第二章 王位継承権 5 ―正体―
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血の気の引いた白い顔色で、アリーシアが後ずさった。
そんな彼女を淡雪は背中に庇う。
統護は二人に向き合った。
「それで? 何の用だよお二人さん」
統護は特にアクセル6へ鋭い視線を飛ばす。
静かだが凄みのある声で淡雪が言った。
「先日の狼藉。きちんと説明して下さりませんか?」
すると締里は深々と腰を折った。
「この通り、謝罪するわ」
締里は「アンタも!」と横目でアクセル6に命じる。
彼は渋々と小声で「悪かったよ」と相棒に続いた。
唖然となるアリーシアに、統護が説明する。
「コイツ等の正体は、アリーシアの護衛だ」
正体は昨日、知った。否、報された。ファン王国の王家直属特殊隊から直接派遣されている日系のエージェント魔術師。それが楯四万締里とアクセル6の正体だ。
締里は本名だが、アクセル6は偽名で、しかも実年齢は二十一歳と判っている。
統護はファン王国のくだりを省き、二人が特殊部隊所属のSPだとアリーシアに伝えた。
「護衛って襲ってきたじゃない!」
憤慨したアリーシアが二人を指さした。
締里は表情を変えずに謝罪する。
「大変申し訳ありませんでした。けれど御身の安全を確保する為に、ご同行願ったのは任務でありました。本気で傷付けるつもりはありませんでした。少しだけ貴女様の技量を知りたくなってしまって、つい出来心であんな愚行に及んでしまいました。今では未熟だった己を心底から反省しております」
機械的で、まるで心のこもっていない棒読み台詞だ。明らかに見下している。
「つーか、本気で殺すつもりなら十秒要らないし。ちょっと脅す程度の予定だったんだ。そしたら大人しく付いて来てくれるかな~~、なんて。色々と面倒なんですよ、お姫様のお立場は」
ばつが悪そうな二人の弁明。
二人の台詞に、アリーシアの顔が強ばる。
姫という単語が、台詞の内容が、彼女を揺さぶっているのが手に取る様に分かる。
(流石にこれで色々と察しちまうだろうな)
ひょとしたら、狙われているとか、護衛が付いていたとかいう事よりも、出自を知る事の方を恐がっているのかも――と、統護はアリーシアの顔から感じた。それは淡雪も同様で、憐憫の視線でアリーシアを見ている。
統護は彼女に言った。
「許してやれとは言わないけど、この二人、上司にガッツリ絞られたみたいだから」
この件に関しての謝罪もファン王家から堂桜本家にきていた。
過日の真相はこうだ――
反王政派のチームがアリーシア接触に動き、王家直属特殊隊の護衛チームが対応した。戦闘となり双方、被害は甚大だった。負傷者が多数出た上に、敵陣営の残存戦力が読めない状況。よって特務隊総隊長――エリス・シード・エリスハルトが、アリーシアの安全最優先で、緊急措置として身柄を確保しようと判断したのである。
学園内の警護を担当している締里とアクセル6に、アリーシア確保を命じたのだが、完全にエリスの人選ミスであった。そして淡雪は両陣営の戦闘と、締里達が味方だと知らされていなかった。よって締里達を反王政派だと勘違いしてしまう。
結果、無駄な揉め事が起こってしまった――という経緯である。
両名がエリスに大目玉を食らったのは想像に難くない。
「俺と淡雪については、昨日の件は水に流す。だからとっとと先に行ってくれ」
一緒に登校するつもりはない。
それに同じ護衛ならば、傍で護る自分と遠くから護る特殊隊二人に別れた方が合理的だ。
エージェント二名は統護達から先行しようとした。
「待って!」
その背に、アリーシアが声をかけた。
呼び止められた二人は振り返る。
「許してあげる代わりに――条件が一つあるわ」
アクセル6は顔を顰めたが、締里は表情を変えずにビジネスライクな口調で言った。
「何でしょうか、姫様。断っておきますが守秘義務があります。貴女様の出自の詳細につきましてはご当人に対しても喋ることは禁じられております。知りたければ、ご自分で調べるなり察するなりで、お願い致します」
アリーシアは頷いた。
「それは分かってる。私が貴女達に頼みたいのは。戦闘技術を教えて欲しいの」
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…
統護とアリーシアが一緒に教室に入ると、長身の男子――証野が詰め寄ってきた。
フルネームで証野史基。現在、二年生で主席の生徒だ。
「テメエ! 統護ぉ」
蜥蜴と揶揄される神経質そうな顔が、怒りと興奮で沸騰していた。
体型は統護と同等だが、身長と骨格が一回り大きいので、接近すると統護は見下ろされる。
「な、なんだよ」
