第三章 戦宴 6 ―オルタナティヴVS雪羅①―
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少女は専用【DVIS】――右手の指輪に軽くキスした。
リングに埋め込まれている赤い宝玉へ、集中して魔力を流し込んでいく。
オルタナティヴは起動用【ワード】を唱えた。
「ACT」という単語を皮切りに、【魔導機術】システムへログインし、超次元リンケージおよび電脳世界の展開、そこから【ベース・ウィンドウ】のセットアップが行われる。
ゴォウぅぅうウッ……ッ!
顕現するオリジナルの戦闘用魔術。オルタナティヴは『緋色のオーラ』をその身に纏う。
揺らめく赤色の輝きは、唸りをあげる焔の燃焼だ。
「それが噂に名高い――《ファイブスター・フェイズ》ですか」
眩しい、と呟く。雪羅はオルタナティヴの【基本形態】に両目を細めた。
カテゴリとしては『魔術事象(エレメント)を身に纏う』タイプの【基本形態】だ。
「なんて美しい。そして力強い輝き」
魔術師用のローブがごとく少女の身を包む輝き。魔術による炎膜――『火のオーラ』がオルタナティヴの【基本形態】であるが、このオーラ《ローブ・オブ・レッド》のみが彼女の【基本形態】ではない。
オルタナティヴのマントには、金色に煌めく五芒星が描かれている。
厳密には、この金色の五芒星こそが【基本形態】本体だ。
定義としては、纏っているオーラは五芒星から発生している基本性能に近い。
そして、基本エレメントとされる『地・水・火・風』そして五行に列する『空』を司る紋様が、五芒星の中心となっていた。今は【火】のエレメントを示す星が光っている。つまり顕現させている火オーラと五芒星の輝きは連動しているのだ。
「それでは私も――ACT」
雪羅も戦闘用魔術を立ち上げた。
彼女の専用【DVIS】は十字架を象る銀色のペンダントである。
魔力を注がれて発生する宝玉の赤い煌めき。その紅とは正反対の白い輝きが、宝玉を基点として爆発的に広がっていく。
景色が白銀で塗り潰される。術者である雪羅を中心として限定的に空間が書き換わっていた。
すなわち【魔導機術】において【結界】と定義されている魔術現象である。
「これが私の【基本形態】――《ダイヤモンド・スノゥスケープ》といいます」
幻想的な雪景色。魔術による氷雪の世界。
舞い踊るダイヤモンドダスト(細氷)で細かく光り輝いている【結界】だ。
氷室雪羅という少女は【結界】を【基本形態】とするタイプの戦闘系魔術師である。通常ならば複数人の魔術師を必要とする【結界】を、雪羅は単身で可能とする希有な存在だ。
オルタナティヴは冷静に《ダイヤモンド・スノゥスケープ》を観察した。
(なるほど。少しは考えている様ね)
魔術戦闘のセオリーに則るのならば【結界】の基本性能で相手を縛りにくる。
この《ダイヤモンド・スノゥスケープ》だと、氷雪による低温呪縛だ。
しかし雪羅は魔術プログラムのパラメーラ設定によって、あえて対戦相手であるオルタナティヴを基本性能の対象範囲外にしているのだ。
つまり魔術抵抗(レジスト)によって、基本性能の魔術プログラムを【ベース・ウィンドウ】にスキャニングおよび解析されるくらいならば、いっそ相手への魔術効果を最初から遮断して、一切の情報を与えない方を選んだのだ。
そして逆に【結界】で空間ごとオルタナティヴを被っている雪羅は――
「……では、参ります」
魔術戦闘――試合開始を告げる一言に次いで、小さく【ワード】が紡がれる。
最上位のアクティヴ状態で【コマンド】が書き込まれた【アプリケーション・ウィンドウ】による派生魔術――《フリージング・ニードル》の実行プログラムが走った。
ィィんン。氷雪が収束して精製されたニードル群が、雪羅の背後にセットされていた。
オルタナティヴは動かない。いや、動じない。余裕をもって待ち構えている。
足下は氷面だ。容易には移動できない状況である。オルタナティヴの『火のオーラ』の基本性能では、容易に溶かせないだけの魔術強度と魔術密度だ。そしてオルタナティヴも、雪羅と同様に、簡単に相手に魔術効果による情報提供を行わなかった。
