第一章 パートナー選び 6 ―闇討ち―
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史基が統護の肩を軽く叩く。
ちょっと気まずそうだ。
「さて。俺はちょっと急用を思い出したから、今日は早退するとするわ」
「早退!? どうしたんだよ」
「正式なエントリーは明日でもいいだろ。それまで、そっちの問題を片付けておけよ。決して俺を悪者にするなよ。なにより要らないことをペラペラ喋るんじゃねえぞ。忠告したぜ」
その台詞の意味を、統護は掴みかねた。
体調不良には見えない上に、急用というわけでもなさそうだ。
史基は淡雪に目礼すると、逃げるように小走りで去ってしまった。
淡雪は統護の前まで歩いてきた。微笑みを添えて言う。
「どうやら、証野さんに気を遣わせてしまった様子ですね」
「みたいだな」
軽く拗ねた表情になった淡雪は、統護の袖を握る。
「お兄様。今まで証野さんと一緒だったんですか」
「ああ。ちょっと話があったんだよ。それよりも、どうしてお前が此処にいるんだ?」
「対抗戦にエントリーしたいと思い立ちまして」
初耳だ。統護は疑問を口にする。
「体育祭は中高共同開催だけど、対抗戦は高等部のイベントだろ。お前、出られるのかよ」
「私も専用【DVIS】を正式に所持している身です。学園側に掛け合いました」
「なるほど。確かに普段の訓練とは違って、いい機会かもな」
以前よりも淡雪は明るくなった。MMフェスタでのオルタナティヴとの一件だ。まるで憑き物が落ちたかの様である。統護としても、兄妹の確執が姉妹としての和解になり、安堵した。
統護も淡雪に対して、以前よりもナチュラルに接せられる。
婚約者、幼馴染みの恋人、運命の相手、メイドさん、気になる後輩、と妹以外にも様々なタイプの女性がてんこ盛りな状況になり、もはや妹程度では動じていられない。
小さく息を吸ってから、淡雪が訊いてきた。
「お兄様も対抗戦に出場なされる、と琴宮先生から聞きました」
「ああ。最初は留年を楯にだったが、今では自発的に頑張ろうと思っている。魔術を使えない俺が首を突っ込んでいいのかって気もするが、これも貴重な経験になるだろう」
史基との青春だけが目的ではない。
実戦とは異なる試合とはいえ、普段の戦闘訓練とはひと味以上違った糧となるだろう。
統護は強くなると決意しているのだ。
「ふふふ。普段よりも頼もしいです。お兄様もやる気ですね。それで……、パートナーはひょっとして優季さん、などとお考えになっているのでしょうか?」
「へ? 優季と組むって?」
「え、ええ……。まあ、仮にも恋人同士ということになっていますし」
淡雪の声は震えていた。窺うような眼差しも、心なしか怯えの色が見える。
統護はあっけらかんと否定した。
「いや。学校のイベントに恋人とペアで参加って、小っ恥ずかしいにも程があるだろ」
「そうですか!!」
顔を綻ばせた淡雪が、胸の前で両手を合わせた。
安堵と嬉しさが半々といった妹に、統護は得意げに語り始める。
「こういったイベント――特にタッグ戦のような内容だと、パートナーは親友と相場が決まっているんだぜ。友情パワーでライバルとしのぎを削るのが、燃えるしカッコいいんだ。というわけで、俺は史基と組む事になった。そう……。いうなれば親友タッグでの参戦だな」
親友タッグか。実によい響きだ。
淡雪が凍りついた。
「ん。なんだ、ひょっとして俺を気遣って探していたのかよ。元『ぼっち』だった俺が、強制参加させられて、組む相手がいないんじゃないかって心配して……」
もしも兄妹でペアを組んで出場した日には、『あの二人、友達いないんだろうぜ』と周囲に冷やかされまくりだろう。その恥辱を承知の上で、淡雪はこの場に赴いたのだ。
言葉の出ない淡雪を、統護は優しく抱きしめる。
「大丈夫だ。俺は大丈夫なんだよ、淡雪。ありがとうな、こんな俺を心配してくれて――」
統護は幸せ絶頂であった。
親友だけではなく、こんなに兄想いの可愛い妹がいて、なんて恵まれているのだろうか。
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…
統護は教室の前まできた。
あれから淡雪は帰った。中等部にではなく、そのまま本家の屋敷に帰宅するとの事だった。
教室の前で、優季に出くわした。
統護を見た優季は、目を丸くする。
「そ、その左頬はいったいどうしたの!?」
「これか? なんか分からないが、淡雪にビンタ喰らった。手加減なしだった」
抱擁で感謝の意を示したつもりだったが、なぜか淡雪の逆鱗に触れてしまった。兄妹のスキンシップとして間違いだったようだ。兄妹という立場だが、血縁はない上に、妹という存在を理解できない統護には、色々と難しい問題でもある。
「そ、そうなんだ。淡雪に……」
そう呟いて、頬を赤らめる優季。
「アイツには後で謝っておく。とにかく教室に入ろうぜ」
優季を促すが、彼女は統護に向き合った。
「ね、ねえ、統護。あのさ、統護はボクにお願いとかして欲しいことない?」
いきなりの質問に、統護は面食らう。
「特に思い浮かばないが……。そうだな。強いていえば、この前と同じくバニーガールの格好で耳かきをして欲しいな」
