第四章 真の始まり 20 ―締里VS陽流②―
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20
陽流の唇が笑みを描く。
【EEE】のインナーとして着込んでいた【パワードスーツ】規格のパイロットスーツが、専用【DVIS】として効果を発揮する。
紅い光が灯った陽流の双眸に、魔術プログラムの記述式――【スペル】が写り、上から下へとスクロールしていく。電脳世界内の【アプリケーション・ウィンドウ】が切り替わる。
オリジナルの【DRIVES】システムにより、陽流の【魔導機術】が再起動。
自身を仮想【DVIS】に置き換えられる膨大な負荷に、陽流は奥歯を食いしばって耐えた。
再セットアップ――完了。
陽流の【基本形態】である《ハイパーリンケージ》が発動した。
この間、僅かにコンマ二秒だ。
異変を察知した締里は、迷わず《ケルヴェリウス》のトリガーをノックする。
至近距離から撃たれた魔力弾は、しかし陽流の手前で霧散した。
目を見開く締里。
陽流本人の魔術ではなく、《ネオ・リヴェリオン》からの魔術で《ケルヴェリウス》の弾丸が破壊されたのだ。三機の【パワードスーツ】の動きと、応戦している【ソーサラー】兵団の動きは把捉していた――はずだった。それなのに、予測外に介入された。純粋な魔術攻撃であるので、【ベース・ウィンドウ】による魔術サーチには引っかかっていたが、締里本人の魔術オペレーションが間に合わなかったのである。
つまりは、締里の認識能力を上回る挙動だった。
それだけではない。
陽流から感じられる魔力が、桁外れに上昇している。
いくら自身への過負荷と引き替えに、システムのロスを削ぎ落とす【DRIVES】を使用したとはいえ、異常な魔力増大だ。これでは、まるで――!!
「気が付いた? 今のあたしは《リヴェリオン》に乗って機体の魔力エンジンと一体化しているのと、全く同じ状態、ううん、それ以上のパワーアップをしているんだよ。あたしの【基本形態】――《ハイパーリンケージ》は凄いでしょ」
得意げな陽流は、すでに締里の銃口を恐れていない。
歪な笑みと濁った瞳は、締里を見下している貌だ。
「彼女達《ハルル・シリーズ》の本領発揮は、実はこれからなんだよ、夕ちゃん」
サードACTにより《ハルル・ネットワーク》を形成した《ハルル・シリーズ》は、オリジナルにして上位存在である陽流を、ホストとして認識しているのだ。
陽流をホスト化、《ハルル・ネットワーク》を介して複数の《ネオ・リヴェリオン》を統合コントロールし、なおかつフィードバックされる余剰魔力により、陽流が強化される。
それが《ハルル・シリーズ》の真の機能。
そして《ハイパーリンケージ》のチカラ。
「じゃあ、見せてあげるね! 本当の《ネオ・リヴェリオン》の性能を!!」
あたしのチカラを、と陽流が高らかに宣言する。
三機の《ネオ・リヴェリオン》の動きが、劇的に変化した。
出力、速度、連携が段違いに進化している。
締里に助勢する隙を与えずに、あっという間に若き戦闘系魔術師たちを蹴散らしていく。
まるで大人と子供の戦いだ。
陽流が締里を牽制した。
「おっと動いちゃダメだよ、夕ちゃん。じゃないと生徒の誰かを殺しちゃうよ?」
「ハルル……。お前」
「凄いでしょ? これが今のあたしのチカラ。堂桜淡雪に敗けた時とは違うんだから」
全滅――である。
圧倒的であった。
淡雪達を護衛しているロイド・クロフォードを除き、生徒達と教師陣、そしてガードマンも全てが戦闘不能にされていた。驚異的なのは、これだけ暴れて死者がゼロという点だ。
