第三章 終わりへのカウントダウン 2 ―テロ―
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朝食が終わり、登校しに堂桜本家の屋敷を出るまでの少しの間。
リビングの出入口の影で、優樹は異母弟――智志に電話を掛けていた。
堂桜兄妹はソファーに並んで座り、紅茶を楽しみながら、テレビでニュースを見ている。
智志は元気そうである。それを確認できただけで、目尻が自然と下がった。
『お兄ちゃんは新しい学校、大丈夫?』
「うん。大丈夫。兄ちゃん、新しい友達ともうまくやっているよ」
『本当に?』
電話先の声が曇った。
「なんだよ、兄ちゃんを信用していないのか?」
『だってお兄ちゃん、ちょっと元気がないように聞こえたから』
「新生活にちょっと張り切り過ぎただけだよ」
父と母は二人の話題には上らない。
優樹が両親について訊いても、智志は話題を嫌がるようになっていた。両親は智志を溺愛しているが、弟は反抗期のようであった。
通話を終え、優樹はスマートフォンを制服ジャケットの内ポケットにしまう。
影のように傍に控えていたロイドが言った。
「どうやら智志様は変わらずのご様子で」
「なによりだ」
「智志様も心配なさっていましたし、あまり無理をなさらぬよう」
「そうもいっていられないだろう」
ロイドを睨んだ。
「すでに淡雪にはボクが女の身体だってバレた」
「しかし当面は秘密にしてもらえるという約束でしょう」
「そんなのいつまでも信用できない」
優樹は唇を尖らせる。
考えてみれば淡雪も妙なのだ。自分の秘密を統護に漏らさないと約束してくれたのは、単純に同情ゆえかと思っていたが、朝食時の嫉妬めいた態度からすると、どうも違うようだ。
元々仲の良い兄妹――という情報だったが、淡雪の統護への接し方はまるで……
(なんて、ね)
優樹は苦笑いした。
統護が豹変したのが、淡雪との兄妹の禁断の愛――という陳腐なシナリオを想像したが、思い返せば、逆にそれでは統護の淡雪への態度が説明つかない。
盗聴器云々の冗談からして、淡雪のブラザーコンプレックスが深刻化しただけだろう。
疑似恋愛に近い雰囲気を察してはいるが、二人の間には男女の愛はない。優樹はあの二人をそう判断した。理由(根拠)は単純で、恋仲になった二人を想像できないからだ。
「――申し訳ありません優樹様。急いでテレビ画面をご覧下さい」
ロイドに促されて、優樹は思索から我に返った。
執事の声色には珍しく動揺が滲んでいた。
堂桜兄妹が見ているニュースに、優樹は意識を集中する。五十二インチの大画面なので此処からでも問題なく詳細まで見ることができる。
優樹の目が見開かれた。
常に落ち着いていると評判の女性アナウンサーの声が、興奮で微かに震えていた。
『もう一度別角度からお映像をご覧下さい。信じられない事に、この【パワードスーツ】と思われる人型兵器には、魔術による【結界】を破壊可能な小型爆弾が搭載されており……』
ニュース番組は緊急速報で、国内テロを報じていた。
優樹だけではなく、ロイドも、そして堂桜兄妹もその内容に釘付けになっている。
ステルス機能を備えた高機動性人型装甲――通称【パワードスーツ】は、確かに五年ほど前から実用化されてはいる。しかし未だに実戦での実用性は疑問視されており、あくまで新世代の小型戦闘機との位置づけで開発されている代物だ。
実用性への最大の障害が――魔術による【結界】であった。
新生代兵器である【パワードスーツ】のみならず、従来の戦車などの砲撃やミサイルも魔術による防御【結界】には通用しないのだ。
魔術による【結界】を破れるのは魔術師の【魔導機術】による攻撃のみ。
科学現象はその規模に関係なく、魔術現象に優先順位を譲る。
また魔術現象同士であっても、規模ではなく魔術的強度と密度、そして出力が優先されるのが、この【イグニアス】世界の物理法則の根幹となっている。
