第四章 託す希望 10 ―メドゥーサVS赤猫部隊③―
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圧倒的であった。
《ブラッディ・ハーモニー》によって一体化した【ブラッディ・キャット】の連携は、一卵性双生児の感覚共有能力で結ばれているラグナス姉妹の連携を上回っていた。
先程までの戦闘では、ラグナス妹がバックアップを担い、ラグナス姉が近接して突破口をこじ開ける――という展開であった。
しかし戦闘再開してからは、その戦術は通用しなくなっている。
ラグナス姉の《ゴルゴーン・スネーク》の射程外から、【ブラッディ・キャット】はサブマシンガンでの魔術的な銃撃をメイン攻撃として、主導権を堅守していた。
徹底してロングレンジ戦を貫いている。
姉を接近させようと、ラグナス妹は最大振幅で地面を揺らす――が、アンとクウが四つん這になって、その背をメイの足場としているのだ。
いわば人体による耐震装置である。
二つの背を足場にするメイは、どれ程の揺れであってもバランスを崩さない。すでに電脳世界――【ベース・ウィンドウ】での超次元演算によって、ラグナス妹の魔術パターンは解析していた。解析結果に応じた対応パターンを逐次、自分達の共有【アプリケーション・ウィンドウ】のパラメータ設定に反映させているのだ。
ラグナス妹は、振幅を抑え、確保した魔力で大津波を発生させる。
すかさずメイは二挺拳銃になった。
「どうやら他に手立てはないご様子ですね。正直申し上げて――失望しましたよ」
ゴガガガガガガガガガガガガガガ!!
二挺のサブマシンガンの銃口が、性能マックスで弾丸の雨を間断なく撃ち出していく。
あっという間に、大津波が魔弾の弾幕で削られてしまう。
サードACT前は貫通していた魔術弾丸であるが、今は弾丸で津波を攻撃していた。
これも津波の魔術理論を解析済み故の、魔術弾のパラメータ設定を変化させた結果である。
ボロボロになっていく波面から、苦し紛れに土の槍が射出されるが、その槍をアンとクウが展開した『紅い影』によるシールドが遮断した。
パワーを失った津波が届き、三名を覆っても、何の効果も発揮できなかった。
その隙に近づこうとしたラグナス姉に、メイは銃弾で牽制、足止めする。
姉妹は何もできないままだ。
ラグナス妹は苦し紛れに三名がいる場所を大津波の基点に設定した。
足場から大津波が発生するのを【ベース・ウィンドウ】の魔術サーチによって察知した三名は、即座にジャンプして退避する。発生地点から退けるだけで、津波は虚しく後方へと滑っていった。
無駄に魔力を消費したラグナス妹は歯噛みし、ラグナス姉は妹の失態に舌打ちした。
メイは呆れ顔を演出する。
「ああ。ちなみに弾切れは期待しないで下さいまし。この地のいたる箇所に予備カートリッジを埋めておりますので。待ち伏せしていたのだから当然ですけどね」
三名は一度、後方に散開すると、埋めていた弾倉を手早く掘り出して、再び集合した。
その間、ラグナス姉妹はリアクションを起こせなかった。
【ブラッディ・キャット】の人外レヴェルの挙動からして、迂闊に攻撃を仕掛けても逃げられるのが必至な上に、余った一名から銃撃されるのが目に見えていたからだ。
連携で上回る事によって二対三でも優位に立てていたが、連携で上回れなくなった今、ラグナス姉妹に数の不利がのし掛かっている。
ズガガガガガガガガガガガガガ!!
再び【ブラッディ・キャット】によるサブマシンガンの斉射が、ラグナス姉妹を襲う。
遮蔽物に乏しい拓けた地形なので、ラグナス姉妹は銃弾から逃げ回る事しかできない。射線の予測演算と着弾地点の割り出しは容易なのだが、現実の時間軸と有視界での対応で精一杯の状況である。ラグナス妹の魔術攻撃が通じなくなった今、彼女達はロングレンジに釘付けだ。
メイが言った。
「それから……、弾丸以外の補給ですけれど。私達【ブラッディ・キャット】は貴女達の推察通りに失敗作をリサイクルした影人形でございます。よって真っ当な人間とは異なり、食料と水分といった補給は当面は不必要なのですよ。戦闘において補給は最も大切な要因ですけれど、さて、貴女達は補給を確保しておりますか?」
補給に言及されて、二人のラグナスはギクリとなった。
二人は微かに喉の渇きを覚え始めている。つまり体内の水分が不足しているのだ。
水と食料はトラックの運転席だ。
敵に背を向けて、取りに行くわけにはいかないだろう。そこを撃たれてジエンドである。
ラグナス妹が顔を歪めた。
「最初から、それが狙いで長期戦を……ッ!」
それに補給の問題だけではなく、都市境の外で待機している【エルメ・サイア】の工作員と合流する時間的なリミットもあるのだ。
要するに――姉妹は、猶予がない状況に追い込まれている。
メイの台詞が、さらに二人を追い打つ。
「惜しい。実に惜しいです。貴女達はただ一点を除いて完璧といえる戦闘者でした。ただ一点を見逃せば、世界最高峰――それこそ、かの最強の魔術師《神声のセイレーン》に比肩しうる戦闘系魔術師でしょうね。たった一要素、しかし大事な一要素、すなわち……」
決定的なパワー不足を除いては、とメイが繰り返した。
その評価に、姉妹は無言になる。
こうなってしまえば、姉妹に許された選択肢は二つしかない。
一つは、現在の【基本形態】を止めて、全く別の【魔導機術】――ロングレンジ戦に長けたオリジナル魔術を再起動する事である。別にロングレンジ戦が不得手ではないのだ。