(懐かしいわ)
この【結界】による景色。そして遠距離用の攻撃魔術。最愛の妹を想起してしまう。
割り切っているはずなのに、つい、淡雪を重ねてしまった。
魔術的にロックオンされた。
【ベース・ウィンドウ】のサーチ機能で被ロックオンを察知する。
雪羅が右手を真一文字に振った。
きゅゥドドドドドドド! 術者の後ろで広域に展開していたニードル群が、一斉に撃ち込まれてくる。
肉眼による視認と現実時間でならば、一瞬で蜂の巣にされる超速度の魔術攻撃。
しかし戦闘系魔術師の魔術オペレーションは、超視界および超時間軸での現象だ。超次元リンケージにより展開された電脳世界の【ベース・ウィンドウ】での操作である。
物理攻撃ではなく、純粋な魔術攻撃――すなわち電脳世界のみで全てが把握可能だ。
オルタナティヴは弾道の予測演算を開始。
直線と曲線、そしてロックオンによるホーミング弾を選別。三つにカテゴリ化。
全て問題なく終了。演算領域にエラーはない。
通常の魔術師ならば、ここで魔術オペレーションが一杯一杯になるだろう。それだけの弾幕だ。相手は物量で押してきたが、しかしオルタナティヴの意識容量には余裕があった。演算速度を上げる。意識容量の使用域を拡大。カテゴリ化した針弾を並列処理して、迎撃ポイントまで完璧に割り出してみせた。そして迎撃ポイントを全て同時ロックオン。
対応用の【アプリケーション・ウィンドウ】――ではなく、【ベース・ウィンドウ】によるマクロ化したサブルーチン群で対応していく。ロックオンした座標とパラメータ設定値をリンク完了。
超次元での時間軸であっても時間は刻々と過ぎるが、オルタナティヴに動揺はない。
冷静に、クールに、必要な手順を消化していく。
【ワード】と【コマンド】なしで、オルタナティヴは『炎のローブ』から火線を発射した。
派生魔術ではなく基本性能の延長だ。
現実時間――雪羅の攻撃魔術発動から、コンマ二秒を要さない、ほぼ一瞬だ。
まるで踊るかの様な、変幻自在な火線が煌めく。
ごぅッ! 次々と《フリージング・ニードル》を撃ち落としていく――が。
オルタナティヴの【火】を突破した、氷雪の針が三つ。
キュぅどッ!! 着弾したが、其処に標的はいない。
寸前でオルタナティヴは躱していた。タイミング的には間一髪。しかしホーミングを追いつかせない為にギリギリまで引きつけただけで、余裕を持っていた、と雪羅は理解した。
つまり電脳世界の超視界ではなく、現実に視認して避けたのである。
オルタナティヴは懐かしむ。
(淡雪とやり口が似ているわね。偶然ではなく、きっと……)
雪羅は【結界】で接触しているオルタナティヴの《ローブ・オブ・レッド》から、魔術プログラムの一部をスキャンして、解析していたのだ。干渉用のウィルスを最外部に侵入させて、最低限の魔術効果のみを検出したのである。このレヴェルの軽微な魔術的接触となると、いかにオルタナティヴであっても、完全にはウィルスをブロックしきれない。
解析したプログラム・データのアルゴリズムを基に、火線を突破可能なサブルーチンを組み込んだ氷針を、三つ、紛れ込ませていたのだ。
しかも雪羅はオルタナティヴが迎撃用の派生魔術ではなく、《ローブ・オブ・レッド》の基本性能を利用して対応してくる事を見越していた。いや、研究していたのである。
雪羅は驚愕を誤魔化す様に薄笑いした。
「信じられません。貴女の魔術オペレーションが天才的なのは重々承知していましたが、まさか足下がスケートリンク状態なのに、そんな身のこなしなんて……ッ」
「少しばかりアタシをリサーチ不足だったかしらね」
「でも、これでデータは修正できます」
雪羅が駆けた。
いや、走ると言うよりも滑っている。滑走だ。【結界】によって地面を凍らせて、その上に氷のレールを創りながら移動していた。ローラ戦では見せなかった動きだ。
実戦と更なる開発を経て《ダイヤモンド・スノゥスケープ》も性能アップしている。
高速移動しながら、連続精製されていく氷雪の針。
「――《フリージング・ニードル》ッ!」
