第二章 スキルキャスター 7 ―目撃者―
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7
逢瀬(殺害)に選んだ場所は、此花の指示通りにした。
両親と姉の死体を完璧に処理してくれた此花には、全幅の信頼を置いている。
これまで九名殺した。
未だ、ムサシに警察の手は伸びていない。
カラクリは単純明快で、此花によると保管場所に使っている別荘があるとの事だ。その地下二階に設置してある薬物槽に漬け込んで、少しずつ死体を溶かしていると説明された。薬物槽は消火用の地下貯水槽の一部を流用した代物だった。
ムサシにとっての処女殺人――
両親と姉の殺害現場を、此花に目撃された時から、二人の新しい関係が始まった。
付き合う前までは、単に家が近所で幼稚園からでクラスメートであり続けた腐れ縁だった。
家が金持ちだと知っていたが、ムサシには関係ない事だ。
成績優秀でスポーツ万能だが、ムサシには関係ない事だ。
特徴には欠けるが、顔・身長・スタイルと全てが標準以上で、その社交性も相成って同性・異性関係なく人気があったが、ムサシは此花を特別に思っていなかった。
此花が気に掛けてお節介を焼くのは、別にムサシだけではなかった。
だから高校二年時に告白された時には驚いた。
便利だから付き合いをOKし、利用していたが、流石に殺人を目撃されてしまっては……
こうなったら口封じに、此花も。
そう判断した直後、此花は嬉しそうに「その人達はムサシちゃんに殺されても文句は言えないよ」と無邪気に笑った。そして、死体になった姉の頭を思い切り蹴飛ばした。
普段通りの此花に、ムサシは驚きを隠せない。
「姉ちゃんと仲良かったんじゃないのか?」
「くっだらない理由で、高校中退してアメリア留学する前まではね」
姉はお世辞にも優秀とは言い難い女だった。偏差値六十に満たない地元高校で、落ちこぼれかけていた。とある短期留学の企画に乗ってアメリアに渡った後、アメリアの方がいいと両親に訴えた。視野の広いグローバルな人材になって欲しい、と両親は喜んだ。
両親もムサシに「お前も望むのならば留学させてやるぞ」と云った。余計な世話だった。
この展開は前世と同じである。
アホか。寝言をほざくな。ムサシは内心で軽蔑するしかない。短期留学の企画自体が、留学招致を狙いとした詐欺に近い。その程度にも気が付けずに、何がグローバルだか。
前世と同じく、姉がTOEICで既定の点数を獲得する為に、両親はバカみたいな金を、塾に注ぎ込む羽目になる。その塾も例の企画と裏側で繋がっているのだ。まんまと乗せられて、金を吐き出さされる両親を、心底からバカだと思った。
周囲も影から失笑だ。
姉が優秀で国内に留まるべきではない器ならば違っただろう。最低でも高校を卒業してからでもいいはずだった。
そこまで優秀でなくとも、家が金持ちで金が余っているのならば、それもいいだろう。
根本的に、留学の為の留学で、アメリアに渡る理由がないのだ。高いレヴェルでスポーツや研究に取り組む為、本場で挑戦する為――ではない。強いていえば英語の実践程度か。
ムサシは前世のオチを知っている。
通訳をするにしても、専門知識が必須となる。いくら日常生活で英語が堪能でも、地頭が悪くニホン語でも専門知識を説明できないのだから、職業通訳としてモノになるはずもない。
語学研究者を目指すのならばともかく、バイリンガルであっても優秀でない人間が通用する程、国際社会は甘くないのだ。まして言語の片方は世界共通語に近い英語なのだから。
此花が憤った口調で言った。
「普通はさ、高校から留学とかって、超優秀で周囲がほっとかないってケースじゃない。そうじゃないなら、高校卒業してから働いて、学費は自分で何とかするとかさ。だってムサシちゃんって弟が、親に進学と受験勉強を強制されていたのに。姉なのに酷いよ。ご両親だって、ムサシちゃんだって我慢しているんだから、お姉さんも我慢しなさいって、本気で留学するのならば自分で金を稼いでからって、お姉さんを叱らなきゃいけないのに。公平じゃないよ。自分勝手過ぎるよ、この人達。ムサシちゃんを何だと思っているんだろうね」
そう吐き捨てて、此花は両親の顔も踏みつけた。
ムサシは思い出す。この殺害のトリガーは学費免除の申請である。ムサシは親に学費の免除を申請するように命じられた。前世と同じだ。両親の希望で色々と我慢して大学進学したはずなのに、何故か両親は「大学に行かせてやっている」という態度をとる。奨学金も借りさせられた。もともと大学にいきたくないというのに、親の意向で望まぬ借金まで背負う始末だ。奨学金に頼らなければならないのならば、無理に進学しなくてもよかったのだ。
大学院までは卒業させるという親の我が儘を押しつけずに、普通に高校を卒業させてくれるだけでムサシとしては充分だったのである。贅沢をいうなとムサシを躾けて、親の贅沢をムサシに強要するダブルスタンダードが、どうしても耐えられなかった。
