第四章 真の始まり 19 ―締里VS陽流①―
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19
ワンサイドゲームで、勝負はついた。
【基本形態】――《プリンセス・イルミネーション》の使用エレメントは【光】である。
魔術的に光子を操り、宝石群を空中に支えている【基本形態】だ。
それだけではなく、光子を纏わせた宝石を自在に飛ばし、なおかつ宝石を光子の収束用と反射用のレンズとして使用する。つまり、弾丸としての宝石、魔術レーザーの発射台としての宝石の二パターンを巧みに使い分けた。
それが彼女の【ソーサラー】としての戦闘スタイルだ。
初見であったローラは健闘したといえる。
しかし、みみ架戦で負った《ワン・インチ・キャノン》のダメージの影響も大きく、瞬殺されなかっただけで精一杯であった。
ローラのビリヤード弾は、《プリンセス・イルミネーション》の乱舞する光線に、全て防がれて、逆に宝石弾にローラは翻弄された。
飽きたわ、という呟きを最後に、ローラは幾重もの光線に撃ち抜かれた。
ベストコンディションでないとはいえ、あのローラが一蹴された。
(つ、強い……)
統護は素直に認める。彼女の戦闘系魔術師としての強さは、拡張魔術を別にした『ノーマルユーザー』状態に限れば、これまで統護が見た中で最強かもしれない。
戦闘に不向きが定説である【光】のエレメントだ。しかし宝石を媒介(レンズ)として光子を魔術的レーザーに変換して、オールレンジ・オールアングル射撃を実現するとは。
夏子は失神しているローラを、VTOL機内に放り込んだ。
片手で軽々とローラを扱う膂力は、魔術起動による身体機能強化を考慮しても、明らかに人の常識を越えていた。統護に匹敵する超人の域だ。
パイロットに命じる。
「最終の第四フェーズに移行するわ。この小娘を乗せて囮として飛行しなさい」
対レーダー魔術と光学迷彩によるステルス魔術を展開したVTOL機は、ほぼ無音で上昇していく。光学迷彩で外観が空に溶け込んでいった。
夏子が統護に向き合った。
統護は身構える。対して、夏子は余裕たっぷりだ。
まだ十全には動けない。しかし、状態は回復傾向にある。ローラに筋弛緩剤さえ注射されなければ、と悔いる。【エルメ・サイア】の襲撃を常日頃から警戒していたはずなのに。
「やっと邪魔者が消えたわね、統護くん」
統護は思い切って告げる。
「ああ。だから伊武川先生のフリはもう止めませんか? ――冬子さん」
夏子、いや冬子は目尻を下げて、ニタリと笑む。
「うふふふ。気が付いてくれたのね。嬉しい。外見だけじゃなく、生体データ、つまりDNAと魔力性質も伊武川夏子そのままだから、誰も気が付かなかったのに。現状の【魔導機術】システムと警備システムでは、この形態の私を伊武川冬子とは認識不可能なのよ」
「伊武川先生はどうなった!?」
どこかに監禁されているのならば、救出しなければならない。
冬子が冷めた声で言った。
「死んだわ。正確には殺されて、生体データをオールスキャンされて、私に取り込まれたの。言い換えれば伊武川夏子は私の中で生きている事にもなるわね。お姉ちゃんの性能と、記録としての記憶が在るってだけだけど。私の《プリンセス・イルミネーション》も、お姉ちゃんの【基本形態】を応用したものなのよ。凄いでしょう?」
統護は奥歯を軋ませる。
「あ、アンタッ! アンタって人はァ……ッ!!」
もうカラクリは理解していた。
整形手術やクローン技術を用いずに、シリーズ化された少女達を創り出した方法である。
その方法によって、冬子は夏子に生体データごと変換・変態しているのだ。
すなわち……
