第四章 破壊と再生 18 ―淡雪VS陽流①―
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18
黒色の機体――《リヴェリオン》がゆっくりと立ち上がった。
搭乗者の少女の濁っていた瞳は、ゴーグル型のヘルメットを被っている為に、もう見えない。
対峙する白銀を纏う少女は、鋭い視線を傍らの女科学者へと向けた。
「殺しはしません。けれどもカサジマさんも含め、貴女を無力化して拘束させてもらいます」
「あら。できない事を軽々しく口にするものじゃないわね」
ケイネスは淡雪と【パワードスーツ】から悠然と離れて、ミランダの傍までいった。
膝をついたままのミランダに命じる。
「戦いの余波がこちらまで、なんて淡雪と陽流がミスるとは思えないけれど、万が一の時はちゃんと仕事をしてもらうわよ」
「分かりしました、マスター。ただ、一つ質問をよろしいですか?」
「仕事に必要な情報?」
「精神的な意味で」
「いいわ。訊きなさい」
ミランダは立ち上がり、そしてケイネスから視線を逸らし、機体と同化した陽流を見る。
淡雪と《リヴェリオン》の戦闘が始まった。
小手調べ、といった様相で、ミドルレンジからロングレンジにかけての砲撃戦だ。
雪の光閃――《オーロラ・ライン》を放つ淡雪と、その光線を躱しながら銃撃をバラ撒く《リヴェリオン》が、高速で互いの射程圏内から圏外へとポジショニングを激しく入れ替えていた。
吹雪のブラインドは使用していないが、淡雪が放つ攻撃魔術の精度と数、なにより威力が、ミランダと戦っていた時よりも段違いであった。
戦いを眺めながら、ミランダは重々しい口調で質問する。
「貴女は笠縞陽流をも【ナノマシン・ブーステッド】に改造していたのですか」
「ええ。優樹ちゃんよりも彼女の方が本命よ。優樹ちゃんは第一次検体。そして陽流は第二次検体。適性は陽流の方が格段に上よ。凄いでしょう? あの圧倒的な機動。下はアイスバーンになっている【結界】だというのに、まったくバランスを崩さず、そして慣性をも利して鋭角にターンしているわ」
「確かに……凄いですね」
しかし、あれでは操縦者に掛かっているGは――
ミランダの心を読んだかのように、ケイネスは自慢する。
「あの挙動だと、普通ならばブラックアウト現象で失神するわね。あのレヴェルにまで機体を制御できるようになるには、訓練から実戦経験も含めて最低で五年は必要ね。もっとも黎明期の兵器だから、実際に熟練したパイロットなんて世界中を探しても皆無でしょう。つまり事実上、陽流が世界一の【パワードスーツ】乗りでしょうね。ぅふふふふ」
「あ、貴女はぁ……っ!」
ミランダはギリギリと奥歯を噛み締めた。
時としてビジネスの為に法など無視するミランダでさえ、年端もいかぬ少女をこの様に扱う女科学者に、義憤を感じざるを得なかった。
ケイネスはそんな執事の反応など気に留めずに、冷静な観察眼で淡雪を評する。
「平均的の戦闘系魔術師ならば、あの【基本形態】すら維持できないわね。仮に維持可能なだけの魔力総量があっても、意識容量的に光閃を一発ずつ放つのが限界でしょう。三発から最大で五発を同時に放ちながら、走らずに高速で移動――。やはり流石ねぇ、堂桜淡雪。《雪の女王》という異名に恥じていないチカラ」
「あそこまでマルチタスクが可能なものでしょうか?」
思わずミランダは疑問を口にした。
多重演算と術式のコマンド制御――魔術オペレーションの煩雑さは、想像するだけで目眩がする。
「現にやっているじゃない。まあ、コツというか、効率化はやっているわね。『雪』を媒体にしている理由ともいえるわ。氷を多重に操る時にしても、一度、中間的な雪や霙へと媒介的に制御する事によって、複数出力時における同時起動の負荷を軽減しているのよ、淡雪は」
単純に特化エレメントの【雪】を操作しているのではないのだ。
「つまり【基本形態】から直接、他の魔術を起動しているのではなく、【基本形態】の上に、更にもう一段階、水や氷を多重制御する為の中間ベース的な魔術プログラムが?」
