第三章 終わりへのカウントダウン 5 ―居場所―
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陽流は見慣れぬ街並みを散策していた。
二度目の出動を控えての視察だ。
現場の視察を終え、余った時間を自由時間として使っている。
ミッションにあたり、詳細な3D画像だけでは、現場の雰囲気は掴めない。したがって出動前に、メンバー六名は一日一人ずつ単独で現場の確認と視察に赴いていた。
これは作戦指示者であるDr.ケイネスの命令であり、また視察後にある程度の自由行動を許可してくれたのもDr.ケイネスであった。
ケイネス曰く、精神衛生管理の一貫として外出による気分転換は必要との事だ。
喜んで外出する者が半分。
残りの半分は、警察や防犯カメラの目が恐く、表には出たがらない。
陽流は後者だ。
いくら絶対に大丈夫と念を押された特殊メイクを施されてもだ。
逃亡生活はごく短時間であったが、陽流の心に大きな傷跡を残していた。
「……もうすぐ、夏か」
夕方の空を仰ぐ。
随分と日が長くなってきた。
春先の壊滅から今日まで、それほど日数が経っていないのに――もう昔のようだ。
「あたしの居場所ってあるんだろうか」
陽流の両親は、三年前に離婚した。
物心つく前から夫婦仲は険悪で、陽流という娘と世間体がストッパーとなり、辛うじて仮面夫婦を維持している家庭状態だった。
しかし忍耐という名のダムは決壊し、父と母は喧嘩別れした。
養育費と親権を裁判で勝ち取った母に、陽流は戦利品のトロフィーのように連れ去られた。
母は離婚後半年もしない内に新しい男を作り――陽流から興味を失った。
居場所を失った陽流は家を出た。
父の居場所を探したが、ついに突き止められなかった。
しかし、補導されなかっただけで幸運だったかもしれない。
途方にくれた夜の繁華街。
母の財布から抜き取った路銀が尽き、ついに身体を売るしかないと覚悟を決め、そして声をかけた紳士然とした三十代の男性が――
――【エルメ・サイア】ニホン支部のリーダーだった。
彼は陽流の境遇に同情し、そして憤り、身体という対価を求めることなく、陽流を新たなる同志として【エルメ・サイア】ニホン支部に迎え入れてくれた。
衣食住を提供してくれた。
縋る場所が其処しかなかった。
彼等がテロリストだと間もなく理解したが、そういった特殊な集団だからこそ、自分に対価を求めてこないと納得した。いや、対価ならば求められていた。肉体関係ではなく――陽流もテロリストになる事を。
陽流は少女娼婦よりも少女テロリストを選択した。
欲しかった場所は暖かい家族。
けれど手に入れた場所は、テロリストとしての同志。
無邪気に友達と笑い合いたかったけれど。
現実には、遠い理想を熱にうなされたように語りかける仲間。
それでも陽流は頑張った。
また捨てられたくはなかったから――
「……捨てられるのは、裏切られるのは、もう嫌」
友達だと信じていた、いや、一方的に友達だと思っていた子に――仲間ごと裏切られた。
本名を教えてくれなかったクールな彼女は、政府側の特殊工作員でスパイであった。
事情は理解できるし、他のメンバーように恨みはない。
きっとなるべくしてなっただけだから。
ただ彼女に捨てられたという現実だけが、どうしようもなく、純粋に悲しかった。
陽流に残された場所は――破滅への一本道だ。
他のメンバーは、投獄された同志の解放と【エルメ・サイア】との再度の関係構築を夢見ているが、一歩引いた立ち位置から俯瞰している陽流には明瞭である。
間違いなく自分たちはケイネスにとっての捨て駒だ。
後腐れない使い捨てのテストパイロットだ。
(なにしろ、あたしみたいな下手くそにも操縦させるくらいだもの)
機体名称《リヴェリオン》と教えられた【パワードスーツ】であったが、陽流の機体だけ他のメンバーと形状が異なっていた。
扱いやすい試作機だと云われていたが、それでも扱いに四苦八苦している。
他のメンバーはフルフェースのヘルメットに、特殊なプラグが沢山付いている制式品のパイロットスーツだが、陽流はゴーグル型の試作品に、パイロットスーツも接続部が背中にしかない簡易品であった。
それだけダウンコンバートしても、足手まといの挙動しかできない陽流に、ケイネスは呆れ顔で、神経接続を促進する注射を施していた。
「最後まで戦おう」
望んだ友達ではないけれど、それでも大切な仲間なのだから。
そして最後の居場所なのだから。
きっと悲惨な終わりを迎えるだろうけれど、それでも最後の最後まで一緒にいよう。
陽流は足を止めた。
そして左手側にある白い建物を眺める。
名称は――孤児院【光の里】。
ファン王国第一王女にして次期女王である、かのアリーシア姫の大切な場所として有名な、ある意味ニホンで一番の聖域だ。
自分たちを破滅に追いやった女がいた場所を、そう遠くない最後の時の前に、どうしても目にしておきたかった。
…
放課後になり、統護は優樹を連れて、ネオ東京シティの国営中央駅にいた。
ニホンの首都・ネオ東京シティ――総面積約二千二百平方キロメートルの政治・経済の中枢である。全二七市の総人口は一千二百六千万人。都外からの労働人口は、実にニホンの約三十二パーセントが集中している。
「ふぇぇ。凄い人だね」
大都市の交通機関の集約である国営中央駅の人波に、優樹は圧倒されていた。
その反応に、統護は思い出す。
「そういえばお前って、堂桜のチャーター便で飛んできたんだっけ」
「うん。堂桜がエスコートしてくれたから、駅の中って初めて。名古屋駅も凄いんだけど、やっぱり人はこっちの方が段違いだね」
「名古屋駅っていえば、地下街がでかいらしいな」
「そうそう」
「今度、案内してくれよ」
一瞬だけ間を置いて、優樹は笑顔になった。
「うん! 約束するよ」
その返事に、統護も頬を緩めた。
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