――STAE細胞。正規名称は、魔術効果惹起性進化性獲得(Shock-magic Triggered Acquisition of Evolutionary)細胞だ。
ただし、この『本物の』STAE細胞は医療目的の真っ当な万能細胞ではない。
驚異的な万能性を獲得した後も、宿主の魔力を食らい続ける魔術的ガン細胞である。
陽流のコピー体となる為に、魔術的ガン細胞を植え付けられた千三百人を超える被験者であったが、STAE細胞に設定された笠縞陽流の状態で安定できた者は、僅か三名だった。
しかし夏子と姉妹である冬子は、夏子の状態への完全な適合・変換を実現してみせたのだ。
夏子に擬態している冬子の身体が、紫電を発し始めた。
魔力が漏れている為のスパーク現象である。
彼女も《ハルル・シリーズ》と同様に【ナノマシン・ブーステッド】化されていた。STAE細胞が冬子にもたらした万能性の中には、【ナノマシン】への適性も含まれている。それだけではなく、DNAブーステッドとしても強化されていた。
理解を超えた超常現象の前に、統護は愕然と口を半開きにする。
冬子が夏子の擬態を解除していく。
魔力スパークが止んだ後。
変態を終えた伊武川冬子は、十代半ばの少女の姿で佇んでいた。
顔は間違いなく冬子本人の貌。
しかし、明らかに若返っている。フェイクではなく、正真正銘の少女だ。
これが万能細胞のチカラか、と統護は戦慄する。
《ハルル・シリーズ》が笠縞陽流の状態と安定のみに特化した存在であるのに対し、この伊武川冬子は、多様性を残した状態でSTAE細胞を維持しているのだ。
体型が合わなくなったスーツを乱暴に剥ぎ棄て、冬子は白いワンピースを手早く着込む。
ほらね記者会見で云った通り若返ったでしょう――と、快心の笑み。
冬子は誇らしげに両手を広げた。
「――クィーン細胞は、ありまぁす♪」
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…
― う そ つ き ―
悲しげな怨嗟が、陽流の唇から漏れた。
締里が怯む。その怯えに乗じたかのように、陽流の感情は濁流となった。
「嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、嘘つき、うそつきぃ、うそぉつきぃぃいいいいいッ!!」
激情を咆哮として、締里に叩きつける。
「なにが『友達として』よ! 裏切ったくせに、敵だったくせに、嘘つきだったくせに、友達なんかじゃなかったくせにぃ!! 今さら何いってんのよ! ふざけないで!!」
「ハルル……。ゴメン」
肩を落とした締里は、項垂れそうになるのを懸命に堪えた。視線は外せない。
陽流は震える声で締里を突き放す。
「謝罪なんていいよ。そんなの要らないし。もう遅いんだよ。それに、あたしの友達になってくれたケイネスを悪く言うのは、許せないから。あたしにはケイネスだけだから……」
「私もDr.ケイネスだけは見逃せないし、許せない」
締里の言葉に、陽流は凄惨に笑んだ。
「ほら。やっぱり敵だ。あたしと一緒にくるつもりじゃなかった」
「敵のつもりはない。私はお前をこちら側に連れ戻すつもり」
双方、同時であった。
射撃と打撃に差が出ない至近距離――クロスレンジである。
言葉を交わしても通じ合えないのならば。
陽流は右手を突き出し。
締里は銃口を照準する。
ドン!!
互いに繰り出した右のハイキックが、二人の頭上で激突し、十字架を描いた。
攻撃魔術と射撃はフェイクだ。
蹴り足を引き戻した両者は、そのまま左足一本で立ち続けながら、右の蹴りを連発する。
ドン、ドン、ドン、ドン、ゴン、ガン、ドォン!
