アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第2部(第18話)

第二章  錯綜 10 ―同衾―

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         10

 長い間寝たふりをしていたが、ようやく本当に眠ったようだ。
 締里の気配からそう判断したが、締里が『真っ当な』人間ではない――《究極の戦闘少女》と異名される特殊工作員――と分かっているみみ架は、油断はしなかった。
 自分のベッドを他人に使わせる日が来るなんて……と、そんな感想も抱いた。
 机の上に置いてある本型【AMP】に視線を這わせる。いつの間にか、締里についての情報が書かれていた。あえて最低限にしか目を通してはいないが。
(明らかに色々と動き出している……)
 そんな実感。自分の日常が壊れ、変わっていく不安。
 ドアが無遠慮に開けられた。
 みみ架に驚きはない。極限まで気配を殺していたが、それでも誤魔化されなかった。
「今日も失敗かぁ。祖父ちゃん寂しいのぅ」
 老人が立っている。
 オールバックにした白髪頭に豊かな髭面。眉毛も濃く、目元まで覆っている。柔和な印象はいかにも好々爺といった気風であるが、還暦過ぎから日常的に着ている、赤い大人用ちゃんちゃんこが不釣り合いな、百八十センチ超の頑強な体格。今年で齢七十になったが、その身から筋肉は落ちていない。
 普段は古書堂【媚鰤屋】の店主にして、古武術【不破鳳凰流】の先代。
 みみ架の祖父である黒鳳凰弦斎だ。
「諦めて。お祖父ちゃんはもう歳よ。日一日と衰えているわ」
 振り返らずに、容赦なく事実を突きつけた。
 約一年前を最後に、祖父がみみ架の隙を突くことは二度とないだろう。
 現実に、弦斎の肉体と技量はピークを過ぎていた。みみ架以外の門下生に対しては、未だに圧倒的な強さを誇る武神ではある。しかし血脈と資質を色濃く継承し、【不破鳳凰流】を収めている孫娘には、もはや組み手で勝てなくなっていた。
 とはいえ、指導者・師匠としての技量は、経験を積んで磨かれていく一方だ。
 許可を得ずに入ってきた弦斎をみみ架は睨むが、弦斎は孫娘の半白眼など気にせず、ベッドで規則立たしい寝息をたてている締里の様子を確認する。
「魔術戦闘で負ったダメージもさることながら、歴戦の疲労が蓄積しているのも一因かの」
「ええ。魔力とは別に氣脈の流れが乱れているから。酷使に次ぐ酷使で、身体、ボロボロじゃないの、この子。とにかく静養が必要ね」
 どの道、オーバーホールしないと遠からず壊れていただろう。
「不憫じゃ。こんな若い子が、いったいどうしてこんな目に遭う人生を……」
「お祖父ちゃんがそれを言わないで」
 みみ架はピシャリと断じた。
 物心付く前から娘と孫娘を『人間凶器』に造り上げた人間が言ってよい台詞ではない。
「でも、みみ架には誰よりも才能があったから」
 愛想笑いになる弦斎。
「才能関係なしに叩き込んでいたくせに、よくもまあ。普通なら児童虐待よ」
「しかも魔術の才能まであった!」
 弦斎は大仰に両腕を広げる。
 黒鳳凰一族は、魔術の才能には恵まれない血脈であった。一族から魔術師は一人として誕生していない。みみ架が魔術師として正式に認定されれば、一族史上初である。
「学園の魔導科では、下から数えた方が早いわ」
 通常の学問や体育では主席の史基に匹敵する成績を残しているが、魔術の実技系は酷いものだ。特に、汎用系はサッパリといっても過言ではない。
 そして魔導科の生徒にとっての評価とは、魔術の実技が大半を占める。ペーパーテストもその序列に従った点数を取る事――いわば、点数調整が不文律の習わしだ。
「それでも【ソーサラー】となれば、我が【不破鳳凰流】と組み合わせれば……」
「はいストップ。諦めて。潔くね。わたしは【ソーサラー】志望じゃないって何度言えば分かるのかしら」
「し、しかし」
 祖父の無念も理解できないではない。
 かつて【不破鳳凰流】は最強の代名詞であった。
 だが【魔導機術】の発達と魔術戦闘の台頭によって、その座を追われてしまった。
 いかに【不破鳳凰流】の妙技が神がかり的であっても、それだけでは魔術戦闘には通用しない。やはり魔術に対抗するには魔術が必須なのだ。よって、いくら生身の格闘戦で最強を誇ろうが、【不破鳳凰流】は時代に取り残されてしまったわざだった。
「だって、本当のみみ架は……」
