第二章 スキルキャスター 4 ―エレナVS岳琉③―
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セキュリティの突破を諦める。そこまでの猶予はない。
真っ向からの抵抗とは違うやり方で、《ヒート・イーター》を破ってみせようか。
エレナは《アクトレス・レッドウィング》への魔力供給を臨界まで高めた。
これ以上の魔力供給は【基本形態】の許容量をオーバーする。堂桜一族でも高位に位置する戦闘系魔術師であるエレナは、さらに上の次元の魔力総量と意識容量を秘めている。しかし、相手と同じ『ノーマルユーザー』ライセンスでは、《アクトレス・レッドウィング》に設定している限界値までしか、事実上は使用不能だ。
発熱を止めて《ヒート・イーター》への分子間力の提供を遮断した。そして魔術プログラムの各種パラメータを再設定――全ての魔術出力を挙動へと振り込み直す。《アクトレス・レッドウィング》は本来の物理現象に基づき実在している分子構造ではなく、魔術的に顕現させている魔術的な疑似分子構造体である。魔術的分子間結合力に再アクセス開始――
これならば、どうだ。エレナが【ベース・ウィンドウ】で演算・構成したのは、氷弾用の疑似ワクチンをベースにした改良型ワクチンである。八十パターンの亜種を精製して、最も効果の高いと計測・診断できた魔術ワクチンを増産して、循環させる。
レジスト――魔術抵抗に成功。
バキぃン。《アクトレス・レッドウィング》が己を縛っている『氷の皮膜』を粉砕した。
要した時間は、コンマ六秒。思いの外、手間取ってしまった。
低温化によって受けた【基本形態】のダメージは深刻だが、辛うじて凍結現象は解除できた。
凍結の鳴き声による氷層束縛を解除されて、岳琉が賞賛する。
「大した魔術パワーだ。あそこまで凍らされても力ずくで振り解くとは」
「割と力押しなのよ、私の戦闘スタイルって」
「けれどお前の【基本形態】のダメージは限界に近いはず」
次に凍結攻撃を食らえば《アクトレス・レッドウィング》は破壊されてしまうだろう。
そうなれば魔術を再起動する隙を攻撃魔術で狙われて、エレナは終わりだ。
(けれども、……問題ない)
「そちらは、貴方自身のダメージが抜けていない。まだ両膝が震えているわよ」
あと一発だ。もう一撃、岳琉の頭部に打ち込めば、彼はKOで沈む。
近接戦闘では自分に分があると踏んだ。相手のダメージが抜ける前だ。どのタイミングで攻撃魔術から格闘戦に切り替えるかが、勝利のキーポイントになる。
「どうやら次が最後になるか」
「ええ、そうでしょうね。長期戦に持ち込むメリットが互いにないもの」
二人は同時に、最大出力で【ワード】を叫ぶ。
「――《ヒート・ハンマー》!!」
「――《コールド・サウンド》!!」
ぶぉんッ。再び《アクトレス・レッドウィング》がハンマーを豪快に振り回した。
今度は大上段からの振り下ろしではなく、真横から一文字に薙ぎにいくスウィングだ。
凍結の鳴き声が《アクトレス・レッドウィング》に襲いかかる。
相手の使用エレメントと魔術特性は把握している。エレナ自身は二度目となる《コールド・サウンド》への魔術抵抗(レジスト)に難なく成功した。
元より岳琉の派生魔術は《アクトレス・レッドウィング》を標的に出力を集中している。
(選択肢を誤ったわね、羽賀地さん)
鳴き声で凍結を狙うのではなく、羽毛を変化させた氷弾の弾幕でくるべきだった。
相手の攻撃を受け止めるのではなく、自分から攻撃にいくべきであったのだ。
もう――遅いが。
エレナの【基本形態】は発熱していない。
(残念ね。私の使用エレメントは【火】でも【熱】でもないの)
ゆえに簡単にレジストさせない。
そして一度目の《ヒート・ハンマー》の際、こちらの魔術解析を行わずに、真っ向から魔術で迎撃に来たのは、結果として致命傷になるのだ。
ハンマーの前面ではなく後部のみが、一点集中で熱エネルギーを蓄えている。
相手の熱を利用できずに、自身の魔術出力のみで凍らせにいく岳琉であったが、《アクトレス・レッドウィング》の動きを凍結し切れない。魔術出力ではエレナが上だ。
纏わりつく氷皮をものともせずに、《アクトレス・レッドウィング》が岳琉に襲いかかる。
岳琉の電脳世界に展開しているウィンドウ群が警告で埋め尽くされていく。
一瞬の判断だ。【ベース・ウィンドウ】でのシミュレートの結果、相手を止められない――と、岳琉は《コールド・サウンド》を解除。最適な【アプリケーション・ウィンドウ】をアクティブにして各種パラメータを調節後、【コマンド】を入力した。
