第三章 それぞれの選択 11 ―号泣―
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庭の片隅で月を見上げている。
統護の帰りを待っているアリーシアだが、どうにも落ち着かない。
独りになりたい、と小さい子供達の相手と世話を締里に押しつけてしまった。
兄と会って話し合う覚悟は決めた。
そこから先は……
(私はどうすればいいんだろう?)
考えがまとまらない。
実の父――国王ファン・ファリアストロⅧ世に逢いたいかと問われると、本音をいえば返答に迷う。いや、困る。現実感がないのだ。そして怖さもある。
色々と聞き及んだ。アリーシア自身も調べた。父が亡き母を愛していた事だけは確かなので、わだかまりはない。それどころか感謝すらしている。
孤児院という大切な家族と、平和な一般人としての生活を与えてくれて。
そして、その意味をずっと考えていた。考えは、もう少しでまとまるところだ。
その先に、きっと――決意がある。
「迷惑かな……」
アリーシアは里親と養子縁組して巣立っていったルームメイトに電話した。
彼女が【光の里】を去ってから、初めての連絡だ。
スマートフォンに表示されているのは[ 島崎和葉 ]だが、今は吉佐という名字だ。
遠慮していた。新生活を送る和葉に。
けれど今、無性に親友で家族である彼女の声が聞きたかった。
「もしもし? 和葉?」
『久しぶり、アリーシア。元気? なワケないか』
「え」
沈黙が流れる。
『今の状況で私に電話って事は迷っているんでしょ? アリーシア・ファン・姫皇路』
絶句するアリーシア。
そして、結論に思い至る。半泣きの声で確認した。
「か、和葉は、私の護衛だったんだ」
『うん。同い年で日系だったから。極秘で訓練を受けながらね』
十一年前に出逢った時から、ずっと……
それも時間を見つけて訓練しながらである。
和葉は全ての時間を、ほぼアリーシアの為に使ってきた。
『御免ね。本当なら離脱したくなかったけど、まだ再訓練までいっていない』
和葉の本籍はファン王国で、本名はリーファ・エクゼルド。両親がファン王国王家専属特務隊に所属している戦闘系魔術師で、その関係でリーファが抜擢されたのだ。
「じゃあ養子縁組って」
『偽装だよ。実際は反王政派が動き出して、まあ、そういうコト。悔しいけど相打ちには持ち込めた。日常生活は問題ないけど、とても戦闘系魔術師としてアンタを護れない。だから本国に戻っている。アンタの傍にいられなくて、本音いえば悔しいよ』
入れ替わりで締里が派遣された、という経緯だった。
アリーシアは愕然となる。自分が知らないところで和葉が自分を護る為に戦い、そして深いダメージを負っていた。何も知らなかった。ここまで護られていただなんて。
「わ、私……」
通話先から鋭い怒声が届く。
『泣くな、アリーシア!!』
「だ、だって」
自分の所為で、和葉はずっと親元を離れて任務に就いていたのだ。
平和だと思っていた生活は、和葉の犠牲を元に成り立っていた。
『私は何ら後悔していないから。もう護衛を解任されたから【光の里】での生活には戻れないけれど、それでも、それでもアンタやみんなは今でも私の家族なんだよ。家族として過ごした時間に偽りなんて一切ない』
「か、家族」
『私は私として、これからも前を向いて戦う。アンタはどうする?』
肩が震える。声が詰まりそうで言葉にならない。
だからアリーシアは振り絞った。
「い、今だけ」
『うん?』
「思い切り、泣いたら、あ、後は、私らしく」
『許す。存分に泣け』
ぅうわぁぁあああああああああああッ~~~~~~!!
夜空を向いて、絶叫する様に号泣した。
耳元に当てたままのスマートフォンから優しい声が聞こえる。
『信じているよ、アリーシア姫』
私の大切な家族にして誇らしいお姫様、と。
…
最後の子が遊び疲れて、ようやく寝入ってくれた。
個室に運び終わった締里は吐息する。終わったという安堵ではない。
(こんな世界もあるんだな)
知識としては有していても、いざ体験するとイメージとは大差があった。
孤児院の外からでは決して味わえない。
姫君が淡雪ではなく自分に声を掛けたのは、単なる成り行きだろう。
「でも、意味があった」
アリーシアに感情的になる理由が理解できたから。
「何の事はない」
ただの――嫉妬。
家族がいる姫君が羨ましかった、きっと、ただそれだけ。
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