第四章 託す希望 14 ―統護VSメドゥーサ②―
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14
締理は統護との話し合いを思い返す。
亡き友――オリガの遺志を継ぎたいという締里の気持ちを、統護は汲んでくれた。
一緒にレアメタルの秘密を暴く。
仮に、秘密を知った事により、結果として一時的にアリーシアの敵に回る事となったら?
その疑問に統護は迷わず答えた。
俺を信じろ、と。
だから締里も云った。何があっても自分を信じて欲しいと。
――〝そんなの当たり前だろ〟――
統護の返事に胸を打たれた。次いで『アリーシアだって、たとえ一時的に敵対したとしても俺達を信じてくれるさ』と彼は笑った。締里は『ええ。姫様も信じている』と微笑んだ。
自分達は共に信じ合う。
(この状況……。統護はレアメタルの秘密を知ったのか?)
ポアンが人質に取られている。
つまりラグナスと偽ラナティアに奪取されている状況だ。
統護は奪回しに現場に到着した。統護が追いつく前まで足止めしていたのが、ルシアが派遣した【ブラッディ・キャット】の三名だろう。
辛うじて間に合った。
狙撃用モードの《ケルヴェリウス》二挺の各パーツを分解、再構成して元の二挺拳銃に戻す。
片方を背中のホルスターに滑り込ませると、もう一挺を変形させた。
拳銃型から弓幹型へと。
「――《エレメンタル・アロー》」
自身の最強魔術をセットする。
魔術プログラムのアルゴリズム的に、締里の魔力総量と意識容量では派生魔術でのワンアクションのみの実現だ。しかし定型のワンアクション限定とはいえ、一度に複数のエレメントを操作する脅威の複合魔術である。
楯四万締里という少女が《究極の戦闘少女》として製造された――本当の真価。
戦闘系魔術師としての理論性や技量の賜というよりは、感覚的に締里にしかできない先天的な特技というべき例外に近いチカラ。故に技術としての発展性には乏しいのが欠点だ。
弦は水。弓幹は炎。矢尻には雷。射出エネルギーに風。己を砲台と化すために地と一体化。
そして、番われた矢は光。
すなわち、【光】【地】【水】【火】【風】【雷】を、一度に扱っている。
照準は完了だ。
一発目の狙撃ですでに感覚は掴んでいる。後は勘で問題ない。
位置関係が変わる前に撃つ。
相手に考える間など与えない。
己の電脳世界内に展開されている【アプリケーション・ウィンドウ】に実行用【コマンド】を記述して、締里は魔術プログラム――《エレメンタル・アロー》を発動させた。
…
メドゥーサは再びの魔術による遠距離攻撃を感知した。
術者に対応を要求する【アプリケーション・ウィンドウ】が、超次元でリンクしている電脳世界の最上位にくる。
幾つものウィンドウが[ WARNING ]という文字で染まっていた。
今度は魔術弾による狙撃ではない。
締里の狙いは――《バイパーズ・キュベレ》だ。
即座に軌道計算を終えたメドゥーサは、締里から放たれた攻撃魔術に対応を開始する。二人がかりで【コマンド】を打ち込み続けた。ツーラインで演算完了だ。
散布している【地】の魔術粒子で包み込み、攻撃魔術を減衰させにいく。
速度と威力は削れている。
さらに大地の津波を防御隔壁として、何重にも立ち上げる。
ドン、ドン、ドン、ドン、ドン、ドンッ!! 津波の隔壁を穿ちながら突き進む攻撃魔法。
全て突破された。
魔術出力を一点に集中している為に、魔術強度と魔術密度が桁違いである。しかも実体弾を超える存在係数を発揮している。
防ぎ切れない――のは、しかし計算通りだった。
これでかなりの速度と威力を削いだ。
メドゥーサは妹へ意志を繋ぐ。偽装【使い魔】となっている妹は、姉の意図に従う。
蛇の群で拘束している人質のポアンを射線から逃して、《バイパーズ・キュベレ》は両手で締里の攻撃魔術――《エレメンタル・アロー》をキャッチした。
全力で防御しにいく。同時に、魔術抵抗(レジスト)の為に、防御面から波及してくる敵の魔術効果をスキャン。プログラムを解析して魔術理論を解き暴く。
「なんだ!? この攻撃魔術は!」
驚きに目を見張るメドゥーサ。
《バイパーズ・キュベレ》と化しているラグナス妹からも、同様の驚愕が伝播してくる。
攻撃魔法の正体は、魔術による弓撃だった。
撃ち込まれたのは『光の矢』である。
しかし単なる『光の矢』ではないのだ。
使用エレメントは【光】で間違いないはずなのに、先端に【雷】を纏っている。更には矢全体が【風】でコーティングされている。一体なんの冗談だ、この魔術は――
メドゥーサは驚愕を振り切って【ワード】を叫ぶ。
「――《石化の魔眼(アイズ・オブ・キュベレイ)》ッ!!」
ビキビキビキビキィィぃぃぃぃぃッ!
