第四章 託す希望 9 ―メドゥーサVS赤猫部隊②―
スポンサーリンク
9
三名が同時に唱えた【ワード】――『サードACT』を、ラグナス姉妹は知っている。
過日の対抗戦における裏舞台の情報は、【エルメ・サイア】関係者として得ていた。
当然ながら【エルメ・サイア】の息がかかった者が、出資者として偵察していたのである。その報告とホストから提供された実験データは、裏社会を駆け巡っている。
米軍【暗部】が主導をとり実施された新型【パワードスーツ】の極秘実戦テスト。
そのメイン機能の一部としての新技術――
それは【DRIVES】と名称された【魔導機術】だ。
二人のラグナスは刮目する。従来の【DVIS】とは異なる【DRIVES】の起動を。
【ブラッディ・キャット】三名に変化が起こる。
最も特徴的な変化は――双眸だ。
アンとクウの両目はゴーグルで隠されているが、ヘッドマイクを飛ばされたメイの両目が紅く輝き、その光彩と瞳孔を変化していく。
人の目から猫の眼へと。
間違いなく他の二名も同じ現象が起こっている。そうラグナス姉妹は確信した。
そして――彼女達の両目こそが、それぞれ【DVIS】と【AMP】なのだと理解する。
両目の煌めきは宝玉の輝きだ。
三名が纏っていた《キャット・オブ・アサシン》が吹き消える。【基本形態】が切り替わり、『影』が強制パージされたのだ。
彼女達の変化は両目だけにとどまらない。
露出している肌に、真紅のラインが浮かび上がり、そのラインの中を白銀の粒子が高速循環していた。ラインが描く軌跡はタトゥーというよりも紋様である。
ラグナス姉が感嘆した。
「変化というよりも、これじゃ変身ね」
ラグナス妹が感想する。
「変身、か。言い得て妙ね姉さん。とにかく、彼女達の【DRIVES】は米軍【暗部】が開発中の【DRIVES】とは系統が若干異なっているはず」
「ええ。基礎理論が同じであっても、米軍【暗部】の【DRIVES】はDr.ケイネスとかいう科学者が開発している代物で、この赤猫の影人形たちの【DRIVES】は堂桜那々呼が開発しているはずだもの」
「謎の科学者と《最凶の天才》が何故、全く同じ基礎理論を提唱して、さらには【DRIVES】の開発を競い合っているのか、色々と興味が湧く話よねぇ?」
「あの飼い猫たちの素顔を知ってしまった今とはなっては、なおさら……ね」
「ふふふふふ」
「っく、くくくくくく」
含み笑いを交わす双子の姉妹。
新コンセプトの【魔導機術】システム――【DRIVES】とは、『ダイレクト・ライド・インジケート・ヴィジュアル・エンゲージ・システム』の頭文字を繋げた単語だ。
従来の【DVIS】による【魔導機術】であると、魔術師が【AMP】を使用する際には、魔術師と【AMP】の魔術プログラムが並列演算で処理されていた。
この方式だと、施術者の負担は少ない。
逆に演算システム側の負荷および魔術プログラム側のロスが大きいのである。
その無駄は魔術出力に影響してしまう。
よって、魔術師が秘めている特性をダイレクトに出力可能な専用【AMP】を使用する事で、演算システム側の無駄と魔術プログラムのロスを除去してしまおう――というのが【DRIVES】の基礎理論であり出発点だ。
その実現手段として、並列処理されていた魔術プログラムが直列処理に変更された。
すなわち『演算システム→魔術師』と『演算システム→【AMP】』の並列で、その間を繋ぐのに別途の魔術プログラムを要していたのが、ダイレクトに『演算システム→魔術師→【AMP】』と直列で繋いで【AMP】の魔術効果が発現されるである。
この演算形式と接続状態を作り出す為に、魔術師を仮想【DVIS】と化すのだ。
しかしこの方式だと、並列演算する事で演算システム側が請け負っていた負荷を、ダイレクトに間に入るカタチとなる魔術師が全て背負ってしまうデメリットが生じる。
