第三章 終わりへのカウントダウン 6 ―類似―
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ネオ東京シティの国営中央駅の中。
統護に案内された優樹は戸惑いを隠せないでいる。
場所はリニアライナーのゼロ番発着場であるのだが、他に乗客が一切いないのだ。
発着スケジュールを示す電光掲示板にも『回送』と『試験』だけだ。
「ねえ、統護。此処ってどういう事?」
そもそも乗車券を購入していない。
ゼロ番発着場へのゲートも、統護の右手の静脈認証で通過していた。
「此処って一般客用じゃないよね」
もしも一般客が入り込んでも、即座に駅員に追い出されるのは明白である。
「此処ってさ、回送とテスト運転以外にも、一箇所だけ特別に向かう場所があるんだよ」
統護の言葉が終わるのと同時に、『回送』と行き先が表示されているリニアライナーが音もなく高速で姿を現し、二人の眼前に滑り込んできた。
乗客は統護と優樹だけだった。
…
リニアライナーが停車した小さな無人駅から、約三十分の徒歩を経て、目的地に着いた。
豊かな自然に覆われた景色を楽しんでいた優樹であったが、眼前の木造アパートを目にして驚いた。
「こんな辺境に人が住んでいるんだ……」
バスやタクシーどころか、コンビニエンスストアもない。
途中でトイレが我慢できなくなった優樹は、こっそりと木の陰で用を足す羽目になり、事前に教えてくれなかった統護を恨んだりもした。
「水道と電気、どうしているの? このアパート」
「電気は地熱を利用した自家発電システムが地下にあるってさ。水は地下水脈から引いて濾過しているそうだ。見てくれがボロなのはオーナーの好みだそうだ」
「ふぅん。まあ堂桜の私有地を独占してるって時点で、超大金持ちなんだろうけどさ」
アパートの二階から、メイド服を着た若い女性――少女が、鉄筋階段に靴音を響かせて下りてきた。
統護はメイド少女に挨拶する。
「よう、ルシア。来たぜ」
優樹が思わず息を飲んだ。創り物めいて整った絶世の美貌に、驚いたのだ。造形美の極限を目指したかのような美しさである。反面、人間らしい肉感が少しばかり犠牲になっているが。
畏まったルシアは優樹に視線を向けた。
「アナタが比良栄優樹さま、でございますね。お初にお目に掛かります。ワタシはご主人様専用メイドのルシア・A・吹雪野と申します」
「専用メイド!?」
「その通りです。ご主人様だけのメイド、という意味で、ご主人様がご所望されれば下の世話から夜の世話まで専属で行います。言い換えれば『堂桜統護の性奴隷』でしょうか」
人形めいた端正な顔から放たれた真面目な口調に、優樹は真っ赤になった。
「せ、せせせ、性奴っ! えええぇえ!?」
「おいおいおいおいぃ~~! さらっと嘘言わないでくれ!! ってか優樹も真に受けるな!」
「しかしご主人様のファースト・キスはワタシがお相手しました」
「そうなの!?」
「あ、いや……」
事実に、統護は口籠もった。
「やっぱり性奴隷じゃないか!」
「なんでそうなるっ」
「ご安心下さい。ところがキスだけで、ご主人様は未だに童貞です」
「そっかぁ。よかったぁ」
「よくねえよ!! ってか、二人とも大きなお世話だよ!」
統護と優樹はアパートの二階にある205号室に招かれた。
メインの六畳間には、デスクトップ型のPC群がビジネス街のビルのように並んでいる。
中央には、キーボードを一心不乱に叩いている検査衣を着た少女がいる。
ネコ耳付きカチューシャの少女――堂桜那々呼の姿に、優樹は息を飲んだ。
「この子って?」
統護はルシアに視線をやった。
ルシアは目線だけで「イエス」と回答する。
「堂桜那々呼。俺や淡雪とは異なる堂桜一族の本流――といったところか。傍系というよりも、特別なスタンドアローン的な血統に位置づけされている堂桜で、【堂桜エンジニアリング・グループ】の技術的な中枢を司っている天才児だ」
「ワタシの飼いネコでもあります」
信じられない、といった表情で優樹は視線を那々呼、統護、ルシアへと移し、最後に那々呼に戻して釘付けになった。
「こんな小さな子が?」
「ええ。ネコの血統と存在については、堂桜一族内でもトップシークレットですが、今回特別にアナタに会わせました」
「ボクにそんな秘密を教えていいの? ボクは君たち堂桜の敵なんだよ?」
「いいと判断しました。故にこの場所も明かし、ご主人様に案内して頂きました。ご主人様からの打診がなくとも、元々アナタはいずれご招待する予定でしたので」
ルシアは六畳間の中心へ「ネコ」と呼び掛ける。
にゃぁ~~ん♪ と応えた那々呼に、優樹はギョッとなった。
PC群の主のように鎮座しているモニタが、とある映像に切り替わった。
それは――【ネオジャパン=エルメ・サイア】が起こしたテロの様子であった。