本番はここから、とばかりに威力を増した《フリージング・ニードル》が発射された。
ロックオンはしていない。今度は視認による照準でランダムに撃ってきた。
対して、オルタナティヴも走った。
足下が滑っていた先程までとは異なり、地面の氷膜を《ローブ・オブ・レッド》の熱で溶かしながら、靴裏に摩擦係数を得ていた。
氷雪の針を基本性能で迎撃した際に得た、魔術効果からのプログラムの残滓によって雪羅の魔術理論の解析と対策を始めている。氷膜を焼き溶かしながらの疾走はその成果だ。
(ったく、こういったところまで、淡雪と同じでなくてもいいというのに)
苦い思いを抱きながら迎撃用の炎弾によって全ての針弾を相殺した。
オルタナティヴの【火】の弾丸には、自己進化する対《フリージング・ニードル》用のサブルーチンが付与(エンチャント)されている。
真っ向からの撃ち合いで、もうオルタナティヴが遅れをとる事はないだろう。
明らかに雪羅が不利を強いられている攻防だ。
詠月が艶然と微笑む。
「流石はオルタナティヴ。かつての天才魔術師――堂桜統護だけはあるわね。本当に天才としか形容できない見事な魔術オペレーションだわ。これは私でも真っ向勝負はキツイかしら」
しかし、詠月の視線の先――雪羅に焦りは微塵もなかった。
まともに魔術戦をしても歯が立たない。この程度の苦戦は最初から織り込み済みなのだ。
舞踏会のロンドさながらに、二人の【ソーサラー】は巧みに立ち位置を変える。
その立ち位置の変化を彩るかの様に、数多の爆発が夜の黒を紅く染める。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォンんん!!
氷針が炎弾に破砕される爆音が間断なく響いて、一つの音のように流れていた。
互いにロングレンジをキープしている。
典型的な砲撃戦の様相だ。
雪羅は怪訝に思う。自身の決定力を生かす為に、やや強引にでも近接格闘で決めるタイプのオルタナティヴは、何故、この戦況で間合いを詰めてこないのだ、と。そして、どうして彼女はあんな切なげな表情なのか。
そんな雪羅の表情――
(ああ、あの子、困惑しているわね)
オルタナティヴは苦笑した。雪羅の困惑が手に取る様に伝わってくる。
自分を研究していたのならば、ここで前に出て行かないのは――確かに不可解だろう。
普段の自分ならば、多少のリスクを承知で、ここで一気に打撃技でKOを狙う。
けれど『その普段』は……
今のオルタナティヴは通常とは『違う普段』に心を縛られていた。
そう。
普段の淡雪との模擬戦では、『いつも』こうだった……
(困惑しているのは、アタシも一緒)
参った。困った。心が言う事を聞いてくれない。
あの少女は氷室雪羅であり、最愛の妹とは別人だと解っているのに。
これは訓練である模擬戦ではなく、制限時間つきの試合――実戦だと理解しているのに。
淡雪との模擬戦そのままに戦ってしまっている。
できるだけ淡雪の実力を引き出そうとする戦い方だ。
いつもこうして、淡雪の長所を伸ばしてやる展開を優先していた。
それをなぞってしまっている。
そして、こんなにも、こんなにも愉しい。嬉しいのだ。
見た目だけの問題ではない。
淡雪と雪羅。二人の戦い方が、あまりに似てしまっているから――
…
明らかにシミュレートとは違っている。
この戦況を不可解に思っていたのは、雪羅だけではなかった。
観戦している詠月もだ。
オルタナティヴは余裕があるはずなのに余裕を失っている、という奇っ怪な状態にみえる。
しかし、ようやく詠月はオルタナティヴの異変の理由に気が付いた。
大声を張り上げる。
「雪羅ちゃん、チャンスよ!! 相手はソックリさんの貴女を接近戦でKOできないわ!!」
そのアドバイスに、雪羅の瞳がギラリと光を帯びた。
想定外に過ぎる意外な展開だが、こちらには好都合だ。
(あら、まさか――勝てるかも?)
最初から玉砕覚悟の試合だったのだが。
詠月は笑みを深める。これは、ひょっとすると、大金星をあげられるかもしれない。
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