「――《クリスタルフェザー・アーマー》!」
その【ワード】と同時に、《アイスウィング・イーグル》が大きく羽ばたいた。
羽ばたきから氷を纏った羽毛群が一斉に放たれる。
岳琉が両手を突き出した。
その前面に氷の羽毛が集積していき、氷層の多重装甲――防御壁が完成する。
ゴアァぅン!! 轟音が響き、ハンマーの打撃面が炸裂。
間一髪のタイミングで《クリスタルフェザー・アーマー》が、《ヒート・ハンマー》の打撃を堰き止めた。ハンマーの打撃による衝撃では、この防御壁は絶対に打ち破れない。
その光景にエレナは改めて思う。
だから、もう――遅いのだと。
(ならば教えてあげましょうか。私の使用エレメントを)
この堂桜エレナの真の魔術特性を。
完全に防御に専念するしかなくなった岳琉であるが、氷層の多重装甲の強度維持に全リソースを振り込んだ。とにかく今は耐えて、防ぎ切るしかない。たとえ魔力を使い切っても。
次の瞬間。
ドン!! 岳琉の《クリスタルフェザー・アーマー》が呆気なく決壊した。
絶対零度に近い氷壁が、ドロドロに溶けて液状化している。
基本性能――《ヒート・イーター》でハンマーを凍結させるどころか、逆に溶かされた。
莫迦な、と岳琉の顔が驚愕で染まる。
氷層の多重装甲を破壊された――と察知した瞬間に、岳琉は《アイスウィング・イーグル》に運ばせて大きく後退していた。伝播してきた余波から受けるダメージを最小限に留める。
突破した瞬間に消されたが、貫通してきたモノを視認した。
目による有視界ではなく、電脳世界による超視界でだ。
同時に《ヒート・ハンマー》の原理と、エレナの使用エレメントを理解した。
まさか、ヒートはヒートでもHEAT弾のHEATだったとは。
HEAT――『High Explosive Anti Tank』といい、ニホン語では、形成炸裂弾と呼ばれている。
このHEAT弾とは、『モンロー/ノイマン効果』と呼ばれる現象を利用して、メタルジェット化させた弾頭内のライナーをマッハ20超にまで加速、装甲に炸裂させるという化学エネルギー弾の一種だ。
具体的には、漏斗状に内側を加工した弾頭である。
この凹んだ側とは反対から起爆させると発生する爆轟波(=ノイマン効果)によって、内部の金属片=ライナーは動的超高圧(=ユゴニオ弾性限界を超えた値)を受ける。この時、ライナーは液体に近い挙動を示して、漏斗状の箇所に生み出される圧力凝縮点(=モンロー効果)から液体状の超音速噴流(メタルジェット)が起こる。
大雑把に簡略化して説明したが、この超圧縮されたメタルジェットによって装甲を貫通するのが、HEAT弾の仕組みだ。
受けた装甲もユゴニオ弾性限界を超えた圧によって、液状化に近い状態になってしまうが、これは熱エネルギーではなく、圧力エネルギーによる破壊現象なのである。
ちなみにユゴニオ弾性限界とは、簡単にいえば、その金属が靱性を維持できなくなる圧力を受けてしまうと、固体としての性質を放棄してしまう限界を指す。
エレナはこのHEAT弾の仕組みを《ヒート・ハンマー》の魔術理論に採用したのだ。
そして使用エレメントは【重力】や【圧力】ではない。
超圧力を生み出す為に、ダイレクトに【圧力】をエレメントとして組み込むと、相手の戦闘系魔術師に魔術理論を解析されて、魔術抵抗(レジスト)され易くなってしまう。
それに魔術的な超圧力だけでは《クリスタルフェザー・アーマー》の破壊は困難だ。
魔術現象としての超圧メタルジェットだからこそ可能だったのである。
絶対零度に近い氷壁を溶かして破壊したモノの正体は、魔術的超圧メタルジェット。
そしてメタルジェットを破壊に成功した一瞬だけで消した。
魔術抵抗をさせない様に、熱(ヒート)で破壊したと錯覚させる為に。
つまりエレナの使用エレメントは――【地】から派生・特化させた【金属(メタル)】。
彼女の【基本形態】は魔術幻像タイプであると当時に、実は周囲から金属を内部に取り込んでいた。足下の【魔方陣】から出現させたのは、演出と見せかけて、床面を通じて建造物から金属を取り込む為のフェイクだったのである。
《アクトレス・レッドウィング》が発生させていた熱の正体は、摩擦熱だ。
金属粒子同士を摺り合わせて、あたかも【火】のエレメントを使用している、と見せかけていたのである。発生した輻射熱を制御できないのは、そういう事情があったのだ。
胸部から下がない奇抜なデザインは、取り込む金属量を可能な限り抑制したい為である。
(決定打にならなかったのは、まあ、流石と評しましょうか)
さて、次の展開は?
