アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第2部(第32話)

第四章  破壊と再生 5 ―ルシアVS優樹④―

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         5

 優樹の体内で最低限の作用しかしていなかった、ある極小物の群が、宿主としている優樹の意志を感じ取り――急速にニューロリンク型のネットワークを構築し始める。
 そしてネットワークが完成し、一つの『アセンブリー(集合体)』として完全覚醒した。
 どくん。ドクン。どク。どン。
 ドクゥぅンっッ!! 優樹の心臓が、脈拍二百・血圧二百五十を超えてフル回転する。
 びくん、と優樹の背が弓なりにしなった。
 ずずずずずずぅ……

 口の端から零れている血液が、蛇が這うように優樹の体内へと還っていく。

 それだけではない。骨折、打撲、内蔵破裂などの負傷が、高速で回復――否、再生した。
 のそり、と気だるげな動作で、優樹は立ち上がる。
 表情から感情が消えていた。
 優樹の様子をあえて観察していたルシアは、彼女に訊く。
「違法ドーピングではありえない超回復ですね。DNAブーステッドによる変態にしても、明らかに不自然かつ変化が早過ぎます……。

 つまり――残る可能性は【ナノマシン】系の肉体改造ですか」

 ルシアの推察を、優樹は首肯した。
 ナノとは、十億分の一メートルを表す接頭語である。つまり、それ程の極小のメカが集合体として優樹の体内にネットワークを構築して存在しているのだ。
「正解だよ。ケイネスが開発を進めている新型の【有機ナノマシン】――それが、さっき注射したアンプルの中身さ」
 優樹は悲しげに微笑んだ。

 ――【ナノマシン・ブーステッド】と、開発者のケイネスは名付けていた。

 ルシアは表情を変えずに、淡々と事実のみを述べる。
「ナノマシンを利用した医療技術の研究は、かなり以前から行われております。ナノマシンを血液内から体内に侵入させ、ウィルスやガン細胞を攻撃するといった使用方法です。使用後は汗や排泄物と一緒に体外に排出されます」
「生憎とボクの中のナノマシンは、そんな生やさしいモノじゃないよ」
「そうでしょうね。ネコの研究テーマにも体細胞と融合する事により、iPS細胞を利用した体組織のクローニングを代替する機能をもたせた有機ナノマシンがありました。しかし貴女の身体を超回復させたソレは、明らかに宿主の体細胞にとって換わっていると思われます」
「うん。ボクの中のナノマシンは、ボクの生命エネルギーと魔力を糧に稼働する、一種のガン細胞みたいなモノ――と、ケイネスは云っていたよ」
 ガン細胞のごとく宿主を喰らうナノマシン集合体に対しての、極めて強い耐性。
 それが、ケイネスが優樹に見いだした適合性であった。
 ルシアが警句を発する。
「それ以上、ナノマシンを意識してはいけません。そのナノマシンは――」
「分かっているよ」
 今さら他人に指摘されるまでもない。
 ケイネスから【ナノマシン・ブーステッド】の説明を受けた時、優樹は人間としての生を諦めた。これはケイネスが云っていた『人類の新しい進化のカタチ』などではない。
 あの女科学者は、優樹を献体と呼んでいた。
 その時点で、生きている人間扱いされていないのは、分かっていた。

「本当にゴメンね、ルシア。君に一番嫌な役回りを押しつけて」

 悪役はボクだから――と謝り、優樹は己の機能を解放した。
 身体が羽毛のごとく軽く感じられるようになり、反面、力感が溢れてくる。
 五感の認識力も数百倍に拡張されていた。
 魔術起動時に展開される超次元の電脳世界とは、全く違った現実感のある認識だ。人間の有視界でこんな感覚が味わえるとは。いや、もう人間ではないか。
「優樹様!」という逼迫したロイドの呼び掛けに、優樹は決然と応えた。