烈火のような史基の怒りに、統護は一歩引いた。精神的にはもっと引いていた。
統護よりも頭一つ大柄な史基は、統護の胸ぐらを乱暴に掴む。
「掃除当番を投げ出して帰りやがって!」
「あ」
すっかり忘れていた。
淡雪からのメールを受けると、そのまま教室を飛び出していたのだ。
原因を察したアリーシアは統護を庇うように前に出て、史基に頭を下げる。
「ごめんなさい。昨日の件は私のせいだから統護を責めないで欲しいの」
「統護、だと?」
史基が顔色を変えた。
遠巻きから見ているクラスメート達の数人が「余計な真似を」という顔になる。
アリーシアは統護の胸ぐらを掴む史基の手を、やんわりと解く。
「だから暴力は止めてよ。私が代わりに次の掃除当番の時に一人でやるから」
「姫皇路には関係ない話だ。俺は統護と話をしている」
面倒な展開になったな、と統護は憂鬱になる。
「いいよアリーシア。実際に非があるのは俺の方だ。次の掃除当番、俺が一人でやるからそれで勘弁してくれないか、証野」
「おい。女の前だからって随分といい顔するじゃねえか」
「じゃあ、どうすりゃ納得するんだ」
史基はアリーシアを見て、引き攣った笑顔になる。
アリーシアはアリーシアで不満げな顔をして、史基を睨み付けていた。
「土下座しろ。それで許してやる」
教室中が凍りついた。
統護は肩を竦めて即答する。
「断るよ。非は認める。昨日は済まなかった。あとアリーシアは関係ない。事情すら説明しなかった俺が悪いんだからな。だから掃除は一人でやろう。けれど土下座は――拒否だ」
史基が統護の胸元へ手を伸ばす。
今度はされるがままではなく、統護はその手を掴んで後ろ手に捻り上げた。
膂力は要らない。梃子の原理――合気の応用だ。
(しまった……っ!)
つい反射的にやってしまった。身に染みた習慣とは恐ろしいものである。
片手で軽々と史基を制した光景に、教室中が固唾を飲んだ。
唯一の例外が、クラス委員長の累丘みみ架である。彼女は、統護がみせた流麗な動きに、眼光を鋭くしたが、すぐに文庫本へと視線を戻した。統護はその視線に気が付けなかった。
史基から怒りの目で睨まれる。
こうなると統護としても、下手で引き下がれない。意図して声を凄ませる。
「あまり舐めるなよ。大人しくする時とそうでない時の区別くらいはついている」
元の世界で喧嘩や荒事に無縁だったのは『ぼっち』で空気だったからだ。
周囲の視線が嫌な批難に満ちていく。
(いやな展開になったな。くそっ)
もがくが史基は動けない。腕一本ねじられただけで、全身の動きを封じられていた。
「て、テメエ……」
「統護。ええと、どうするの?」
構図が代わってアリーシアも困惑している。
実は統護もこの後はノープランであった。
教室中の視線が、とある生徒に映る。視線の束の先には、我関せずと読書している女子生徒が座っていた。先程、統護の動きを一瞥したみみ架である。
縋るような皆の視線に、みみ架が「仕方がない」と不愉快げに呟き、椅子から腰を浮かせ、事態の収拾に動こうとした、その時。
教室のドアが開いた。
ビジネススーツに着られている御年二十八才の女の子、担任教師の琴宮美弥子が入ってきた。
彼女はすぐに異常を察して、統護に狼狽した声を飛ばす。
「な、何をしているんですか!? 堂桜くん!」
統護と史基、双方の言い分を聞いた上で、美弥子はひとつの提案をした。
「――いいでしょう。話し合いでは無理そうですので【魔術模擬戦】で決着をつけなさい」
基本、生徒同士の私闘はたとえ魔導科の生徒であっても厳禁である。
けれど話し合いでは遺恨が残ると、美弥子は判断した。
「実力での勝負。これならば文句ないでしょう?」
二人は承諾する。【魔術模擬戦】とは、文字通りに【魔導機術】の実技で行われる模擬戦である。職業【ソーサラー】を目指す魔術師候補生にとっては、必須かつ最重要な項目だ。
本来ならば専用【DVIS】の扱いに習熟した三年次からの授業であるが、美弥子は喧嘩を容認できる立場ではないので、こうして模擬戦で代替するしかなかった。
敗者が、今週は一人で掃除当番を受け持つ、という条件である。
今、美弥子のクラスの生徒は全員、第一グラウンドへ出ていた。
この第一グラウンドは土のグラウンドで、主に陸上競技用として使用されている。一周八百メートルの広大なグラウンドである。
当事者二名以外は見学だ。
この騒ぎを聞きつけて、他のクラスの生徒達も窓際に張り付いて注目していた。
学校側もこのイベントの見学を特別に認めている。
二学年だけではなく、三年の生徒も大勢注目している。生徒会長である東雲黎八もその中の一人であった。他、生徒会役員である副会長の桑織章弘(魔導科二年)や、書記の鷹森かな依(同二年)なども揃っていた。