そういった観点からも、魔術は法的な規制から逃れて特別扱いされているのだ。
魔術犯罪が起ころうとも、科学兵器による犯罪を魔術で防げる。そして魔術犯罪も同じ魔術で対抗できる。ゆえに魔術は科学よりも重要視されるべき――
という常識が、テレビ画面で今、否定されていた。
カメラ撮影に強烈なジャミングが入っているのか【パワードスーツ】の外観はハッキリとは映っていない。
しかし【パワードスーツ】のアーム部から射出された小型爆弾は鮮明に映っていた。
数個の円盤状の小型爆弾は、被害に遭っている銀行外部の【結界】の外壁に張り付く。
そして爆発と共に【結界】を破壊してしまった。
爆薬による科学反応が、魔術効果を破壊する――というあり得ない現象が、映像として記録されていた。爆弾からの魔術現象は現在のところ、確認されていないと報道されている。
確かに、録画のスーパースロー解析でも、爆弾による【結界】破壊としか認識できない。
優樹は視線をテレビ画面から、震えている自分の右手へと移す。
洩らした声はもっと震えていた。
「嘘だ……。どうして? あの爆弾の原理って……この右手と同じじゃないか……」
信じたくなかった。
あの【パワードスーツ】の製造元が――【HEH】かもしれないだなんて。
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…
其処は――関東北部にある、とある輸出会社の大型コンテナの中である。
鉄壁とビーム(梁)のみの無骨な外観とは異なり、内部は居住用に改装されている特注品であった。
トイレとシャワーこそないが、簡易空調機能も備えており、御世辞にも快適とは言い難いが、身を隠すには最適な場所だ。
『……なお、彼等は【ネオジャパン=エルメ・サイア】と名乗っており、国際テロ組織、多層宗教連合体【エルメ・サイア】との関連が疑われておりますが、現在――』
壁に設置されている超薄型液晶テレビ画面がブラックアウトした。
リモコンで電源を切った若い男性は、忌々しげに舌打ちする。
「ンだよ。これだけ派手にやったっていうのに、ヤツの件については情報統制かよ」
コンテナ内にいる者は、全員で六名であった。
年齢は十代半ばから三十代まで幅広く、男女比は四対二である。
彼等は肌にフィットしているパイロットスーツの上に、揃いのブルゾンを着ていた。
メンバー最年長である三十代後半の男性が言う。
「こっちもダメだ。ネット関連でも完全に画像をシャットアウトされている」
二番目に年長の三十代前半の女性が言った。
「プリントアウトした顔写真もバラ撒いたっていうのに、それも全部回収されたみたいね」
リーダー格――というか、この六名【ネオジャパン=エルメ・サイア】を再編成した主導者である二十代後半の男性が決然と宣言する。
「まず俺達はあの女に復讐しなければならない」
その言葉に、残りの五名が頷いた。
最年少である十代の少女――笠縞陽流はスマートフォンの待ち受け画像を見つめる。
熱い視線だ。
画像には、二人の少女が並んで写っている。
山根夕と名乗っていた仲間は、極度に写真を撮られるのを警戒していた。
待ち受けに使用しているツーショットは、奇跡的に不意を突くのに成功した一枚だ。
このツーショット画像をトリムした顔写真を、事件現場にバラ撒いた。ネットに画像データをアップしたりもしたが、動画や音声データも含めて画像アップには厳しい事前チェックが入るご時世なので、即座に違法データとして弾かれた。
リーダー格が言った。
「アイツがスパイだった所為で、俺達は【エルメ・サイア】からの信用を失った。そして接触できなくなった。失った信用を取り戻すには、あの女を差し出すしかない」
