第二章 スキルキャスター 6 ―炎上―
スポンサーリンク
6
個人情報保護など知った風か、という案配で、自分のプロフィールがもの凄い速度で、世界中に拡散していく。
確かに、里央は一部の者には知られている人物といえる。
近接戦世界最強である黒鳳凰みみ架の友人。
スーパーモデルの堂桜エレナが浚った少女。
そういった意味合いでの有名さだ。
今までの自分は、決して美濃輪里央という個人として知られていた存在ではない。
それなのに……
里央は超高級国際ホテルである『堂桜ネオ東京ホテル』の最上級スイートルームを埋め尽くしている立体映像のウィンドウ群を、どこか他人事めいた心境で眺めていた。
――[ 大草原不可避! 頭に鷲を乗せている少女!! ]と絶賛、話題沸騰中だ。
ネットスラングで笑いを表現するのに『wwww』という記号を使うのだが、それが『草を生やす』と言い換えられる事がある。要するに『大草原が不可避』とは、大爆笑を避けられないという意味だ。つまり里央はネットで爆笑されているのである。
「あっという間に、オモシロ動物系の動画で世界一の再生数になっている……」
呆然と呟く里央。
ニホン中という規模ではなく、世界中という規模になっている。恐るべしネット社会。
もちろん受けを狙っていたのではない。
それどころか、正体を明かしたエレナの動向を追ってパパラッチしようとしたプロのカメラマン達に盗撮されて、その挙げ句、画像サイトにアップされていたのだ。
実際に今でも里央は頭上に鷲を乗せている。
好きで乗せているのではなく、勝手に定位置にされてしまっているのだ。
名前はハナ子――岳琉の【使い魔】である鷲(雌)である。
ハナ子は押しかけペットとして里央を飼い主としているのだ。
通常であれば、魔術師における【使い魔】とはマスターの半身に近い存在だ。マスターから離反して他人のペットになる事などあり得ない。
けれど、ハナ子はマスターに不満を募らせていた。
岳琉の祖父は鷹匠で、彼は鷲や鷹の【使い魔】を十数羽も従えていたのだ。飼育は岳琉の祖父が担当している。他にも【使い魔】がいる事に、ハナ子は我慢ならなかったのである。ナンバーワンの【使い魔】である自分だけを特別扱いして欲しかったのだ。もちろんマスターの岳琉的には無理で無茶な要求だったのだが。
岳琉の【使い魔】を辞めるのではないが、飼い主を里央に変更する――というハナ子の一方的な要求によって、所持者が岳琉から里央に移っていた。
こんな大きな鷲なんて飼えない、と主張する里央を無視して、ハナ子は勝手に里央の頭上に居着いてしまったのである。
岳琉は岳琉で「仕方ないからハナ子を頼む」と、里央に世話を押しつける始末であった。
魔術戦闘には他の【使い魔】を使役するし、どうしてもハナ子が必要になれば専用の【魔方陣】で召喚できるから心配要らないと説明された。里央には激しくどうでもいい事である。
定期的な【使い魔】としてのメンテナンスの為に、岳琉の実家を教えられた。
それで知った岳琉の本名は――白陽院麗人だ。
「れ、麗人って……。もの凄く可哀相。こんなのって酷いよ」
「マジで同情するなよ! 俺だって似合っていない本名だって分かっているから!! お察しの通り、子供の頃は名前でバカにされまくりだったよ! 思い出しただろ、ちくしょう!!」
「てっきり岩男とか厳助とか、そんな感じの本名だとばかり」
「うっせぇよ!! 親には悪いが、俺だってこんな本名、好きじゃねえんだ! つーか、全国の岩男さんと厳助さんに失礼だろ! お前も麗人なんて不似合いな名前よりも、岳琉って呼んで構わないからな」
「うん。分かったよ、岳琉くん」
「年上なのに『岳琉さん』じゃなくて『くん』かよ! てか、馴れ馴れしいな、お前!!」
そこで取引を終えて、岳琉はエレナが手配した救急隊に搬送されていった。
一比古も救急用の病院を複数確保しているらしいが、今回はエレナが主導したのだ。入院先も堂桜系列の総合病院にする。その旨を芳三郎に指示していた。
バスタイムを終えて、裸にローブを羽織っただけという格好のエレナが里央に言った。
「あらあら。今や私よりも有名じゃない、里央」
「こんなカタチで有名になるなんて最悪ですよ。とほほ……」
「一時のブームで、すぐに鎮火するわよ。それさえ我慢すれば、魔術師の【使い魔】をタダで手に入れられたという幸運が残る。好事家ならば億を出し惜しまない存在よ、ハナ子は」
「そんな事を言われたって」
頭にペットを乗せるパフォーマンス映像自体は、別に珍しくない。
本来ならば肩か、宿り木を想定した前腕に鳥をとまらせるところを、頭にとめるという発想はこれまでにもあった。だが、その全てが受けを狙った不自然な映像でもあった。
しかし、今回の『頭に鷲を乗せている少女』には、そんなヤラセ感が全く無いのである。
それだけではなく、パパラッチに対してカメラ目線を合わせたり、片翼を持ち上げて挨拶まで返しているのだ。知的かつユーモラスだった。
ご機嫌なハナ子とは対照的に、飼い主の里央は不本意そうに落胆している。
そのギャップが受けに受けたのだ。