己を仮想【DVIS】化して莫大な負荷を担う代償として、魔術師は魔術特性をダイレクトにインジケート可能な専用【AMP】と一体化して、巨大な魔術出力を手にできる。
堂桜一族の特権――『スーパーACT』や【エレメントマスター】による『マスターACT』といったシステム側の演算領域の拡張を必要とせずに、だ。
これが【DRIVES】――専用【DVIS】と専用【AMP】が、魔術師によって一つとなる魔術の新コンセプトである。
劇的に姿を変じた【ブラッディ・キャット】を代表して、メイが言った。
「この姿が我らの制式【基本形態】――《ブラッディ・ハーモニー》」
紅い燐光で包まれている【ブラッディ・キャット】三名。
メイの両目には、【スペル】と思われる文字列が、横方向にスクロールしていた。
魔人だ、とラグナス姉妹は思った。
身構える二人のラグナスにメイが告げる。
「この《ブラッディ・ハーモニー》は実にシンプルな魔術特性をしております。そして運用も実にシンプルです。シンプルが一番ですからね。従って、最初に種明かしをしておきましょうか。信じる、信じないは貴女方のご自由に。しかし我らは小細工せずに、真っ向から貴女達を打倒してみせますので」
語られた内容とは……
使用エレメントは切り替え可能だが、先程と同じ【影】に設定してある。すなわち纏っているのは紅い燐光に見えるが、実際は真紅に輝く『影のオーラ』なのだ。
派生魔術や戦術も基本的に一切変わらない。
「では、先程の我らと何が異なっているのか、果たして何が新型【DRIVES】に切り替わって強化されているのかというと――」
三名の意志と思考が完全に共通化されている。
そして、互いの身体を『魔力増幅エンジン』が組み込まれた特殊【AMP】として機能させる事によって、他二名の魔力強化を相互で受け持っているのだ。
この共通化および相互強化ネットワークを、三名は【DRIVES】による電脳世界の同一化によって実現させている。
各自別個にある電脳世界を、イーサネットの構築によりリンクさせていた。
彼女達三名の電脳世界に展開されている共有【アプリケーション・ウィンドウ】内。
その表示内容は――
[ 【NEO=DRIVES】正常ネットワーク中 ]
NEOとは『ニューロリンク・イーサネット・オプション』の頭文字を繋げた略語である。
この【NEO=DRIVES】こそがサードACT――新型【DRIVES】だ。
オリジナル【DRIVES】における仮想【DVIS】化の過負荷を、彼女達は自身をイーサネット化でリンクする事によって共有・分散させている。
いってしまえば、堂桜那々呼によるオリジナル【DRIVES】は、ルシア・A・吹雪野の魔術強化のみを想定していた汎用性を慮外する欠陥技術だった。
つまりルシア専用だったので、術者にかかる過負荷も問題なかったのである。
その欠陥技術が、過日の《隠れ姫君》事件で、オルタナティヴという超人的身体能力をもつ少女の手に渡り、開発当初とは異なるコンセプトで実用化されてしまった。
それに追従して米軍【暗部】に身を寄せているDr.ケイネスも、【ナノマシン・ブーステッド】完全体の少女、笠縞陽流を使用した暫定的な実用テストに踏み切った。
共に常人を凌駕する肉体を保持しているが故の、オリジナル【DRIVES】――つまりは『セカンドACT』の成功例である。
技術は常に進歩する。水面下では日進月歩よりも早い速度で。
ルシア以外でも使用可能と判断された【DRIVES】は、汎用性を追求する次世代型【DRIVES】として、改めて研究開発が進められる事となった。
それまで【DRIVES】発展は、本格的なプロジェクトとはいえなかったのだ。
