第二章 錯綜 5 ―みみ架VS優樹―
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みみ架は内心で舌打ちしていた。
この状況――どう収集つければいいのか。
本心では余計な面倒事に首を突っ込みたくないし、抱え込みたくもない。読書の時間が減る可能性がある。しかし、この状況下で締里を見捨てれば《ワイズワード》の使用アクセス許可をした何者かに、みみ架が見限られるリスクが高かった。
否――、この状況を見過ごせば、後味が悪すぎて読書の阻害になる。
(何か、生活が激変しそうな予感……)
優樹は値踏みするように、みみ架を観察する。
「本当は堂桜財閥か統護から、君に救助連絡がいったんじゃないの?」
「誤解よ」
自分を誘った、本に書かれていた内容が、果たして堂桜財閥からのデータなのかは判別できない。仮に堂桜財閥が直接、《ワイズワード》になんらかの方法でデータ送信したとしても、それはみみ架にとっては、どうでもいい事であった。
みみ架はわざとらしくとぼけてみせる。
「クラス委員長として転校生に注目していた末の、偶然の目撃。本当にそれだけよ」
学園内での私闘は基本的に全面禁止だ。
みみ架と堂桜財閥が直接的に繋がっているという証拠がない以上、そして事実としてクラスメートに堂桜統護がいるだけのみみ架がそう言えば、堂桜財閥が観測データを私的流用したとは誰にも証明できない。
しかし。
推察の域を出ないが、自分自身も監視対象になっている――という可能性は、みみ架に少なからずの衝撃を与えていたが、それでも《ワイズワード》を手放す気はない。
その本性が魔導武器であっても、彼女にとっては便利な本型の魔導機器なのだから。
すでに【魔導機術】は立ち上げている。みみ架のオリジナル【基本形態】ではない。それはとてもではないが、実戦の使用には耐えられない。封印した例の魔術とも違う代物だ。専用【DVIS】である栞を模したカードは《ワイズワード》に挟まっていた。
みみ架が使用している【基本形態】は、《ワイズワード》にプリインストールされている《ワイズワード》の使用に特化した不可視の【基本形態】である。
締里の様なエージェント魔術師が使用している規格品のカスタム――『エージェント魔術師カスタム』にカテゴリは近いが、みみ架は【基本形態】のオペレーションすら意識せずに、《ワイズワード》と一体化していた。
魔術師(の卵)としては御世辞にも優秀とは言えない彼女ですら、ほぼ十全に魔術オペレーションを実行できる。そして【AMP】をどう使えば良いか、自然に飲み込めるのだ。
本を開く。
みみ架はロイドを遮った白い壁を解除する。
白い壁の正体は――規則正しく整列している頁の群であった。
ばらけた頁群は一瞬で本体である《ワイズワード》の中へと雪崩れ込む。
本を閉じる。
「できれば話し合いで丸く収めたいのだけど、できないかしら?」
「ずいぶんと落ち着いているね、君。魔術戦闘の場に乱入したっていうのにさ。やっぱり君って、みんなが噂しているように」
「戦闘に興味はないわ。わたしの状況介入の目的は、あくまで仲裁だから」
ロイドがやや焦りの滲んだ声を張り上げた。
「優樹様! 私も加勢します」
執事の言葉を、優樹は怒りと共に拒否する。
「必要ない。ボクに恥をかかせるつもり?」
「そうね。こちらには戦う気自体がないのだから、加勢云々はそもそも不必要だわ」
優樹は鼻で笑った。
「君ってさ。賢しいふりをしているだけで、本当は頭は悪い方だよね? まさか君に戦う意志がないからって戦闘にならないとで――」
言葉は途中で強制的に止められる。
優樹の喉元には、白い矛先が添えられていた。
ごくり、と優樹は喉を鳴らす。
気が付けば、《ワイズワード》の頁を幾層にも束ねた長槍を突きつけられていた。
まるで手品である。
「い、いつの間に……ッ!!」
矛先は、優樹の喉元から左耳――ピアス型【DVIS】へと移動していた。
実力の次元が違う、と戦慄するしかない。
みみ架は誇るでもなし、威圧するでもなしに、淡々と告げる。
「繰り返すわ。わたしは話し合いと仲裁をしたいのだけれど」
「な、なるほどね」
恐怖すら感じる。実力行使する自信があっての発言か、と優樹は納得した。
対して、平静を装っているみみ架も驚いていた。
この《ワイズワード》という【AMP】の使い勝手の良さに。例の魔術を封印したみみ架であったが、生憎と他のエレメントに対する適性は全て最低レヴェルであった。その適性と魔術的才能の欠如を補って余りある――【地】属性で紙を制御する魔導武器である。