「通常の魔術師のスペックならば、【基本形態】の上に第二的な【基本形態】を上乗せ起動して維持――など不可能だし、そもそも【基本形態】に全オペレーションを載せるわ」
常識外れの魔力総量と意識容量があればこその、反則的なオリジナルの魔術理論だ。
何事にも例外はあるわ、とケイネスは両目を細めた。
「二重の【基本形態】なんて――」
あんな怪物と正面からまともに戦う事自体が無謀だった、とミランダは思い知った。
ミランダも攻撃魔法の多重制御は可能だが、あくまで一種類をアレンジしての起動だ。
互いに距離を置いていた砲撃戦であったが、陽流が距離を潰しにいく。
回避行動を捨てた相手に、淡雪は最大出力の雪の光閃を直撃させるが、《リヴェリオン》の装甲はその衝撃に耐え切って、淡雪へ掴みかかった。
「――《ダイヤモンド・インターセプト》」
ゴゴォン、と【パワードスーツ】の掌が弾き返される。
淡雪は氷の防壁を展開。上から覆い被さってくる相手を遮る、ドーム状のシールドだ。
ドゴォンッ!! 鋼鉄の拳が叩きつけられるが、シールドはビクともしない。
魔術防壁は、物理攻撃に対して絶対的なアドヴァンテージを誇る。
攻撃魔術を物理防御で耐えることは可能であるが、防御魔術を物理攻撃で突破できない。
物理的な現象は、物理的にしか作用しないが、魔術的な現象は、物理的作用と魔術的作用の両方を、あるいは片方を取捨選択して事象エミュレート可能な上位現象だからだ。
よって【パワードスーツ】という新しい兵器は、魔術師のサポートを要する補助的な役割しか果たせないのが現状で、それが現代兵器の常識でもあった。
《リヴェリオン》は一度離れ、そして背中のバックパックから円盤状の物体を射出した。
その数は、全部で十二だ。
今回のテロ事件で世間を騒然とさせた――《結界破りの爆弾》である。
ミランダは怪訝な表情になる。
あれは爆弾に見せかけた魔術兵器であったはずだ。ゆえにツーマンセル(二体一組)である必要性が生じる。サポート側が一時的に操縦を止めて魔術の起動に専念して、射出した機体の搭乗者が爆弾座標へと魔力を転送し、魔術的スパーク現象を引き起こす。
氷の防壁に張り付いた《結界破りの爆弾》は、爆発を炸裂させて【結界】を破壊した。
目の当たりにしたミランダが呆然となる。
「な――」
「別に驚く事じゃないわ。トリックなどなく、至極単純に、操縦しながら陽流が爆弾型の【AMP】に炎の魔術を起動させただけよ」
ケイネスの解説に、ミランダは驚愕した。
機動兵器の操縦と魔術オペレーションを同時に行う――など信じられなかった。例えるのならば、オートバイを運転しながら、編み物をするような芸当だ。そんな芸当が容易に可能であるのならば、近代科学兵器が、ここまで魔術兵器に遅れをとる事もなかったはずだ。
「あの子が今まで機体操縦に難儀していたのは、セミオートで操縦に専念していた他の連中とは違って、常時、サポートなしのマニュアル操縦と魔術起動を強制的に平行させていたから。本人は自分だけ魔術との併用だなんて、気が付いていなかったでしょうけれど。普通はそんな危険極まりない真似させないものねぇ」
「これが貴女の【ナノマシン・ブーステッド】の成果ですか」
「いいえ。この程度じゃないわ」
再び淡雪は氷の防壁を展開する。
その防壁の面上へ、陽流は再度、爆弾型【AMP】を射出した。
魔術壁を破壊すると同時に、飛び込んで今度こそ掴みかかる算段である。
ケイネスは得意げに笑んだ。
「さあ、どうするのかしら淡雪。貴女は武術家の娘のような芸当はできないはず」
自我崩壊状態だった陽流にマインドコントロールを施しながら、魔術による網膜投影で観察していたテロ事件は、すでに決着がついていた。
圧倒的な実力――戦闘の天才とでもいうべき鬼才を披露した黒鳳凰みみ架は、今後もケイネスの観察・研究対象としてマークされる事となる。
ドゴォォオオオッ!!