「門下生の中に【ソーサラー】がいるでしょう。彼等の魔術戦闘の技術に【不破鳳凰流】のエッセンスが生かされている――で我慢しなさい」
 史基に変態魔術と呼ばれた『夢の顕現』魔術については、黙っていた。
 本質は魔導武器であった本型【AMP】の件も内緒にする。下手な期待を抱かせるのは罪だと思っているから。
 自分は最強どころか、戦闘そのものに興味がないのだ。
「それよりも」と、みみ架は話題を変える。
 睨む孫娘から、弦斎は視線を逸らした。
 どうやら声のトーンから、何の話題を振るのか察したようだ。
「あの使えないバイトは、いつになったクビにしてもらえるのかしら?」
「お前、冷血じゃのぅ」
「時給千五百円の価値が、彼の働きぶりにあると思って?」
 店番すらロクにできない。万引きされ放題だ。コンビニエンスストアやスーパーマーケットと比べるとレジ打ちの回数など、たかが知れているはずなのに釣り銭が合わない。時に五百円以上もマイナスになる。整理整頓や清掃の手際をみるに、棚卸しなど無理に決まっている。
「わたしにとっては、単なる邪魔者で負担なだけなんだけど」
「お前には人の心が欠けているのぅ」
「だからそれをお祖父ちゃんがわたしに言わないで」
「けれど彼には彼だけの――」
「そんなの必要ないわよ」
 新しいバイトには、監視員がついていた。常時、三名以上が見張っている。
 更正施設を出た者につく保護観察員ではなく、明らかにプロのエージェントであった。
 一般人ならば気が付かないだろうが、みみ架と弦斎は誤魔化せない。
「ほら、いざって時に頼りになるとは思わないか?」
「そんな物騒な事を言わないで」
 監視員が付いているから安心だ、というのは祖父の口実だと分かっていた。
 戸籍上はニホン人であり帰化していようと、血統、人種的には明らかに外国人だ。
 それどころか、内乱で揺れている某王国において先日死亡が報道されている某王子と外見が瓜二つであった。それプラス、監視員がついている事を踏まえると、アルバイト先が見つからないもの道理である。
 過日の事件で失脚しているのだろうが、どうせ一時的な処置に違いない。次期王座を確実視されている妹姫と和解しているのだから。
 要するに、ほとぼりが冷めるまでのお守りを押しつけられたのだ。
 迷惑である。
「……まあ、彼の正体がなんであれ、あの面接と仕事ぶりじゃ、どこでもダメでしょう」
「いいじゃないか。ひょっとして彼が元の立場に戻れれば、ほれ、お前の玉の輿という――」
「まさか、そんな下心で?」
 ギロリと睨んだ。今までの睥睨と違って、本気のガン付けだ。
 自分にだって相手を選ぶ権利くらいはある。それに妃だなんて面倒かつ責任を負う立場は、読書に不必要なので、ごめん被りたい。
 弦斎は怖々と首を竦めた。
「だって、お前といったら、年頃なのに読書読書――で、祖父ちゃん心配だよ」
「お父さんとお母さんの恋愛は大反対したくせに」
「アイツは子供の頃から男にモテモテだったからのぅ。しかも相手がオタクだったし……」
「悪かったわね。全然モテなくて」
 容姿は母親譲りなのだが、いかんせん中身に難があった。
「まあ玉の輿云々は冗談じゃが、このままだと黒鳳凰の血が途絶えてしまいそうで」
「黒鳳凰の本家は、お祖父ちゃんの代をもって途絶えたでしょう」
「そんな事いわないで。考え直してくれないか? お前が黒鳳凰みみ架を名乗ってくれれば」
「嫌だって言っているでしょう。仰々しすぎるのよ黒鳳凰なんて名字」
 名乗るのが恥ずかしいのだ。
 ちなみに戸籍上は『黒鳳凰みみ架』が本名にされていた。弦斎は知らないが、母親の仕業だ。二十歳になって戸籍を直せるようになれば、『累丘みみ架』に戻そうと決めていた。
 肩を落とした祖父に、みみ架は告げる。
「安心しなさい。わたしの読書時間確保の為に、出来るだけ早く【不破鳳凰流】次期継承者を産んであげるから」
 弦斎が笑顔を輝かせた。
「なんと! お前にも彼氏ができたのか」
「いいえ。これから子供の父親になってくれる相手を探すつもりよ。ちなみに結婚とか恋愛とかは考えていないから。純粋に子作りに協力してもらえる相手を見つけるのよ。認知してもらえればベターだけど、流石にそこまで望むのは自分勝手かしらね」
 幼少時の育児さえクリアして、子供に黒鳳凰の名と継承者の座を押しつければ、読書と仕事に専念できるわ、と微笑んだ。
 孫娘の台詞に弦斎は半泣きになる。
「ワシ、お前の育て方、どこで間違ったのじゃろうか……」
「決まっているじゃない」
 そんなの最初からよ、とみみ架は祖父を部屋から追い出した。

