第四章 真の始まり 18 ―因縁―
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伊武川夏子――予想外の登場人物に、統護とローラは目を見張った。
ローラが不機嫌そうに問いかける。
「へえ。これはまた意外な助っ人ってわけね。でも、どうやって【結界】をすり抜ける――なんて常識外の芸当を? それが先生の魔術特性? だとすれば《デヴァイスクラッシャー》並にトンデモですが」
夏子はローラに笑いかけた。明らかに見下している表情だ。
「単純に【結界】の設定が、私を通過させるパラメータになっているというだけ」
意味を理解するのに、数秒を要し、ローラは不機嫌も露わに訊き返す。
「どういう事? つまり伊武川先生は計画を事前に察知して、先回りして【結界】に細工をしていた? 確かに先生の経歴ならば不可能じゃないかもしれないけど」
違う、と統護は考えた。
ローラの見解は間違っている。統護はどうにか口を動かした。
「い、伊武川先生も、お前達側だって事だろう」
統護としても考えたくない結論だが、それが最も合理的な答えだ。
「嘘よ。私は知らされていない。そんな事ある筈……」
「知らしていない。お前は知らされていないんだ。お前の役目はここに堂桜統護を連れて来る事であり、これからフェイクとして、後ろのVTOLでお空を散歩して……任務終了だ」
声を荒げて、ローラが否定する。
「信じられない!! パパが、私を囮に使うなんて――ッ!!」
「事実から目を背けるな。それから私が授業で言った内容を覚えているか? 私は記憶を覚えているぞ。『話を対抗戦に戻すぞ。対抗戦の趣旨だが、どうしてチーム戦かというと、お前達に集団戦闘の素質があるかどうかの公開テストも兼ねているからだ』と。その回答としては、今回の対抗戦参加者は、非常に優れた素質・素養を示してくれている。合格だ」
統護は歯噛みした。
そして一箇所だけ気になる台詞があった。夏子は「私は記憶を覚えているぞ」と言った?
(なんだ? この伊武川先生に対する違和感は?)
夏子の登場で時間が稼げている。
もしも夏子が現れなければ、自分はとっくに機体の中だ。だが、これは幸運や偶然がもたらした現状ではない。夏子と彼女に命令した者の計画通りである。
身体の状態が、少しはマシになってきた。
「お前も軍人の端くれなら、集団行動には従うべきだ。そうでないと対抗戦参加者の素人以下という事になる。そうだろう? ローラ」
ローラは統護を背中に庇った。いや、隠したというべきか。
「ふざけないで。第三フェーズは私が把握している計画通りに続行する。私はね、単独プレーが大好きなのよ。他人のバックアップ、脇役なんて嫌いなの。帰りなさい、伊武川夏子。パパには私から直接いっておくから」
「聞き分けないわね……」
夏子は上着のポケットに両手を突っ込み、何かを掌一杯に握ると、それを宙へと放った。
それは色とりどりの宝石である。
二度、三度と、夏子はポケット内の宝石を高々と投げる。
宝石は煌びやかな光沢を湛えながら、夏子の周囲に散布されていた。
「――ACT」
最初に投げた宝石が地面に落ちる寸前に、夏子は基本【ワード】により魔術を発現させる。
【ソーサラー】の証であるオリジナル魔術理論による【魔導機術】だ。
数多の宝石が、夏子を支柱として、フラクタルな配置で浮遊していた。
虹色の光が踊る幻想的な光景に、ローラは好戦的な顔になる。
「へえ。それが伝説の敏腕エージェント、伊武川夏子の【基本形態】ってワケですか」
「これこそが本当の私……
――《プリンセス・イルミネーション》と名付けたわ」
いい名でしょう、と自慢げに微笑む夏子。
名称を聞いて、ローラが噴き出した。そして挑発的に嘲る。
「プハッ! っく、くくく。いい歳こいてプリンセスときたもんですか。しかも『本当の私』ねえ? 三十過ぎて恥ずかしくないんですかぁ!? オバサンッ!!」
「女性はね、いくつになっても女の子でいたいのよ」
統護は思わず息を飲み込んだ。
これが夏子の表情?
