第四章 託す希望 8 ―メドゥーサVS赤猫部隊①―
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8
二人は専用【DVIS】――ヘアバンドを装着する。姉妹で全く同じ代物である。
ラグナス姉妹はそれぞれの【基本形態】を起動させた。
姉は《ゴルゴーン・スネーク》を。
そして妹は対象エリアを魔術的に液状化させて操作する――《マテリアルリキッド・コンダクト》だ。これは【結界】とは異なり、一定区画を己が世界として独立させる空間定義魔術ではない。魔術の影響範囲内に存在する特定物質を変化させた結果の魔術現象である。
使用エレメントは共に【地】だ。
ぐぉん、ぐぉん、ぐぉん、ぐぉん、ぐぅぉうぅん!
液状化させられた地面がうねっている。
相手が【魔導機術】を立ち上げるのを待たずに、ラグナス姉が疾走した。
モーゼが歩く海原のごとく、ラグナス姉が走る径路のみがピンポイントで安定している。
メイ、アン、クウの三名は地面の大波にバランスを保つのに精一杯だ。
魔術プログラムのパラメータ設定によって実現可能となる超常であるが、この巧妙さと繊細さこそが、ラグナス妹の戦闘系魔術師としての真骨頂である。
射程に入った。
電脳世界に展開した【ベース・ウィンドウ】で魔術オペレーションを実行――対象の三名をロックオン完了。超時間軸および超視界による、ほぼ一瞬の操作である。
ラグナス姉が《ゴルゴーン・スネーク》を散開させて、【ブラッディ・キャット】三名へと伸ばす。牙を立て飛来してくる蛇頭に、三名は二の足で立つのを止めて、両手を着いた。
背中を丸めて猫に近い姿勢になった三名は、ラグナス姉の先制攻撃を獣めいた四肢のステップワークで躱す。魔術的にロックオンしたのだが、外された。ラグナス姉にとって、人間離れした三名の挙動は想定外だ。
先制攻撃に失敗したラグナス姉は、深追いせずに足を止める。
ラグナス姉の舌打ちと、三名の【ワード】は同時だった。
「――ACT」
メイ、アン、クウの魔術が顕現する。
四肢で立つ三名の影が立体化して、躰を包み込んだ。単に魔術的に『影』をコーティングしただけではない。そのシルエットは猫科の肉食獣そのものだ。
特殊エレメント――【闇】から派生する【影】を使用しているオリジナル魔術である。
三名を代表してメイが言った。
「これが我らの制式【基本形態】――《キャット・オブ・アサシン》でございます」
ラグナス妹が怪訝な顔になる。姉も同じ疑問を抱く。
彼女達の【基本形態】にではなく、彼女達の専用【DVIS】についてだ。宝玉の煌めきがなかった。魔力が一箇所に集中した気配も感じなかった。どこか不自然で不可解だ。
そんな疑問を、姉妹はすぐに振り解く。
波打つ地面をものともせずに、【ブラッディ・キャット】が縦横無尽に駆け巡り始めた。
その姿は完全に四足歩行の猫である。
メイとアンがラグナス姉に、クウがラグナス妹へと襲いかかった。
「――《アサシンズ・クロー》」
ジャキン! 前足、いや両腕からサーベルめいた長爪が形成される。
纏っている『影』が実体化した刃だ。
ラグナス姉は冷静に《ゴルゴーン・スネーク》をカウンターで繰り出す。左右から挟撃にいくメイとアンは《アサシンズ・クロー》で、蛇頭を斬り飛ばした。
なるほど、とラグナス姉は《キャット・オブ・アサシン》の魔術特性を理解する。影を魔術的に纏って自身の動きを強化するだけではなく、その魔術強度と魔術密度によって相手の魔術現象を小細工なしで、真っ向から破壊するのだ。シンプルだが、それ故に強敵である。
「もらいました」
「覚悟なさって下さい」
メイとアンによる左右からの同時攻撃だ。
ラグナス姉は最小限のバックステップで回避に成功する。
その絶妙な距離感とステップのタイミングに、メイとアンは一瞬だが目を丸くした。
交差して離脱しようとするメイとアン。
ドゴゥ! メイとアンが交差した刹那だ。無防備になったアンの背中に、ラグナス姉の右サイドキックが突き刺さった。
一方――
クウの影爪もラグナス妹を斬り裂く事はなかった。
右の膝蹴りがクウの土手っ腹にめり込む。ラグナス妹は右ハイキックに繋げて、クウを蹴り飛ばした。地面を横転したクウは、地面のうねりによって宙へ跳ね上げられた。
ラグナス妹は空中で死に体になったクウへ、攻撃魔術を照準。ロックオンしにいく。ロックオンを相手にサーチされたと感知したが、問題ない。
液状化させた地面から、槍を飛ばそうとした。
メイはアンのフォローから、クウへの救出へ行動を切り替える。
それを読んでいたラグナス妹は、攻撃魔術のロックオンをフェイントかつ牽制として、メイを左右から地面の津波で挟み込みにいく。こちらの照準は有視界をメインとした魔術オペレーションである。
「そんな!?」
「バレバレだってば! 赤猫サン達の動きは!!」
津波を四つ足の大ジャンプで躱すメイ。
激突した二つの大波から、土の飛沫が弾丸となって下からくるが、それを無視する。
ロングコートの裾に隠していた特注サブマシンガンを抜いて、フルオートで斉射した。
ガガガガガガガガガガッ!
