詰められて、仕方なしにこの場を白状した弦斎は、病室の隅で大人しくしている。
厳しい口調で祖父を断じた。
「言っておくけれど《ワイズワード》なしでも、ロイドについては絶対に有耶無耶にはしなかったからね、お祖父ちゃん」
「面目ない。いつの間にか随分とウエットになっていて、祖父ちゃん、安心じゃ」
「勘違いをしないで。ロイド本人はどうでもいいわ。敗北したロイドだって、自己責任だと思っているでしょうから」
ロイド・クロフォードはつい最近まで裏社会の非合法【ソーサラー】だった。よって、その程度の覚悟は当然である。みみ架が心配しているのは、ロイド本人ではなく、彼を専属執事として裏社会から救い出した友人にして仲間――比良栄優季だ。
「比良栄さんへの報告を思えば、頭が痛いわ」
優季は今、統護と共に中部地方で大事なミッションに関わっている。彼女を安心させる為にロイドを内弟子として預かっているのだ。
それなのに、こんな……
弦斎が確認してきた。
「それで、みみ架はどう出るのじゃ?」
「どう出るって?」
祖父が自分の状態を案じているのは理解できる。
確かに、負傷の影響でまだ十全に動けるコンディションではないのだ。
「婿殿を通じて堂桜上層部とのパイプもあるみみ架じゃ。賊と交戦したロイドの戦闘データを、堂桜が有しておるかもしれぬ。もしも入手可能ならば……」
みみ架は首を横に振る。
「いいえ。ルシアに確認を取ったら、ルシアでさえ把握できなかったそうよ。ロイドが堂桜の軌道衛星のカメラを意識した結果なのか、賊の能力なのか」
「能力じゃと?」と、眉根を寄せる弦斎。
みみ架は背中越しに、冷たい視線で祖父を睨む。
「ったく、本当に耄碌したわけ? ひょっとして気が付いていないの?」
「逆に訊きたいわい。お前は何に気が付いておるのじゃ」
二度目の溜息をついてから、みみ架は言った。
二人の重傷者の怪我の差異よ――と。
父と会話した内容通りに事が進んでいると実感した。完全に踊らされている。
そして思い返す。
統護に云った、あの夜の約束を。
だから、征かなければ――
…
いよいよだ。
このMKランキング事件のクライマックスとなるイベントが開催される。
里央は闇好の横顔を見つめた。
決然とした表情を。
二人でビジネスホテルに潜伏してから、MKランキングから四名の挑戦者が闇好に挑んできた。しかし闇好はその全てを圧勝で退けていた。
そして――主催者の光葉一比古から、待ちに待っていた招待状が届いたのだ。
郵便ではなくスマートフォンへのメールで。
それも単純な地図データが添付されたメールではない。案内用のマスコットキャラをインストールするアプリ形式である。案内場所を外部に漏洩したり、招待者以外の者が随員すると、強制的にスマートフォンの機能を破壊するウィルス・プログラムでもある。
闇好は迷わず、その案内用のマスコットアプリをインストールした。
里央にとってもお馴染みとなった戦闘時の衣裳――漆黒のゴシック・ロリータを着て、最後に黒い狐面を頭に乗せた。決意の表れなのか、ホテルをチェックアウトした。
出発して約一時間が過ぎている。時刻はすでに夜中だ。
妖精というよりは魔法少女風のマスコットが言う。
『此処から先は、徒歩か自転車、あるいはバイクでお願いね♪』
闇好が狐面を下ろして顔を隠す。
魔術による『闇のロープ』を創り出した闇好が確認した。
「この魔術製のロープづたいに建物間をショートカットするのはありかな?」
『いいですよ。許可します』
闇好が里央を脇に抱えようとしたが、里央は闇好の背中に回った。同時に、里央の頭に乗っていた鷲のハナ子が意図を察して、上空へと離れた。
「ゴメン、闇好ちゃん。おんぶにして」
「恐がりさんだなぁ、里央ちんは」
里央をおんぶした闇好が、愉しそうに言った。
「それじゃあ、とびきりアクロバティックに行こうかな」
「えぇええええええええええ!? どうして?」
里央が抗議するが、闇好はサーカスさながらに前後左右に回転しながら夜空を舞った。
ビルからビルへ。そして木々から木々へと――
華麗な空中遊泳であったが、里央の悲鳴が台無しにした。
ハナ子はすまし顔で二人の横を飛んでいた。
地理としては八王子の外れだ。
関東圏内とはいえ、山の中といっても過言ではないだろう。
専用のヘリコプターが目的地に着地する。
上空から眺めていたが、イベントへの参加者が続々と集まっていた。
闇好と里央も確認できた。
そしてオルタナティヴもだ。氷室雪羅を破ってランキング入りしているのは把握済みだ。
(誘いに乗ってくれて感謝するわ)
此処をイベントの試合場に選んだ一比古に感心する。
確かに、この会場と立地条件ならば……
エレナが降り立つ。
執事の芳三郎を従えてだ。許可は得ている。ただし芳三郎はイベントには不参加で、あくまで単なる随員に過ぎない。イベントが開幕すれば、一切の干渉を禁じられた観客となる。
「征くわよ、芳三郎」
「畏まりました、エレナ様」
立ち塞がる邪魔者は全員倒すのみ。
光葉一比古を排除して、里央を取り戻すのは――この堂桜エレナなのだ。
イベントの開催会場に着いた。
執事の篠塚が運転するオートバイのサイドカーから、オルタナティヴは出た。
「お前は待機していて」
「承知しました。それではご武運を、お嬢様」
「ええ。征ってくるわ」
ポニーテールを微かに揺らし、オルタナティヴは進んでいく。
――眼前には、巨大なマンションがある。
千戸を超える規模の分譲物件だ。
その様はちょっとした集落といえる。いや、戸数を考えれば小さな町以上だ。
コの字型に、長い箱形が三つ連なっている形状をしている。
横一文字になっている部分が本館。その右端に連なっているのが東棟。反対側が西棟だ。
一見すると一繋がりだが、実際には別れていて、ブリッジ状の通用口が連絡通路だ。
本館が八百戸。東棟が四百戸。西棟が四百五十戸。
地上三十五階建てとなっている。
築年数八十年を超えており、近々取り壊される予定の廃墟だ。
そう。此処は無人なのだ。
取り壊しが終わり、更地になった後、この地は【堂桜建設】グループが主導となって、新しい分譲マンション地域として再生される。すでに販売予約は始まっていた。
一比古はこの巨大な廃墟を一夜限りで都合したのである。堂桜が咬んでいる、これ程の巨大物件の管理を根回しするとは、やはり一比古は只者ではない。
他の参加者は近くにいなかった。
時間差で、それぞれ指定された別の箇所から侵入しているのだ。
試合前に余計なニアミスをしない様に、という一比古の計らいである。
(さて……と)
優先順位の再確認だ。最優先はみみ架からの依頼――つまり芝祓ムサシと渚此花の排除。
排除はイコール、最低でも再起不能を意味する。
次は浚われている里央の奪回。ただし里央の安全と帰還が保証された暁には、別に自分が取り戻す必要性はないだろう。
そして……
6位であるオルタナティヴには、第六玄関からの入館になっていた。
どうやら一桁ランカーの特権、というわけか。
招待されているMKランキング参戦者には、ノーランクも含まれているとの事だが、ランキング外の招待者は非常口や窓からの入館を指示されている。
「光葉一比古。お前がアタシの障害になるのならば、倒すだけよ」
オルタナティヴは玄関の扉を開けた。
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