殺害前――前世の光景がフラッシュバックしたのである。
学費免除の書類欄。どう考えても世帯年収は申請資格を満たしていない。大幅に上回っているのである。そして申請理由は『姉の海外留学で学費のやり繰りが苦しい』だ。
書類に目を通した学生課の事務員が、怒りを抑えた、軽蔑し切っている声で確認した。
「……これ、冷やかしじゃなくて?」
前世でムサシは頭を下げた。俺だって恥ずかしくて仕方ありません、と声を絞り出して。
一応、前期分の四分の一は学費免除が通った。けれど次はないと通告もされた。
またあの死にたくなる程の屈辱を味わうのか――
そう思った瞬間、ムサシは両親の殺害に及んでいた。ついでに帰省していた姉も。
本当は入念な殺害計画を練ってからの予定だったのに。
此花が笑顔を向けた。
――私はムサシちゃんの味方だよ、と。
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◇
ホテル街の裏路地。
酷く寂れている印象であるが、それはこの区域の擬態だ。
人目につかない場所での殺害は基本中の基本だが、此花は常に違う現場を見つける。
お陰で今まで目撃者はゼロだ。
仮に目撃されても、この界隈のホテルを利用する者は警察に証言できない。防犯カメラの数も不足しており死角ばかり。つまり、そういった必要悪(ガス抜き)の為の区域なのである。
故に、こういった場所には、そういった者しか踏み入らない。
普段は警官も巡回していない。
周囲は暗い。
点在ともいえない稀少な常夜灯よりもビル群のネオンの方が有効な灯りという環境だ。
この場では荒事が起こっても、誰も見て見ぬ振りだ。高度な防犯・防災システムが張り巡らされている現代社会だ。全てが完璧に監視されているのでは、人々のストレスが極限まで溜まってしまいかねない。ゆえに必要悪として、こういった区域も一定の割合で存在する。
必要悪というだけではなく、こういった区域にインフラ用の税金は投入されにくいし、開発事業として資金を注ぎ込む企業も現れない――という経済的な側面も大きい。
ムサシは夜空を見上げた。
この遙か頭上――天空には数多の観測用人工衛星が存在するが、果たして、この殺害を感知できているのか。特に、堂桜財閥が所持している魔導式の軌道衛星【ウルティマ】は。
視線を空から地面に落とした。
――足下には、女子大生の死体が転がっている。
撲殺だ。
息絶えて二分が経過した。頭蓋骨が割れて、体中にムサシの拳による陥没がある。
記念すべき十人目の獲物。ムサシに執拗に交際を求めてきた電子科一年生だ。
これから彼女は永遠に行方不明になる運命であるが、交際云々からムサシに捜査の手が伸びる事はない。此花が噂を操作して、彼女はムサシを諦めて別の男に入れ込んでいる――となっているからだ。加えて、ムサシの指示で被害者は二日前から人前に出ていない。実質的に世間から行方不明になった日には、完璧なアリバイを作ってある。
そもそもムサシが被害者を殺す営利的な動機が――ないのだから。
両親と姉も行方不明のままとなっている。
むろん一通り殺害の線でも調査された。けれど、高校や中学での学校関係者や知人、友人の証言を総合的に判断して、両親と姉はムサシを捨てて蒸発した、と警察は結論付けている。いわゆる『普段の行いのツケ』を支払って貰ったカタチになったのだ。
他の殺人は、完全な他人。つまり辻斬り殺人だった。
転生時に〔神〕とやらが保証した通りに、警察に捕まっていない。
この状況は偶然や幸運ではなく、この【イグニアス】世界の〔神〕による必然なのだろう。
推察に過ぎないが、おそらく警察界隈にも〔神〕が意図した者が紛れている。
そうでなければ、世界有数の優秀さを誇るニホン警察が、ここまで体たらくを続けない。
ムサシは『ご都合主義』など信じていないのだ。
「月がとても綺麗だね、ムサシちゃん」
うっとりとした此花の台詞で、ムサシは我に返った。
「だな」と調子を合わせるが、見上げたのは見えない衛星で、月や星ではなかった。
撤収しなければならない。
このまま死体を残しては、流石に警察に嗅ぎつけられる。行方不明日を二日、前倒しにするという小細工の意味もなくなる。よって死体と共にこの場から去るのだ。
ムサシはある単語を呟く。
「――《ステータス・オープン》」
魔術師ではないムサシが唱えたこの単語は、魔術用の【ワード】ではない。
しかし似て非なる機能を持っている。
魔力は使わない。魔力を集中させる先――【DVIS】も今は所持していなかった。
けれど超常が発現した。
ムサシの眼前に、ステータス表示用のウィンドウが現れる。
子供用の玩具にこういった代物は存在している。【魔導機術】による立体映像で、ゲームの様なステータス画面を出すという遊具だ。凝った代物になると、ステータスを表示させるだけではなく、バーコードを併用したカードバトルの補助具にもなるのだ。