突き蹴り。
回し蹴り。
後ろ回し蹴り。
中段、下段、上段と軌道を巧みに変化させる。
申し合わせたかのように、右の蹴り技のみの応酬を繰り広げていた。
互いに一歩もその場から動かない。左の軸足がそのままだ。
上体の動きのみで躱す。
蹴りで蹴りを受け止める。蹴りで蹴りを弾き返す。蹴りで蹴りを迎撃する。
風切り音と激突音がフラクタルに奏でられていた。
バランス感覚と体幹の強さを競うかのようだ。打撃戦としての遠距離を固定したまま、独特な攻防になっている。
締里は陽流の身体能力に感嘆する。
自分は《ブラック・ファントム》による補助機能を最大に引き上げたのに、陽流の方はまだ余裕があるようだ。【ナノマシン・ブーステッド】融合体である優季を上回るスペックである。同じ【ナノマシン・ブーステッド】であっても、これが奇蹟の適性――【ナノマシン・ブーステッド】完全体の身体能力か。
(それに《ブラック・ファントム》の性能も充分ね)
「流石だよ、夕ちゃん!」
締里の上段バックスピンを身を沈めて躱すと、陽流は左足のみのバネで飛んだ。
先に仕掛けたのは――陽流だ。
ぐぅんッ。空中で半回転して、オーバーヘッドキックを締里の頭上から見舞う。
バックスピンキックは連発できない。切り返しの回し蹴りで、体勢を戻さなければならないのだ。そのパターン化された動きに、陽流は縦の変則キックで割り込んでいく。
「あははッ。これでどう!?」
急激なパターンの切り替えに、締里は冷静に対処。慣れに身を任せる事など彼女にはない。
軸足を左から右へと代えて、左の突き蹴りで、オーバーヘッドキックを迎撃した。
陽流が弾き返され、間合いが広がった。
「甘いわ、ハルル」
空中で体勢を崩された陽流へ、締里は冷徹に銃口を向け、トリガーを絞る。
ドンッ! 撃たれた陽流は後方に吹っ飛び、転がっていく。
使用したカードリッジは【風】である。非殺傷設定の魔力弾だ。威力は抑えてあった。肋骨骨折と失神程度で収まるダメージのはずだ。万が一、重傷であっても、陽流は自己修復が可能な【ナノマシン・ブーステッド】である。
倒すだけで殺さない。
これは抹殺指令を受けたミッションではなく、締里個人の戦いだから。
生きたまま回収して、陽流に施されているマインドコントロールを解除するのだ。
倒れていた陽流が起き上がった。
想定よりもダメージが軽微だ。
「あいてててて。オーバーヘッドの為に【風】の膜で姿勢制御したのが、幸運だったかな」
「私のミスか。威力を抑え過ぎたわね」
「手加減なしなら、【風】の膜なんて関係なしで終わっていた。今のあたしでさえ勝てないなんて。やっぱり《究極の戦闘少女》と呼ばれるだけあるね、夕ちゃん」
「投降しろ。お前に勝ち目はない」
銃口を照準された陽流は、締里を睨み付けた。
陽流を戦闘不能に陥らせられなかったが、彼女の【EEE】の機能は破壊されていた。これで電脳世界の【ベース・ウィンドウ】による魔術サーチが有効になる。
締里は二発目を撃った。
右肩を掠める弾丸に、陽流は左側へと体勢を弾かれる。超視界と超時間が可能となる魔術による迎撃でなければ、物理的に避けられる距離とタイミングではない。
辛うじて踏み留まった。笑みは完全に強がりだ。
締里に当てるつもりがなかったので、殺傷設定にされていた魔力弾だった。
「ふ、ふふふふふ。【EEE】壊れちゃって、攻撃魔術を撃つのがバレちゃうか。魔術による銃撃カウンターって凄すぎ。魔術オペレーションも超一流だね」
「別に【EEE】の機能は問題ない。私も使っていたしな。【EEE】の有無にかかわらず、ハルルの呼吸とタイミングはもう掴んでいる、それだけだ」
「純粋な射撃技術って……、アハ、本当に《究極の戦闘少女》だ、夕ちゃん」
陽流は左手で押さえている右肩の状態を確認する。
骨折と打撲は【ナノマシン】によって回復させた。弾け飛んだ【EEE】の肩パッドのお陰で、この程度で済んだ。しかし次に同じ箇所を撃たれると、致命打になりかねない。
肩の負傷は再生可能でも、激痛で意識を遮断されてしまう。
陽流は降伏したかのように、軽く両腕を上げた。
自虐的に挑発する。
「ほら、撃ってよ。無抵抗のあたしを撃てばいいよ。容赦なんて《究極の戦闘少女》らしくないよ。どうせ殺さない程度に手加減できるんでしょ。なら、遠慮せずに撃ちなよ」
「抵抗の意志がないのなら追撃はしない」
右手で《ケルヴェリウス》を構えたまま、締里は左手で手錠を放り投げた。
「手錠を後ろ手で着けて、魔術を解除、専用【DVIS】をこちらに投げなさい。攻撃魔術を撃つ気配、および反撃・逃走を予兆した時は、今度こそ殺傷設定の弾丸で撃つわ」
「夕ちゃん、甘いな。あたしよりも大甘だ。負い目がそうさせるのかな?」
「猶予は十秒、九、八、七、」
攻撃魔術は察知できてもコレはどうかな? ――と、陽流は口の中で囁く。
トリガーに掛かっている締里の人差し指を慎重に見つめながら、攻撃魔術の起動用ではない基本【ワード】を唱えた。
「――セカンドACT」
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