魔眼が発動して《エレメンタル・アロー》を石化させた。
防いだ。防御に成功だ。
肝を冷やした。胸を撫で下ろす。魔術強度と魔術出力で上回れたが、複数のエレメントを一つの攻撃魔術で複合させるなど、とんでもない少女である。
締里の《エレメンタル・アロー》を破り、メドゥーサは哄笑した。
「あははははははははっ!! 確かにビックリ隠し芸な攻撃だったけれど、このメドゥーサには通用しなかったわねぇ。おっと、動くんじゃないわよ、【ウィザード】! さてさて、楯四万締里は次にどう来るかしらね? 今の攻撃魔術、相当な魔力を消費したのは間違いない。下手をすれば今ので打ち止め。【エレメントマスター】である、このメドゥーサとは違ってね」
メドゥーサは《バイパーズ・キュベレ》に命じる。
《バイパーズ・キュベレ》は人質のポアンを羽交い締めにすると、頭上に蛇の群を束ねた砲身を造り上げた。巨大である。《バイパーズ・キュベレ》本体よりも大きい。
「敗北の手土産に教えてあげる。一発目の奇襲を受けて動かなかったのは、締里の策に嵌まった振りをして、あえて二撃目を撃たせる為よ。そして二発共に発射地点は同じと確認したわ。向こうはこちらが対応する前に追撃したつもりかもしれないけれど、実相は全くの逆」
ツーラインでオペレーションしていたが、内一つは発射地点の割り出しと迎撃シミュレートに使用していたのだ。全て問題ない。次で決着しようか。
逆算した座標を固定。この座標を元に楯四万締里として空間設定する。
――ロックオン完了、とメドゥーサが嗤う。
これで締里がいるであろう建物の対テロ用の防御【結界】の作動を抑制できる。
要は建物が襲撃されたと、魔術プログラムに判定させなければいいのだ。大方、高層ビルの屋上に忍び込んで陣取っているはず。そして狙撃場所に選んだという事は、その屋上は立ち入り禁止に決まっている。そうでなければ発見されるリスクが高すぎる。脱出も困難だ。ゆえに締里のみをロックオンしていれば、防御【結界】は作動しないと断言できる。
時間から逆算しても、正式にチェックインして、ホテルの高層階の部屋から狙撃する余裕はない。共に行動する中、そんな準備もしていなかった。それに現在の締里は偽装可能な使い捨て用の身分も所持していないのだ。
(さてさて。ロックオンされたと感知した締里は、どんな顔になっているのかしら?)
蛇の砲身が発射態勢になった。
シミュレーションの結果を踏まえて、締里のみを破壊の設定範囲にと、魔術プログラムのパラメータ設定を完了する。
(他者には困難でも、このメドゥーサには造作もない芸当よ)
粉微塵になるのは標的のみ。建物に締里の遺品以外の物証は残さない。
仮にギリギリまで引きつけて回避したとしても、その場合は広範囲に散弾化して、建物を破壊する。仮に施設用の防御【結界】の自働展開が間に合っても、【結界】の障壁を突破可能な威力だ。そして、足場を失った締里は転落死するしかない。
より賢いのは締里ではなく、このメドゥーサだと証明しようか。
「戦闘とは駆け引きが応酬する高度な知恵比べ。頭脳ゲームよ。この程度の奇襲で策ぶるなんて、ねえ、いったい彼女のどこが《究極の戦闘少女》だというのかしら? よければ答えてくれる? 堂桜統護」
統護は平然と言った。
「答えは次の瞬間に分かるよ。次の攻防で決着する。俺には分かる。お前達はすでに、俺達に実質的に敗けているんだよ。よってその砲撃がお前達の最後のアクションだ。せいぜい悔いの無いように全力で撃てよ」
「へえ? 強がり? それともハッタリ? 締里の砲撃は通じない。アンタの援護にはならないのよ。そして私の砲撃を、どうやって締里は防ぐのかしら? このメドゥーサの《バイパーズ・キャノン》は、同等以上の【エレメントマスター】による【結界】でなければ、防御する事など不可能なのに。そして、すでにロックオンしている。締里はもう逃げられないわ。たとえ彼女が『セカンドACT』しても、私の砲撃を跳ね返せるだけの魔術出力は得られない」
やるべき事は泣きながら懇願する命乞いよ、とメドゥーサは挑発した。
統護はその挑発を無視する。
「締里が逃げるはずないだろ。もう俺達は勝っているんだから」
「しつこいわね。連絡が取れない状況で、どうしてそこまで言い切れる!?」
「分かるさ。連絡の必要なんてない。だって、お前達《邪王のメドゥーサ》が『二心一体』だというのならば、俺と締里は……
――『一 心 二 体』のチームなんだよ」
その台詞が、メドゥーサが撃つ引き金となった。
なにが一心二体だ。ふざけやがって。
赦さない。互いに己の分身だと思っている私達、姉妹(ラグナス)を愚弄する事だけは。
メドゥーサは決着をつけるべく【ワード】を唱える。
「――《バイパーズ・キャノン》ッ!!」
グッバイ締里ぃぃぃいいいィ、という叫びが【ワード】に上乗せされた。
ギャォンんっ!!
