第四章 破壊と再生 4 ―ルシアVS優樹③―
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砕けたのは優樹の拳。
爆発の起点は拳と手の平の接面ではなく、優樹の右拳そのものであった。
後方に弾かれた右手に引っ張られて、優樹の体勢が泳ぐ。
ドゴォ、とルシアの豪快な左フックが、無防備になった優樹の脇腹を抉った。
優樹様っ! というロイドの悲鳴が空しく残響する中。
ドンドンドンドンドンッッ!!
剛拳の雨である。ルシアの左右の拳による連撃が、情け容赦なく優樹の身体を破壊した。
拳の一発が胴にめり込む度に、骨が砕け、皮と肉が波打ち、内蔵が破裂していく。
「かはっ」
派手に喀血する。
グゥシャンッ! トドメとばかりに、伸びやかなフルスウィングの右ボディアッパーが炸裂した。
十数メートルも吹っ飛ばされた優樹は、力なくゴロリと仰向けに寝転がった。全身が痙攣している。凄絶なダウンだ。
ごぼ、と口の端から大量の血が零れた。
(こ、これがルシアか)
やはり強い。いや強過ぎる――
手加減されているな、と優樹は身体のいたるところにある骨折の激痛を感じながら思った。ルシアが本気ならば、頭部を狙って必殺できていた。頭は意図的に一度も打たれなかった。
ロイドと二人掛かりで、まるで歯が立たずにこの様だ。
メイド少女は表情を変えずに淡々と告げる。
「貴女の右手の手品のタネは、とっくに承知しております」
その言葉に、激痛のお陰で辛うじて意識を繋いでいた優樹は、空を流れる雲を眼球の動きだけで追いながら微笑んだ。
「はは。やっぱりバレてたんだ……」
優樹の右拳がルシアの右手にキャッチされ、優樹が右拳に魔力を注ぐ直前。
ルシアは優樹の右拳に魔力を注いだのだ。
刹那の差で、優樹のサイバネティクス化された右手に仕込まれている、とあるモノに、優樹ではなくルシアの魔力が届いた。
――そして『魔術的な反応』による起爆が発生した。
起爆元は、本来ならばルシアの体皮へ撃ち込まれていたはずの――ロイドの頭髪だった。
ロイドの頭髪が、優樹の拳に留まっている状態で、ルシアの魔力によって爆発した。
「貴女一人による【DVIS】爆発ならば、それはご主人様の《デヴァイスクラッシャー》と全く同義といえたでしょう。しかし実際は貴女と貴女の執事の『二人による現象』でした」
確かに優樹は魔術を使っていない。ただ魔力を右拳に込めただけだ。
しかしロイドは、瞬間的にだが、裕樹の右手に仕込まれていた自身の頭髪へ作用する魔術を立ち上げていた。発火性質をもつロイドの【火】の魔術に、他者の魔力をぶつける事によって意図的に引き起こす魔術的なスパーク現象。
つまり、傍でオリジナル魔術を起動させているロイドがいなければ使えない手品だ。
それが優樹の疑似《デヴァイスクラッシャー》の正体であった。
ゆえに対象が【DVIS】である必要はなく、硬度をあげるようにコーティングされた僅かな頭髪の針を、右手の射出機構によって埋め込める物体ならば、なんでもよかった。
たとえ現場から頭髪の燃焼片が残り検出されても、このような使用方法をされているとは、短期間で解析するのは至難である。しかし回数を繰り返し、データが蓄積すればいずれは真実に到達するだろう。
「例の新型【パワードスーツ】が使用した《結界破りの爆弾》も同様のタネでしょう。ただし貴女の右手の疑似《デヴァイスクラッシャー》とは真逆のフェイクで、貴女が自身の魔力だけで魔術的爆発を引き起こしたと錯覚させた様に、あの爆弾は、ほぼ同時に追従爆発させた爆薬による物理反応によって結界を破壊した――と誤認させたのです」
ルシアの言葉を聞きながら、優樹はゆっくりと自分の右手を眼前に翳した。
セーフティが働いて粉々に吹っ飛ぶ事は免れたが、辛うじて五指がくっついているだけの、使い古した軍手のようになっている自分の右手――機械の義肢を。
自分の元の右手との差異を感じていなかったが、一皮剥けば中身はこれだ。
やっぱり……これが現実だよね。
もう引き返せないし、取り戻せもしない。
優樹は覚悟を決めた。
「大丈夫だよ。――お姉ちゃん、頑張るからね。智志」
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…
時を同じくして、場所は【HEH】本社ビルの社長室である。
身なりの良い上等な格好をした、小学校高学年ほどの少年が不満げに、来週に迫った学力テストの対策を行っていた。
小学生の割には背が高い。肉付きの薄い体つきはまだまだ華奢であるが、健康そのものといった肌の色つやだ。利発そうな顔立ちで、かつ芯の強そうな雰囲気の児童だ。
中年太りが著しい凡庸な容姿の父ではなく、今だに美貌を保っている母譲りの外見である。
この部屋の主――忠哉は息子に言った。
「どうだ智志、勉強の調子は?」
「普通だよ」と、智志は父には目を向けずに素っ気なく応えた。
彼の目は教材の文字を高速で追っている。学力はすでに高校生の標準を超えている。
「今度のテストも頑張るんだぞ」
「分かっているよ」
小学生には似つかわしくない、大人びた口調だ。
兄以外とコミュニケートする時は、両親に課せられた帝王学もあってか、とにかく全てにおいて年齢不相応であった。彼が年齢相応の愛想を振るうのは兄だけである。
「それよりも。どうして俺は学校を早退させられて、オマケに家には帰れないんだい?」
「そ、それは、その……」
分かり易い程に狼狽えた父親に、智志はため息をついた。
後ろめたい事情があるのが瞭然だ。
「ねえ、父さん」
「な、なんだ」
「お兄ちゃんはいったいどうなっているのかな」
「あ、アイツの話はもういいだろう! アイツは勝手に家を出て行った。アイツの我が儘を聞いて関東に転校までさせてやったんだ。お前ももう、アイツは気にするな。いいか【HEH】の跡取りは優樹ではなく、お前なんだからな。だから将来の為に勉強を頑張るんだ」
「分かっているよ」
心中で呟く。優樹が母の子ではないから、家を放逐された事くらいは。
それだけならばまだしも――
ここ最近の父の様子。
そして兄の様子から、智志は胸騒ぎを抑えられなかった。
…
辛うじて、左腕は動いてくれた。
優樹はスカートのポケットから、最後だとケイネスに告げられていたアンプルを取り出す。
瀕死の状態にあっても手慣れた指使いで、アンプルを注射器にセットした。
針を首筋にもっていく。
……やっぱり、コレしか道はなかった。
「はは。どうせ死ぬんだったら、人間辞めたって同じ事じゃないか」
なのにどうして泣いているのだろう、と優樹は自分を不思議に思った。
ルシアはすでに那々呼が入れられているキャリーバッグを確保していた。ロイドは彼女に手を出しあぐねている。
感情の窺えないルシアの声が、辛うじて優樹に届く。
「ここで投降するのならば、可能な限りの便宜をはかる事をお約束します」
「せっかくの気遣いを無駄にしてゴメンね。それは無理な相談なんだ」
心臓の爆弾はともかく、このまま降伏してしまえば、ケイネスの期待には添えない。
勝敗や成否は別で、ケイネスの意図に背けば大切な弟が――
弟を守らなきゃ。その為には。
ぷしゅっ。
優樹はアンプルの中身を首筋へと打ち込む。
そして――体内で構成されている『集合体』へと意識を飛ばして、起動命令を下した。
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