第二章 錯綜 3 ―締里VS優樹①―
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校舎の屋上で対峙する男子生徒と女子生徒。
両者の間には、思春期の男女が向き合っているというシチュエーションには似つかわしくない緊迫した空気が横たわっている。
一年の女子生徒――楯四万締里は、愛銃《ケルヴェリウス》を男子生徒に照準していた。
銃口を前に、二年の男子生徒――比良栄優樹は怯えの色を見せない。
優樹は感嘆を口にした。
「へえぇ……。パーツ毎に分解して制服の隠しポケットに収納していた物を、ほぼ一瞬で組み上げるとは。ホント凄いね」
「余裕もいいけれど、この【AMP】はオモチャじゃないわよ」
一般に流通している【AMP】は、『アクセラレート・マジック・ピース』と正式名称されている魔導補助機器である。しかし締里が手にしている【AMP】――肉食獣を想起させるデザインの黒い拳銃は、軍用拡張兵器すなわち魔導兵器の一種としての『アームド・モデリング・パーツ』の頭文字を繋げた単語を指す武器だ。
優樹が頷いた。
「オモチャじゃないのは知っているよ。君の身元は、例の《隠れ姫君》事件でボクにも調べが付いているからね」
ファン王国王家専属特務隊所属の特務工作員――エージェント魔術師として籍を置いていたが、正式にアリーシア・ファン・姫皇路第一王女の側近となったのが現在の締里だ。
他にも過去に四つの特務機関に在籍しており、今でもコネクションは途絶えていない。
通常ならば学生が所持できるはずのない特殊兵器を得ているのは、その経歴ゆえである。
「その歳で経歴と肩書きが多すぎだよ、君」
「いいえ。私の心の肩書きは、姫様の従者ただ一つ」
緊迫感が極限まで達する。
二人の距離は、約十二メートルだ。
優樹は銃口に意識を集中する。トリガーが引かれた瞬間、射線上から退避すればいいだけだ。仮にホーミング弾や散弾だとしても、締里は明白に殺害を目的としていないのだから、回避行動をとって直撃を避ければ充分に反撃の機会はある。
タイミングを窺っているのか、締里のトリガーは微動だに――
優樹は一瞬、硬直した。
銃口が真下にだらりと下りたのだ。
次の瞬間には、締里は優樹の懐に踏み込んでいた。
武術における奥義の類ではない。無駄が一切削ぎ落とされた機械的かつ脅威的なステップだ。
狙い通りのクロスレンジなのに相手に主導権を握られている。
「未熟ね。視線を一点に集中し過ぎ」
反応が遅れた優樹は、苦し紛れの右フックでの迎撃を試みるが、あっさりと締里の左前腕でかち上げられてしまった。体勢が崩れた優樹に対して締里は、
銃口を腹部にあてがってトリガーを引いた。
ガォンぅ! と咆哮のような銃声が響く。
ゼロ距離射撃で放たれた【風】属性を纏った魔弾を受けた優樹は、大きく吹っ飛んだ。
魔弾の威力に優樹の腹部が波打ち、昇降口の壁に背中を強烈に叩きつけられる。
締里の二つ名――《究極の戦闘少女》に恥じない鮮やかな戦闘センスだ。
「殺すつもりはないけれど、半殺し以上は覚悟してもらう」
締里は《ケルヴェリウス》の射撃モードを『ノーマル』から『散弾』へと変え、容赦なくトリガーを引き絞る。
ガガガガガガガガッッ!!
コンクリ壁に背中を預けて、辛うじて倒れなかった優樹は、咄嗟に身を丸めて転がった。
三十を超える散弾が優樹を襲ったが、致命的なダメージは回避した。
前転から素早く体勢を立て直して、優樹は姿勢を低く保ったまま疾走する。
「おいおい。君って半病人状態だよね!?」
「コンディションは一割にも満たない状態だ。けれど関係ない」
カートリッジを入れ替え、エレメントをシフトする締里。
専用【AMP】の補助によるとはいえ、一つの【基本形態】で数多のエレメントを操れる。
一発の威力を重視し【火】を選択した。文字通りファイヤパワーで勝負だ。
散弾では不十分と、締里は『ノーマル』モードに戻した《ケルヴェリウス》を連射。
ドン、ドン、ドン、っ、ドン!