巨大な砲口と化している蛇達の顎が一斉に咆哮。数多の牙が集積して一発の砲撃となる。
地上百階の巨大ビルディングさえ瞬間的に消し飛ばせる、超物理的な威力だ。
その圧倒的な砲撃が一直線に締里へと向かう――
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…
締里は敵【エレメントマスター】からの遠距離砲撃魔術を察知した。
想定通りだ。なにしろご丁寧にロックオンして事前に砲撃を報せてくれている。
背中のホルスターから抜いていた拳銃モードの《ケルヴェリウス》を一斉射撃した。
ガガガガガガガガガガガッ!
狙いは敵の魔術砲撃ではなく、足場にしている屋上の床である。
その魔術弾を『テロによる攻撃』と判断したビルの警備システムが、瞬時に、防御用の巨大【結界】を展開した。ビル全体を障壁で囲む。これは施設用【DVIS】のROMにプリインストールされている【間接魔導】である。
敵が自分をロックオンしたのは痛恨の失策だ。
締里をロックオンすれば施設用の防御【結界】の起動を防げる――と目論んだのだろう。
浅はかに過ぎる。
想定外の狙撃を受けての動揺で、やはり敵の思考力と判断力は鈍っているのだ。
一弾に固まっていた魔術砲撃は【結界】展開を自動認識して、広範囲に散開する。散弾は牙だ。一つ一つが蛇の牙である。その牙弾の群が、ロックオンしている締里を狙う。しかし――
ズオォゴンォン!!
展開されたビルの【結界】が敵の散弾を受け止めた。
これでビルの警備システムも、この砲撃を『ビルが攻撃された』と判断する。
ごごごごごごごご!! 【結界】の障壁が軋み上がった。
散開している牙の群が、締里を目指して収束しようと魔術出力を上げていく。
通常ならば、防御【結界】の強度が上回り、いかなる攻撃に対してもビクともしない。
しかし、流石は【エレメントマスター】だ。
規格外の威力で、おそらくは数秒で防御【結界】を破壊、突破するだろう。
だが、その数秒で締里には充分だ。
締里は魔術ハッキングによって【結界】の実行プログラムに割り込むと、防御【結界】のパラメータを変更した。砲撃を受けている面に出力を集中させる。それと同時に【結界】が破壊されるまでのカウントを表示させた。そして【結界】に当たっている砲撃から魔術プログラムを吸い出して、《ブラック・ファントム》のRAM領域に転写した。ハッキングを停止して、自身の【ベース・ウィンドウ】にて、RAMにコピーしている砲撃プログラムを解析する。
残りの時間のカウントは――『4』。
防御【結界】とのせめぎ合いで、砲撃の威力が減衰していく。これならば――いける。
正面から撃ち勝てる。残りの魔力からして、次が最後の一撃となるだろう。
それに【結界】の作動で騒ぎになるから、早々にこの場から退出する必要がある。
(すでに統護と私は勝っている)
全てが計算通り。後は満を持してフィニッシュするだけ。簡単な仕事だ。
決めなさい、統護。そのお膳立てはしてあげるから。
締里は凛と【ワード】を呟いた。
「――セカンドACT」
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