第二章 錯綜 4 ―締里VS優樹②―
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優樹の《サイクロン・ドレス》。
カテゴリとしては『魔術現象を身に纏う』タイプの【基本形態】だ。
絶えず高速で循環する疾風のドレスを目にした締里が、悲しげに洩らす。
「私は人間を骨格で判別できるように訓練されている。その衣装は、まさにお前の本心の具現といったところか」
締里の言葉に激昂し、優樹は吠える。
「ワケの分からないことを!! ボクは男だ。この【基本形態】は戦闘に都合がいいというだけで他に意味はない!」
「そう。別にいいだろう。その事について私は興味ないから」
目を剥いて、優樹は締里を誘った。
「だったら来なよ。これから君をボクの舞闘会へと招待してあげよう」
「その招待状、確かに受け取った」
言うが早いが、締里は距離を詰めにダッシュした。
しかし本来のスピードには程遠い。
その動きに反応した優樹は、ドレスのスカートを波打たせ、カマイタチを発生させる。これが《サイクロン・ドレス》の基本性能の一つである。
ガァン、と締里の銃口が火を噴く。
弾丸は優樹にヒットしなかった。
優樹のカマイタチも締里を切り裂く事はなかった。
締里は――優樹の頭上に舞っている。
撃ったのは最後の弾丸ではなく、締里自身を宙へと押し上げる床への空砲であった。
そう【風】のエレメントによる空砲だ。
射撃の反動を受け抑えるのではなく、そのまま反作用を利して宙へと身を投げ出したので、反動のダメージはかなり軽減していた。
故に、最後の一撃は次となる。
エレメントを【重力】に再設定。
「もらったわ」
ロックオン完了。外さない。締里は空中で姿勢を制御して、射撃体勢を整える。
一秒後には、天からシャワーのごとく最大出力での魔弾を見舞う。
撃ち終わった後に受け身をとれるだけの余力が残る事を祈りながら、トリガーをノックすれば、この勝負は――決着する。
頭上を制された優樹は、しかし動揺も絶望もしなかった。
余裕の笑みさえ口元に浮かべ。
風のドレスの豪奢なスカートを、まるで舞踏を舞うように派手にひるがえし――
「――《トルネード・スカート》!」
ごぉうぅぅううッ!!
風のスカートが天空へと伸びるトルネードと化し、射撃を完遂する直前の締里を捉える。
電脳世界で攻撃魔術を把捉(サーチ)できたが、今の締里では十全な魔術オペレーションは無理である。迎撃用魔術も防御用魔術もオペレーションできない。そして超視界と超時間軸での締里の認識を嘲笑うかのように、有視界と現実時間軸での対応が間に合わなかった。
翻弄される締里。
圧縮空気によって形成されている竜巻は、締里を不規則に締め上げ、最後には墜落させる。
肩口から落下した締里は、竜巻に翻弄された為、受け身をとれなかった。
決着となるダウンだ。
「死なれたら困るし、頭から落とすのは勘弁してあげたよ」
魔術を解除した優樹は、大の字になったまま微動だにしない締里を見下ろした。
辛うじて意識はある締里であったが、小さな呻き一つあげられない。完全KOされている。
優樹は自己嫌悪で顔を顰めた。
「とはいっても、あまり良い気分じゃないね。ベストに程遠い相手に勝っても。いや、これを勝ちにカウントする程、ボクは安くないかな? いくらなんでも戦い方が騙し騙し過ぎて《究極の戦闘少女》って異名には程遠い状態だったし。きっとコンディション半分でも、本来だったら歯が立たなかったんだろうな。ま、だから喧嘩を買ったんだけどね」
優樹は昇降口の死角へと声をかけた。
「ロイド」
主人に呼ばれた執事は、コンクリ壁の影から姿を現した。
締里の瞳が驚愕で揺れた。彼が隠れている気配を今まで察知できなかった。
ロイドはすまし顔で一礼する。
「お呼びでしょうか、我が主人」
「うん。ねえ、ついカッとなってやっちゃたけど……これからどうしたらいい?」
困り顔で頬を掻く主人に、ロイドは淡々と答えた。
「このまま去る、という選択肢と楯四万締里を人質にとる、という選択肢があるかと」
「どっちがいいかな?」
