第四章 破壊と再生 19 ―淡雪VS陽流②―
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19
堂桜一族の血族のみに設定されている拡張認証――『スーパーユーザー』。
通常の『ノーマルユーザー』から『スーパーユーザー』へ再ログインする為、淡雪は「スーパーACT」と認証ワードを口にした。
学園制服の胸元に潜り込んでいる淡雪の専用【DVIS】――八角形のペンダントが輝く。
正確には、ペンダント内の紅い宝玉が、白銀の光を発した。
声紋認証がパスされて、通常認証時にアクセスされる軌道衛星【ウルティマ】のみではなく、対になっているステルス型軌道衛星【ラグナローク】への精神接続を試みる。
世界中から随時、膨大なアクセスがあり、絶えず魔術演算とコンパイルを行っている【ウルティマ】とは異なり、【ラグナローク】は堂桜一族が【魔導機術】を行使する為だけの外部演算領域である。
状況をコード化して転送し、瞬時にアクセスが許可された。
再ログインの設定開始。各パラメータの初期化および調整後――システム再起動。
ログイン完了。
二つの魔導ステルス型軌道衛星【ウルティマ】と【ラグナローク】が、量子的に同調して互いにサポートしつつ、淡雪の為の演算リソースを拡張形成し、並列演算を開始した。
封印――解除。
脳内に展開している高次元電脳世界が一新された。
淡雪は押さえ込んでいた魔力を全解放し、意識を電脳世界の隅々まで拡げていく。
【ベース・ウィンドウ】の型式がヴァージョン・アップした。
電脳空間内に浮かぶ莫大な数の【アプリケーション・ウィンドウ】内にある術式を、全て再構成して、上書きしていく。
淡雪は起動していた魔術を一度キャンセルし、そして同時に新たな魔術を立ち上げた。
桜色に艶めく小振りな唇が紡ぐ。
「――《シャイニング・ブリザード》」
その【ワード】を皮切りに、淡雪を中心として、会社の敷地内が別世界へと変貌した。
荘厳で幻想的な純白のセカイへと――
…
視界一面が、白銀に輝く雪世界になっていた。
ミランダは目を疑う。
淡雪から莫大な魔力の奔流が噴き出した――と認識した瞬間には、彼女の【基本形態】である吹雪の【結界】がかき消えて、辺り一帯が、猛吹雪の吹き荒れる白銀に染まっていた。
基本性能――分子運動を押さえつけて超低温化を促す吹雪は、ミランダとケイネスをターゲット外に設定してあった。もしも、この吹雪が自分を襲っていたら――と、ミランダは恐怖した。魔術抵抗(レジスト)するのは無理だ。防御魔術で防ぎ続けるにしても、そう耐えられない。
まるで夢のように景色そのものが換わった。
「ひょっとして、これが……」
頬を引き攣らせるミランダに対し、ケイネスは嬉しそうに頬を緩めていた。
「そうよ。これが本気になった堂桜淡雪。その【基本形態】の名は――《シャイニング・ブリザード》というわ。枷を外した今のあの子は、堂桜一族のお姫様というよりも……」
ミランダも畏怖と共に同感だ。
封印解除した淡雪は、若く美しい雪女ではなく。
――雪の女王――
という形容が相応しい威容である。
っごぉぉおおぉおおぉおぉおおおおぉおぉおおおッ。
白い嵐が凶暴に唸る。
最大設定値で半径二キロという広さを、ほぼ絶対零度まで下げる圧倒的な力。
辺り一帯を占める獰猛な雪世界が、今の淡雪の【結界】であり【基本形態】だ。
相対する陽流と彼女の魔導鎧ともいえる【パワードスーツ】は、淡雪の吹雪によって超低温に曝されて動けないでいる――が。
ゴォォオオオオ!
機体全身から赤色のオーラを吹き上げ、背中を反らせて、威嚇のポーズをとった。
魔術抵抗(レジスト)に成功したのだ。
赤色のオーラの正体は、魔術による放熱現象だった。
この放熱現象により、淡雪の絶対零度空間をキャンセルしたのである。その状態を疑似ワクチン化して内部に循環――常態として固定したのだ。
【DRIVES】によって、外部演算機能に頼らずとも、機体に内蔵されている魔術エンジンのみで陽流の魔術は大幅に強化されていた。
大きくエビ反りになった反動を利用して、《リヴェリオン》が淡雪へと覆い被さる。
対して淡雪は冷静に右手を向けた。
「――《シャイニング・インターセプト》」
ドーム状の、光り輝く氷膜が多重に形成され、《リヴェリオン》の身体を受け止めた。
封印解除前とは異なり、今度の防御【結界】は破壊されない。
ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴォンっ!!