だが、ムサシのウィンドウは玩具ではなく『本物』である。
少なくともムサシ本人はそう認識している。
そう。これこそ〔神〕から与えられたチートな能力――〔スキル〕だ。
そして、この〔スキル〕は自身のステータスを可視化するだけに留まらない。
HPとMPで現状のコンディションを確認する。8675と27か。問題ない。
LVについては比較対象が現れていないので、756が高いのか低いのかは判断つかない。
肉体スペックもツリー構造で細かく数値として把握できる。
これは各種トレーニングを効果的に行うのに、とても役に立つ。総合評価としてのパワーやスピードといった数値には関心が薄かった。
ステータス表示の種類を切り替える。
画面は、これまで吸収した〔スキル〕群の一覧表になった。
ムサシの〔スキル〕が秘める本当の機能は、他者が体現させた事象をコピーして、自身が使える〔スキル〕として登録可能な事である。
要するに、他人のスキル(技能・能力)を複製して盗める〔スキル〕なのだ。
ムサシは〔スキル〕のリストから《エア・スライス》を選択した。
ちなみに名称は〔スキル〕登録時に、好きに変更できる。
この《エア・スライス》は汎用魔術の一つだ。家庭用、工業用と用途は様々であるが、刃に空気層の刃を追加して切れ味を強化する。工業用だと、切削作業に際して、構成刃先の発生を抑制して、刃の寿命を延ばしたりもしている。
ムサシはコピーした汎用魔術を〔スキル〕として自分の右手刀に纏わせた。
左手には、別の汎用魔術をコピーした〔スキル〕を機能させる。
冷凍庫の機能に用いられている汎用魔術だ。予備として電気での冷凍・冷蔵に切り替え可能であるが、今時の冷暖房、冷凍・冷蔵、保温・加熱は全て【魔導機術】がベースである。
右手の空気層刃で、四肢と胴体を切断。
左手の冷凍機能で、切断面を凍結した。
バラバラに分解した死体は、不透明のゴミ袋へと突っ込んだ。
さらに〔スキル〕を切り替えて、現場を水と風で軽く清掃して血痕や毛髪などを消す。
魔術現象に即しているのか、完全な無音が実現されていた。
汎用魔術には使用制限が掛けられているが、奪った〔スキル〕は例外となる。
通常の汎用魔術は、不正使用・対人使用・危険使用は絶対にできない仕様である。
けれど〔スキル〕化した汎用魔術は例外的に『全ての状況で』使用可能だ。
ゆえに《エア・スライス》で死体を切断できた。汎用魔術ではリミットがかかって死体切断など不可能なのだ。
魔術師ではないムサシには、魔術理論などサッパリである。
どういった原理、どういった動力で、この〔スキル〕が作動しているのか謎のままだ。
しかしムサシにとっては使用可能という事実のみで充分だった。
ムサシは《ステータス・オープン》を終了した。
此花が感心の声をあげる。
「ムサシちゃんの〔スキル〕は凄いね。戦闘系魔術師にだって勝てるんじゃない?」
「どうかな。まあ、本音を言えば……」
戦ってみたい。
いや、殺ってみたい。
現状の戦力――前世から継いだ記憶を基にした格闘術と〔スキル〕によるコピー魔術。
この戦力で果たして真っ当な【ソーサラー】と渡り合えるのか?
(それだけじゃねえ)
戦闘系魔術師が誇るオリジナルの戦闘用魔術を〔スキル〕として奪えれば……
これまでは警察に捕まらない事を前提に、どうしても一般人を標的にしてきた。
正直いって一般人相手では、殺戮本能を満たせても、戦いとしては物足りなかったのだ。
正確には、一方的な虐殺――狩りであり戦いではなかった。
「戦闘系魔術師と戦ってみたいが、奴等は頭がいいからな。迂闊はできない」
これまで殺されてくれた連中とは違って、ヘマやマヌケをしない事は容易に予想できる。
この己の一言で、ムサシは慎重を期すという枷が外れた気がした。
「……ほぅ。君は戦闘系魔術師と戦ってみたいか」
目撃者――ッ!! ギクリとして、ムサシは声の方を振り返る。
暗がりの中、長身男性のシルエット。
迷わない。一瞬の躊躇もなく、ムサシは男性へと全速で駆け出していた。
全力だ。可能ならば渾身の初撃で倒す。
そして口封じの為に殺すのだ。
「スカウトの前に自己紹介だ。私は光葉一比古という」
その台詞と同時に、打撃可能な射程内に入った。
「おっと、いいステップインだ」
相手――光葉一比古とやらが、武道の達人級なのは、立った姿勢からすでに見抜いている。
声かけの前に通報済みかもしれない。あるいは他に仲間がいるかもしれない。
(ああ、通報だの仲間だの、そんなの関係ないなぁ)
笑みが浮かぶ。もう充分に雑魚は殺した。
仮にここで警察に逮捕されても、笑いながら自殺できる。
楽しいじゃないか。今この瞬間が心底楽しい。おそらくコイツは戦闘系魔術師だろう。
最後だって構わない。
この男は、今までの誰よりも殺し甲斐がありそうだ――
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