太もも枕と撫で回した尻の感触は最高であった。すまし顔のロイドが傍に控えていなければ、辛抱たまらなかったであろう。体勢的に、上手く胸を触れなかったのが残念だった。
優季が地団駄を踏んだ。
「そうじゃない!! 耳かきはまたしてあげるけど、今のはそういう意味じゃないんだよ!」
「じゃあ、まさか手料理のリトライとか? あれから少しはマシな味になったのかよ」
統護は顔をしかめた。
是非ともいうから食べてみたが、酷い味であった。まさか淡雪よりも料理が下手だとは。
「料理は練習中だよ! あれは悪かったって反省しているよ!!」
統護は首を捻る。早く教室に入りたい。急がないと先生が来てしまう。
逆ギレ気味に優季が訴えてきた。
「もうッ!! ちゃんとボクの気持ちを理解してよっ。察してよ、統護っ!」
「ンな無茶振りをふっかけられても……」
エスパーじゃないから無理である。
優季は統護を見つめて、一歩、距離を詰めた。
「――統護はちゃんとボクの事が好き?」
「ッ!?」
いきなり何を言い出すんだコイツ。統護は身心ともに一歩引いた。ムードのあるシチュエーションではなく、午後の授業が始まる寸前の廊下である。しかも壁の向こうには、クラスメートが勢揃いだ。統護は困惑気味に言う。
「会話の流れがサッパリ意味不明だが、俺ってお前に愛情を疑われる事を何かした?」
身に覚えはない。
気持ちを確かめる為や、気持ちを伝える為ならば理解できるが、すでに互いの気持ちを確認し合っている。今、それも学校の廊下で、改めて好きと伝える必要性が分からない。
「だから! 女の子はね、分かっていても相手の愛情を常に確認していたいんだよっ」
「え。具体的には?」
頬を染めて上目使いになり、優季は両膝を摺り合わせた。
「え、と。例えば……。両想いにあぐらを掻いて怠けないで、定期的に『好き』って言葉にしてくれるとか。そういうの大事なんだ」
「マジで!? それってお前限定の話じゃなくて一般論なのか?」
驚愕の事実であった。
「そうだよ。釣った魚に餌はやらない――っていうのは絶対に駄目なんだからね。いつだって好きな相手にはドキドキしていたいんだ」
(ドキドキか。俺は違った意味でドキドキしているが……)
正直いって薄気味悪い。なにがどうなっているのやら。
それに優季の主張は、統護には今ひとつ信じられない。アリーシアに対して「好きだ」「愛している」と言う度に、彼女の機嫌が悪くなる一方だった――記憶(悪夢)が脳裏に蘇る。
「でもアリーシアには逆効果だったぞ」
「それは言い方に問題があったの! もちろん例外もいるだろうけれど、ほとんどの女の子はそういう生き物なんだ。繊細で臆病な生き物なんだよ。男の子はそれを理解しなくちゃ」
面倒くさい生き物だな、と思ったが口にするのは寸前で堪えた。
思い返せば……淡雪の態度もおかしかったが、今の優季もかなり挙動不審な感じがする。
とにかく無難に調子を合わせようと、統護は判断した。
「よし分かった。毎日は精神的にキツイから、毎週日曜の朝八時にスマートフォンにラブコールを送ってやるよ。ちなみに返事は要らない。ぶっちゃけ男にはそういうの重荷だから」
好きだ・大好きだ・愛している・超愛してる・大切だ――の五パターンほど録音して、ランダムで予約送信すれば問題ないだろう。
「露骨に手を抜こうとしないでよっ! そんなのだったら要らないよ!!」
見透かされたみたいだ。エスパーか、お前は。
優季は諦めたように深々と嘆息した。
「ったく、もういいよ。単刀直入にいうから。つまり――対抗戦だよ」
統護は胸を撫で下ろす。話題が変わってくれた。
対抗戦という事で、統護はついニヤニヤしながら報告する。
「その件だったら、俺は史基と親友タッグを結成して殴り込みをかけるぜ。お前は誰と組むんだよ? 引く手数多だろうが、我が儘いえば男子とは組んで欲しくないかな。いや、俺はお前を信じているから無粋か。男女関わらずにベストと思える相手と組んでくれ」
「え。イマナンテ?」
「だから俺は史基との親友タッグで対抗戦に挑む。で、お前は?」
優季は半泣きで声を張り上げた。
「と、と、統護はボクを好きで愛しているんだよね!?」
「おい! どうしてそっちに話題が戻る!?」
「だ、だだだだ、だってっ」
流石に優季の精神状態が心配になってきた。
「お前、疲れているのか? ストレス溜まっているんじゃないか? いいか要約するぞ。俺はお前を愛している。理解したか? で、俺は史基と組んで対抗戦に出る。理解したか?」
「……」
「……」
「……理解、したよ」
暗く低い声で呟く。俯いた優季は、ワナワナと両肩を震わせ始める。
統護は爽やかな笑顔で、右手を差し出した。
「理解できたのならいい。よし、握手だ。お前が誰と組もうが、俺と史基は負けないぜ。俺達は親友パワーで優勝を目指す。お互いに健闘を誓い合おう。いやぁ、楽しみだぜっ♪」
差し出された右手を、優季は一瞥もくれない。
両肩の震えが大きくなっていく。いや、震えは全身に及んでいた。
「と、統護の……」
「ん? 俺? 俺がどうした?」
「――統護のバカァッ!!」
左の平手が、統護の右頬に炸裂した。
がしゃぁぁああんっ!!
