アニメを斬る!

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魔導世界の不適合者 ~魔術学科の劣等生~ 第4部(第06話)

第一章  パートナー選び 5 ―有頂天―

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         5

 屋上にやってきた生徒は、長身で体格の良い男子である。
 一七〇センチ台の統護よりも一回り大きい一八〇センチ台後半の骨格に、鍛え上げられている筋肉を纏った、いかにも好戦的そうな風貌だ。肩幅の比率の大きさも統護以上である。
 彼の名は――証野あかしの史基ふみき
 統護と同じクラスに所属する職業【ソーサラー】志望である。魔導科のみならず全学科を通じての学年主席だ。オルタナティヴが統護であった時は、万年次席でもあった。
「よう、統護。どうした?」
「ん。ああ……。ちょっと話があってな」
 歯切れが悪くなる。その上、統護の声は上ずっていた。顔も強ばっている。
「なんだお前、凄い汗だな」
 歩み寄ってきた史基は、統護に並んでフェンスを背凭れにした。
「お前、昼飯は? 慌てて教室を飛び出していったが」
「ちょっと食欲がなくてな……」
 緊張の余り、食事が喉を通りそうもない。こんな事は、生まれて初めてだ。
「ほら、これ奢りだ」
 史基は統護に紙パックのジュースを差し出した。統護は「サンキュ」と受け取る。
 好物の野菜ジュースだった。人参ベースで食塩・砂糖・添加物ゼロだ。
 このやり取りに、統護は自信を深める。
 以前の二人は御世辞にも仲が良くなかった。元の統護であった時期は、史基は露骨に統護を敵視していた。元の統護は史基は眼中になかった。今の統護に入れ替わってからも、馬が合わなかった。
 だが――過日の《隠れ姫君》事件を通じて、二人は和解し、友情の切っ掛けを掴んだのだ。
 そして今では……
(大丈夫だ。自信を持て。俺達は友達だ。いや、俺は史基を親友だと思っている)
 統護は史基を見つめた。
 その視線に、史基は怪訝な顔になる。
「なんだよその目は。思い詰めた顔しやがって。悩みでもあるのか?」
 史基の指摘に、統護は愛想笑いを心掛けた。
「あ、いや。そうじゃないんだよ。ちょっと確かめたいんだけど、お前も対抗戦にエントリーするんだよな?」
 いいぞいいぞ。実にさりげない滑り出しだ。
「まぁな。最初から参戦予定だったけど、委員長が出るって話になって俄然燃えてるぜ」
「委員長か。そういやお前って……」
「ああ。借りというか貸しがある」
 史基から聞かされていた話を思い出す。二年になり魔導科に進級した直後、史基はみみ架に個人的な魔術戦闘を挑んだ。学内での私闘は厳禁であったのだが、みみ架が顕現させた不可思議な魔術を偶然目撃し、堪えられなかったという。
 結果は、史基の瞬殺負け。
 入学当初から戦闘系魔術師ソーサラーとしての資質を認められ、生徒だけではなく教師達にも一目以上置かれていた史基が一蹴された。
 それが噂として学園内を駆け巡り、みみ架は『学園の隠れ最強候補』と影で呼ばれていた。みみ架が顕現した魔術は、史基には認識不能だった。一瞬の決着だったという。謎に包まれた魔術特性のソレは人呼んで――変態魔術だ。
 ちなみに、みみ架の前では禁句でもある。
 人間離れした対【パワードスーツ】戦によって、学生レヴェルを遥かに超える戦闘力を披露した今の彼女にとっての、過去の話ともいえる。現在では、みみ架の【不破鳳凰流】と【魔導武術】の方が生徒達に印象付けられていた。
 史基は肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべる。
「できるならば、対抗戦でリベンジしたい。勝てなくとも今度は一矢報いたいぜ」
「そうか。……で、パートナーはもう決めたのか?」
「いや、まだだが」
 統護は心の中でガッツポーズを作った。よし、第一関門クリアだ。
 史基は腕を組んで思案する。表情は真剣だ。
「何人か候補は考えている。誰と組めば最も俺の能力を引き出せるのか。逆に俺が相手の実力を引き出せるのか。そして幅広く効率的な戦術をとれるのかを」
 その台詞に、統護は心を抉られた。目の奥が熱くなったが我慢するのだ。泣くな、俺。
(なんてこった。史基の中では俺が一番じゃないのか……)
 しかし、ここで引いては駄目だ。勇気を出して、さりげなく訊くのだ。
 ここで怖じ気づいたら、元の世界の再現になってしまう。体育の授業などで、二人一組での練習相手がおらずに先生とパス練習をするという、あの寂しさと屈辱を――
 緊張からくる吐き気を堪えて、統護は声を振り絞る。
「こ、こ、候補か」
「五人ほどリストアップしている」
「その候補の中に、お、お、お、おおおおおおっ」
「お、おい!? なにテンパッてるんだ!?」
 俺は入っているのか、という台詞が出てこない。恐くて口から出てこないのだ。