 

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 優樹は統護に背中を向けて寝ていた。
 心臓が爆発しそうだ。
「なんだよ、そんなに縮こまって。ほら、もっとこっち来いって」
 呑気な統護の台詞に、優樹は殺意を覚える。
 人の気も知らないで……ッ!!
「い、いやぁ。ボクはいっつもこの体勢で寝るのが習慣だから」
「背中丸めすぎだと熟睡できなくないか?」
「大丈夫、大丈夫だからっ!」
 統護が自分に寄ってきているのを感じ、優樹は更に身を竦ませた。
「と、統護?」
 全身の血流が加速していくのが分かった。
 優樹は股をしっかりと閉じる。
「しっかしお前、背中とか肉薄いよなぁ。首も細いし。どれくらい筋トレしている?」
「筋トレ?」
 簡単なサーキット・トレーニングはしていたが、今はサボっていた。
 右手の施術を経て、必要ではなくなったというのもある。
「う、腕立てと腹筋とスクワットくらいなら」
「もっと本格的にやる方が……っていうか、骨格も小さいし、肉乗っけるのはキツイかもな」
 統護は肉付きを確認しようと、優樹の背中と首筋を丹念に撫でた。
 ビクン、と優樹がエビのように背をそらせた。
「はひゃぁ~~」
「あははは。なんて声だしてんだよ」
「統護こそ――」
「それよりお前、背中、肉離れでもしてんのか?」
「え?」
「包帯を巻いて絞めているからさ」
「そ、そそそ、そうだった! ボクは肉離れしているんだったぁ」
「肉離れは癖になりやすいから気をつけろよ」
「うん! うん!」
 分かったから離れて。お願いだから離れて。優樹は心の中で悲鳴をあげる。
 だが統護は元の位置に戻るどころか――

 むにぃ、と優樹のお尻を鷲掴みにした。

 優樹の息が止まる。
「~~ッ!!」
「ケツはそこそこ肉ついているって感じだけど、なんか柔いな。揉んでいて気持ちいいけど、もっと筋肉質にしなきゃダメだぜ」
「ッ、ぁっ」
 そこは男のケツじゃなくて、女の子のお尻なんだ――と抗議したいが、堪える。
 散々揉まれて、つい漏れそうになる嬌声も我慢する。
「や、やめてぇ。統護ぉ」
「お前、男なのになんか凄い可愛いな。いい匂いするし」
「ッ!」
 可愛い、という言葉に反応してしまった。
 全身が熱く、しっとりと汗ばんでいる。
 トランクスの下に二重穿きしている下着は、すでにグショグショになっていた。
 息が荒くなるのを抑えられない。
 胸を抑えているサラシが邪魔でしょうがなく思えてきた。
 このまま――このままだと――、欲しくなってしまう。貫かれたくなってしまう。

「悪のりして悪かったな」

 統護は優樹から離れて、ベッドの左側に戻った。
 優樹は安堵する。
 と、同時に火照った身体に愕然となった。
(もう限界が近いんだろうな)
 やはり自分は女なのだ。体型だけではなく、心も女なのだ。いくら自分は男なんだと言い聞かせても。
 もう数分、統護に身体を弄られていれば、おそらく我慢できなかった。
 呼吸を落ち着ける為に黙っている優樹に、統護は心配そうに訊いてきた。
「ひょっとして、マジで怒った?」
「怒ってないけど、次やったらマジで怒る」

         

 統護は完全に熟睡していた。
 大の字になって心地よさそうに眠っている。
 優樹はそっとベッドから出て、荷物を入れた旅行バッグから新しい下着を取り出し、穿いていた物と交換した。脱いだ下着の湿り気の多さに、優樹は苦笑した。
 このままシャワーを浴びたいが、流石にそのリスクはおかせなかった。
 女である事を黙っていてくれると約束した淡雪の為にも。
 しかし淡雪は味方になったのではない。あくまで性別の秘密を守ってくれるというだけだ。
 下着を替え終え、ベッドに戻る。
 統護の横に身を寄せた。
 外見から受ける中肉の印象よりもずっと分厚い。しっかりと筋肉のついている鍛え上げられた身体に、ドキリとした。
 お返しとばかりに、統護の身体をさすった。
 心地の良い感触だ。
(これが、本物の男の身体――)
 ゴクリと唾を飲み込んだ。先ほどの身体を弄られた感触が蘇ってきた。
 統護の唇に視線がいく。
 替えたばかりの下着が、再び湿っていくのが分かった。
 優樹は自分の唇を、統護の唇に被せようと――

「どうして死んだんだ。ユウキ」

 慌てて近付けた唇を離した。
 寝言だった。統護は顔を歪めて、うっすらと涙さえ浮かべていた。
 怪訝な表情で優樹は統護を見つめる。
 甘い感情は霧散していた。
「死んだ? ボクが? どういう事? 夢? いや――」
 夢を視ているにしても――他人の死をそれほど鮮明に視るものだろうか。少なくとも優樹は他人の死を明白に夢として視た記憶がない。それに自分や親兄弟、近しい友人ならばともかく、数年ぶりに再会した幼馴染みだ。
 意味が分からない。
 統護の変貌と合わせて考えると、まともな状況でないのは確実だ。
 そして。
「……本当に君って何者なんだよ、堂桜統護」
 答えは、寝言で返ってこなかった。

 

 

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