学園関係者ならば、誰だって興味を引かれるだろう。
かつて史上最年少の最高位到達を期待されたが、【DVIS】を操れなくなり、その道は閉ざされた。しかし反面、超人的な身体能力を得た元主席の堂桜統護が、現主席を相手にどういった魔術戦闘をみせるのか。
史基は当然ながら距離をとって遠距離攻撃に専念してくるだろう。果たして身体能力だけの統護が、その展開をどう打破するのか。
勝敗以上に、その点が焦点となっていた。
美弥子が声を張り上げる。
「それでは! 今回は直接戦うのではなく、タイムアタック戦とします」
タイムアタック戦? と、皆が首を傾げた。
地面に手を置いた美弥子は「――ACT」と囁く。
腕時計を兼ねている己の専用【DVIS】を起動させた。アナログ式だった時計盤のカバー面に、大量の英文がスクロールしていく。
ずぅずズズズずず――……
不気味な地響きが、地の底からもち上がってきた。
地面から大量の土が隆起して、彼女を中心に、ある形状へと変化していく。
「――《グランド・フォートレス》」
その【ワード】と同時に、美弥子の戦闘用魔術の【基本形態】が完成した。
天井が空いた、前面に扇状にカーヴしながら展開されている分厚い壁であった。
【基本形態】のタイプとしては、【ゴーレム】や【使い魔】使役型の亜種にカテゴリされる。
術者である美弥子を囲う『土の要塞』――の威容に、見学者が感嘆の吐息を洩らした。
美弥子が得意とする属性は――四大エレメントの【地】だ。
彼女が授業中に放つ名物《チョーク・バレット》も、この【地】属性をアレンジしている。だたし【基本形態】を介さない単一魔術としてアレンジされているので、実戦では使用に耐えられない。単純に注意として威嚇発射するだけの魔術だったりする。
「なるほど。どちらが先に先生を倒すかを競うんですね」
不敵な統護の言葉に、美弥子は苦笑した。
「あらあら。魔術を喪っても自信は失ってないんですねぇ。センセだって教師として生徒に負けるわけにはいかないんですけど。違いますよ。センセが直接戦うのではありません」
自信……か。統護は初めて自覚する。
喧嘩や試合に興味はない、と元の世界では不戦を貫いてきたが、逆の見方をすれば、戦えば勝てるからと、無意識下で相手を見下していたのかも知れない。
けれど、この魔導世界――【イグニアス】では、そういうワケにはいかないのだ。
「だったら?」
「正解は……これです」
美弥子は全面に展開している『土の要塞』に手を触れた。
そして【ワード】を唱える。
「――《クレイ・ウォーリアー》」
壁面の一部から土で構成された兵士が二体、切り取られるように出現した。
人型のディテールは省略されているが、おおまかなフォルムはさながら鬼の如し。
【ゴーレム】の一種である。
円楯と園月刀を構えた兵士を制御しながら、美弥子は宣言した。
「二人には、この《クレイ・ウォーリアー》を倒すまでの時間を競ってもらいます」
これならば魔術を使用できない統護にもハンディキャップなしの闘いになる筈だ、と美弥子は目論んでいた。
二人の生徒は揃って物足りなさそうな顔になる。
それも織り込み済みであった美弥子は、意地悪い表情を作った。
「センセも、この学園の魔導教師として高位の【ソーサラー】に認定されていますが、確かに最高位である【エレメントマスター】には届きません」
しかし、と美弥子は二つの拳大のチップを翳して見せた。
これは【AMP】――『アクセラレート・マジック・ピース』と呼ばれる補助機器だ。
「注目です。センセが特注している専用【AMP】です。一個五十万円もするんですよ。これを使えばセンセの魔術も最高位に匹敵するレヴェルになります」
それぞれを《クレイ・ウォーリアー》の背中に投げつけた。
チップが背中に埋まっていき、《クレイ・ウォーリアー》が劇的にパワーアップする。
身体が二回り膨れあがり、さらに武装もランクアップした。
口元を引き締め、統護は警戒する。
史基は戦慄しているが、闘志も上がっている。畏怖はない。
「ちなみに外見の変化だけではなく、魔術式AIによって自律思考しますからねっ」
ゴーレム制御による負荷から解放され、美弥子はにこやかに告げる。
「――あ。そうそう忘れてました。二人とも負けちゃった場合は引き分けです。その場合はみんなに『喧嘩して御免なさい』って謝った上で、一ヶ月間ふたりで仲良く掃除当番ですよ」
そんな条件を付け加えた。
童顔なので愛くるしい笑顔だが、目が本気で据わっている。
生意気な生徒二名の天狗の鼻を叩き折る――最初から美弥子は、喧嘩両成敗として二人とも叩き潰す算段だった。
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