「話し合い、応じてもらえるかしら?」
「嫌だね。ここまでされてボクが引き下がるとでも?」
「そういう性格なのね……」
嘆息するみみ架に対し、優樹は両目を眇めた。
「確かに槍はリーチがあるけれど、一度かい潜ってしまえば!」
優樹はヘッドスリップで矛先を避けて、一気に踏み込もうと姿勢を低くする。
ずん、という腹部への衝撃で、優樹は両膝をついて丸まった。
「これ――槍じゃなくて八節棍よ」
棒状に直列させていた棍の節を解除して、みみ架はひるがえした矛先を真下から優樹の腹へ叩き込んでいた。当たる瞬間、矛先を丸めるという余裕まである。
優樹に魔術オペレーションで対応させる間を与えなかった。武具の制御に魔術を使用していても、格闘ベースの動きである為だ。魔術の武具の変化を電脳世界の超時間軸で把捉できても、現実時間でのみみ架の動きに優樹の認識が追いつけない――という魔術戦闘の妙だ。
みみ架は八節棍を本の中へと還した。
八節棍を維持したまま、同時に他の紙魔術を扱えないと実感していたからだ。
通常、戦闘系魔術師が一度に起動・制御可能な魔術は一種類である。よって【基本形態】というベース魔術を基点とするのだ。まれに一度に複数の派生魔術を扱える魔力総量と意識容量をもつ者もいるが、そのマルチタスクも高性能な【基本形態】あっての話となる。
「が、、がはっ」
苦しげな息と共に微かな胃液を吐く優樹に、みみ架は再度告げた。
「腹部に受けた楯四万さんのゼロ距離射撃のダメージもあるし、無理しない方が賢明よ。さあ、話し合いをしましょう。読書の時間が減るからあまり手間をかけさせないで」
「本当に君って、何者なんだよ」
「貴方の学級のクラス委員長。趣味と生き甲斐は読書。それ以外の何者でもないわ」
そう在りたい、という願望を込めての台詞だった。
優樹はどうにか立ち上がる。
「はは。魔術戦闘もいいけれども、まずはその邪魔な【AMP】を消そうかな」
「これを? どうやってかしら?」
これ見よがしに左手に持った《ワイズワード》を肩口に掲げて、みみ架は首を傾げる。
優樹は静止状態から一気にトップギアまで速度を上げ、みみ架の懐に踏み込んだ。
そして右拳を《ワイズワード》目掛けて繰り出す。
「見せてあげるよ! これがボクの《デヴァイスクラッシャー》だっ!!」
拳が本に当たる寸前。
本が拳との距離を保ったまま後ろへ引かれた。
僅か二ミリの隙間が強固な壁の様だ。
「意表を突いたつもりかしら?」
みみ架はフリーになっていた右手で、優樹の右拳が伸びきった瞬間を捉え、手首を掴む。
親指と親指を絡め、捻り、手首を極め、そこからテコの原理で肘――肩――背中――と震動を骨沿いに伝達させた。
みみ架が右手をあげると、優樹も操り人形のように追従する。いわゆる合気だ。
防衛本能で、骨と関節を守るために反射的に不自然なつま先立ちになった優樹の背後に、するりと、みみ架は回り込んで背中を当てる。
「はっ!」
裂帛の呼気と共に、みみ架は右手を振り下ろした。
同時に、拘束していた手首を解放すると、優樹の身体は天地逆になった死に体で、激しく錐揉み回転していた。
最後に、みみ架は軽く当て身を添えて、優樹を床面に転がす。
本来ならば受け身をとらせない状態にして、頭部に肘か膝を打ち込む『殺し業』だ。
優樹は呆けた顔で大の字になっていた。
「莫迦ね。本を狙うって宣言して、そのまま真っ直ぐに本を狙うなんて」
兵法の基本だ。みみ架は優樹の《デヴァイスクラッシャー》を知っていた。相手の手の内を知り、そして自分は手の内を明かしていない状態だ。戦う前から勝負はついていた。
みみ架は《ワイズワード》を開き、紙の縄を出現させる。
その縄を巧みに操り、ロイドの傍で倒れたままの締里を絡め取って、空中へと放り投げた。
締里の身体は金網フェンスを越えて、屋上の外へと放り出されている。
縄を消すと同時に、みみ架は走り出していた。
そして再び本を開き――頁で創られた階段を出現させると一気に駆け上がる。
伸び続ける階段の最先端で、みみ架は締里をキャッチした。
「――はい。無事に確保っと」
生成した階段の踊り場に優しく締里を横たえた。そして背後に庇う。
みみ架は改めて優樹に提案する。
「じゃあ、話し合い、いいかしら?」
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