《リヴェリオン》は、掌から魔術の炎を叩き込んだが、通用しなかった。
漆黒の巨人は放熱出力をあげ、その鋼の身を赤色に染めた。
両足を踏ん張って、ドーム状【結界】を全身で押し込んで潰そうと、機体駆動力のギアを上げ、魔術による灼熱波を放射していく。
『ぅぁぁあああああああああ~~~~~~!!』
マイク越しの陽流の絶叫が響き、淡雪の氷膜にヒビが入った。
搭乗者であるのと当時に、魔導機体の【DVIS】でもある陽流に急激な負荷がかかる。
ヒビが蜘蛛の巣状に広がっていき――
バキン。
ついに氷膜が砕けた――瞬間に、内側から新たな氷膜が生成されていた。
再び力比べになる。
魔術強度と魔術密度は完全に拮抗している。ならば優劣を決するのは魔術出力――つまり単純なパワーだ。
ミランダは感嘆の息をついた。
「凄い。あれだけの魔術出力の【結界】を、いとも容易く再起動させるなんて」
封印解除前よりも魔術の多重起動がスムーズになっているのを、ミランダは見逃さなかった。
今の淡雪と比較すると、先程までの淡雪の多重起動は何処かぎこちない印象を受ける。
ケイネスは淡々と説明した。
「PCに例えると、封印解除前の淡雪はCPUの性能とメモリ容量は大きいけれど、それを活かせない旧式のOSを騙し騙し使っていたようなものね」
「つまり封印解除した淡雪は、CPUの性能とメモリ容量をフルに活用可能な最新OSを載せたPCといった感じですか」
「ええ。封印解除前と封印解除後では、大昔のポケットコンピュータとハイスペックワークステーション程の差があるけれど、その解釈で間違っていないわ」
封印解除前の淡雪とは違い、今の【基本形態】――《シャイニング・ブリザード》は、彼女の全オペレーションを一括で担っている。ゆえに途中でサブ・ルーチンを噛ませる無駄がない。
陽流は魔術熱源を《リヴェリオン》の両拳へと集中した。
その両拳を頭上で組み、一気に振り下ろそうと反動をつけた。
「――《シャイニング・エクスプロージョン》」
ヒュゴゴゴゴォォオオオオオオオッ!
冷徹な【ワード】に呼応し、展開していた《シャイニング・インターセプト》が粒子状となり、その数千以上の粒子が彗星のように前面へと放射された。
光を纏う氷の流星群を浴びて、黒い巨人は後退を余儀なくされた。
淡雪は片膝をついて、雪面に拳大の【魔方陣】を右手の人差し指で素早く描く。
立ち上がり数秒間【ワード】を唱えると、【魔方陣】が回転しながら外層を追加して大きくなっていく。直径十メートルに拡張した【魔方陣】が、淡雪の前へとスライドし――
【魔方陣】から、透明な鎧を纏っている純白の巨人がせり上がってきた。
その身は圧縮強化された雪であり、纏っている鎧と楯、そして剣は氷でできていた。
外見の性別は女。西洋の騎士とギリシャ神話の天使を融合させたような姿形をしている。身の丈は、相対する機械の巨人とほぼ同程度である。
名は《ホワイトナイト・ガーディアン》だ。
「あれは【スノゥゴーレム】か!」
白き巨人の威容に、ミランダは息を飲んだ。
果たして【ゴーレム】で【パワードスーツ】に対抗できるのか。しかも《リヴェリオン》は【DRIVES】によって起動している魔導兵器でもあるのだ。
淡雪の《ホワイトナイト・ガーディアン》と陽流の《リヴェリオン》が、真っ向からぶつかり合った。
機動力はこそ《リヴェリオン》に分があったが、挙動の滑らかさと精緻さでは《ホワイトナイト・ガーディアン》が一枚上手であった。
雪の【ゴーレム】は【パワードスーツ】の魔術の拳を氷の楯で受け止め、【パワードスーツ】の魔術装甲は、【ゴーレム】の氷の剣に耐えた。
巨人同士の激しい戦いに、ミランダは呆けていた。
「そんな……莫迦な。あり得ない」
「何が?」と、ケイネスは愉快そうに質問する。