撃ったのはただの9㎜パラベラム弾ではない。派生魔術《アサシンズ・クロー》と同じく魔術の『影』でコーティングされている魔術弾だ。
物理攻撃を超える魔術攻撃。
「そうくるワケね!」
ラグナス妹は理解する。《キャット・オブ・アサシン》という【基本形態】は、《アサシンズ・クロー》の様に『影』を硬質化できても、『影』を直接的に撃ち出せないのだ。
相手の魔術を【ベース・ウィンドウ】のサーチ機能で把捉。電脳世界での魔術オペレーションで、全ての軌道計算を終えた。次に、最適な【アプリケーション・ウィンドウ】を選択して【コマンド】を打ち込んでいく。
銃弾の雨を、ラグナス妹は自身の前に大津波を発生させてガードする。
統護の《デヴァイスクラッシャー》とは異なり、《キャット・オブ・アサシン》による弾丸は魔術キャンセラーではない。単純に、魔術出力と強度・密度を比べる力比べになる。
果たして――威力に勝ったのはメイだ。
銃弾は大津波を貫通したが、しかしラグナス妹は射線から身を避けていた。弾丸の軌道は演算した通りだった。
それだけではない。
地面を伝播していく大津波は、体勢を立て直してメイのフォローに回ろうとしていたクウを飲み込んだ。最初から貫通される事を前提にラグナス妹は動いていた。
着地と同時に、メイはクウの救出に向かわざるを得ない。
残るアンは――ラグナス姉の猛攻に晒されている。
「なんという格闘能力……ッ!!」
驚きを隠せないアンを、ラグナス姉は詰め将棋のように追い込んでいく。
ローキックを軸にコンビネーションを組み立てて、アンに猫の姿勢を取らせない。二の足で立たせたまま、打撃技の的にしている。
特に、左ローキックにおける、インサイドとアウトサイドの蹴り別けが絶妙だ。
アンに魔術や武器を使わせない。格闘戦の防御に釘付けだ。少しでもラグナス姉の打撃技から意識を逸らせば、次の瞬間にアンはKOされてしまうだろう。逆にいえば、劣勢であってもアンはラグナス姉の近接戦闘と渡り合っていた。
物理現象を凌駕する魔術現象であるが、魔術現象は近接格闘戦とは相性が悪い。
銃撃や砲撃といった超高速攻撃に対応する魔術プログラムのパラメータ設定は容易だ。
その反面、接近距離での拳や蹴りといった時速数十キロレヴェルの打撃や、関節技、投げ技に自働で対応可能となるパラメータ設定は非常に難しい。それに戦闘系魔術師は【魔導機術】を起動している時は、高密度の魔力循環が体内で起こっている。
そして魔術現象ではない物理攻撃は、電脳世界における高次元の時間軸では扱えない。超視界でも認識不能である。
電脳世界の現実時間を上回る超速処理は、あくまで魔術オペレーション限定なのだ。
その様な条件下で、わざわざ余計なリソースを消費して格闘技を魔術のみで押さえ込もうとする戦闘系魔術師は存在しない。相手の格闘技術は自身の格闘技術で押さえ込めばいい――という極単純な発想になる。
天才の中の天才が戦闘系魔術師になれる。そして、怪物級の天才ゆえに『格闘戦が苦手』という戦闘系魔術師などいない。格闘が苦手という時点で、その者は天才としては並の天才以下であり、戦闘系魔術師になれる天才の中の天才ではないのだから。
しかし天才同士の格闘技術であっても、必ず優劣は生じる。
近接格闘戦で上回っている、と確信したラグナス姉は真っ向からねじ伏せにいった。
技術で押し切られると危機感を抱くアンであったが、仲間のフォローがこない。
ぱぁん! 甲高い音を立てて、ラグナス姉の左アウトローが入った。
アンの足が止まる。ステップワークを殺されてしまう。そうなればラグナス姉が攻撃魔術を加えてくるのは必至だ。
限界だ――と、アンは大きく後ろに跳躍した。