今度は十四の爆発が炸裂し、淡雪の防御隔壁が砕かれ――《リヴェリオン》は出力最大で飛び込んでいき、淡雪を掴みにかかった。
だが《リヴェリオン》の巨体は、再び魔術シールドに弾き返される。
今度は一度目よりも躊躇なく飛び込んだ為に、衝突の衝撃によりカウンター的な自爆ダメージも受けた。
体勢を崩した機体の制御に、初めて陽流の操縦が乱れた。
ミランダは瞠目する。
どこまで怪物なのだ、堂桜淡雪という戦闘系魔術師は。
「まさか防御用の魔術隔壁を二重に起動させていたなんて……っ!」
「一番単純な回答だったけれど、一番無茶で反則的な力業でもあったわね」
ケイネスはつまらなそうに言った。
派生魔術のの多重起動といえば、常識的には一流の魔術師数人がかりで施術する大魔術に匹敵する難易度だ。淡雪はそれを【基本形態】の内層で、単身でこなしてみせた。
みみ架が戦闘の天才ならば、淡雪はまさに魔術戦闘の怪物であった。
やはり淡雪の方が上手だ――とミランダが感じた、その時。
「試運転と慣らしは充分ね。それでは実戦試験開始としましょうか」
ミランダは愕然と隣の女科学者を見る。
彼女は悠然としていた。
聞こえたはずのケイネスの台詞を、ミランダは理解できなかった。
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…
実戦試験開始。
ケイネスの言葉を機体の聴覚センサから拾った陽流は、脳内に刷り込まれている【ワード】を、無機質な口調で口にした。
「――セカンドACT」
陽流の専用【DVIS】でもあるパイロットスーツの表面が輝く。
正確には黒いスーツの表面生地全体ではなく、生地に埋め込まれている電子回路図のような複雑な模様に、銀色の粒子が輝きながら循環し始めた。
ぶゥんン……
重々しい電子音が響き、前面開放型のコクピットが微かに震えた。
陽流の双眸に淡い輝きが灯り、瞳に【スペル】と呼ばれる魔術プログラムの記述式が映り、その横書きの文字列は上から下へとスライドしていく。
展開済みであった電脳世界内の【アプリケーション・ウィンドウ】が切り替わる。
陽流は初期設定値を変更して、再接続を行った。
【DVIS】が再セッティング。
彼女のパイロットスーツを専用【DVIS】として起動する。しかし――仮想【DVIS】として陽流自身がシステムに認識され、組み込まれた。
その際の圧倒的な過負荷が、陽流の全身と神経を軋ませたが、歯を食いしばって耐えた。
脳が破壊されそうだった。
負荷が止まる。
新しい【魔導機術】がセットアップされた。
そして――超然とした感覚、いや、魔導世界が、陽流を包み込んだ。
…
外見が変化――変形していく。
黒い人型機体の背中と手足の装甲が、二対から四対のパーツに分解し、拡張した。
背中から円筒形パーツが回り込んできて、鎧武者を思わせる頭部となる。
装甲が展開して四肢が伸びたのとは対照的に、胴体は狭まり、開放型であるコクピットは、ほぼ密閉に近くなった。広がった肩関節も斜め上方へとスライドしてロックされた。
要約すると《リヴェリオン》は、より人型へと近づいた。
劇的な変形を目にしたミランダが呟いた。
「あれでは【パワードスーツ】というよりも、完全に人型ロボットじゃ……」
カテゴリが人型兵器とはいえ、【パワードスーツ】はやはり『スーツ』である。ロボットではない。外見優先ではなく、あくまで搭乗者である人間が操作するのに最も適した形状に設計された結果だ。故に人型風であり、完全に人間を模していない。
逆に、完全な人間型のロボットだと、中に人が入って操縦するのには不向きである。完全な人型ロボットならば、AIによるフルオート操作の方がまだマシであろう。
「マスター。あの変形に意味があるんですか?」
「もちろん。無駄な変形機能なんて組み込みはずがないでしょう?」
次いでケイネスは、ミランダが知らない単語を口にした。
――【DRIVES】と。
初めて耳にする単語に、ミランダは不審げに眉根を寄せる。
そんな反応を楽しみながら、ケイネスは話した。