次に先んじたのはケイネスだ。『サードACT』を起動【ワード】とした新型――【NEO=DRIVES】を、《ハルル・シリーズ》三人と、【DRIVES】用の【AMP】として機能する【パワードスーツ】《リヴェリオン》によって実戦テストを成功してみせた。
端的にいうと【NEO=DRIVES】とは、オリジナルにおける術者の過負荷を、多人数の術者で相互負担し、分散・軽減させてしまおうという発想の【DRIVES】だ。
そして【ブラッディ・キャット】も《ハルル・シリーズ》を後追いして、サードACTによる新型【DRIVES】を実装していたのである。
「もっとも【基本形態】《パイパーリンケージ》によって構築されるイーサネット・システム――通称《ハルル・ネットワーク》とは異なり、私達のイーサネット・システムには笠縞陽流の様にホスト的な役割を果たす上位存在は設定されていませんけれど」
ある意味、《ハルル・シリーズ》の【NEO=DRIVES】は、彼女達を強化するのが真の目的ではなく、笠縞陽流の【DRIVES】を補強させる為のものであった。
説明を聞き終わり、ラグナス姉が【ブラッディ・キャット】に確認する。
「……要するに、アンタ達も《ハルル・シリーズ》と同じで、真っ当な存在じゃないって証左よね? 【NEO=DRIVES】なんてインチキ臭い代物で互いを共有化できるなんて」
メイが皮肉げに笑む。
「私の素顔を暴いておいて白々しいですね。サードACTの先をいく『規格化されていない者でも相互負担可能な新型』は、当然ながら開発中でございます。それに『負荷を余所へ逃すタイプの新型』『負荷をコントロール可能な新型』も。実用化はまだまだ先でしょうが」
ラグナス妹が言った。
「いやいや。アンタ達に比べたら《ハルル・シリーズ》とやらの方が、まだマシに人間しているでしょう? だって《ハルル・シリーズ》の【DRIVES】起動用【AMP】と、起動後にリンクする強化用【AMP】――【パワードスーツ】《リヴェリオン》は外部にあるっていうのに、アンタ達はその全てを内包している。特に『魔力増幅エンジン』が組み込まれた特殊【AMP】として機能できる身体って何の冗談かしら? ねえ、赤猫の影人形サン達?」
メイはおもむろにサブマシンガンの銃口を向けて、トリガーを引いた。
現在、両陣営の距離は、約五〇メートル。
照準はワザと姉妹から外している。
セミオートで吐き出された弾丸は『紅い影』でコーティングされていた。
轟音。轟音。轟音――着弾音が暴力的に連なる。
音が止むと、ラグナス姉妹の前に、直系二〇メートル深さ三メートルの大クレーターが穿たれていた。魔術現象とはいえ、砲弾で作ったのではなく銃弾で作ったのだ。脅威的である。
先程までとは魔術出力の桁が違う。
示威・威嚇というよりも、デモンストレーションとしての銃撃であった。
規格外ともいえるその威力に、二人のラグナスは息を飲んだ。
冷徹にメイが告げる。
「否定はしません。我ら【ブラッディ・キャット】は確かに出来損ない――不良品の影人形でございます。幸いにして、この地はお国柄ゆえに情報遮断用の大規模【結界】――《アブソリュート・ワールド》で隠蔽されておりますので、貴女達が目にした私達の正体、申し訳ありませんが、冥土の土産として墓の中まで持っていって貰います。残念ながら今はメイドの格好ではなく、赤猫トマトの宅急便でございますが」
「冥土とメイドねぇ……。ツマンナ」
「墓の中には何も持ち込まない主義なの。そんな餞別は、のし紙を破いて突っ返すわ」
ラグナス姉の台詞を皮切りに、魔術戦闘が再開された。
注記)なお、このページ内に記載されているテキストや画像を、複製および無断転載する事を禁止させて頂きます。紹介記事やレビュー等における引用のみ許可です。
本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。