暴力的な銃声がリズムよく奏でられる。
しかし優樹が走る軌跡を後追いする弾丸は、一発も当たらない。
顔を歪めた締里は、射撃を止めた。
相手の動きからして、このまま撃っても当たらないと判断したのだ。優樹が披露した動きは明らかに常人の域を超えている。初撃で倒せなかった耐久力も含めてだ。
優樹も足を止め、最初より距離を開けて締里と正対する。
「やはり随分とキツそうだね。ロックオンをミスってるし、立っているだけで辛そうだ」
その言葉を聞き流し、締里は呼吸を整える。
射撃の反動だけでも全身が軋み上がるようであった。本来ならば登校できる体調には程遠いのが実相である。だが、締里はその辛さ苦しさを無視する。
ドン、と抜き撃ちの銃声。
その弾丸は、優樹にとって不意打ちとはならず、射線から半身をずらすだけで易々と回避した彼は、一刀足で締里の懐に侵入した。魔術を未起動状態という事は、魔術弾を電脳世界内の【ベース・ウィンドウ】でサーチしたのではない。現実世界における有視界で見切ったという事である。
単純に、ベストの抜き撃ちと比較して、今の締里はスローに過ぎた。
優樹が締里の懐へ飛び込む。ゼロ距離射撃さえ用心すれば、すでに格闘戦の間合いだ。
締里の動きが鈍い。コンディション不良を無視した射撃の反動で痛んでいる。
「さっきのお返しだよ」
どぅゥぅ!! 右のボディアッパーが、締里の腹にめり込んだ。
状況に応じてオートで最適に動く筈の身体は、動いてくれなかった。
たまらず、上体をくの字に折った締里に、優樹はダブルで右ショートアッパーを繰り出し、彼女の顎を突き上げた。上体を引っこ抜かれるように起こされた締里は、棒立ちになる。
締里であって楯四万締里ではない――のが今の締里だ。《究極の戦闘少女》と畏怖した者達が今の締里を目にしたら、あまりの酷さに目を覆って嘆くだろう。
優樹は右拳を引き絞った。
「――じゃあ、君の【DVIS】を破壊させてもらうよ」
狙いは、締里の左胸のポケットの中。
《ケルヴェリウス》を起動させる時に、ポケットの中にある専用【DVIS】も同時起動していたのを、優樹は見逃さなかった。
右拳が一直線に放たれる。
優樹の《デヴァイスクラッシャー》が、締里の左胸に着弾する、その寸前。
微かな、しかし快心の笑みを浮かべた締里は、自分の左胸を左手でカバーした。
「ッ!」
ギョッとして息を飲んだ優樹は慌てて、右拳を引き戻す。
締里は左胸のポケットから、自分の専用【DVIS】――コンパクト型を取り出した。
携帯用化粧容器も兼ねた【DVIS】を、締里は優樹の左手にぶつける。
しかし何も起こらない。
顔色を変えた優樹は、大きくバックステップして間合いを確保――ではなく、一時退避した。
引き攣った笑みを締里に向ける。
「まさか君、最初からこれが狙いだったの?」
対照的に笑みを引っ込めた締里は、冷静な瞳で優樹を射貫く。
「勝てるなら勝つつもりだったが、やはりワンショット・ワンキルじゃないと厳しかったわ。とにかく二点ハッキリした。それだけでも、もう勝ち負けはどうでもいいわね」
ひとつは、優樹の《デヴァイスクラッシャー》は右拳限定であるという事。
そしてもうひとつは、締里の手の平越しでは《デヴァイスクラッシャー》を使用すると、何か不都合が露見してしまう事。
それに統護とは異なり、砲撃用魔術に使用する魔術的ロックオンが有効だった事。統護相手に魔術的ロックオンを試した時には、[ ERROR ]表示となりロックオン用の【アプリケーション・ウィンドウ】がフリーズしたのである。ただ現状の締里ではロックオンしても魔弾が追従してくれなかった。
締里は戦いの最中であるのに、相手から視線を外し、天を仰いだ。
その視線の意味を、優樹は理解した。苦々しく吐き捨てる。