「これまでとは似て非なる【魔導機術】の技術理論よ。『ダイレクト・ライド・インジケート・ヴィジュアル・エンゲージ・システム』の頭文字を繋げた、我が娘がつけた造語ね」
「貴女の我が娘――堂桜、那々呼ですか」
「そうよ。あの子も同様のコンセプトで開発していたわ。覗いてみた基礎理論もほぼ私のそれと同じだったわね。流石は我が娘。ふふふふふ」
「具体的には何なのです。その【DRIVES】とは」
「魔術師が【DVIS】によって【魔導機術】を操り、拡張機器である【AMP】を並列にコントロールするという従来のコンセプトでは、淡雪の【結界】を破った爆弾型【AMP】のように、色々なロスと負荷が生じるでしょう?」
「ええ。だから貴女は陽流を【ナノマシン・ブーステッド】にしたのでは?」
得意げな笑みを湛え、ケイネスはミランダを流し目で見る。
「まさか。そんな曲芸じみた操縦の為のはずがないでしょう。あの子を【ナノマシン・ブーステッド】にしたのは、あの子自身を仮想【DVIS】として、元の【DVIS】であったパイロットスーツを接続端子へと変換可能にする為よ。そして《リヴェリオン》と陽流をダイレクトにリンケージさせたってわけ。魔術も直接ライドが可能になる。つまり《リヴェリオン》は魔導兵器かつ機動兵器として、陽流とエンゲージしていると理解すればいいわ」
まったく新しいコンセプト――というよりは、非人道的な機動魔導兵器だ。
陽流が【DRIVES】を起動した時の【基本形態】は、その名を《パイパーリンケージ》といい、理論上は《リヴェリオン》を【AMP】として使役し、【火】【風】【地】【水】【雷】【重力】といったエレメントを平行して自在に操れる。分類するのならば、特殊型であろう。
ミランダがケイネスに詰め寄った。
「施術者を仮想【DVIS】とする!?」
「そうしないと、兵器と魔術は並列で扱わざるを得ない。兵器と魔術を直列で扱うには、【DVIS】が外部にあり、実行にあたり【ウルティマ】の外部演算領域の拡張を要するようでは使い物にならないわ。最終的には量産するのだから」
「だからといって!」
悲痛に気色ばむミランダを、ケイネスは鼻で笑った。
「なによ。貴女だって裏社会の人間でしょう? 那々呼にしても【DRIVES】を開発していたのは、ルシア・A・吹雪野の強化が目的だったわ。私の推定では、そもそもルシアという存在は――、っと口が滑ったわね。まあ、だからこそ娘の状態を確かめたかったのだけど」
ケイネスは一息挟んで言い直した。
「オルタナティヴが顕現させた【空】の魔術武装――《朧影月》は、【DRIVES】の結果としては、かなりイレギュラーなのよ。想定外といってもいいわ。あの少女の天才性が可能にした奇蹟に近いわ。あの刀は【空】のエレメントの開眼が引き起こしたワンオフ武器――極小の概念【結界】の具現でしょう。本来はこちらの使用方法が開発目的だったのだから」
変形を終えた《リヴェリオン》が、三度、淡雪の氷の防壁に挑んだ。
グシャァアアンッ!
氷の防壁に両手をついた《リヴェリオン》は、掌から爆発を起こし、防壁を破壊した。
掌から『炎系』の攻撃魔術を撃ち込んだのだ。
魔術防壁を破壊した【パワードスーツ】は、対峙する黒髪の少女を見据え、動かない。
機体全身から、強烈な魔力のプレッシャーを発散させている。先程までの科学兵器とは完全な別物であった。
ケイネスは淡雪へと叫んだ。
「さあ! 陽流は本気になったわよ。貴女も本気をみせなさい、淡雪!!」
機動魔導兵器としての本性を顕した陽流と《リヴェリオン》を見上げ、淡雪は憂いた。
「深く同情しますが、今はその感情も、貴女への言葉も意味を成しません。言葉や気持ちではなく、私の全身全霊をもって、その機体を破壊して貴女を救い出しましょう――」
僅かに歩幅を広げ、淡雪は表情を引き締める。
そして封印解除の為の【ワード】を、静かに、しかし力強く唱えた。
「――スーパーACT」
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