しかしテレビやネットで放映された動画とは異なり、ジャミングによってノイズが走っていたはずの【パワードスーツ】の外観がクリアに表示されている。
ルシアが淡々と説明した。
「この動画は、前回ご主人様が来訪された時と同じく、様々な実写データを参考にレンダリングされたCGです。よって【パワードスーツ】も推測される姿で、実物とは細部が異なっている可能性を先に述べておきます」
解析結果によってノイズが取り除かれた【パワードスーツ】の姿を、統護と優樹は凝視した。
全高は三メートル程だ。
搭乗者は胴体に格納されており、搭乗者の四肢は【パワードスーツ】の四肢の肘と膝までしか届いていない。いわゆる大型に分類される【パワードスーツ】だ。
中型は搭乗者を一回り包み込むような形状だ。密閉型と開放型にタイプが区分されており、全高は二メートル前後に調整できるようになっている。
最後の小型は、スーツとはいっても四肢と胴体が分離しており、バックパックで有線連結されている鎧に近い形態となっている。
「ルシア。これって、やはり新型なのか?」
統護の言葉に、ルシアは首肯した。
「極秘開発されている試作機なのか、あるいは初めからテロ目的用に開発されている型なのかは不明です。現状の既存機のデータベースには一致する特徴はありませんでした。新型と定義して問題ないと思います」
統護は複雑な顔で、画面上で暴れ回る人型機動兵器を見つめる。
元の世界には存在していない兵器であった。最近の読書や独自調査で知ったが、この【イグニアス】世界の軍事・兵器事情は、元の世界とは大きく異なっていた。やはり【魔導機術】と戦闘系魔術師――【ソーサラー】の存在の有無が差異を生み出していた。
統護の世界の人型ロボットといえば、宇宙開発・調査用や介護・介助補助用が主目的であり、軍事兵器としての【パワードスーツ】は実用化されていない。
逆に、この【イグニアス】世界においては、【魔導機術】による介護補助魔術が開発されている為に介護ロボットという概念が存在していなかった。
「メイドさん。この新型は【HEH】で極秘に開発されたのかな?」
優樹が険しい口調で洩らした。
画面内の大型【パワードスーツ】は黒を基調にして、金と白銀のラインが走っている。フォルムは、アメンボとカエルを足して二で割ったようなイメージだ。前面部は解放されており、搭乗者のパイロットスーツが見える。頭部だけは、【パワードスーツ】の頭部の下に収納されていた。
また大型の特徴として、四肢を変形させて俯せになり、高機動型戦車モードに変形できる。
ルシアは優樹の問いに対し、淡々と事実のみを伝えた。
「現場に残された塗料片や《結界破りの爆弾》の破片および爆薬の残滓からは、【HEH】との関連は特定できていません。物証的な意味では、無関係といっていいでしょう」
「だけど、あの《結界破りの爆弾》の爆弾は――」
「そうですね。アナタがおっしゃりたい事は分かっています。次の画像に移りましょう」
画面が切り替わり、二分割された。
優樹の《デヴァイスクラッシャー》による爆発の解析画像。
隣には《結界破りの爆弾》が【結界】を爆破した時の画像。
予想していたのか、優樹は特に驚かなかった。
それどころか頬を緩める。
「やっぱり気が付いていたんだ。よく似てるよね、ボクの右手の爆発とこの爆弾の爆発」
「ええ。一見すると異なっておりますが、爆発開始時の傾向が完全に一致しております。そして、二つの爆発の違いは炸裂先の形状と――《結界破りの爆弾》が二重に爆発している為、という解析結果が出ました。よって爆薬による爆発を除いたCGでの映像に切り替えます」
その言葉と同時に再び画像が替わり、《結界破りの爆弾》の爆発の様子が変化した。
同一といってよかった。
その爆発の様子は、優樹の《デヴァイスクラッシャー》による爆発に酷似していた。
優樹は小さく頷いた。
「同じだ。ボクの考えは間違いじゃなかった」
「つまりアナタの右手に関わった人物と、今回の新型【パワードスーツ】に関わっている人物は同一あるいは関係者である可能性が極めて高いという事ですね。……では、その右手の秘密を教えて頂けますか?」
「それはできない。交換条件として統護の秘密を教えてくれるのなら、考えてもいいけど」
ルシアは統護に視線をやる。
統護が観念した表情で口を開きかけると――
「では、アナタの右手に関わった人物をお教え願いますか? 我々にとっての共通の敵の筈。互いの《デヴァイスクラッシャー》の秘密は、その敵を排除してからでも遅くはないかと」
統護は大きく息を吐く。
優樹は迷いなく言った。
「それだったら問題ないよ。ボクの右手を《デヴァイスクラッシャー》にした人物はケイネス。Dr.ケイネスと名乗る経歴不明の女科学者だ」
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