優季の渾身の一発をもらった統護は、真横に吹っ飛ばされて、窓に上半身を突っ込んだ。防弾処理されていない窓ガラスは、派手に割れ散ってしまう。
「アホっ、間抜け、あんぽんたん、おたんこなす、豆腐の角に頭ぶつけて死んじゃえっ!」
ガラスの破砕音と涙声の罵倒に、廊下沿いにある教室のドアが全て開き、生徒達が何事かと一斉に頭を出して様子を窺う。しかもアルミ製の窓枠が歪んでしまって防犯装置が作動して、警報音まで鳴り始める始末だ。
窓枠から身体を引っこ抜いて、優季を探す統護。
意味不明である。どうして激昂した?
優季は教室には入らず、大股で歩き去ろうとしていた。その背中に声をかける。
「ちょっと待て、授業どうするんだ!?」
「もう帰るから!! ロイドには統護から言っておいて! バカバカ、莫迦ぁ!!」
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…
史基は日課である夜のロードワークをしていた。
統護と黎八とのチャットで、事の顛末を聞いたが――案の定であった。
女心は複雑というが、統護の場合はそれ以前の問題だ。
淡雪と優季の機嫌を損ねたのは断じて統護一人の責任であるが、よもや逆恨みされていないかと心配になってくる。その時はその時だが。
ニヤリ、と頬が釣り上がる。
(まあ、ライバルの闘志が上がったのならば結果オーライか)
ペース配分は普段通りだ。
周囲の景色――住宅街を離れた簡素かつ単調な道路沿いの見た目も、変わりない。
なのに。
(おいおい。車両も人通りもゼロかよ)
これでも職業【ソーサラー】志望である。人の気配くらいは読めるが、それも――ない。
まだ深夜ではない。
明らかに異常といえる状況に、前触れなく放り込まれた。
否。前触れがないからこその異常である。
引き返すつもりなど毛頭ない。仕組まれた異常ならば、引き返しも意味はないだろう。
「そりゃまあ、覚悟はしていたけどなぁ。くくく」
堂桜統護と親友付き合いする――そのリスクを、彼は重々理解し、そして承知している。
だから待っていた時ともいえた。
笑みが抑えられない。
こういった非日常は、戦闘系魔術師にとっての刺激であり憧れである。生き甲斐といっていい。一般人や魔術系技能職には決して理解できない狂った常識だ。
史基はサーキッドトレーニングの為に立ち寄る公園へと急ぐ。つい、急いでしまう。
どうしても普段のペースを維持できない。脈拍も上昇している。動悸もだ。心地よい。
つまり胸が高鳴っている。
自分が標的ならば、間違いなく敵は其処で待ち構えている――
……果たして、期待通りに敵はいた。
二人組だ。暗がりの中でも栄える赤い衣装に赤いマスクをつけた二名が、悠然と立っている。
凝った意匠で精巧な造りなのが瞭然だ。素人がふざけ半分で纏っているモノではない。
体格に差がある。
平均よりも背が高い方と、逆に平均よりも少し背が低い方。
そして両者ともに女性のシルエットと骨格である。
見慣れた公園が、二人の異分子のお陰で、完全に別世界に感じられた。
興奮を抑えられない史基は、おどけた口調で問いかけた。
「へっ。随分と凝ったお出迎えだぜ。アンタ等、妹さんと優季の変装じゃないよな?」
背の低い方が、つまらなげに告げる。
「――証野史基。貴様に対抗戦に出られると不都合だ。悪いがここでリタイアして貰う」
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