「冗談。アメリア人の私には、ニホン女性の幼稚性は理解不能ね。二十歳過ぎた大人の女性が自身を女子だなんて、女性蔑視にも程があるっての。ああ、権利は男性と同等で、責任・義務は子供並に優しくってダブルスタンダードがニホン女性だっけ? 権利は男『女』同じで、背負う責任と義務は『子』共――合わせて女子って屁理屈ね。不正かまして責任から逃げたアンタの妹だけじゃなく、世界中から笑われているよ、ニホン女子って生き物は」
「私はアメリア人じゃなくニホン人で、此処はニホンよ」
「イエス。それは認めるわ。じゃあ、実力勝負といきましょうか!!」
なんだこの会話、と統護は疑念を深めた。
ローラはともかく、責任感が強い大人の夏子が、こんな幼稚な主張をするはずがない。
どうなっている。伊武川夏子に見える目の前の女性は、本当に伊武川夏子なのか?
ローラは統護を解放し、魔術を切り替えた。軽量化の汎用魔術から戦闘用オリジナル魔術へと。巨大なビリヤードテーブルを模した魔術幻像が出現した。
彼女の【基本形態】――《クィーン・オブ・ザ・ハスラー》である。
共に笑みを浮かべている二人であるが、その意味合いは微妙に異なっていた。
夏子は甘ったるい口調で告げた。
「バトルマニアなだけあるけど、無謀よ。対みみ架戦でダメージを負っている貴女が、どこまで私の《プリンセス・イルミネーション》と戦えるのかしら。楽しませてもらうわね」
気が付き、統護は戦慄する。
魔術を立ち上げる前の『演技』を止めた、夏子のこの喋り方は!!
そして、この笑い方は!
ヤバ過ぎる――と直感した。
この女は危険だ。
統護は敵であるはずのローラに「逃げろ」と忠告しようとする。
敵味方とかいっている場合ではない。
しかし、もどかしくも、まだ口が上手く動かせなかった。
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…
締里は《ブラック・ファントム》に分解収納してあった愛銃のパーツを組み上げた。
手品のごとく即座に拳銃となった【AMP】の名は――《ケルヴェリウス》。
楯四万締里専用【AMP】として開発・製造されたワンオフ品だ。
仮に量産化しても不採算になるとはいえ、締里専用に開発される【AMP】の存在が、彼女の異名――《究極の戦闘少女》の意味を物語っている。
着ている専用【黒服】と同じく、漆黒を基調としている大口径サイズの銃型【AMP】である。しかしハンドガンとはいっても、通常の銃より複雑な外観をしている。威嚇する肉食獣を想起させるデザインだ。
愛銃を両手で構え、締里は戦場を駆けた。
彼女は【基本形態】をエレメントとして顕現させない。
既存の規格化されたエージェント魔術師用の【基本形態】を独自カスタムして使用している。他にも数種類、オリジナルのプログラムを開発して保持しているが《ケルヴェリウス》の運用には非効率的なので、普段は使用していない。彼女はカスタム型【基本形態】――通称『エージェント魔術師カスタム』で、ダイレクトに専用【AMP】のみを最効率で扱うのだ。
いわば専用【AMP】に特化した戦闘スタイル。
双子の弟である羽狩は、下位互換として締里の魔術プログラムを提供されてる。
カートリッジの入れ替えによって、締里は複数のエレメントを自在にコントロールする。
現在、彼女が扱えるエレメントは【火】【風】【地】【水】【雷】【光】【重力】だ。
実に七つ。通常の魔術師ならば、メインとサブといった格差があるのだが、締里は全て同一レヴェルで使用する。無駄な装飾をそぎ落とし、必要最低限の魔術特性のみでだ。
締里の介入で、戦況が一変した。
