第三章 終わりへのカウントダウン 1 ―食事―
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統護は食卓にあがっている朝食の前で固まっていた。
茶碗半分の冷えたお粥の上に梅干しが一つ。たくあんが三切れ、そして湯飲みの中の水。
これだけである。
淡雪と優樹の朝食は、焼き魚(塩干し鰯)をメインとして、山菜とほうれん草のお浸しや、冷や奴などと総品目二十を超える色鮮やかな和食であった。
執事であるロイドは、使用人用の食堂で他の使用人達と一緒に朝食を摂っていた。
最初は冗談かと思ったが、どうやら冗談ではないらしい。
統護は淑やかに箸を操っている妹に言う。
「……なあ、俺は別に減量しているんじゃないんだけど」
淡雪は無言のままだ。
申し訳なさそうな表情ながら、優樹は自分の朝食を食べている。
統護は椅子から腰を上げた。
「お兄様? まだ朝食は終わっていませんよ」
「これだけじゃ足りないから、お前達と同じメニューを用意してもらう」
「無駄です」
「え」
「料理人に、お兄様にはこれ以上は食べさせるな、と命じておきましたので」
「だろうとは思っていたが、その理由が知りたいんだが……」
淡雪はギロリ、と剣呑な半白眼で統護を睨む。
「――お兄様が昨夜、優樹さんと同衾した罰です」
冷たい声である。
統護はふぅ、と重い吐息をついて、眉根に指を当てた。
同衾、という単語に優樹の顔が真っ赤に染まる。
「お前また盗聴してたのかよ」
街中でのアリーシアとの会話を盗聴されて以降、統護とて淡雪の盗聴には気をつけていた。ベッドをはじめとした自室内に盗聴器が仕掛けられていない事は、淡雪が部屋に入った後に、必ず調査しているので確実だ。おそらく優樹の衣服に仕込まれていたのだろう。
「盗聴については、この際、問題ではありません」
「大ありだろ」
「お兄様が優樹さんに不埒な真似さえしなければ、こんな罰も盗聴器も必要なかったのです」
「いやいやいや。同衾ってなんだよ。単に男同士で枕を共にしただけだぜ? それに別に不埒な真似とかしてないし。だよな、優樹」
同意を求めて優樹に話題を振ると、彼は赤い顔でそっぽを向いた。
「知らないよ。ただ統護はエッチだと思うけど」
「はぁぁ?」
男同士で何いってんだ、と統護は呆れる。
淡雪が厳しい声で告げた。
「そういった訳で、お兄様が充分に反省し終わるまで、御飯はこのままになります」
統護は二人を見比べる。
どうやらこれ以上は何を言っても無駄のようである。
「頂きます」
諦めた統護は、目の前の朝食に手をつけ始めた。
ゆっくりと味わうつもりだったが、僅か二分で食べ終わってしまう。
食べ終わった直後、ぐぅぅぅ、と腹が鳴った。
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…
朝食として出されたお粥を、締里はレンゲですくった。
「熱いから舌を焼けどしないように気をつけて」
土鍋に入れた卵粥を運んできたみみ架は、締里に注意を促す。
お粥を移された茶碗を手にしている締里は、口に入れる前にレンゲに息を吹きかけた。
口に含んだお粥を嚥下する締里。
「どう? 食べられる?」
「ああ」
「口に合ったのなら良かったわ」
「後で作り方を教えてくれると助かる」
「ええ」と、みみ架は快諾した。
誰に食べて欲しくてレシピを知りたいのかは、確認するまでもない。
(おそらく味を感じていない……か)
表情から察した。《ワイズワード》に顕れた締里の情報は必要分しか読んでいない。プライヴァシーを覗く気持ちにはなれないから。けれどエージェント魔術師という身の上から、訓練により味覚を調整されているのだろう、と想像は付いた。
そして事実、締里は味覚の嗜好(美味しい、不味い)を、訓練が原因で喪失している。毒の種類のみを判別できる様にだ。統護には手作り弁当を用意しても、自分の分がないのは、そういった事情があったのだ。
たっぷりと二十分はかけて締里はお粥を平らげた。
「ごちそうさま。迷惑を掛けている」
頭を下げた締里に、みみ架は肩を竦めてみせた。
「気にしないで。貴女の看病を口実に学校をサボって、読書できるんだから」
「そういう事にしておく」
「ええ」
「けれども、いつまでも貴女のベッドを占領するわけにもいかない」
布団を除けて、ベッドから降りようとした締里であったが、膝が折れて倒れ込む。
みみ架は余裕をもって締里を抱きとめた。
身体がいう全く事をきかない締里は愕然となる。
「どうなっている?」
「蓄積している疲労とダメージが限界にきているのよ。貴女の身体は壊れかけ」
「莫迦な。だからといって――」
みみ架がタネを明かす。
「悪いけれど、貴女が寝ている間に、祖父が整体による骨格調整とツボによる氣脈の正常化を施術したの。疲労とダメージが回復するまでの間、貴女の生命エネルギーは全て回復作業に当てられるからロクに動けなくなるわ」
「どうして……」
締里は恨みがましい目をみみ架に向けた。
その視線に、みみ架が苦笑する。
「比良栄さんの件については、今回はこれ以上の介入は自重しなさい。貴女は充分に堂桜くんの為に尽くしたわ。けれど、ここから先は堂桜くんと比良栄さんの問題よ」
「お前は分かっていないわ。アイツは――あの」
「――女は、でしょ?」
みみ架は落ち着きなさい、とウィンクしてみせた。
「サラシと矯正下着で外見は誤魔化せても骨格や歩き方、その他諸々――、バレバレね」
「それだけじゃない。あの女の《デヴァイスクラッシャー》はインチキなんだ!」
「ええ、そうでしょうね」
みみ架も《ワイズワード》により、おおよその情報は把握していた。
そして、優樹の疑似《デヴァイスクラッシャー》という手品のタネも推理できている。
「心配しなくても、彼女は被害者であって堂桜くんの敵にはならないでしょう」
「どうしてお前に断言できる」
「それを教えて欲しければ、今はとにかく回復に努めなさい。堂桜くんに余計な心配を掛けさせない為にも」
統護の名前が効いたのか、締里は大人しく布団の中に戻った。
目を瞑ると――あっという間に眠りに落ちる。
「まったく愛されているわね、堂桜くん」
みみ架には分かっていた。
締里が優樹を必要以上に危険視する本当の理由を。
単純に、優樹が女の子だからだと。
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