その隙を逃すラグナス姉ではない。後退せざるを得なかったアンに、満を持して狙い澄ました《ゴルゴーン・スネーク》が――
アンを襲ったのは、真横からの地面の津波だった。
魔術攻撃(津波)を感知していた彼女の【ベース・ウィンドウ】は『WARNING』表示で埋め尽くされていたが、アンは格闘戦で手一杯であり、魔術オペレーションに回すだけのリソースなどなかった。呆気なく飲み込まれる。大ダメージを負ったアンであるが、辛うじて意識は繋ぎ止めた。
クウを抱き起こしたメイは、アンの状況に愕然となる。
【ブラッディ・キャット】は二人のラグナスに後手後手を踏まされていた。
「認めたくないですが、私達三名よりもラグナス姉妹の連携が上回っている様ですね」
「強いです。魔術パワーこそ中の上といったレヴェルですが、技巧と戦術が突出しています」
三名は、ラグナス姉妹の感覚共有能力を知らない。
その反面、ラグナス妹の魔術出力の限界は把握できた。広範囲では、地面を揺らすことはできても津波は起こせない。うねりを止めて、津波を造っても一度に二つが精一杯だろう。
津波攻撃も必殺という威力には達していなかった。メイの魔術弾で貫通可能なパワーだ。
飛沫を疑似的な槍と化す派生魔術も、オマケ程度で強力とはいい難い。
見た目が派手で広範囲に及ぶオリジナル魔術だが、実相はパワー型ではなく技巧型なのだ。
――一端、《マテリアルリキッド・コンダクト》が静まった。
どの方向から津波が来る? 身構えるメイとクウ。互いに背中をかばい合う。
ラグナス妹が吠える。
「正解は、二人の右横からだってば!!」
ぐぅわぉぉおおおっ! 畳が剥がれるように地面が吹き上がり、津波と化した。
覆い被さってくる土の津波。
津波の中から、蛇の群が飛び出してきた。
メイとクウはサブマシンガンを抜く。既製品ではなく【ブラッディ・キャット】用にカスタムされている特注品である。既製品と比較して連射性と冷却性能が段違いだ。『影』をコーティングした魔弾による連射に次ぐ連射で、蛇の群を粉々に破砕した。
そして津波の衝撃に備えるメイとクウ。全力で踏ん張れば、もう飲み込まれない。
ぐぅばっぁぁぁあああっ。吹き上がる土煙。下である。真下――地面だ。
地面から《ゴルゴーン・スネーク》の蛇群が、唸りながら姿を現した。
全部で二十匹以上だ。
魔弾の掃射で蜂の巣にした蛇の群は《ゴルゴーン・スネーク》ではなかった。
フェイントだ。津波から飛び出した蛇は、ラグナス妹が《ゴルゴーン・スネーク》に見せかけて造ったフェイクである。
「そんなっ!?」
「下のが本物!?」
動揺と驚愕に固まる二名は、回避行動が間に合わない。
三名の魔術オペレーションは完全に混乱させられている。いかな超時間軸と超視界であっても、演算と解析が現実世界の時間と視界に対して間に合わないのだ。
メイの両足を《ゴルゴーン・スネーク》の蛇が絡め取った。メイは動きを封じられた。
ずざざざざぁぁ――……。津波はメイとクウを飲み込まずに、そのまま真下に崩れていく。
メイとクウの相手は姉。
アンの相手は妹――と、すでに相手をチェンジしていた。
フォローに回ろうとするアンだったが、ラグナス妹は先手を取って邪魔をする。津波による妨害ではなく、最大範囲で地面を揺らした。縦揺れと横揺れのミックスだ。そしてアンに近接戦闘を挑む。倒すのが目的ではなく、姉の邪魔をさせなければいいと割り切っている。
うねる地面にバランスを崩される【ブラッディ・キャット】三名。
辛うじてクウだけは、両手両足をついて猫の姿勢になれた、が――遅かった。
魔術の射程内まで接近していたラグナス姉に対処する寸前。
ザシュゥ!!