「ここから先は手を出さないで。当初の予定通りにボクとルシアの一騎打ちだ――ッ!!」

 拳を構えてファイティングポーズをとった。
 ルシアも「ならば応えましょう」と、同じく両拳を肩口の高さに構える。
「ボクに合わせてくれて助かるよ」
「ロマンや矜持といった感情ではなく、最低減のダメージに抑えて貴女を確保する必要があるから、というだけです」
「悪いけど、確保されるつもりはないよ。できれば此処で――ボクを殺して」
 言葉とは裏腹に、優樹はルシアに接近戦を挑む。
 受けて立つルシアも重心を落として、鋭いステップインから左ジャブを三つ、カウンターのタイミングで放った。
 その神速のトリプルを、優樹は最小限の頭の移動によってコンマゼロミリ以下の差で躱す。
 ドウゥっ! ルシアのステップした左軸足への左ローキックをクリーンヒットさせた。
 体重が乗った左臑へインサイドからのローキックをカウンターでもらう格好になったルシアであったが、美貌の表情は微塵も揺るがない。
 対して、手応えのある攻撃をヒットさせた優樹の方が、一瞬、表情を変えた。
(初めてボクの攻撃が当たった!)
 続けて、アウトサイドからのローキックを見舞おうと、優樹は右足を低い軌道で廻した。
 同時にルシアは右足を踏み込んで、軸足と蹴り足を交換し、サウスポー型の逆半身になると――右肩から距離を潰して、優樹の右ローキックのヒットポイントを殺した。
 ずん! と、ルシアの右肘撃が優樹の鳩尾へ突き刺さる。
 ゴォぉキンッっ! 続けて轟音が鳴り、優樹の右肘でルシアの頭部が激しくブレた。
 ルシアが止まった。さらに渾身の左ブローが唸る。
 追撃の左ストレートで、頭部を打ち抜かれたルシアは、上体を反らせて後退させられた。
 この間、開始から二秒に満たない超速の攻防だ。
(通用している!! 信じられないけれど、ルシアに通用している!)
 左拳に残っている余韻が、優樹を興奮させる。
 右拳は使えない。
 これでフィニッシュだ――と、優樹は渾身の右ハイキックを繰り出した。
 寸でで体勢を立て直したルシアは、ダッキングで優樹の右足をくぐり抜けると、通過した右足に右手を、上体を沈めたまま伸ばした左手で、優樹の左足へと添えた。
 ルシアは右手と左手を同時に押す。
 蹴り足の慣性を加速され、軸足のブレーキを失った優樹の身体は、自身のハイキックの反動を殺せずに、回転しながら宙を舞った。
 そこを逃すルシアではない。
 フルスウィングされたルシアのオーバーハンドライトが、優樹の胴体に着弾した。
 ドギャゴゥ!! 炸裂音が響く中、優樹の身体がくの字に折れる。
 墜落した。そのまま受け身すら取れずにダウンだ。すぐに起き上がれない――が、とにかくガードを固めて頭部だけは守る。ダウンしたまま地面に横たわっている優樹に、ルシアが左右のローキックを二発、三発と繰り出していく。
 無慈悲な連打だ。
 連打されながら、どうにか上半身だけは立て直す。
「ぐぅぅううううぅぅ」
 優樹は歯を食いしばって耐える。
 横凪からの暴風雨だ。辛うじてガードしているが、両腕がボロボロになっていく。
 ルシアは優樹のブロックが縦一列に固定されたのを確認し、すかさず右足を高々と後方へと振り上げて――ガードの隙間から優樹を上空まで蹴り上げた。
 死に体になって落下してくる優樹へ、ルシアは拳の連撃をフォローする。
 サンドバッグそのものといった態で、優樹はルシアのコンビネーションを食らった。
 再びダウンした優樹に、ルシアは無感情で告げた。
「なかなかの強さでした。それでもまだこのワタシには届きません。身を以て味わったでしょうから、ここでの投降を再度お勧めします」
「いいや。まだだ。まだ終われないよ」
 さながら幽鬼のように、優樹はユラリと立ち上がった。
 表情からはダメージは窺えない。しかし、彼女は満身創痍である。
「脳内麻薬の分泌による痛覚や辛さの麻痺――ではなく、ナノマシンによって強制的にダメージ感覚を遮断していますね」
「うん。ついでに言えば、痛覚や辛さや疲労だけじゃなく、恐怖心も遮断しているよ」
「それは極めて愚かな選択です。痛覚や疲労は自身の消耗を把握するバロメータであり、恐怖は戦闘者が乗り越えるべき己に課す試練といえるでしょう」
「悪いね。ボクは卑怯で心が弱いから……」
 優樹は魔力を全開にして、体内のナノマシン集合体へと働きかけた。

 ナノマシンによって優樹の身体が復元していく。

 その様子を、ルシアは微かに揺れる瞳で、黙って見ていた。
 元通りになった優樹は自虐する。
「こんなのの、どこが進化した人間なんだろうね? ははっ。ただの化け物だよね」
 もはや人間とはいえない。宿主の命と魔力を動力源としている有機ナノマシン集合体が、人の形態を模しているだけだ。
 ルシアが厳しい声色で警告する。
「そこまで理解しているのならば、もう止めなさい」
「やっぱりルシアにも分かっているんだ……」
 ルシアは首を縦に振った。
 この【ナノマシン・ブーステッド】の行き着く先――それは、人間をベース(素体)にしたバイオロイドの製造に他ならない。
 今はまだ、限られた適合者による、限定されたブーステッドおよびデザイナーズで済んでいるが、いずれは適合者以外――全ての人間に使用可能となり、そしてケイネスの意図した能力を自在に付加させられるだろう。
「そのままではナノマシンに喰われますよ」
「分かっているのならさ……。お願いだからボクを殺してよ」
 優樹は再び戦いを挑んだ。
 鋭い打撃音が交錯する。
 二度目のコンタクトは、一度目よりも拮抗した攻防であったが、一度目よりも優劣が明瞭でもあった。優樹の進歩よりも、ルシアの学習能力の方が上回っている証左だ。
 ぐシゃぁッ!! ルシアの左ミドルキックが唸り、優樹の胴体を根本的に破壊した。
 三度目のダウン。膝を屈して真下に崩れ落ちた。
 普通ならば終わりだ。だが、ルシアの予想通りに優樹は力なく立ち上がる。
「はははは。どうやら限界みたいだね……」

 優樹の身体は復元しなかった。それどころか表皮が結晶化して崩れていく。

 ナノマシンに供給する魔力が不足し始めたのだ。
 それは同時に、魔力の不足分を宿主の命で代替し始めるという事でもあった。
 がは、と優樹は吐血し、制服の袖で口元を拭う。
「ここが最後のチャンスです。ナノマシンを停止させなさい。ナノマシンを停止し、魔術医療による集中治療ならば、あるいは一命を取り留める可能性も――」
 優樹はその言葉を、首を横に振って拒絶した。
 それどころか。

 ――ACT。

 魔力不足で身体が崩壊しかけ、命を削られている状態で、優樹は疾風のドレスを纏った。
 ルシアの目が、微かに見開かれる。
「馬鹿な……。貴女は本当に死ぬつもりなのですか?」
 優樹は笑う。吹っ切れた笑顔だ。
「うん。もうどうやっても助からないのは、ボクが一番わかっているから」

 

 

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