未熟な者ほどオーバーキル、オーバーパワーに走る。ノンリーサル・ウェポンの理想ともいえる戦闘用魔術とはいえ、ここまで完璧な不殺制圧、それも対【ソーサラー】戦での実現は、通常の物理科学兵器では不可能であろう。
この戦果が成立した瞬間、魔導兵器は科学兵器を凌駕した――と、後の歴史で確定される。
締里は歯噛みした。この戦力差では、自分のバックアップは無意味だと。
鋼の魔導巨人を、陽流は臣下のごとく従えている。
臣下を侍らせる女王の威容だ。
《ネオ・リヴェリオン》三機は、三方に広がって陣形を整えた。
陽流が嗤った。
「邪魔者が消えてスッキリしたね。安心して。《ハルル・シリーズ》に手出しはさせないから。デモンストレーションと【NEO=DRIVES】の実戦テストは無事に終わったし。ここから先は――あたしと仲間、【エルメ・サイア】ニホン支部の夕ちゃんへの復讐だから!!」
締里の想像通りに《ネオ・リヴェリオン》三機は、客席のVIPに手を出さない。
これでグルは確定だ。客席への配慮は必要なくなった。
熱線が陽流の眉間から発射された。
その攻撃魔術を、締里は間一髪で躱した。躱すだけではなく、後方へ距離をとる。
一瞬だけ視線を巡らせると――右側の《ネオ・リヴェリオン》が真紅のオーラを纏っていた。
陽流はその機体の使用エレメントと同調したのだ。
ホストである陽流自身は特定のエレメントに縛られる事なく、繋がっている《ハルル・ネットワーク》下の《ネオ・リヴェリオン》の優先順位を切り替えるだけで、複数のエレメントを操れる。
それだけではなく、陽流は自身の魔術と平行して、《ハルル・シリーズ》の操縦も可能だ。
(厄介ね。これがハルルの【基本形態】のチカラか)
「今の、ワザと当てなかったんだからね」
「分かっている、ハルル」
「簡単には倒さない。許された残り時間一杯、たっぷりといたぶってあげるから」
「……」
「夕ちゃんの《究極の戦闘少女》って看板も今日限りだね。よかったら、あたしがその看板を引き受けてあげようか?」
その余裕は油断で慢心だ、と締里は内心で苦笑する。倒せるチャンスに倒さないのは、愚行だと知らないようだ。しかし素人にこの状況で忠告する程、お人好しではない。
締里は決意した。二度はチャンスを与えない。
姿を消していた期間における締里の最大の戦力変化は、新装備《ブラック・ファントム》ではない。とある新技術への耐性を得たことであった。
右手首を捻り、スイッチを入れる。専用【黒服】内に仕込まれている圧縮空気針によって、【レジスター】と呼ばれる薬液が、締里の四肢へと注射された。
厳密には、締里本人が新技術への耐性を得たのではない。新技術に耐える為の薬物【レジスター】に対しての耐性を、投薬による体質改革で獲得したのである。一度の使用で有効なのは三分前後だ。薬の副作用は耐性により顕在化しないが、確実に寿命を削ることになる。
三日に一度が使用限度と計算されていた。
切り札に他ならないが、締里は迷わず注入した。
陽流は【NEO=DRIVES】の実戦テスト、と言った。
おそらく《ハルル・シリーズ》は、陽流の量産型であると当時に、下位互換だ。使用している【NEO=DRIVES】も、【DRIVES】の派生ヴァージョンだと推理できる。
派生ヴァージョンが開発されている、という事は、オリジナル【DRIVES】を使用する者は、これ以上は増えずに、派生型や発展型の使用へとシフトしていくだろう。
それほどオリジナル【DRIVES】は使用者に負荷を強いる、ある意味で欠陥技術だ。
現時点で確認されている【DRIVES】に耐えられた者は、僅かに二人。
オルタナティヴ。
笠縞陽流。
だが、締里は知っている。もう一人、【DRIVES】の使用に耐える者が存在すると。
(そう。この私が最後の……三人目だ!)