そして、もう一つの選択肢は……
「仮にハッタリ、ブラフではなくて、貴女達姉妹のどちらかが本当に【エレメントマスター】であったなら、と考えると寒気さえ覚えますよ。本当に貴女達が【エレメントマスター】でなくて助かりました。【エレメントマスター】を騙りたくなる気持ちも理解できますが」
ラグナス姉妹は顔を見合わせた。二人に言葉は要らない。
採る選択肢は決まった。
一転して、サバサバとした表情になったラグナス姉が言う。
「――仕方が無いわ。こうなったら『マスターACT』するしかないわね」
姉が言った台詞に、妹が「そうしましょう」と肩を竦めて同意する。
このまま別の【基本形態】を再起動するのは、ある意味、敗北よりも屈辱だからだ。
メイ、アン、クウの三名は硬直した。
三名の反応を楽しみながら、ラグナス姉が言葉を続けていく。
「別に撃たれながらでも問題なく『マスターACT』できるけれど、手品のタネに興味があるのだったら、少しだけ待ちなさい。私達がアンタ達の『サードACT』を待ったように」
「期待されても、大したカラクリじゃないんだけどね。衆知されている通りに、『マスターACT』は【魔導機術】システムの穴を突いたチート技だし。そのチート――つまりイカサマであり反則である方法を、私達姉妹は他の【エレメントマスター】とはちょっとだけ異なる方法で体現できるのよ」
そのチカラこそが、二人が《ファーザー》に与えられたモノ。
感覚共有能力の強化と共に、姉妹が《ファーザー》から贈られた〔ギフト〕である。
二人のラグナスが声を揃えた。
「「 魔力共鳴共振(シンクロ)ッ!! 」」
双子による同一の魔力がぶつかり合い、やがて共鳴する。
二人の間で魔力が共振を開始した。
そして共振した魔力が、魔術的な固有振動を発生していき、爆発的に増幅していく。
ごごごごごごごごごごごごごッ!!
二つの魔力が一つになる。増幅・増大していく魔力の奔流で空間ごと震え始めた。
一卵性双生児――二人のラグナスの生体データは完全に一致している。
通常、DNAが一致していても、魔力性質・魔力総量・意識容量まで一致――すなわち生体データまでの一致まではあり得ないとされていた。DNAのみでは魔力の差異を評価できない故の生体データという評価方法でもある。
だが、このラグナス達は、奇跡的に生体データまでもが一致しているのだ。
そして二人は《ファーザー》の〔ギフト〕によって、魔力の共振増幅を実現できる。
とはいえ、共鳴し合っている不安定な状態では、増幅した魔力を戦闘には応用できない。
シンクロ状態を常態化させる必要がある。
魔力増幅によるシステム側のリミッター突破を試みる。同時に、《ファーザー》の手引きで違法に新規登録している同一IDでのユーザーモード再認識の為、再ログインを申請。
結果として【魔導機術】システムのユーザー認識に誤認(エラー)が発生する。
『ベース・ウィンドウを初期化します』
電子音声は一つだ。二人の意識内にある電脳世界が同一化する。ネットワークでの共有ではなく、一つの電脳世界を二人同時に展開しているのだ。
このチート方式の為に、二人は全く同じ専用【DVIS】を使用していた。
システム側のエラーを無視して、二人は爆発的な魔力を【DVIS】に注入し続ける。
共振増幅によるパワーアップのみならず、姉が魔術師本体を担い、妹が宝玉に流し込める魔力の上限値を超えた魔力を逃がすリミッターを解除する役割を、《ファーザー》による〔ギフト〕を使用して果たしているのだ。
つまり魔力暴走を抑えるセーフティを解除する専用【DVIS】の違法改造をせずに、二つの専用【DVIS】を二重に使用して『一つの【DVIS】』とシステム側に認識させている。
このラグナス姉妹にしかできない裏技だ。
完全同一認識に成功。二人は一人――としてシステム側に再アクセスを要求された。
「「 マスターACTッ!! 」」
寸分違わず一致した起動【ワード】が高らかに響く。
それは【魔導機術】において、あまりに常識外の光景であった。
魔術的な液状化現象によって目視できる範囲の地面が、荒波くるう大海原と化す。
ラグナス妹の身体を核として地面から巨大な蛇姫が出現――【使い魔】という形式になる。
いわば【ゴーレム】使役型の【基本形態】という擬態で、妹は姉に組み込まれたのだ。
そして、残るラグナス姉が魔術師本体として再起動する。
こうして魔力の共鳴増幅状態が固定化された。
常識外れの魔術パワーによる空間烈震に、【ブラッディ・キャット】は愕然と立ち尽くす。
震える声をメイが漏らした。
「そ、そんな。唯一の弱点であったはずのパワー不足を、こんな、こんなやり方で――ッ!」
ラグナス姉が改めて名乗り上げる。
「我ら姉妹が《ファーザー》より授かった『コードネーム』は《邪王》……」
大海原となった地面が【ブラッディ・キャット】を翻弄する。
例外は【基本形態】に擬態したラグナス妹と、魔術師本体を担っているラグナス姉のみ。
「二心一体の【エレメントマスター】……
――《邪王のメドゥーサ》ッ!!」
ユピテル、セイレーンに続く、【エルメ・サイア】が擁する【エレメントマスター】――その名もメドゥーサの出現に、【ブラッディ・キャット】は自分達の敗北を悟った。
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