第四章 託す希望 15 ―統護VSメドゥーサ③―
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15
締里は右手首を捻って、《ブラック・ファントム》のスイッチを入れる。
四肢を穿つ圧縮空気針によって、締里の体内に『とある薬品』が注入された。
それは【レジスター】という【DRIVES】への耐性を強化する薬品だ。常人では使用に耐えられない劇薬でもある。締里とて、三日に一度の使用が限界で、かつ【DRIVES】の起動リミットは三分と設定されている。そして、確実に寿命を削るという代物だ。
オリジナル【DRIVES】の負荷が締里にのし掛かってくる。
全身を駆け巡る【レジスター】が負荷を中和していくが、それでも苦しい。
その苦しさを、締里は振り切る。ただ一つの想いを胸に――
(信じる、統護を!!)
――かつての《隠れ姫君》事件で、自分は統護を信じられなかった。
それはユピテルに敗北し、人質にされてしまった時の事。
――ユピテルの強さに屈して、統護ではユピテルに勝てないと思った。
けれど自分を救出にきた淡雪は、統護が勝つと信じていた。
――その根拠を聞いた時、自分は感情論だと内心で呆れてしまった。
淡雪が信じていたのは、統護の実力ではなく、彼と交わした約束だった。
――自分は統護に無茶を超えた無謀をして欲しくなかった。
そして統護は見事にユピテルを撃破して、アリーシアを奪還した。
――統護が勝利して嬉しかった反面、淡雪に対して悔しさを覚えていた。
対抗戦で、みみ架と戦った統護は、敗北の寸前まで追い込まれた。
――ユピテルの時とは違い、統護が勝つと信じていた。
みみ架には勝てないと淡雪が諦めた時、ようやく胸のつかえが取れた気がした。
――世界中の誰もが、統護を信じられなくなっても、自分だけは信じる。
ただ信じるだけではなく、彼を支えてみせる。何故ならば……
(その為の《究極の戦闘少女》なのだから!)
起動プロセスが終わり、《ブラック・ファントム》の外観が変化していく。
前面に羽のように展開した胸部プロテクターが、左右に旋回して両肩の上に被さる。
前腕・肘・膝のプロテクターが左右に分割して広がった。
外観の変化に合わせて、補助AIと締里が神経接続される。
専用【黒服】であり専用【AMP】でもある《ブラック・ファントム》との一体化が完了。
これにより専用【黒服】の制御から解き放たれて、締里は魔術に専念可能となった。
オリジナル【DRIVES】の負荷と【レジスター】の効果による色素変化が起こる。
青みがかった頭髪が漆黒に染まり、その双眸は真紅に輝く。
締里の【基本形態】――《マルチタスク・フォーム》が完成した。
専用【黒服】《ブラック・ファントム》と一体化かつ、複数のエレメントを同時に操る事を可能とする【基本形態】である。
自身を仮想【DVIS】化すると同時にハブとして設定して、締里はタスクにみたてたエレメントをマルチタスクするのだ。
残り時間は少ない。
残りの魔力もだ。
弓幹型に変形させている《ケルヴェリウス》を構える。専用【黒服】の両前腕部からケーブルが射出された。《ケルヴェリウス》に先端がプラグインする。つまり有線接続だ。
「――《エレメンタル・スターライト・アロー》」
ぶうぅぉぉおおおおおおん。
巨大な矢が顕現した。それを《ケルヴェリウス》にセットする。
現在、締里が操作可能な全てのエレメント【火】【風】【地】【水】【雷】【光】【重力】を、この一発の矢に込めていた。
虹色の色彩に輝く巨大な矢は、まさしく星の光といえよう。
「受け取りなさい、統護」
楯四万締里の全てと、誰よりもお前を信じる心を。
ギシ、ギシ、ギシィィ!! 軋み上がる防御【結界】は限界だ。
表示カウントが『0』になる。
ついに――、メドゥーサの砲撃魔術が、ついにビルの防御【結界】を破壊した、その瞬間。
もっとも威力が削がれた刹那を逃さずに、締里の『星光の矢』が煌めく。
プログラム解析により砲撃の理論的弱点は明らかだ。そして砲撃を打ち砕く為のアルゴリズムをサブルーチン化して術式に加えている対《バイパーズ・キャノン》用の一撃である。
牙群だった散弾が円錐型に収束して、締里に迫った。その先端に『星光の矢』が炸裂する。
キュゴォぅぅンっ!!