「――セカンドACT!!」
その起動【ワード】に、陽流が唖然とした表情になった。
【DRIVES】起動に伴う過負荷が締里にのし掛かってくるが、全身を巡る【レジスター】が効果を発揮して、負荷を中和していく。
新装備《ブラック・ファントム》が、外観を変化させた。
胸部プロテクターが前面に展開し、左右に翻ると、肩パッドの上へと覆い被さる。
他にも、前腕・肘・膝のプロテクターが左右に割れて、形状を変えた。
形態を変えた専用【黒服】の補助AIと締里が、神経接続されて一体化した。
締里の双眸が紅く染まる。頭髪の色彩は青から漆黒だ。
色素変化は【DRIVES】の負荷と【レジスター】の効果が合わさった結果である。
背中に収納してあった、もう一挺の《ケルヴェリウス》を取り出し、二挺拳銃になった。
《ブラック・ファントム》の両前腕部からケーブルが伸びて、先端が《ケルヴェリウス》の接続端子にプラグインする。【黒服】と【AMP】が有線接続された。
陽流が狼狽も露わに言う。
「そんな、まさか。あたしとオルタナティヴ以外にも、セカンドACTを……ッ!!」
「私で三人目のセカンドACT。そして、おそらくは三人で最後だろう」
「うそ。嘘ッ! し、信じられない。嘘だ」
締里の【基本形態】の名称は――《マルチタスク・フォーム》という。
新装備である専用【黒服】《ブラック・ファントム》と一体化したフォームである。
二つの銃口を陽流へと向け、引き金を引く。
右の《ケルヴェリウス》が雷撃。
左の《ケルヴェリウス》が光弾。
異なるエレメントによる二種類の攻撃魔法が、陽流の右横と左横を通過して、大きく斜め横へとドライブする。後方に待機している《ネオ・リヴェリオン》に直撃した。
決定打には程遠いが、間違いなくクリーンヒットで、ダメージを与えている。
陽流の顔が引き攣った。
元から締里は【DRIVES】を用いなくとも、【AMP】の性能に頼ってはいるが、複数のエレメントをマルチ・タスク可能であった。ただし自由自在にではなく、複合魔術――ワンアクションとして規則的に組み込まれた複数エレメントに過ぎなかった。
しかし今、【DRIVES】によって締里は自身をハブと設定して、エレメントという名のタスクを、完全に並列操作できるのだ。
締里の《マルチタスク・フォーム》は、複合魔術の進化形といえる【基本形態】である。
従来システムで複合魔術を実現できた才能が、【DRIVES】を得て解放された。
この【基本形態】の機能により、エレメントチェンジに《ケルヴェリウス》のカードリッジを入れ替える必要もなくなった。多種多彩に複数のエレメントを操れる――という、締里の戦闘系魔術師としての真価を発揮できるようになったのだ。
かつ制御AIとの神経接続で、専用【黒服】を魔術とは独立させて操作可能だ。
戦闘に特化した機能的な美しさは、締里の美麗も相成って、《究極の戦闘少女》そのもの。
「ぅ……ぁッ」
二歩、三歩と、陽流は自覚せずに後退っていた。
その表情から闘志が消えている。思考して作戦を実行できる精神状態ではないだろう。
冷めた声音で、締里が告げた。
「相手に同格になられ、優位性を失った程度で恐怖する。お前には戦闘の才能がない」
――恐怖し、萎縮した時点で、勝負あった。
陽流の無様は『性能頼り、能力頼り、強さ頼り』だったツケである。
同等になったここからが本番――ではなく、戦う前から心が折れてしまうなんて。
オーバースペックに頼る者は、心が弱い場合が多い。対等の条件で戦えないのだ。
本当の強者とは、逆境において実力以上のモノを発揮できる者だと、締里は識っている。
例えば、堂桜統護の様に。
自身よりも強い者に知恵と策をもって戦える勇気こそが、本当の才能であり――強さ。
陽流は弱い。戦闘の才能がない。自分より弱い者にしか勝てない弱者だ。
この戦闘を最後に、陽流を二度と戦わせない。
殺伐とした戦場なんて、大人しい陽流には似合っていないから。
冷徹かつ確固たる決意のもと、《究極の戦闘少女》は二つのトリガーをノックした。
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