「どの道、楯四万締里と一戦交えた事実は堂桜統護に知れる事となります。このまま去るという選択肢ですと、堂桜統護にマイナスイメージを与え、かつ右手の秘密のヒントを相手に与えただけになりますが、それでも双方合意の上での闘いでしたので、彼との関係が決定的に破綻するというのだけは免れます」
「じゃ、じゃあ――人質に取るという」
言葉を言い終わる前に、優樹のスマートフォンが着信音楽を鳴らした。
その音楽で着信するのは、たった一人に設定しているので、優樹は迷わず携帯電話を手にとって通話に応じる。
『あ。お兄ちゃん? 僕だよ』
電話口からの声色に、優樹は頬を緩めた。
「うん。兄ちゃんだよ。どうしたんだよ、智志」
優しい口調で会話する主人を、ロイドは無表情で見守っている。
そんな様子を締里は眼球の動きだけで、どうにか視界の隅に収めていた。
楽しそうな通話は一分程で終わった。
スマートフォンを上着のポケットにしまった優樹は、通話中とは一転した冷徹な顔になる。
「――うん、決めた。楯四万締里を人質にとる」
主人の決断に、ロイドは確認をとった。
「本当によろしいのですか? 楯四万締里を人質にとるという事は、せっかく同居までこぎつけたのに、堂桜統護と敵対する事になりますよ」
「短絡的な路線変更なのも、賭けなのも分かっている。けどね、ロイド。ボクと統護は最初から敵同士なんだ。堂桜財閥と【HEH】は敵なんだよ。ボクは家族――ううん、智志の未来の為にも、絶対に統護の秘密を暴かなきゃならないんだから」
硬い口調で断言した主人に、ロイドは唇を結んだ。
優樹の視線を受けて、ロイドは締里を担ごうと歩み寄っていく。
締里は目尻に涙を浮かべた。自身の不甲斐なさ故に。
優樹は冷たく言い放つ。
「どうせ統護は来ないんだろ。だったら素直に諦めてくれよ。悪いようにはしないからさ」
ロイドが締里へと手を伸ばした時。
真っ白い壁が、締里とロイドの間に割って入った。
明らかに魔術による壁である。
優樹とロイドは昇降口の方向を振り返った。
いつの間にかドアが開けられていた。
そして優樹にとって見覚えのある女子生徒が、其処に立っている。
彼女は広げている状態の本を締里達に向けていた。
優樹は意外そうに訊く。
「邪魔しないで欲しいな。――いったい何の用事かな、委員長」
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…
転校初日とはいえ、クラス委員長――累丘みみ架の噂は他のクラスメートから聞かされていたので、印象に残っていた。
曰く《リーディング・ジャンキー》と渾名される学園屈指の変人。
そして、非公式だが二年次主席の証野史基を軽く一蹴した、謎の学園最強候補。
私闘が厳禁されている筈なので、あくまで噂の域を出ないが、両者のやり取りを観察した限り、デマではあるまいと判断していた。何より強者の雰囲気を彼女は纏っている。
優樹は慎重に、そして油断なくみみ架の様子を窺いながら訊く。
「どうして委員長が此処に?」
その問いに、みみ架は紙面と優樹を交互に見比べながら、深々と嘆息する。
「はぁ。ここから先はアドリブ……ね」
本を閉じて脇に挟むと、みみ架は渋面を作って肩を竦めた。
心底から面倒臭そうである。
優樹も、彼女が進んでトラブルに首を突っ込む性格ではないと思っていた。
「いえね。これでも一応はクラス委員長じゃない? 貴方って女子にもてそうで転校初日から色々とトラブルの火種になりかねないから、ちょっと気をつけていたわけ」
「へえ? 君はそんなキャラだって聞いていないけれど?」
「あ、そ。それは実はわたしも同じで、この本が実は武器側の【AMP】だって知らなかったわけで、そして――」
そこで台詞を区切ると、みみ架は厳しい視線を優樹に突きつけた。
その視線を受け、優樹が薄く笑う。
「ねえ、本当のところ君は何者?」
その誰何には、不本意ながらみみ架には答えが在った。
彼女は決然と宣言する。
「貴方の学級のクラス委員長よ。だから知った以上は見逃せないわね」
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