「信用云々もあるが、俺は単純にアイツが許せない。俺達――【エルメ・サイア】ニホン支部を政府に売りやがった事が! 同志として信じていたのに」
歯軋りする仲間を、リーダー格が宥める。
「山根夕は間違いなく偽名。俺達が握らされたプロフィールも巧妙に偽装されていて、なおかつ今回の情報統制。間違いなく政府側の特殊工作員だろう」
過日――。【エルメ・サイア】の幹部である『コードネーム持ち』が極秘来日に成功したとの情報から、ニホン支部を名乗る彼等は、協力の為にその幹部とのコンタクトを果たした。
そして山根夕(偽名)は、いま世間で話題になっているファン王国の第一王女――アリーシア姫を計画通りに浚い、単身で『コードネーム持ち』の幹部と合流した。
その後――山根夕(偽名)は姿をくらました。
ついに『コードネーム持ち』の幹部についても連絡を寄越さなかった。アリーシア姫の現状から推察するに、【エルメ・サイア】の目論見は失敗に終わったようだ。
それだけでは終わらなかった。
警察の手が次々と彼等ニホン支部へと伸びて――壊滅してしまう。
このコンテナ内の六名は、辛うじて逃げ伸びた【エルメ・サイア】ニホン支部の残党だ。
「アイツの身元さえ判明すれば……。くそっ!!」
顔写真をバラ撒いて、ニホン政府あてに身柄の引き渡し声明を行ったが、一切ニュースには取り上げられていない。
陽流はスマートフォンをブルゾンのポケットに突っ込んだ。
「――ご機嫌よう。【ネオジャパン=エルメ・サイア】の諸君」
厳重にロックされているコンテナのドアが開いた。
このドアを解錠できるのは、仲間六名以外では――
白衣を着ている三十歳前後にみえる攻撃的な美女が、出入口に立っていた。
炎を想起させる癖のつよいロングヘアーの彼女は、ケイネスと彼等に名乗っていた。
ケイネスの一歩後ろには、執事然とした黒い燕尾服の女性が従っている。
両名は無遠慮にコンテナ内に踏み入った。
「久しぶりね。第一戦は上々の成果といったところかしら」
リーダー格がケイネスの握手に応じた。
「ありがとうございます」
「けれど、指示した以外の行動をとるのはあまり感心しないわね。まあ、大目に見るけれど」
肉食獣が獲物を吟味するかのようなケイネスの視線に、一同は背筋を凍らせた。
注意されたのは、山根夕(偽名)の件だ。
「申し訳ありません。しかしあの女の所為で我々は」
「その貴方達に救いの手を差し伸べたのは、どこの誰かしら?」
「……Dr.ケイネスです」
「あら、覚えていたのね」
ニィ……、とケイネスは皮肉げに口の端を釣り上げる。
リーダー格が頭を下げた。
陽流以外の四名も慌てて続いた。陽流だけは、気まずげに視線を逸らすだけだった。
警察から逃げ続けて散り散りになっていた彼等は、この白衣の女性によって再び集められた。
何処かの基地のような訓練場に連れて行かれた彼等は、見たこともない【パワードスーツ】の操縦訓練をさせられた。
再び【エルメ・サイア】の支部として再起して、【エルメ・サイア】に認められる為に。
願わくば、逮捕された同志を救い出せれば、と。
ケイネスが言った。
「任務に支障がない範囲でならば、多少の自由裁量は認めましょう」
「感謝します」
今のところ彼等【ネオジャパン=エルメ・サイア】は、ケイネスの命令に従っているに過ぎない駒であった。襲撃経路から逃走経路、そして逃走後の潜伏まで全てケイネスのシナリオにそって動いている。
「じゃあ……メンテナンスも終わったし、第二戦目の話をしましょうか」
一同は一斉に敬礼した。やや不揃いだった。
だが、彼等としても、いつまでもケイネスの子飼いに甘んじるつもりはなく、再び【エルメ・サイア】との接触に成功できれば、例の【パワードスーツ】を手土産に、ケイネスの寝首を掻く算段を企てていた。
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