「ぉぉおおおぉおおおおお、俺と、組んでくれぇえええええっ!!」

 緊張が臨界点を突破して、思わず絶叫していた。
 こんなに緊張したのは、間違いなく生まれて初めてである。心臓が爆発しそうだ。
 恐る恐る史基を窺う。
 数秒、きょとんとしていた史基は、あっさりと頷いた。
「え? まあ、お前の《デヴァイスクラッシャー》と組めれば一番面白そうだなとは思っていたが、お前こそ俺と組んでいいのか? 後でどうなっても知らねえぞ」
 統護は目尻に涙を浮かべた。
「マジか!! 本当に俺と組んでくれるのか!」
「統護だって色んなヤツに声かけられるんじゃないか? というか、お前の場合は――」
「俺はお前一筋だよ、史基!」
「なんで抱きついてくるんだ!? お前キャラ変わってないか!?」
「だって嬉しくて……。俺、嬉しくてさぁ」
「泣くなよ! なんだそのキモイ反応は! まさか男に目覚めたとかいうなよ? ってかマジでホモとかゲイとかじゃないよな、お前。俺はそっちの気はないからな!!」
「誤解するな。俺のお前への想いは純粋に――友情だ!」
 こんなにも幸せだとは。
 友達とペアで学校行事に参加できる。ちょっと前ならば考えられない。
「それならいいが、なんかオーバーだな……」
「お、オーバーかな? ひょっとして俺、ウザい?」
「傷付いた顔すんなよ。ウザかねえよ。そりゃ前は色々あったが、今じゃ会長と並んでお前は俺のマブダチだと思っているぜ。ま、他の連中も前ほどお前の印象悪くないしよ」
 マブダチ。なんという甘美な響きだろうか。統護は人生最高の感動を噛み締める。
 本当に自分は『ぼっち』を卒業できたんだ――と、心底から思った。
「ああ! 俺もお前と会長が親友さ。俺達は友情という名の絆で結ばれているんだ」
 ちなみに生徒会長――東雲しののめ黎八れいやは、対抗戦は裏方に専念する為にエントリーしないと、早い段階から公式に表明していた。だから史基しか当てがなかったのだ。
「なんでそう大仰なんだよ。それから離れろ、暑苦しい」
 史基は統護を引き剥がした。
 邪険に扱われても、統護は輝くような笑顔のままだった。

 

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 もうすぐ昼休みが終わる。
 史基をパートナーに誘う超重大イベントの為に、昼食を摂っていなかった事を思い出したが、統護にとって今は些事でしかない。
 統護は史基と共に、教室へと急いだ。とはいっても、廊下を走ったりはしない。
 ゆっくり歩いても午後の授業開始までには、充分な余裕がある。
「……なあ、史基。やっぱり作戦会議とかミーティングとか、連携の訓練とか要るよな?」
「日程を組もうぜ。その前にエントリー済ませるのが先だけどな」
「エントリーは放課後に済ませるとして、明日からでも始めるってのはどうだ?」
「やる気だな、統護。最初は乗り気じゃなかったろ」
「事情が変わったからな」
 頬がにやけるのを抑えられない。親友とタッグを組んで学校行事に参加する。考えるまでもなく、これは青春だ。中学時代の修学旅行よりも楽しみである。その修学旅行も班で独りぼっちであった。しかも気が付けば、班を離れて先生と二人で自由行動していた。その先生も若い美人教師じゃなくて、五十歳過ぎのゴリラのような体育教師であった……
(待てよ、修学旅行!?)
「そ、そういえば、ウチの学校は二年の秋だったよな!」
「なんだよ突然」
「いや、修学旅行……」
「どうして今、秋の話をするんだ?」
「俺達、一緒の班だよな!?」
「それで問題ないが、今は対抗戦だろうがよ。お前、今日は本当にかなり変だぞ?」
「自覚はあるが、どうにもならないんだよ……っ!」
 興奮と幸福感に冷静さを保てない。頭は友情と青春で一杯だ。
 統護と史基は揃って足を止めた。

 ――廊下の角を曲がってこちらに向かってくるのは、淡雪である。

 淡雪の姿を認めて、統護は首を傾げた。
(どうしてアイツ、高等部に来ているんだ?)

 

 

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 本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。