普通の鷲ならば危険極まりない行為であるが、間違いなく【使い魔】で安全だ、という事も耳目を集めた理由の一つだ。【使い魔】とは従順な存在――こんな風に【使い魔】に舐められる飼い主など、前代未聞といっていい珍事なのである。
里央は声を震わせた。
「そ、それにお母さん達まで図に乗って騒ぐから……ッ!」
個人情報が流布しまくっている理由は、母と妹だ。二人とも里央が話題になっていると知るやいなや、『これ私のお姉ちゃん。テラ笑える。ぶひゃひゃひゃひゃ!!』『私の娘です! 皆さん、これって娘なんですよぉぉおおお!! アホ面晒して超受ける(笑』と、なんと画像付きで里央の身元をバラしてしまった。
ブログの再生数がうなぎ登りなのに調子づき、家で飼っている犬二匹と猫とオウムと一緒に二人が映っている動画をアップして『新しい家族の帰り、待ってます』と拡散させていた。
犬二匹(ゴールデンレトリバー&ポメラニアン)と猫(雑種)とオウムの画像を見たハナ子は、嫉妬して里央の額を嘴で突きまくった。
犬二匹は母が、猫は拾ってきた妹が、オウムは父が正式な飼い主だと納得させたのだが、その時には、里央の額は真っ赤になっていた。
実は来月から兎を飼う予定だったのだが、まさか鷲を飼う羽目になろうとは……
「ねえ、エレナさん。これからずっとハナ子は頭の上でしょうか?」
「そうねぇ。お風呂と食事とトイレと就寝時以外は、基本的にずっとそこでしょうね」
「とほほ」
気が付けば、ニュース番組の動物特集でも取りあげられている。
しかも家族として、母と妹がペット達と一緒にホクホク顔でインタビューを受けていた。
死にたい気分だ。
エレナが冷静な口調で言った。
「ステルスマーケティングではないでしょうが、ここまで一気に話題になったのは、間違いなく途中からは堂桜側の仕掛けね。チャンスと捉えたのでしょう」
「話題逸らしですか」
「ええ。私が起こした騒ぎとスキャンダルを目立たせなくする為ね」
むろんトラフィックエクスチェンジ等で動画再生数の水増しインチキを行えば、すぐに解析されて発覚するご時世である。仕掛けなしでも、里央がオモシロ映像で世界規模の話題になっているのは事実だった。里央的には悲しい現実だが。どうしてこうなった。
エレナが意見を追加する。
「それにハナ子が目立つのは好都合だわ。里央=頭上の鷲、という図式が大衆に刷り込まれている。逆にこれといった時に、ハナ子を乗せないで行動すれば、今ならば多くの者が里央だと気が付かない」
「だけど、そんな機会があるんでしょうか? それに、そのイザって時以外はハナ子は頭の上から退いてくれないんですよね?」
「まあ……ね」と、エレナは肩を竦めた。あくまでプラスに考えた場合の話である。
里央は憂鬱だ。元の学校生活に戻っても、ずっと頭の上に鷲か……と。
この時の里央は知らない。
四年後に行われる岳琉と里央の結婚式と披露宴でも、ハナ子が花嫁の頭上でふんぞり返っているという光景を。その頃には、里央と周囲もすっかり慣れ切っているのだが。
スポンサーリンク
…
「ムサシちゃん、見て見て!」
渚此花の呼び声で、芝祓ムサシはベンチプレスを中断した。
重量は三百キロに設定してある。補助なしで五回×三セットをムサシはこなせるのだ。
大学の通学圏内にあるワンルームマンション。
十二畳の広さがあるが、トレーニング用のマシンと器具で埋め尽くされている。
此花に借りさせている場所で、ムサシはトレーニング専用に使っていた。鍛錬は早朝と夜中の二部構成で行っている。今は夜の部のメニューを消化中だ。
「なんだよ此花」
結婚を餌に、意のままに操れる人形だが、大事なスポンサーでもあるので、あまり邪険には扱えない。此花が居なくなると、色々と不都合が多くなってしまう。
「これを見てよ! この子、面白い!!」
「なんだこりゃ」
中学生くらいの少女が、頭の上に大きな鷲を乗せている。アホ丸出しといった態だ。
動画再生数が勢いよく跳ね上がっている。どうやらブーム中のようだ。
パパラッチによる職業隠し撮りの画と思われるが、全ての画で鷲が華麗なカメラ目線を決めている。その所為か、恐ろしくシュールな画となっていた。
「スーパーモデルのERENAって知ってる?」
「知らん。興味ねえよ、モデルとか」
巷では有名かもしれないが、モデルの名前に詳しい男は、ムサシとしては敬遠したい。
「そのERENAって実はね……」
此花から事情を説明されても、ムサシに興味はなかった。
「つーか、お前がその頭に鷲のっけた女を気に入ったのは分かったけど、今は違うだろ?」
「ムサシちゃん、せっかちだなぁ」
「そろそろ我慢の限界だからな。計画通りなら今夜だろう?」
うん、とニンマリと笑んだ此花が首肯する。
――今宵、これからムサシと此花は、次の殺人に赴く予定となっていた。
注記)なお、このページ内に記載されているテキストや画像を、複製および無断転載する事を禁止させて頂きます。紹介記事やレビュー等における引用のみ許可です。
本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。