苦戦を強いられていた【ソーサラー】側が、【パワードスーツ】三機を押し戻し始める。
後方で指揮を執っている美弥子は、締里の働きに感嘆した。
「これが……《究極の戦闘少女》の一端ですか」
指揮系統から外れたスタンドプレーにもかかわらず、締里は兵団の統率を妨害せずに、独断のバックアップのみで底上げしているのだ。
適切な状況判断と、自身と味方と敵の戦力分析、そして己の実行力。
全てが完璧に備わっていなければ、不可能な芸当である。
仮に、黒鳳凰みみ架がこの戦闘に参加しても、彼女のみが突出してしまい、兵士としては使い勝手が悪い。指揮系統から分離して、独立遊撃としてくらいしか有用できないのだ。あるいは逆に、規格化された部品として機能できない彼女は、隊の機能を阻害する恐れさえある。
みみ架は近接戦において世界最強の戦闘系魔術師であっても、このような集団戦闘であると、お世辞にも優秀な戦力とはいえないのだ。
締里のなにが凄いかというと、戦っている者達が締里の底上げに気が付いていない事だ。
究極のバックアップ。
無意味、無駄に目立たない――を通り越し、幽霊のごとく戦場を影から演出している。
彼女の新装備の名称そのままに、まさに『漆黒の幽霊』である。
他者に凄さを認識させない、本物の凄さ。
それを《究極の戦闘少女》は、体現してみせていた。
そして、締里の戦闘技能に刮目している者は、――アリーナ席のブース内にもいた。
「……夕ちゃん。ううん、違う。それは嘘の名前だったね」
楯四万締里、と陽流は口の中で言い直す。
隣席のケイネスを見る。
「我慢できない? いいわよ、行ってらっしゃい。ただし撤退のタイミングと逃走経路の選択だけはミスしないように」
「大丈夫。必ずケイネスの元に戻るから。たとえ米軍【暗部】からは離脱しても」
「米軍【暗部】の方は問題ない。ローラの件で多少は揉めるでしょうが、現時点で米軍【暗部】は私達を切れないわ。切られても問題ないけどね」
ケイネスは席を立つ。
彼女も闘技場を離れる。競技場へと移動するのだ。
現在地を悟られない為の仕掛け――ブース内からの隠し通路を使用する。ケイネスが床の扉から姿を消し、扉が閉じたのを確認すると、陽流はブースを覆っている仕切りガラス壁を突き破って、躍り出た。
目指すは、締里ただ一点。
締里も姿を見せた陽流が、自分に向かってくるのを把握する。
紅の衣装――【EEE】に身を包んでいる陽流は【ソーサラー】側が撃った魔術弾や光線を軽々と躱しながら、三機の【パワードスーツ】の前に降り立った。
締里もバックアップを止めて、前線へと移動していた。
二人の少女が――再会し、対峙する。
漆黒のコンバットスーツに、真紅の戦闘衣装。
かつて会っていた時には、共に少女らしいカジュアルな衣服であった。
それが今は……
時を止めたように、二人だけの世界となる。
外側の戦闘から、二人は切り離された。飛び交う魔術弾を、二人はまるで気にしない。
ただ、お互いだけを見つめていた。
《ケルヴェリウス》の銃口は下ろされている。
口元を引き攣らせながら、陽流が言った。
「その戦闘スーツ、似合っているね、締里ちゃん――って、なんか呼びにくいや」
「前の通りに夕でいい。お前は似合っていない、ハルル。そんな格好は似合わないわ」
「夕ちゃんにそれを言う資格はないよ」
「分かっている。でも私はあえて忠告する。Dr.ケイネスにお前は利用されているんだ」
「違う。ケイネスはあたしの友達。利用されてないし、利用されても構わないもん」
「目を覚ましなさい。いや、私が目を覚まさせる。お前の友達として――」
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