「そうか。堂桜の【ウルティマ】が一部始終を観測しているというワケだ。なるほど《究極の戦闘少女》って異名は伊達じゃないね。弱体化していても相応だ」
「ええ。間違いなくマークしているでしょうね。特に抜け目ない《アイスドール》は」
故に締里は、遮蔽物のない屋上を戦いのステージに選んだ。
「じゃあ、君のピンチに統護も王子サマ然と駆けつけてくるのかな?」
「それはないわ」
締里は首を横に振って否定した。
「ま、そうだろうね」と、優樹も同意する。
軌道衛星【ウルティマ】のみならず、他の気象衛星なども行っているのは観測であって、決して監視や盗撮ではないのだ。それは街中に設置されている防犯・防災カメラも監視カメラではないのと同じで、官権者による監視・盗撮目的のカメラではない。
先日の《隠れ姫君》事件において、各観測機能と防犯・防災カメラからの情報をフル活用できたのは、あくまでアリーシア姫を守る為という大義の下、超法規的措置が根回しされていたからだ。
また優樹の《デヴァイスクラッシャー》の映像データを堂桜が活用・入手できたのは、あくまで魔術犯罪――刑事事件だったという建前があった故である。
従って、本来は厳禁されている一学園生同士の私闘に、軌道衛星【ウルティマ】の観測データが私的目的で漏れたというシチュエーションが成立してしまうと、それこそ場合によっては堂桜財閥が揺らぎかねないダメージを被ってしまう。
視線を相手に戻して、締里は言った。
「この戦い。私の負けでいいから、ここで切り上げて構わないかしら?」
優樹は凄みのある笑顔で拒否した。
「……ここまで虚仮にされて、黙って帰すわけにはいかないかな?」
ヴゥぅオン。
台詞の終わりと同時に、旋風めいた左ハイキックを繰り出した。
大振りだ。それを間一髪のダッキングでかい潜った締里は、再びゼロ距離射撃を狙い、優樹の脇腹へと銃口を当てにいく。
「遅いね」
読んでいた優樹は、肘撃で《ケルヴェリウス》を打ち落とし、右の掌底を放った。
顎先に掌打を受けた締里は、よろけながら力なく後退した。完全にダメージが足にきている。
紅色の唾をコンクリの床に吐いて、彼女は文句を言った。
「まったく。降参したっていうのに」
「危ない危ない。嘘ばっかりだ。だって君は今だって逆転を狙っている」
「誤解よ。反射的に応じただけよ」
「いいや違うね。今の君は言っちゃ悪いけどポンコツだ。スクラップ一歩手前だよ。反射的に動くどころか、ロクに防御できていない。一杯一杯じゃないか。それに勝負を捨てたのなら、どうして【AMP】のカートリッジを入れ替えている?」
締里はギクリとなる。魔弾の属性を【風】に換えていたのを悟られていた。
射撃の反動に耐えられるのは、あと一発。
その一発に全てを賭ける為、最大威力を誇る炎弾を至近距離で見舞うつもりである。
「ああ。その目。覚悟を決めたって感じだね」
「そうね。そちらが引かないのなら――やはり当初の予定通りに力ずくでその右手のカラクリを喋ってもらうわ」
「この右手の秘密をこれ以上は探られたくないかな。その代わりといっては何だけど……」
優樹は「――ACT」と唱えた。
彼の専用【DVIS】である左耳のピアスが煌めき、【魔導機術】が立ち上がる。
「代わりといってはなんだけど、魔術だったら惜しげもなく披露してあげるよ」
ごぉぉおおぉおおおおおおおっ――……
風が唸った。
屋上中の空気が圧縮されながら優樹へと急激に収束していく。
圧が加わり密度を増した空気は、光さえ微妙に屈折させて、透明度の高いヴェールに視えた。
その空気のヴェールを、優樹はウェディングドレスのように盛装する。
「これがボクの【基本形態】だよ。その名も」
――《サイクロン・ドレス》。
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