第三章 戦宴 7 ―オルタナティヴVS雪羅②―
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7
交錯する魔術攻撃。
互いに一歩も譲らない拮抗した展開に、この試合を観戦しているMKランキングの会員達も、大いに盛り上がっている。その反面、得意の近接戦を仕掛けないオルタナティヴの試合運びに、疑問を感じる者も出始めていた。
中継映像に、様々なコメントが書き込まれていく。
「――《クリスタル・カーテン》」
軽やかにその場でターン、雪羅は円筒状の防御皮膜を精製して、我が身を守った。
そして一直線に相手目掛けて突っ込んでいく。
まさか、とオルタナティヴは息を飲む。
ロングレンジでの撃ち合いを身上とする雪羅から接近戦を仕掛けた。予想を裏切られた観客達からのコメントで、中継画像が混乱した。
オルタナティヴは炎弾を撃つ――が、意図が中途半端だった。
(しまったっ!)
距離をキープする為なのか、あるいはカウンターとしての迎撃なのか、どっちつかずの砲撃になってしまった。彼女らしからぬ凡ミスといっていい。
次々と炎弾が躱される。当たっても、氷雪の防御皮膜(クリスタル・カーテン)は、オルタナティヴの炎弾を全て跳ね返してしまう。
そして、近接戦の間合いに入る。
流れのままに――先手は雪羅となった。
ダイレクトの左アッパーから右ストレートへと繋ぐ。オルタナティヴは辛うじて躱した。
拳から破壊力は感じられないが、コンパクトかつ滑らかに繋がれたコンビネーションである。加えて精確に顎先とテンプルを狙ってきている。
雪羅のコンビネーションが続く。
カウンターをとれない。オルタナティヴは相打ち狙いに意識を切り替える。
とにかく攻撃を遮断しなければ。
(仕方がない。一発限定で顔を打たせてあげるわ)
ガードルーズになり、上体を沈めての右ボディストレートを打ちにいく。
ヴゥぉおぅッ。風を巻いた強烈な一撃に、オルタナティヴはボディストレートを中断。
咄嗟に拳を広げて、右手を顎の下に――
ドンッ! そこへ雪羅の右膝蹴りが着弾した。
(あ、危なかったッ!!)
ドンピシャのタイミングだった。真下からの膝蹴りでカウンターを狙っていたとは。
超人的な膂力を誇るオルタナティヴでなければ、右膝をキャッチしても、そのまま威力を殺せずにKOされていた。完全にチート的ともいえる身体機能に助けられた格好である。
(アタシとした事が、また……)
二連続での凡ミスだ。普段ならばあり得ない、つまらないミスである。
ぱぁんッ! カットが間に合わず、左のアウト・ローをもらった。
リズムに乗った雪羅の打撃技が冴えを増していく。
対して、オルタナティヴは明らかに動きが悪い。
見守る詠月が両目を眇めた。
「これはいい展開になってきたわね。それに、いい経験にもなっている」
オルタナティヴは守勢を強いられている。
雪羅の位置取りが巧みだ。加えて、他のカウンターは許しても、絶対にライトクロス『だけ』は打たせないという意図を全面に押し出して、コンビネーションのパターンを組み立てている。間違いなく、対オルタナティヴ用に特化しているコンビネーションだ。
オルタナティヴはワンツー・ストレートを繰り出す。
待ち主体であるカウンターではなく、自分から攻撃するのだ。
だが、左右の拳はミスブローに終わる。見事な反応とボディワークで雪羅が避けた。そこへサウスポーにスイッチしての左ミドルキックを蹴り込みにいくオルタナティヴ。
雪羅がバックステップ。空を切るオルタナティヴの左足。
防御皮膜――《クリスタル・カーテン》が解除された。
同時に、雪羅の上空に氷雪の針がセット。その数――実に五十発以上だ。
オルタナティヴも電脳世界に展開した【ベース・ウィンドウ】での魔術サーチ機能によって、雪羅の攻撃魔術を把捉してはいる。そして今までの砲撃戦で蓄積したデータを活用して、軌道予測演算を前倒しで開始した。
だが、雪羅は《フリージング・ニードル》を発射しない。
待機状態のまま、再び近接格闘を挑んできた。
雪羅は超視界と超時間軸の攻防よりも、有視界と現実時間での攻防に比重を置いている。
手こずるオルタナティヴ。
クリーンヒットこそ許さないが、完全に後手後手を踏んでしまっていた。
(なんて……やりにくいの)
やはり倒したくない。KOしたくない。
淡雪に酷似しているこの少女を、無慈悲に殴り倒すなんて、自分にはとても……
オルタナティヴの【ベース・ウィンドウ】に[ WARNING ]の警告。
一気に魔術強度を増した《ダイヤモンド・スノゥスケープ》の基本性能により、オルタナティヴは纏っている炎のオーラごと両足を縛り付けられた。
魔術密度を一点に集中しての魔術的な凍結現象だ。
足下を確認するまでもない。オルタナティヴは魔術抵抗(レジスト)を強化する。強化版の疑似ワクチンを両足に集中して循環させた。魔術強度と魔術密度が上がろうと、術式のアルゴリズムは変化していない。
雪羅が体重を乗せた右のローキックを打ち下ろす。
「――《エレメント・シフト》」
オルタナティヴが纏っているオーラの質が変化した。
いや、切り替わった。
真紅に燃える『炎のオーラ』から、透明に渦巻く『風のオーラ』――《ローブ・オブ・クリアランス》へと。
使用エレメントを示す五芒星の輝きが、【火】から【風】になっている。
これこそ《ファイブスター・フェイズ》の基本性能だ。
彼女は【AMP】を必要としないで使用エレメントの切り替えを可能とする。
一つの【基本形態】によって『地・水・火・風』を司る魔術的オーラを同等に扱える規格外の天才性が、オルタナティヴの戦闘系魔術師としての本領である。
きゅグガォっ。歪な破砕音と共に、足下の凍結現象が破壊された。
魔術の【風】で魔術の【氷】を砕いたのだ。
両足の自由を取り戻したのみではなく、オルタナティヴは『風のオーラ』の推力により夜空を舞った。雪羅の右ローキックは空振りに終わる。
雪羅が両足のスタンスを戻した時には、すでにオルタナティヴは攻撃態勢だ。
「――《トルネード・スピア》」
強烈に錐揉み回転しながら、オルタナティヴは右突き蹴りの姿勢で自身を槍と化す。
雪羅も待機させていた《フリージング・ニードル》で迎撃にくる。
ずぅががガガガガガガガッっ!!