真正面からメドゥーサの《バイパーズ・キャノン》を打ち破った《エレメンタル・スターライト・アロー》が、統護へと放たれた。
それは流れ星の輝き。
叶えて欲しい願いではなく、信じているという想いを届ける流れ星――
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…
莫迦な、とメドゥーサは両目を見開いた。
あり得ない。《バイパーズ・キャノン》が破られるなんて。ビルの防御【結界】を利用されただけではなく、真正面からパワー負けした、だと!?
即座に全オペレーションを、締里の弓撃魔術への防御に割り振る。
地面からせり上がる土の津波による防御隔壁を、可能な限り連続させて立ち上げていく。
強度も最高レヴェルに設定。
しかし、二撃目以上に軽々と撃ち抜かれてしまう。減速させられない。
着弾点の弾道計算はとっくに終えていた。
計算結果は――《バイパーズ・キュベレ》だ。
メドゥーサは迷わず行動する。
意志を送って偽装【使い魔】をコントロールするまでもなく、《バイパーズ・キュベレ》は人質のポアンを放棄して、前面に局所防御【結界】を展開した。
これは【地】の魔術粒子と土の波を合成させた、レンズ状の魔術的力場である。
ズゴン!!
締里の《エレメンタル・スターライト・アロー》が着弾。
どうにか受け切る《バイパーズ・キュベレ》。
再びポアンを確保しようとメドゥーサは走る――が、【ブラッディ・キャット】が先んじる。
(くそ。このままでは統護に……ッ!)
ポアンを諦め、メドゥーサは意識を統護に切り替える。別に人質などなくたって。
ぐぎゃァンン!!
《バイパーズ・キュベレ》がレンズ状の局所防御【結界】で《エレメンタル・スターライト・アロー》の軌道を逸らす事に成功した。計算通りである。
これで仕切り直し――と、メドゥーサが嗤う。
間違いなく締里は魔力を使い果たした。もう締里からの横槍はないのだ。
締里に後手後手と踏まされたが、これで統護との一騎打ち。
莫迦め。大馬鹿め。今の今までリスクを排除した『安全圏からの攻撃』を優先していたが、だからといって正々堂々と戦って、このメドゥーサを弱いなどと侮っていたか。
(お望み通りに、こうなったら正面から実力で叩きのめしてやる、【ウィザード】!!)
統護を睨み付けようとして――メドゥーサの目が点になった。
――巨人が顕現している。
紛う事なき偉容である。荒々しくも毅然とした、和風の鎧を纏った着物姿だ。
戦国時代のニホンにおける武者だと、メドゥーサの知識にある。
問題は何故、そんなモノが顕現しているのかという点だ。
しかも顕現しているのみならず、締里の《エレメンタル・スターライト・アロー》を番えて照準済みであった。引き絞られた弦を弾けば、『星光の矢』は今度こそ炸裂するだろう。
統護が云った。
「これは〔軍神マサカド〕だ。俺が〔魔法〕で顕現させた」
その台詞にメドゥーサは唖然となる。マサカド!? 【現神人】として有名な平将門?