「なるほど! まさに女優(アクトレス)の名演技に騙されたぞ!!」
エレナの攻撃魔術の余韻が収まらない中、岳琉が低い姿勢で間合いを詰めてきた。
破壊された《クリスタルフェザー・アーマー》で、魔力の大半を消費してしまったか。
あるいは、自分に対して有効な攻撃魔術はないと判断しての――英断か。
こちらとしても願ったり叶ったりだ。
なにしろ魔術幻像に取り込んでいた金属は、今の一撃でほぼ使い切ってしまった。もう一度、《ヒート・ハンマー》を放つには、金属摂取用の【魔方陣】を展開する必要がある。
(さあ、決着の時間よ)
この堂桜エレナに『逃げ』という選択肢はない。常に悠然と受けて立つ。
近接戦闘の間合いになった。
だが、打撃技の射程圏に入っているのは、長身のエレナのみだ。
最初の近接戦闘と同じく、エレナは相手の射程外から、相手を誘導する『捨て攻撃』としての前蹴りを放とうとした、その時。
前蹴りを『捨て攻撃』と見切った岳琉が加速し、カウンター狙いで飛び込んできた。
ジャンプしてのオーバーハンド・ライトを、前蹴りに合わせてきている。
これを狙っていたのか。
(問題ない……わ)
しかしエレナは前蹴りを使わなかった。
この状況で相手がカウンターによる一発逆転を狙う事など、既定路線といっていい。
そして一度目の近接戦闘で、コンビネーションの三連蹴りからの追撃に、膝蹴りではなく、大技の後ろ回し蹴りを選択した理由――
相手のカウンターを空砲にして、逆カウンターを合わせる。
ぎゅるんッ! 竜巻のように鋭く回転しての、左バックハンドブローだ。
間合いとタイミングは、先程の左後ろ回し蹴りで掴んでいる。
テコンドーのコンビネーションは、この裏拳を当てる下地でもあった。
当たらない蹴りを想定して飛び込んできた岳琉は、あえなくエレナの左裏拳をテンプルに直撃されてしまった。そのまま横薙ぎに半回転して、もんどりうって派手にダウンする。
その倒れ様からして、戦闘続行不可能は一目で判る。
「最後に一つ、訂正するわ。私の戦闘スタイルって本当は力押しじゃなくて、もっとスマートな戦闘スタイルなの。好きじゃないのよ、力押しって。これでも元モデルだから」
力押しという自らの台詞で、エレナはふと堂桜淡雪を思い出した。
一族でも桁外れの魔術出力を誇る、あの特大のパワー馬鹿は、果たしてどう成長したのか?
せっかくの来日だ。手合わせして鍛えてあげるのも一興かもしれない。
鷲に掛かっていた【基本形態】化が解除された。倒れたままの飼い主の胸元に寄り添う。
左拳の手応えと、気絶していない岳琉にエレナは呆れた。
「やはり規格外の頭蓋骨ね。尊敬するわ、頑丈に産んだ貴方のご両親を」
「KOされた事に変わりはないけどな。当分は自力で立ち上がれん。俺の――完敗だよ」
普通ならば失神KOで、そのまま救急隊の担架送りだ。それなのに、呂律がしっかりしている上に、目の焦点も合っている。どこまで頑丈な男なのか。
とにかく勝負あった。エレナの完勝だ。
――[ WINNER 堂桜エレナ ]という立体文字がモニタに浮かぶ。
正式に試合終了と判定された。KOによるエレナの勝利だ。
この場で唯一の観戦者である里央が、万歳をして飛び上がり、喜びを表現する。
モニタ越しに観戦している多くの者達も、エレナの鮮やかな勝ちっぷりに大興奮していた。
瞬く間に、公式サイトのコメント欄がエレナへの賞賛で埋め尽くされていく。
この試合の勝者には約八百万円、敗者には約二百四十万円がファイトマネーとして支払われると査定が下された。それに加えて、特別会員からのボーナス額が合計で二千万円と計上された。これは勝者と敗者で均等に分けられる。この金額こそが試合内容に対する評価だ。強者が格下を一方的に嬲るような退屈な試合では、ボーナス査定は加算されない。
画面が一比古の映像に戻り、エレナに賛辞を贈った。
『文句の付けようのない見事な勝利だった、堂桜エレナ。世界一と謳われている君の美しさに恥じない、戦闘系魔術師としての才覚と実力といえるだろう』
「世界一はお世辞ね。自惚れるのならば、私の美貌は世界で三番目でしょうから」
『その己を客観視できる精神力と知性も君の強さの一つか。訂正しよう。この光葉一比古が君を歴史上で三番目に美しい女性と認定する。単に認定するだけだがね』
エレナは肩を竦めた。
歴史上で三番目の美貌という評価に不満はない。むしろ過大評価である。自分よりも美貌に恵まれた三番目、四番目といった女が存在している可能性は高いだろう。それに黒鳳凰みみ架とルシア・A・吹雪野の両名と美貌で張り合えるなどとは、微塵も思っていないのだ。
けれど、不満は別にある。
攻撃的な意志を込めた鋭い流し目を向け、エレナは一比古を挑発した。
「それよりも光葉さん。この程度では弱いわ。
だから――もっと強い相手を」
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