殺到してくる氷雪の針の群を、オルタナティヴは一蹴――文字通り蹴散らした。
どん、と重々しい炸裂音。
しかしオルタナティヴの《トルネード・スピア》の着撃地点に、雪羅の姿はない。
《フリージング・ニードル》で刹那とはいえ《トルネード・スピア》を足止めできた雪羅は、後方へと大きく下がっていた。
そして再びロングレンジ戦へと逆戻りした。
今度は『氷雪』と『風』の撃ち合いだ。
エレメントとしての相性は、『氷雪』と『炎』よりも雪羅に有利である。なにしろ『氷雪』を砕かれても、即座に再結晶化できるのだから。攻撃魔術の再セットが容易なのだ。
不利を承知でも、オルタナティヴは使用エレメントを切り替えなかった。
彼女は安堵さえしている。
近接戦闘ではなく、ロングレンジで魔術砲撃がメインの攻防に戻った事に。
刻々と時間が過ぎていく。
双方の魔力はまだまだ充分に残っている――が、試合時間が残っていなかった。
このまま判定になれば、試合を落とすのはオルタナティヴだ。
共にダメージは皆無であるが、試合展開を作っているのは明白に雪羅である。
どんなに雪羅に厳しめなジャッジだと仮定しても、最悪でドロー(引き分け)だろう。
詠月が興奮で震える声を漏らす。
「KOは難しくても……、これは本当に、勝てる?」
このままでは判定負けする。オルタナティヴも劣勢を理解していた。
けれど、どうしても闘志が湧かないのだ。
(お笑い種ね。特別な関心なんてない、と言っておいて)
残り時間を考えると、強引にKOにいくしかない。
敗けたら終わりだ。相手を逆転KOしなければ、MKランキングのイベントへの参加資格も失ってしまう。それに……
雪羅が冷め切った表情で言った。
「今の不甲斐ない貴女を見て、淡雪さんとセイレーンはどう思うでしょうね?」
失望を隠さない雪羅の台詞に、オルタナティヴの心が震えた。
紅い瞳に闘志の光が灯り、表情が一変する。
亡き強敵に約束した『生涯無敗』を思い出した。
嬉しさを隠さずに、にやける詠月。
「あらあら、雪羅ちゃん。判定勝ちは嫌だというのね」
これで勝つにせよ負けるにせよKOは必至――と、詠月は視線に力を込めた。
謝罪すら相手への侮辱になる。
無言のままオルタナティヴが攻撃に出た。
ローブの様に纏っていた『風のオーラ』が凶暴に吠える。
超人的な肉体による耐久力にものをいわせて、《ローブ・オブ・クリアランス》の風力推進で、オルタナティヴは加速しながら突っ込んでいく。いくら魔術現象とはいえ、その事象結果に付随してくる、術者自身に掛かる物理現象としてのGは無効化できないのだ。
対して、雪羅も一歩たりとも退かない。
「決着は望むところです!」
相手の速度を落とそうと《フリージング・ニードル》の雨を降らせながら、前に走った。
距離が一瞬で詰まり、クロスレンジになる。
完全に近接格闘の間合いだ。
小細工なしとなった真っ向勝負――軍配が上がったのはオルタナティヴだ。
体格、身体能力、格闘技術といった各要素で、彼女が雪羅に劣る道理は一片すらない。
もう迷わない。
右フックが雪羅の顔面を捉えた。
しかし雪羅は微塵も怯まずに応戦する。
けれど応戦虚しく、一方的に攻撃を当てるのはオルタナティヴであった。
鋭い打撃音。ボロボロになっていく雪羅。
一方的であるが、警戒しているライトクロスだけはもらわない。
オルタナティヴはカウンターなど不必要とばかりに、雪羅を人間サンドバッグにした。
近接格闘では歯が立たないが、雪羅はロングレンジにセットし続ける《フリージング・ニードル》を、せめてもの抵抗とばかり撃っていた。
その《フリージング・ニードル》も、オルタナティヴの『風のオーラ』に阻まれる。
粉々に破壊されて、ダイヤモンドダストとして二人の周囲で輝いていた。
試合時間の終了が近い。
オルタナティヴは拳に力を込める。このまま判定になっても逆転で勝てる。
しかし、手は緩めなかった。
そんな彼女の表情に、モニタ越しに観戦している者達が、畏怖のコメントを書き込んだ。
画面を埋め尽くす様に書き込まれていくコメントの群――『まるで鬼だ』『恐ろしい形相だぜ』『マジで怒ってる』『ちょっと怖すぎ』『まさに怒髪天だな』『余計な挑発しなけりゃ勝てたのに』云々。
判定になった時に備えて、スマートフォンで試合画面を確認していた詠月が、それらのコメントに呆れ、苦笑した。
「あれが恐ろしい鬼の形相ですって? 私には……
――悲痛な表情にしか見えないわよ」
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