この〔神〕の召喚こそが【ウィザード】としての統護の切り札だ。
統護の〔魂〕の裡に眠る〈神座〉を仮想IDに見立てて、元の世界の超次元に存在している堂桜と〔契約〕を交わした〔神の系譜〕に強制アクセスする。
アクセスに成功した〔神〕を、この異世界に多重存在(アストラル・ボディ)としてコピー&ペーストするのだ。
その多重存在――概念因果体の〔神〕を、この世界の〔魔法〕で受肉化させる。
受肉化させた〔神〕を従えて間接的に神威を振るう。
全ての平行世界においても、堂桜統護のみが実現可能な〔魔法〕と〈神座〉の合わせ技だ。
この切り札のデメリットは二つ。
無理矢理に、他の平行世界に多重存在化させられた〔神〕の怒りを、統護はヒトの身のまま一身に背負わなければならない。超人化していなければ〔神罰〕で木っ端微塵だろう。
二つ目のデメリットは、統護が〔神〕のチカラを振るう事により、この異世界の〔精霊〕力のバランスが崩れて、一時的にだが世界各地で異常現象が起こってしまう事だ。
想定外に過ぎる光景に、メドゥーサは固まった。
そして理解した。
一発目の狙撃で、締里は自身の存在をアピールして人質を実質的に無効化した。
二発目の砲撃で、締里は自身に意識を向けさせると同時に、統護にメッセージを送った。
三発目の砲撃で、締里が狙ったのは《バイパーズ・キュベレ》の撃墜ではなく、メッセージ通りに、『星光の矢』を統護に届ける事だったのだ。
統護は締里を信じて、攻撃の気配を悟られない様に〔神〕の召喚のみに留めていた。
仮に召喚した〔神〕に攻撃準備をさせたのならば、魔術サーチが不可能であろうとメドゥーサが察知できないはずがない。
完全に締里の掌の上で踊らされていた。最初から振り回され続けた。
これのどこが《究極の戦闘少女》と締里を嘲笑ったが、まさに《究極の戦闘少女》だ。
そして締里を信じ、彼女の意図に応えた統護も見事の一言に尽きる。
確かに二人は、統護がいった『一心二体』に恥じないコンビネーションを披露した。
「――〔神威奉還〕」
統護の〔言霊〕に呼応して、〔軍神マサカド〕が『締里の矢』を射った。
ギラリ、とメドゥーサの目が光を帯びる。
(しかし!! まだよ! まだこのメドゥーサは敗北していないッ!!)
直撃だけは避けてみせる。
そして直撃でなければ、耐えてみせる。このまま終わってなるものか。
統護の〔魔法〕は【魔導機術】とは異なり、極めてアナログな代物なのは分かっている。
ゆえに精確なロックオンやホーミングなどできないのだ。
目視による狙いは大雑把なはず。
とにかく動け。一瞬も無駄にするな。
自分と《バイパーズ・キュベレ》が少しでも移動すれば、少しでも的をズラせば――ッ!!
だが、動いたのはメドゥーサだけだった。
偽装【使い魔】――いや、妹は意志(コントロール)に応えてくれず、動かないまま。
かといって自発的に防御用のリアクションも起こさない。完全に棒立ちのままだ。
キュゴドドオぅン!
耳朶を揺さぶる轟音。周囲の空気が凶暴に震える。再度の《エレメンタル・スターライト・アロー》が、《バイパーズ・キュベレ》の身体ではなく――足下に炸裂。
当たらなかったが、着弾の余波で《バイパーズ・キュベレ》は高々と宙に舞っている。
しかしダメージは皆無だ。
不発だ。これで統護と締里の切り札は空振りに終わった。
(勝ったァ! このメドゥーサ様の勝利だッ!!)
これで勝ったはず。間違いなく勝利のはず。
はずなのに……《バイパーズ・キュベレ》が纏っている蛇群の巨大ドレスが解けていく。土の蛇達が死滅していくのだ。
不思議に思ったメドゥーサが妹に問いかけると、濁流のごとく妹の本音が殺到した。
もうイヤだ、と。
勝てっこない、と。
――〝本当はちっとも楽しくなんてなかった〟――
――〝本当は全てを放り出して逃げたかった〟――
――〝本当はお姉ちゃんに護って欲しかった〟――
――〝本当はお姉ちゃんに助けて欲しかった〟――
愕然となるメドゥーサ。
(なんて、こと、なの)
自分と妹は、全くの別人だったというのか。二人で一人ではなかったなんて。
性格に差異はあっても、同じラグナス・フェリエールという存在だと思っていた。
便宜上、姉と妹となっているが、あくまで便宜として互いを区分する呼称だと思っていた。
まさか自分を『お姉ちゃん』と思っていただなんて。
そして理想と目的の為ならば『死んでもいい』と思っている自分とは違って、本音では。妹の本当の気持ちは。
最も強い意志が、泣き叫ぶように伝播してきた。
――〝じょ、冗談じゃない! こんな奴等とこれ以上戦ったら〟――
