第二章 王位継承権 4 ―登校―
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統護とアリーシアは並んで通学路を歩いている。
初めての道順に、統護は落ち着かない。統護は目的地まで到達できる道があれば、常にその道を利用して他の道に逸れるといった事をしない性格である。
チラチラと横目で自分を窺うアリーシアに、統護は問いかけた。
「どうした?」
「いや。堂桜くんって、やっぱり女子と二人で歩くのって慣れている?」
そんな風に話題を振られ、統護は噴き出しそうになる。
女子で二人きり――
淡雪の姿がちらついたが、淡雪は妹で、アリーシアのいう女子にカウントしては駄目だろう。
視線を合わせられずに、統護は訊き返す。
「なあ、姫皇路さんの俺に対するイメージって、どんなんだ?」
「えっとぉ」と、アリーシアの返事に困惑が滲む。
気安い淡雪とは勝手が違い、統護も手探り状態での会話だ。
任務に支障がないように最低限でも打ち解ける必要があるので、必死でもあった。
「以前の俺に問題があったのは自覚しているけど、女好きって感じだったか?」
「そうじゃ、ないけど、さ」
「そういう姫皇路さんは――」
むにぃ。そこで頬を軽く抓られた。
アリーシアはふくれっ面になっている。
今朝の厨房での件もあり、統護は可愛い、と思う。
「あのね。いい加減に、姫皇路さんって他人行儀やめてくれないかな?」
「へ?」
「ひめおうじ、って大仰な名前、実はあんまり好きじゃないの」
「……」
「この名字って世界で私だけだって、とっくに分かっている便宜上の名だしね……」
アリーシアは寂しげな目になる。
やはりアリーシアとて、自分の家族を捜さなかったわけではないのだ。しかし、まさか実の父親が国王だとは想像だにできないだろう。姫、と呼ばれた事で困惑しているだろうが。その事について悩んでいるというのは、時折みせる憂いた貌で統護にも伝わっていた。
統護は明るい笑顔を演出する。
「分かった。じゃあ、交換条件として俺の事も統護って呼んでくれ」
「はい?」
「なんだよその顔。まさか俺は名字で自分だけは名前で呼べっていうつもりかよ」
アリーシアは狼狽した。
「だ、だけど堂桜財閥の御曹司を呼び捨てにだなんて」
「俺の事を統護って呼び捨てにしているヤツ、結構多いだろうに」
「そ、それは――」
「堂桜財閥の御曹司じゃなくて、俺は俺だから」
その台詞が決め手になった。
アリーシアは大きく二回頷く。
「えっと、じゃあ、――改めてよろしくね、統護」
「こっちこそな、アリーシア」
色々と氷解したと統護は感じた。
二人は足を止めて向き合い、そして自然に微笑み、見つめ合う。ドキドキする――
「なにを甘酸っぱい青春ゴッコをしているんですか、お兄様!!」
怒声に、二人は揃って声の方を振り向く。
すぐ先の交差点で仁王立ちしている中等部の制服を着た少女――淡雪が視界に入る。
たおやかで上品な笑顔なのだが、不思議と恐かった。
淡雪はらしくない大股で近づいてくると、二人の間に割り込むように統護の腕をとる。
「な、なんでお前、此処にいるんだ?」
「お兄様だけでは不安でしたので、極秘にサポートしていました」
「なんで極秘なんだよ」
「お兄様がいけないんです。私に断りもせずに勝手に家を出たりするから」
「それは謝るけど、だからって……」
統護は押されっ放しになる。
なにしろこんな淡雪は初めてであった。基本的に自分(兄)を立てて一歩後ろを歩くような、そんな出来た妹にいったい何があったのだろうか?
淡雪の不機嫌さは増していく。
「だいたいなにが『とうご(ハート)』に、『ありーしあ(ハート)』ですか!」
統護とアリーシアは真っ赤になる。
まさか聞かれていたとは――
「いや、ちょっと待てお前! まさか盗聴してたのか!?」
「昨夜からアリーシアさんの通学路をはじめとした行動範囲に、急遽、高性能の集音型の隠しマイクを三千個、突貫工事で設置しました。むろん行政と警察の許可は取っております。今回の件が終われば警察に使用権限を譲渡する約束になっております」
「マジか! ってか三〇〇〇!?」
仰天する統護。金持ちの非常識は想像の遙か上をいく。
「でもご安心ください。一般人へのプライヴァシーを考慮して、お兄様と姫皇路さんの声紋のみを探知し、無関係な方々の盗聴はしないように設定されていますので」
「高性能だな、おい」
流石に【魔導機術】が発展している世界だと感心する。
そんな無駄だらけの非効率的なやり方を押し通す堂桜家の財力もだ。
「だけどアリーシアに了解を得て、……って、もう幾つか超小型マーカーを仕込ませてもらっただろうが。いまさらマイクなんて意味なくないか?」
統護の疑問に、淡雪が半白眼になる。
「いいえ。大有りでした。盗聴のお陰で、お兄様の不埒な裏切りを発見できました」
「え? どういう事だ?」
その物言いだと、隠しマイクの目的がアリーシアの護衛ではなく……
これ以上は深く考えないことにした。
淡雪がこんな一面を隠し持っていたとは。大人しくて従順だと思っていたが、それは彼女の意図に沿う間だけだったようだ。
冷や汗を流す統護を押し退け、アリーシアが前に出る。
「ええと、淡雪さんって呼んでいい?」
「どうぞご自由に」
「それから私の事もアリーシアでいいから」
「分かりました、姫皇路さん」
「……」
カタチだけの作り笑顔を浮かべる二人の間に激しい火花が散るのを、統護は幻視した。
幻覚というか、双方敵意が凄まじい。
統護はなぜか全速力で逃げ去りたい衝動に襲われる。
「どうやら貴女、かなりのブラコンみたいね。お兄さんの恋愛事情にまで口を出しそうな勢いだけど、そういうのって感心しないな」
「私とお兄様の関係に、真っ赤な他人が口出ししないで下さい」
「友達だから、他人ってつもりはないんだけど」
遠慮がちだったアリーシアの中のナニかにも、火がついた様子であった。
淡雪が噛んで含める様に言う。
「いいですか? 私とお兄様は『世界でただひとつの特別な兄妹』なのです。くり返します。単なる友人が口を出していい問題ではないのです」
「あのね。そういう言い方って、誤解を招いて統護が迷惑するわよ?」
「誤解ですか」
「ええ、統護は妹にふしだらな感情を抱くような変態じゃないし。ね、統護?」
頼むから俺に振らないでくれ、と統護は泣きたくなった。
返事次第ではコロスと、淡雪の瞳が脅迫している。
緊張感が極限まで増す中。
「朝から賑やかな漫才で平和だなぁ」
そんな皮肉が、場の空気に別の緊張感を呼び戻した。
そう。冷たく張り詰めた――昨日と同じ戦闘の雰囲気だ。
統護だけではなく、口喧嘩を始めそうだった二人も表情を引き締める。
締里とアクセル6が、すぐ其処にいた。
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