「いくら淡雪が膨大な魔力総量と意識容量を誇る怪物だとしても、魔術師が単独でアレを維持して、あれだけのコントロールを行えるなんて、あり得ない。この目で見ても信じられない。他に彼女を影からサポートしている魔術師がいるか、補助している【AMP】が【ゴーレム】に仕込まれているとしか思えない」
通常の【ゴーレム】で実現できる挙動ではない。
魔術師単体であれだけ高性能な【ゴーレム】が実現できるのであれば、そもそも【パワードスーツ】という科学兵器を開発する必要性がなくなる。
ミランダの魔術的な常識に照らし合わせると、あの白銀の騎士をあれだけのレヴェルで操作するのには、超一流の魔術師が最低で三十人は必要になる。しかも、その三十人を完全に意識同調させなければならない。有り体にいって理論上不可能ではないというだけで、実現不可能といってよかった。
「――封印解除によって拡張された演算リソースは、封印時の二百五十五倍よ」
「え?」
「だから今の淡雪は、封印時の淡雪が二百五十五人いて、その魔術師集団が一個人として完全統制されている、と置き換えることができるわ」
「淡雪が……二百五十五人?」
それはどんな冗談なのだと、ミランダは薄笑いを浮かべていた。
「【エルメ・サイア】のユピテルが【エレメントマスター】化した時で、二百四十倍の拡張域だったかしら? こいつ等はそういった世界に棲む規格外ってやつよ」
「堂桜一族はあんな怪物揃いなのですか」
「いいえ。現役では淡雪が特別ね。あの子の兄――堂桜統護も天才魔術師として名を馳せていたけれど、妹程のパワーはなかったわ。技術・学術的には確かに彼は天才だった故に、周囲からの注目を一身に浴びており、そして慎ましい妹も、決して兄より目立とうとしなかった」
「大和撫子というやつですか」
「そう、それよ。真正面からの火力勝負ならば、実は兄よりも妹の方が強かった。いいえ、兄よりも強かったというよりも、ロングレンジに限定するのならば、火力対火力での魔術戦闘では、おそらく――」
堂桜淡雪が最強だ、とケイネスは断言した。
雪の巨人と鉄の巨人の戦いは、徐々に【パワードスーツ】側へ形勢が傾きつつあった。
いや、違う。
ミランダはそう感じ取っていた。
淡雪の【ゴーレム】が押され始めている理由は、淡雪が【ゴーレム】へ供給している魔力を、意図的に減らし始めているからだ。
光が――在った。
やや俯き加減の淡雪は、胸の前に輝く球体を編み上げていた。
胸の前に構えた左右の掌の間に、雪と氷によって外層を積み重ねて、光の玉を形成していく。
球体が放っている光は、虹の七色である。
「どうして? 何故あの雪と氷の玉は光輝いている?」
ミランダの疑問を、ケイネスは鼻で嗤う。
「気が付いていなかったの? あの子が放つ雪の閃光のカラクリが、あの球体よ」
光の玉が大きくなり、掌で抱えきれなくなった淡雪は、両手を頭上へ掲げ、球体を高々と浮き上がらせる。
淡雪は【ゴーレム】への魔力供給をストップした。途端、【ゴーレム】は雪へと還った。
光体が急激に膨れあがり、直径は二メートルを超えた。
交戦していた【ゴーレム】が突如として崩れ落ち、自由の身となった《リヴェリオン》は、再び標的を淡雪へ定めた。
淡雪は【パワードスーツ】――いや、機体と同化している陽流に告げる。
「貴女にお見せしましょう。この堂桜淡雪の最大魔術を……」
頭上の両手を、胸の前でクロスさせて印を描き、半身になって右手を差し向けた。
爆発的に球体が輝きを増していく。
ィィイイイイイイイイイイイイイイン! 光が不気味に咆哮する。
「その身で受けなさいっ!
――《シャイニング・ノヴァ》ッ!!」
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