〝殺 さ れ るッ!!〟
もう戦えないという悲痛な気持ちは、敗北ではなく、死への恐怖に塗れている。
(し、信じられない。いや、信じたくない)
自分とは違い、妹が本音では『死にたくない』と思っていたなんて。
力なく墜落していく妹は、メドゥーサが操る《バイパーズ・キュベレ》ではなくなっていた。
そして本体であるメドゥーサも同じく――
統護は「ニィィ……」と口の端を持ち上げると、先程のお返しとばかりに宣告する。
「……グッバイ、メドゥーサ」
すでに〔軍神〕は消えていた。統護は風の〔精霊〕を使役して、ラグナス妹をキャッチ。
そのまま地面へと横たえさせる。
ラグナス妹は立ち上がらなかった。力なくダウンしたままだ。
あえなくブッ倒されたのではなく、優しく寝かされてのダウン。こんなみっともないダウンシーンは、メドゥーサの記憶にない。情けないを通し越して、惨めなダウンだ。
回復体位――横向きに横臥して半身を抱きかかえるような姿勢で、ラグナス妹は動かない。
左腕で頭を抱えて顔を隠したラグナス妹の全身が、カタカタと細かく震えている。
身体的なダメージは軽微だが、完璧に心を折られていた。
その姿は無様を通り越して、哀愁すら漂わせている。
ラグナス姉の【エレメントマスター】化も解除されており、呆然と立ち尽くしていた。
今の姉妹は《邪王のメドゥーサ》ではない。いや、二度とメドゥーサにはなれないだろう。
終わりだ。
統護はそんな二人に一瞥もくれずに、救助されたポアンへと歩き出した。
倒れたまま立ち上がるのを拒否している妹を、ラグナス姉は茫洋とした瞳で見つめる。
初めて知った。
《ファーザー》が自分達に授けてくれた〔ギフト〕によって、完全な意思疎通が可能になったと思っていたが、妹には『本音をシャットアウト』できる〔ギフト〕も与えていたのだ。
何一つ、理解していなかった。
いや、妹を理解しようとさえしていなかったのだ。
妹の場当たり的な破滅的行動や、快楽優先にみえた言動は、全てSOSの発露だったとは。
最後に殺し合いをしようという提案も、もう全てを辞めたいという言外の訴え。
気が付けた筈なのに。
自身の分身ではなく、妹を一人の人間として見ていれば。自分が一番傍にいた――唯一人の姉なのだから。
最初から妹を巻き込むべきではなかったのだ。
あぁ、許して―
「ゴメン。赦して、ラグナス。愚かなお姉ちゃんを」
両膝を地面に屈し、ラグナス姉は懺悔の涙を流すしかなかった。
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…
相手を寄せつけない圧巻の勝利であった。
不殺のみならず、完膚なきまでに叩きのめしての完勝である。
締里のアシストでメドゥーサを完全撃破した統護に、クウが感嘆を漏らした。
「この目で見ても、未だに信じられません。あのメドゥーサに圧勝してしまうなんて」
アンも同感と頷く。
「決して弱くはなかった筈です。ユピテルとセイレーンと比較しても、メドゥーサの強さは遜色するものではなかった。いえ、魔術的パワーこそ見劣りしますが、それ以外の要素では、むしろユピテルとセイレーンよりも……」
メイが言った。
「実力を出させないまま一気に決着まで持ち込みましたね。統護様にとってメドゥーサは『全力を出させて戦ってみたい』という相手ではなかった――という事でしょう」
三名のもとまで歩いてきた統護は、足を止めると、メイ、アン、クウと順番に見た。
拘束を解かれたポアンは納得した顔だ。
統護は【ブラッディ・キャット】三名に答える。
「確かにメドゥーサは強敵だった。アンの言う通りに、ユピテルとセイレーンと比較しても。でもユピテルとセイレーンと比較しても強敵というのは、あくまでスペック上の話だ。単純にパワー・スピード・テクニック・スキル・タクティクス・インテリジェンスといった各要素を比べての事に過ぎない。戦いにおいて、自身と相手の強さよりも、安全に勝利のみを手にしたいと考えるヤツは、強さよりもただ勝つ事だけが大事なヤツは――、今の俺には恐くない」
恐くない、という統護の台詞に、凄みに、三名は思わず固唾を飲む。
統護はポアンに右手を差し出した。
助けるのが遅れて済まなかった、と苦笑を添えて。
そんな統護に、【ブラッディ・キャット】三名は深々とお辞儀して、こう言った。
流石です、統護様――と。
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本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。