メイの顔面を《ゴルゴーン・スネーク》の牙が掠めた。
直撃を避けたメイであったが、ヘッドマイクを飛ばされて、頬を斬り裂かれている。
牙が裂いた箇所を基点に《ストーン・バインド》が発動。
「仕留めたわ。まずは一匹ね」
ラグナス姉が不敵に笑む。同時に、ラグナス妹も楽しそうな笑顔になった。
石化の魔術特性――《ストーン・バインド》のカラクリは、対象物の石化ではなく、対象物の表層を石の皮膜で覆うことである。《ゴルゴーン・スネーク》の一部を形成しているウィッグに染み込ませている特殊塗料を、蛇の牙によって相手の表面へと流し込むのだ。
相手を石化コーティングする最適パラメータを瞬時に微調整する。
石化させるのは顔だけではない。頭部を基点としてバストアップまで石化できるだけの塗料を、メイの頬から流し込んだ。
――しかし、石化現象はメイの顔のみで終わった。
魔術をレジストされたのではない。止まったのではなく、終わったのである。
ラグナス姉が驚く。メイに刻んだ頬の裂傷が、負傷ではなく破損だと気が付いたからだ。
つまり石化させたメイの顔は。
「その貌、まさか人工スキンによる特殊メイクとはね!!」
正体を見せろ、とラグナス姉は人工スキンの石化を強制解除する。
パリィン! 石化した人工スキンが砕け、その中から現れた貌は――っ!!
想像もしていなかった顔に、ラグナス姉の頬が引き攣った。
慌てて両手で貌を隠すメイ。
クウがメイを束縛している《ゴルゴーン・スネーク》を斬り裂いて、メイを抱えて離脱した。
さらにアンも仲間と合流する。
アンとクウの背中に隠れて、メイは新しい人工スキンを装着した。
元の顔に戻ったメイは、冷たい声で言った。
「見ましたね……ッ! 貴女は決して目にしてはならないモノを見てしまいましたよ」
敵が体勢を立て直したので、ラグナス妹もラグナス姉の傍に戻った。
ラグナス妹が興味深そうに姉に言う。
「私も一瞬だけ見たけど、あの三名って、いや、【ブラッディ・キャット】の素顔ってみんな同じというかソックリだったりする?」
「そうでしょうね。体格に差異があるのだから面倒がらずに整形すればいいのに」
「人工スキンで特殊メイクするって事は、案外、場面場面で入れ替わっているかもしれないわ」
「なるほど。何にしろ【ブラッディ・キャット】の正体って、出来損ないの影人形?」
「ええ。使用エレメントからして文字通りの影武者なんでしょうね、この赤猫のお人形達は」
「こんな異常なモノが存在しているって、果たして、どっちが黒幕かしらね?」
メイ、アン、クウの三名は横に並んでラグナス姉妹に対峙する。
アンが言った。
「勘づかれたからには、貴女達姉妹には死んで貰います。口封じです」
クウが言った。
「戦闘データは充分に蓄積できました。私達ならば勝てますね」
メイが言った。
「つまり、ここから先が本番になります。それに貴女達姉妹は【エレメントマスター】ではありません。あのセーフハウスでのメッセージはハッタリです。理由は単純で、貴女達はパワー型の【ソーサラー】ではなく、また『マスターACT』が可能ならば【エレメントマスター】化するべき状況があったからです。しかし【エレメントマスター】化しなかったという事は、貴女達は姉も妹も、どちらも【エレメントマスター】ではあり得ない。しかし我ら【ブラッディ・キャット】には通常を超えた【魔導機術】があるのですよ」
その推論と見解に、二人のラグナスは意味ありげに苦笑を交わした。
そうか。今まではデータ不足を補う為の予行練習――つまり様子見だったのか。
姉妹のリアクションを無視して、メイが宣言する。
「それでは、貴女達を倒すべく、我ら三名の本気をお見せしましょう」
アンとクウが、メイに言葉を揃えた。
「「「 ――サードACT 」」」
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本作品は、暴力・虐め・性犯罪・殺人・不正行為・不義不貞・未成年の喫煙と飲酒といった反社会的行為、および非人道的、非倫理思想を推奨するものではありません。また、本作品に登場する人物・団体などは現実とは無関係のフィクションです。